追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

ハニー/ハニー/トラップ


「と、ともかく! 騎士団の諜報部といえばあまり良い話は聞かないから気を付けてくれ!」

 互いに真っ赤になりつつも、気を直すためにヴァイオレットさんは少々大きめの声で俺に注意をする。
 これ以上の話題は互いに危険だ。折角切り替えてくれたのだから俺も全力で乗るとしよう。

「ですが、良い話を聞かないんですか? 諜報部である以上は良い話は少ないのでしょうが……わざわざ言うほどにですか?」

 諜報活動と言うと、それこそ先程言われた様なハニートラップとか、相手集団の中に入って信用を得て情報を得る……奪う、というようなイメージが付きまとうから良い話は少ないだろう。
 しかし市井の動向を調べたり、物流を調べたり、敵国の状況を仕入れるのも諜報部ではある。この諜報部の情報次第では国(この場合騎士団)の方針が大きく違うので重要でもある。
 だがそれを置いても良い話を聞かないというのは、ヴァイオレットさんは公爵家に居た頃になにか聞いたりしたのだろうか。

「そうだな。騎士団はアイボリーが言ったように一枚岩ではない」
「ええ、俺もなんとなくですが聞いた事は有ります」
「その中での騎士団の諜報部と言えば、軍部などの外部も調査はするが、主に内部に関わる調査をする、とされている」
「ええと……つまりそれは、内部規律を調査するとかいうやつでしょうか」
「どちらかというと相手を陥れる謀略、勢力に引き込むための策略などだよ」
「あ、内部抗争ですか」

 つまり内ゲバで足の引っ張り合いをしている感じか。
 それだと変に騎士団で動こうとも潰されたり、軍部の方ともつながって上手い事やっている、的な存在も居るんだろうな。

「そうなる。騎士団は軍部という敵対している存在も居るが、内側でも睨み合っているという事だ。……アイボリーの言った通り、認められていないのはやり方がやり方だろうからな」
「……ああ、ハニートラップとはそういう事ですか。男主体ですもんね、騎士団」
「そういう事だ」

 そうなると、男が主体の騎士団で女性の諜報部というとあまり良いイメージは持てないな。
 ……スカイさんも、その部分を見た事があるから俺と出会った時あのような――いや、それはあまり思いたくないな。彼女が憧れているホリゾンブルーさんのように実力で騎士団に居た女性も居るんだ。あくまでもアレは俺を試すためであって、騎士団は関係無いと思っておこう。

「……現状でも問題は無く、今のままの方が楽だから変化を拒否するために、足を引っ張る事で今の地位を守る……という感じかもしれませんね」
「……そうだな。砂上の楼閣を守るため、必死に水をかけ、端から砂が崩れつつも立っているんだろう」

 くそぅ、現状の騎士団について格好良く言い回しを言ったつもりだったが、ヴァイオレットさんの言い方の方が格好良いな。やはり語彙力か。エメラルドみたいに本をもっと読めば良いのだろうか。

「しかし、噂は噂だ。事実を私は目の当たりにした訳でも、実際にハニートラップを仕掛けたのを見た訳でも無い。準ずるものは見たが」
「見たんですね」
「うむ、見た。だが、」
「噂はあくまでも参考であり、参考に対し警戒と準備はしても、自分が見たモノを信じる事が大切、ですよね」
「その通りだ」

 俺の言葉に安心したようにほっと息を吐くヴァイオレットさん。
 噂が流れるのならば理由があるから警戒はする必要はあるが、噂に踊らされるのは良くない。
 諜報部がどういった噂を有しているかは分かったけど、俺は俺としてあの女性に対し、次に会う時はちゃんと向き合わないとな。

「……しかし、クロ殿がハニートラップにかかる心配は少ないのだが」
「あるにはあるんですか。ですが、だが、なんです?」
「女性の方がクロ殿に惹かれないかが心配でな。優しく接して惹かれる、という事がないか心配で……」
「いや、俺モテる方じゃないんですが……心配はご無用ですよ」

 前世でも二十五まで生きたけど彼女も居なかったし、色恋なんて無かったと今世になって気付いたくらいだからな! ……いかん、情けなくなって来た。
 ともかく俺はモテる方ではない。

『素晴らしい肉体!』
『素晴らしい体音たいおん!』
『素晴らしい香り!』

 ……くそ、変な相手を思い出してしまった。落ち着け、アレは特殊な例だ。妙な部分に興奮されるだけの変態だ。俺自身がモテる訳では無いんだ。
 なにせ女友達は前世でもそれなりには居たが、大抵は「クロは男として見るとかそういうんじゃない」と言われていた俺だ。
 だからヴァイオレットさんの心配も不要というモノだろう。

「なにを言う。少なくともクロ殿に惚れた女がここに居るんだ。それで心配するなという方が無理というモノだろう?」

 …………。
 いつものような揶揄うために言った言葉ではなく、さも「眠いから寝たい」というような、当然の事を言うかのように言うヴァイオレットさん。
 こういう不意打ちは俺にはとても効く。

「……そうですね。俺が逆の立場なら同じ心配をすると思いますね」
「そうだろう?」
「だったら俺は今のヴァイオレットさんの立場ですので、心配はご無用ですよ」
「? それはどういう……」
「ヴァイオレットさんが俺の今の立場であれば、俺は同じ心配をしますが、その時の貴女の立場は俺と同じなんで大丈夫なんです」
「? ? クロ殿、ワザと分かり辛い言い回しをしていないか?」
「さぁ、どうでしょうね。では行きましょうか。仕事を再開しましょう?」
「そうだな――あ、クロ殿、今のはもしかして……」
「それ以上回答を言ってしまうと、俺がハニートラップを貴女に仕掛ける事になりますよ」
「ほう、それは受けて立つと言いたい所だな。だがすぐに負けそうだ」
「俺もすぐに負けますから大丈夫ですよ」

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