追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

平和ではない平和な日常


「やった……やったぞ。ついに手に入れたぞ、幻の毒草! この毒を食べ――いや、駄目だ、万能薬を作る手掛かりに――でもちょっとくらいなら――いや、駄目だ!」

「そこの美しき御方! ここで出会ったのも運命だ。どうだい、俺と今夜――え、なに? 僕は男? そのくらい知っているさ。性別なんて関係無い。俺と運命の一夜を過ごさないかハッハー!」

大熊猫オオクマネコ!」
「おー、今のなにーウツブシお姉ちゃん?」
「ふふふ、これは地面を足で叩きつける事によって、大地を揺るがすパンダの秘奥義の足技!」
「僕の勘違いじゃなければ、シンキャクって技だね!」
「震脚ではない。喰らった相手の自律神経のみを乱す足技だよ」
「なんか分からないけど恐ろしい事は分かるよ」

「刃物……刃物……ああ、なんて波紋が素晴らしい刃物……だけど足りない……旦那の肉を解体する技術を十全に発揮させるためには、この刃物に生が足りない……!」

「解体……解体……ああ、なんて筋肉が素晴らしい肉塊……だけど足りない……嫁の仕上げる美しき刃物を十全に発揮させるためには、この俺には死が足りない……!」

「ヒャッハー! 汚物は――重炭酸曹達を全体に振りかけて五分放置、水ですすって流した後、お湯に入れた同じく重炭酸曹達に浸して一、二分放置した後――消毒だー! これで臭いが抑制されるぜ!」
「いつも私の代わりに掃除ありがとうねぇ。相変わらずモヒカン似合っているよ」

「親分、屋敷が完成しやしたぜ!」
「よし、じゃあ早速解体するぞ!」
「アイサー!!」

「偶に思うんだ。もういっそこと俺自身が少年ショタになる事が良いんじゃないかって」
「寝ろ。精神の傷は俺の対象外だ」

 さて、平和かつ二人きりを堪能しながら始まった今日も、シキは平和いつも通りである。
 もう少し精神が落ち着いても平和だ素晴しいとは思うのだが、この平和さやかましさが無いと逆に不安になる辺りは毒されてる気もする。今更だが。
 ただこのシキの平和さに関しても便利な事は有る。それはこの平和さから外から来た方々の暴力、傷害等の問題行動が少ない事だ。
 冒険者の数は並ではあるが、地理的に王国や他国の観光客が来る事は少なく、そしてこの地を利用しようとする輩はほとんど居ない。
 理由としてはこの平和の風景を見ると「あ、ここはやめておこう」となるみたいだ。
 そしてもう一つは、シキの領民は己が道を究める事に執心して特異行動をする輩が多いが、善性よりの輩も多い。問題行動を起こせば、変態行動のまま絡まれる。しかも強い。
 この二点からシキでの冒険者や商人、盗賊団などの被害は少ないのである。
 逆に言えばシキ内部の問題は多いのだが、それでも身内で済む分はずっと楽と言えるだろう。……でも、影響されて違う意味で問題行動……というか色んな意味での解放される方々は多いんだよな。以前領主会議で「束縛からの解放! って謳って観光客を誘致したらどうだ」とゲン兄に言われた事もあるくらいである。勿論変態をこれ以上増やしたくないので断ったが。

「ああ!? 俺様が誰か分かってんのかテメェ! 落ちこぼれ共が逆らってんじゃねぇぞ!」

 しかし暴力関係が全く無い訳でも無い。
 酒場では酒に酔った冒険者が問題を起こす事もあるし、シキの特異性を勘違いした輩が現れる事もある。
 前者は絡繰り四肢忍者であるレモンさんが居たり、シキの居合わせた領民達が対応するので大事になる事は少ない。相手が大物だったりしたら俺の出番ではあるが、大抵は現場で事は済み、俺は結果報告と最終判断をするくらいである。
 後者も居合わせた者達が対応する事は多い事は多い。
 だがどちらにしろ、戦う力がある者が近くにいるとも限らないし、全員が強い訳でも無い。例えばエメラルドは毒は作れても運動能力は低いし、カナリアもそれなりに戦えるが、自身が無傷のまま相手を封じる程の力はない。その他力を持たぬ子供しかいない時に暴力事件が起きたりもする。

「Aランク目前のBランク筆頭、【巨獣ギガント狩りイーター】のカド――」
「知るか」
「ミウムッ!?」

 だからこのような、シキを“落ちこぼれが辿り着く流刑地”と考え、シキに居る女性に手を出そうとした偉そうに振舞う話の通じない輩を俺が直接対応する事もある。

「テメエ、なにす――」
「五月蠅い」

 二メートルを超える大男のカドミウムッなんとかさんは、流石ぎがんといーたーという異名を持っている実力者故なのか、二分の一程度の体重しかなさそうな俺の一撃では沈まなかった。
 けれど脳を揺らしたお陰で上手く体勢が整えられていないので、その隙を付いて膝を追撃。ついでに関節を外しておいた。

「この、【大咆バス――」

 さらにバランスを崩したが、大男は口を開いてなにかをしようとする。

――魔力の集まり具合からして、咆哮系か。

 魔力の集まりと、通常の呪文系よりも口を大きく開く傾向に見えたので、自身の音を利用する咆哮系を使用すると判断。巨獣と戦う故の技なのかは分からないが、使えば周囲に迷惑をかけるのは確かだろう。

