追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

危険なのは(:菫)


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 クロ殿は昨日の女性と共に現れた。
 正確には女性が後ろに付いて来る形で中に入り、あまり目立たないように酒場に入った後に、目立たないまま移動して、目立たない席へと一緒に座る。そしてなにやら和やかに会話を始めたのであった。

「どうでしょう、今夜は部屋を取ってあるのですが。そして最近ヒト肌が恋しくて」
「ははは、貴女のような綺麗な女性に誘われるのならば喜んで温めましょう」
「あらあら、それは嬉しい。では今夜部屋で待っていますよ。あ、奥さんも一緒にどうです?」
「おお、良いですね。三人で楽しみますか。それならうちの屋敷を大いに使って楽しみましょうか」

「……シアン、勝手に言葉を捏造するな」

 小声でクロ殿達の会話について勝手な言葉を入れるシアン。
 どうも女性は周囲に聞こえないような配慮と声量で話しているためなのか、声が私達の所まで届かないでいた。
 それをシアンが勝手に大衆恋愛小説のようなセリフを当てはめて呟くのである。内容は分からずとも、シアンの言う内容が違うのは分かる。

「イオちゃん。私達に確認すべき方法が無い以上は、どのような内容かを今確定すべき方法はないんだよ」

 そんな箱の中に入れた猫が水魔法で窒息するかどうかは観測できない、と言うような事を言われてもだな。

「まぁ、冗談と分かっているから言えるんだけどね。流石にシューちゃんみたいに読唇術は持ってないからなー私」
「シュバルツは持っているのか。だが、冗談……か」
「いや、だってイオちゃんも分かるでしょ。あの女性、クロが苦手なタイプの女性だって」
「……それはそうだが」

 昨日は女性の未亡人感について考えていたため分からなかったが、今こうして見るとクロ殿が彼女に惹かれるという事は一切無い事が分かる。
 今のクロ殿が女性を見る目は……無関心どころか嫌悪すら入っている感情を笑顔で誤魔化しているモノだ。私やシアンのようにしばらくクロ殿と接して来なければ分からないような変化ではある。
 つまりは魅力に惹かれる云々の問題ではないのである。だからシアンも有り得ないと確実に分かり、私もそれを理解しているから言葉を捏造し茶化したのだろう。

「だが、何故だろうな」
「なにが?」
「ハニートラップと分かっている以上は警戒しているのは当然だろうが、クロ殿は何故あのような……」

 昨日あの女性を見送る時。あの時はクロ殿が未亡人感に惹かれたのかとも一瞬思ったが、思い返せば今と同じような目をしていた気もする。
 基本的に露骨な嫌味や高圧な態度を取られなければ友好を示すクロ殿が何故あのような……

「……これは私のカンだけど、多分前世のお母さんに似ているんじゃない?」

 私の疑問に対し、気付かれない範囲で監視を続けているシアンが呟いた。

――前世のクロ殿の母親と言うと……

 クロ殿とクリームヒルトにとって“自分を産んだだけの女性”という認識にすらなっている、明確に嫌っている女性。
 家庭を持つ男性ばかりを誘惑し、甘い時を過ごし、お金を言葉巧みにかすめ取る。恋愛と子供を人生という楽しみギャンブルの道具としてしか考えていないような女性である。
 それはクロ殿が物心がついた頃から、亡くなるまで変わる事無く続いていた。

『あそこまで行くと、男心を掴む天才なんかじゃないと思いますよ』

 というのはクロ殿の感想。

『あはは、同じ女だっただからかな。私も同類だと言われた時、初めて明確な怒りを覚えたよ。そこは感謝だね!』

 というのはクリームヒルトの談。ようは碌な女では無い事は確かである。
 評判や噂は基本参考程度に留めておく私ではあるが、あの時の両名の表情は嫌なほどに実感を覚えさせた。

「あの女性が、クロ殿の……」
「あくまでもカンだけどね。なんか裏で抱えている感有り有りだったし……クロのあんな色んな混じった感情、初めて見た」
「シアンが言うなら信用できるが、今までもクロ殿の嫌悪の表情は見た事あるのではないか?」
「そうだけどね。でも今のクロは――」

 シアンが珍しく、祈りの時のような表情でクロ殿を見る。
 その視線からは複雑な感情が読みとれた。

「アイツがリムちゃんと兄妹っていうのは、今のクロを見ると改めて納得する」
「…………」

 それはどういう意味だ、と私は問わない。
 シアンが呟いた言葉の意味は、以前クリさんと話した時にも考えた事柄である。恐らくクロ殿は……強い所は多いが、同時に脆いのだろうな、という事だろう。

「あ、動いた」

 クロ殿心情はともかく、シアンがなにかに気付いたかのよう反応を示す。
 私もその言葉にクロ殿――というよりは女性の方を見る。
 さらに正確に言うと、女性の目。さり気無く見て、気付かれないように駆けているアレはいつかのフォーン会長と似た……

「行くよ、イオちゃん」
「ああ」

 私とシアンは、クロ殿達の席へと移動するために立ち上がる。
 今の状況を放っておく事は出来ない。
 クロ殿の予想通りの事が起き、シアンが感じ取った以上はこれ以上放置しておくのは――女性のためにもやめたほうが良いだろう。

「――それ以上は、やめろ」
「え、領主、さん……!?」

 なにせ、クロ殿が女性になにをするかが分からないのだから。

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