追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

未亡人感(:菫)


View.ヴァイオレット


 さて、私がクロ殿がハニートラップにかかるという心配が「あるにはある」と言ったのには理由がある。
 私は世界一の美女や身体の持ち主という訳でも無い。だから私より好みの女性が来たらなびくのではないかと不安があるという事。つまりはクロ殿を心配しているというよりは、自分に対する自身のなさが「あるにはある」となっているのである。この理由を話すとクロ殿は熱心に私を褒め称えそうなので言いはしないが。
 後は……単純にクロ殿が全くなびかないという事は、女性に対して全く興味が無いのではと不安になるというのもある。

「どうしても助けて頂いたお礼をしたくて、お医者様に貴方達の事を聞いて今からお住まいに向かう所だったんですが……」

 例えばこの私達に頭を下げる女性。
 黒い髪に黒い目。見た目の年齢は二十代中頃であり、露出の少ない服で、派手さは無いが清楚感がある……お淑やかな女性という表現が似合う。夫の三歩後ろを歩き、常に傍を控える様な貞淑さと、見ていると女性の私でも守ってあげたくなる儚さがある。

――これは……メアリーの言っていた未亡人感、というやつだろうか。

 あるいはクリームヒルトが言っていたかもしれないが、ともかく彼女には未亡人感が漂っている。なんでもお淑やか、儚さ、薄幸感を兼ね揃えると手に入れられる属性のようだ。その時はピンと来なかったが、今は不思議と彼女がそうではないかと感じ取った。
 ……男性はこういった未亡人感がある女性に対し、不思議と惹かれるという。クロ殿もそういった事は有るのだろうか。興味を持つのだろうか。

「ご無事でなによりです。むしろこちらこそ私の治める領地で危険な目に合わせてしまい、申し訳ございませんでした。領主として謝罪いたします」
「いえ、領主さんが謝られる事では無いです。私の不注意が原因ですから……修道士の子と貴方達に助けられていなければ今頃私はどうなっていたか……」
「いえ、そんな――」

 領主として対外仕事モードになったクロ殿。
 この時のクロ殿は、嫌味にならない程度の笑顔と、申し訳なさそうな表情を使い分ける。前世で仕事をしていた時に身に着いた処世術とか。この手の対話の流し方は、私よりもクロ殿の方が遥かに上手い。
 ……なんでも、「仕事仲間アイツらは客対応させると拗れますからね、自然と身に着きましたよ……」との事である。クロ殿は前世でも周囲に苦労してきたんだと思わせる表情であった。
 それはそうと、クロ殿は未亡人感には惹かれてはいないように見える。

「――それで、是非お礼をしたくて。なにか私に出来ないかと思い……」
「お礼だなんてそんな。貴女が無事で、こうしているだけで充分なお礼です」
「ですが……」
「でしたら是非、この地を少しでも好きになってくれると領主として助かります――いえ、貴女のような女性には刺激が強い場所かもしれませんが……」
「そうでしょうか? 皆さん個性的で、生き生きしていて。とても楽しい所だと思いますよ」
「そう言って頂けると嬉しい限りです。貴女がシキに来た事が少しでも良い記憶として残るよう、領主として祈らせて頂きます」

 にこやかな表情のまま、領主として観光客の女性に対して振舞う体で話すクロ殿。
 対する女性はにこやか……ではなく、見ていると「寂しいのだろうか」と感じさせる表情のままクロ殿と話し続ける。私とも話すは話すが、会話や視線から自然とクロ殿と話す形を作っている。……恐らく、事前情報が無ければ気付かなかった話術だ、

「ありがとうございます。では私はこれで」
「はい。女性の一人歩きは危険です。お気を付けくださいね」
「お気遣いありがとうございます」

 女性はそういって礼をすると、やはり儚げさを感じる後姿を見せつつ去っていった。
 ……もう少し食い下がるかと思ったが、今日はあっさりと引いたようだ。

「どう思う、クロ殿?」

 女性が見えなくなったタイミングで、私はクロ殿に問いかける。
 恐らく女性は明日か明後日に、クロ殿が一人のタイミングで接触を図るだろう。今日こうして会ったのも、“知人が近くに要る状態で話しかける”という状態を作り、接触を測って話したようにも思える。
 まずはこちらが優勢の状態で居る時に印象付け、後から「あの時はああ言ったけれど、やはりお礼がしたい」とでも言って近付くのかもしれない。こちらにとっては“相手の気持ちを汲む事”が“相手を助けにもなる”ので、お礼と称して近付く事が可能になるという手法をとるのかもしれない。
 と、私は思っているのだが。

「……クロ殿?」

 だが、相談するしないという以前にクロ殿の様子が少々おかしかった。
 女性の後姿をジッと……ボーっと見て、私の問いかけに反応を示さないでいた。

「クロ殿ー?」
「……あ。スイマセン」

 私が再度名前を呼ぶと、クロ殿は今気づいたかのように反応を示した。
 そして次に考える仕草を取る。

「どうしたんだ、クロ殿。もしや彼女の未亡人感に惹かれたのだろうか」
「それを伝えたであろう、クリームヒルトとメアリーさんには今度会った時説教をするとして、そうではありませんよ」
「まぁクロ殿は未亡人感がある女性は、裏で応援して誰かと幸せになった後、服を作って新たな門出を演出したい、と思うタイプなのだろうが……」
「分かっているじゃないですか」

 合っているのか。なんとなく想像で言ったのだが。

「あー……ヴァイオレットさん。お願いがあるんですが」
「なんだろうか」

 クロ殿は考える仕草を止めた後、困ったような表情を浮かべ私に一つお願いをした。

「……明日あの女性と接触するんで、シアンと一緒に、オーキッドの力を借りて監視してくれませんかね……?」

 つまりそれは……クロ殿とあの女性がデートをする所を見守れという事だろうか。そうか、クロ殿は……

「クリームヒルトが言った、脳が破壊される、という体験を私にさせるという事なのだろうか……?」
「違います!」

 うむ、知ってる。だけど慌てる姿が見たかった。







おまけ 未亡人感

「正直未亡人感のある男の人って色っぽくて良いと思うんだ」
「なにをいうクリームヒルト」
「分かります。男性特有の色気がりますよね」
「どうしたメアリー」
「やはり叔父の立場でしょうかね。あちらからは子供を見る目でしか見ていない、落ち着いた物言いの男性です」
「色んな苦労を感じさせるけど、柔和な笑みで頑張っている感がある叔父だね……そして主人公の父親の事は兄さんと呼びそう」
「そうですそうです。……お風呂上り主人公に対し、“おや、そのような姿では湯冷めするよ”と微笑ましい表情で見るんです」
「あ、女の子としては扱っているけど、異性としては見ていない感だね! そして“兄さんも口ではああは言うけど、君を心配しているんだからね”と笑顔を作ってそのままお風呂に行く感じだね!」
「ええ、そしてお風呂場から聞こえる“シュルルル……パサ”という服の脱ぐ音……!」
「自分の後にお風呂に入る事や、女扱いされていない事に悶々とする主人公……!」
「主人公から攻めると困ったような笑みを浮かべる相手……!」
「最終的に“僕で……良いのかい?”と了承を取って来る相手……!」
「あの相手の様子を伺ったり、色んな事を気にしつつも自分の意志で求めて来る――未亡人感!」
「他にも色んな未亡人感はあるけど、やっぱりいいよね、未亡人感!」
「ええ、良いです未亡人感!」
「……未亡人感とは、そもそもなんなんだ……何故男性が持っているんだ……?」

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