「【強化A】」
「ぶっ――」

 だから最速最短で行える範囲での最硬かつ最強の殴りを顔面に入れる。体勢を崩したお陰で入りやすい高さまで顔が落ちていてよかった。

「…………」
「……よし、と」

 一撃を入れた後倒れた大男を、念のため警戒しつつ状態を確認する。
 そして気絶している事を確認すると、警戒態勢を解いた。

「あー、ヴァイス君。悪いんだけど神父様かシアン連れて来て貰える? 魔力封じ系の奴を持って来てとも伝えて」
「は、はい、分かりました」

 警戒態勢解くと、近くにいたヴァイス君にそう頼む。そして頼まれたヴァイス君は教会方面に向かって走っていったのであった。
 ちなみにヴァイス君がここに居るのは、修道士見習いとしての仕事の最中に、女性に絡んでいるこの大男を見かけたので助けに入ったようだ。
 大男はヴァイス君にどくように脅しをかけ、暴力に訴えようとしている最中に偶然俺達が通りかかったので、俺が仲裁に入ったのである。

――気弱気味だけど、正義感は強い子だな。

 結局は俺が対応はしたモノの、敵わない上に大きくて怖い相手にも見過ごせずに行ったのだ。彼は気弱でも、相当勇気のある子なのだろう。……まぁいざとなったらシュネー君の力を借りたかもしれないが。

「ともかく、大丈夫でしたか――あれ?」

 俺はヴァイス君を見送った後、絡まれていた女性が大丈夫だったかを確認しようとする。ついでに怖がらせないように笑顔を作ったけど……

「……気を失っている」

 絡まれていた女性は気を失っていた。
 ……おかしいな。大男と戦う前は怯えてはいたモノの意識はあったのに――はっ、まさか魔法で気絶を!? だとすればすぐに手当てをしないと!

「クロ殿、魔法関連で気を失った訳では無いから安心しろ」
「え、だとすればなんで気を……?」

 俺が慌てて女性に駆け寄り、動かして大丈夫か確認をしようとすると俺と女性の間に割って入ったヴァイオレットさんを落ち着くように宥めつつそう言ってくる。
 そして女性の状態……打ち身や怪我がないかを確認した。

「彼女はクロ殿の気に当てられて気を失っただけだ」
「え」

 え、俺の気に当てられて……まさか殺気を飛ばして気を失わせられるような、覇気的な力が俺に……!?

「クロ殿が特殊な力に芽生えた訳でなく、気弱な女性であるから目の前で起こった事に怯えただけだからな?」
「あ、そうですか」

 どうやら覇王色的なものではなく、状況に飲まれてしまったようだ。……こう、一睨みしただけでモンスターを撤退させるとかをしてみたかったが、俺には無理なようだ。

「……よし、頭を打ったなどではなさそうだ。私は彼女をアイボリーの所に連れて行くから、クロ殿はその男を頼む」
「ヴァイオレットさんだけで大丈夫でしょうか。俺が運んだ方が……」
「クロ殿を運んだ事もあるんだぞ。女性程度は大丈夫さ」

 う。その俺が運ばれた件に関してはあまり思い出したくないんだけどな……
 でも確かに俺を運べるのなら、この女性くらいは運べるか。

「それよりもクロ殿は怒りすぎだ。状況に飲まれたのもあるだろうが、先程の……」

 先程の……ああ、状況に飲まれたとは言っていたけど、俺の気に当てられたとも言っていたな。
 つまりこの大男と戦うのに、俺が怒りの感情を発露させ過ぎていたという事なんだろうけど……

「仕様が無いじゃないですか。この男、この黒髪の女性にだけじゃ無くヴァイオレットさんまで……」

 だがそれも仕様がない事だ。なにせこの大男はこの女性だけではなく、ヴァイオレットさんにも声をかけ――言い寄ろうとしていた。
 本気で求婚でもするのならば暴力には訴えず、それなりの話し合いで対応はするのだが、女性を物としてしか扱っていない発言が多くあった。その対象をヴァイオレットさんにするなど、それだけでも万死に値する。許す価値など一片も無い。

「折角のデートを邪魔されたんです。……もう一発入れようかな」
「やめてやるんだ」

 それに、外で手を繋ぎながら仕事デートをしていたのに邪魔されたんだ。もう一発入れないと怒りは治まらないが、暴力はイケない事だ。やめておこう。
 いつ目覚めてもように対応出来るようにだけしておこう。……目覚めたら“対応”はしないといけないが、目覚めない事を祈っておこう。……うん、目覚めないと良いなー。

「しかし、この一年はこの男といい、モンスター大集合といい、殿下達大集合といい。荒れてますね」
「確かに。もしかしたらこの男もモンスターの噂を聞いてきたのかもしれないな」
「ああ、荒れた地で討伐しにきたのに、そんなモンスター情報が無いから荒れていたのかもしれない、という事ですか」

 あるいはこの地の情報を聞いて多少のオイタは許されるかもしれないと思ってきたのかもしれない。
 そうなると払拭は難しいだろうな……ローズ殿下にその辺りを頼めば良かっただろうか。……いや、これは領主の仕事だな。あの御方に頼むべき事ではあるまい。

「だとしても、滅多に起こらない外部による暴力未遂事件まで起こるとは……平和なシキでは珍しいですね」
「……私の記憶では、平和なシキの方が珍しいのだがな」

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