追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

垣間見る好きな所(:杏)


View.アプリコット


「アプリコット様。私めに妹が出来た場合、兄として振舞う自信が少々無くなりました」
「あの方々は特殊だから気にする方が間違っているぞ、グレイよ」

 僕と弟子は、先程まで起きていた生徒会室での出来事を、寮に戻るための夜の学園を歩きながら思い出しつつ話していた。
 具体的に思い出すと、今弟子が言ったように様々な自信が無くなりそうなので簡易的に思い出しての感想は……兄妹愛って怖いな、である。
 戦闘方面では学園内でもトップに位置する三名に囲まれた女生徒はすっかり怯えていた。なんというか、相手の行動次第でいつでも捕食される蛇に睨まれた蛙のようであった。
 なにせ相手が悪い。

『――さん。良いですか。誇りあるアゼリア学園生があのような態度と言葉はいけません』

 スカイさん(騎士状態)は学園ではその立ち居振る舞いから主に女生徒に人気があるらしく、その人気のある先輩が敵対するというだけでも心が窮屈だっただろう。

『……私はクロ兄様を尊敬している。その兄様を侮辱するのならば、許さない』

 クリさんはクロさんの妹という事もあってかあまり重要視していなかったようであるのだが、クリさんが机に置いた、ひしゃげた金属製のコップを見た瞬間に女生徒は「……殺られる」という表情になった。

『あはは』

 クリームヒルトさんは……うむ、ノーコメントだ。ただクリームヒルトさんを怒らせる事だけはすまいと心に誓ったとだけ言っておく。

――彼女はある意味可哀想であったな。

 妹達(本物は一名)が蛇になるのも大切(……大好き?)な、クロさんを侮辱された故。つまり愛する兄のための想いがそうさせたのであろう。あのように慕われてクロさんは幸せ者であるな! ……多分。
 だが、あれは特殊な兄妹愛である。通常の兄妹であのような事があってたまるか。

「それとアプリコット様。改めて謝罪を致します。私めの騒動に巻き込んでしまい、申し訳ございませんでした」
「気にする事はではない。しかしグレイ……いや、弟子よ。あのように騒ぎを起こすのは感心せんぞ」

 彼女らについて考えると「妹ってなんであったか……」という無限輪廻ウロボロスに陥るので、妹達の気持ちはともかく、今は弟子の事が優先だ。

「ですが、アプリコット様を馬鹿にされて、どうしても許せなくて……」
「我のために怒ってくれるのは嬉しいのだがな。もう少し感情は抑えたほうが良い」
「……むぅ」
「そうふくれっ面になるな」

 いかにも「納得していません」という表情になる弟子。僕はそれを見て頭を撫でつつ笑う。

――やはり、こちらの弟子の方が好きだな。

 最終的に女生徒とは和解した。何処かの妹ズの力に屈しさせた訳ではなく、状況と互いの心情を説明した上での和解だ。
 彼女は善人という訳ではないが、悪人と言うわけでもなく、単純に……信じた事を正しいと思い疑わない、よく居る様な貴族女子であったのである、

――彼女的には善意で罵倒をした訳であるからな。

 弟子は良い子である事から、どうも弟子は“悪徳貴族である領主に虐げられる可哀想な子”という評判になっていたそうだ。
 そして、飛び級してでも学園に通ったのは“親の魔の手から早く脱却するため”という話に膨れ上がった。それを弟子の推薦人であるアッシュさんが手助けをした、という話になっていた。
 僕に対しては、評判の悪さも有り僕も弟子を虐げる側に居ると噂されており、女生徒はその噂を信じた。そして悲しきかな、妙に行動力とお節介が弟子との今回の騒動へと発展したのである。
 要するにクロさん達や僕を愚弄した発言も、女生徒にとっては同情であり味方としての発言であったようだ。そして否定するのは善意を否定された事になり、理解不能として買い言葉になったのである。
 ……まぁ、それでも女生徒の言葉が正当化される訳でも無いが。あの発言は流石に行き過ぎである。

「しかし感情を抑えると言っても……侮辱されたまま放置というのは、些か……」
「なに、理解しようとしない相手を相手するだけ無駄という話だ。我は変わらず我らしく振舞うだけで、そういった者達の噂は払拭されるモノだ」
「アプリコット様は気にされないのですか?」
「気にはする。だが、気にしてそれだけに意識が割かれてしまっては勿体ないという事だ。感情も時間も有限であるからな」

 クロさん的に言うならば「どうでも良いモノを恨むほど、情愛深くはない」という事であろうか。世間の目も大切ではあるが、僕にとっては私事の方が重要かつ大切だ。
 だから己らしく生きるし、己が信念のためならば世間の目など気にしない。生憎とそれ以外の生きる術は知らないし、知るつもりも無い。
 ……クロさんには「アプリコットは私事優先だし世間の目は気にしないが、自分が思っているほどではないと思うぞ」と何故か言われるのだが。

「我らしく振舞ったら、後は結果を出すだけである。それでも受け入れられないのならそこまで。我にはこの場所は合わないというだけだ」
「……場合によっては学園を辞めると?」
「場合によってはな。なぁに、学園の一つ辞めた所で世界は広いのだ。ここが我の全てではないのだから、ここに固執する必要はない」

 とはいえ、世界の中でもこの学園は良い部分も多くあるから利用するだけ利用はするが。

「あ、言っておくが、学園を辞めるのを推奨している訳ではないぞ。あくまでも、」
「はい、学園ここが世界の全てという訳ではないと意識する、という事ですね」
「分かっているならば良い」
「ですが、新たな事をするのは大変かつ辛いのでは?」
「我は強いからな。生憎と気苦労と辛苦で道の歩みを止める程の弱さは持っていないというだけだ」

 とはいえ、強ければ良いというモノでも無いのだが。
 そこはわざわざ言う事では無いし……強いと自分では言うが、この生き方しか知らんわけだからな。

「…………」
「どうした、弟子よ?」

 僕が弟子の質もに答えていると、ふと、弟子が僕の顔をジッと見ていた事に気付く。
 なにか付いているのか、汚れているのかとも思ったが、観察するような視線なのでどうも違うようだ。

「いいえ、私めがアプリコット様を師事したのは間違いでは無かったな、と思いまして」
「? 当然の事を言うのだな」
「当然だから言ったんですよ」

 弟子は何故かフフ、と嬉しそう笑う。
 ……なんであろうか。どうも僕の知っている弟子の表情とは違う気がする。
 だがその表情を向けられるのは悪くない気もして――

「……アプリコットちゃんは……無意識だと……グレイ君にも強いんだ……」
『っ!?』

 悪い気がしないでいると、唐突に現れたとある女子に僕達は驚愕した。

「フューシャ様、いつからそちらに!?」
「……ずっと……近くに居たよ……出来事イベントは好きだけど……人混みは苦手だから……目立たない所で様子を……心配して見ていた……そして丁度良いタイミングだから……出て来た……独りで寂しかったし……」

 だとしても急に出現するのはやめて欲しい。
 忘れていた僕も悪いのだが、夜中の学園で突如現れるのは心臓に悪い。

「それと……門限がそろそろだし……」
「え? ……あ、もうこんな時間です!」

 フューシャに言われて時間を確認すると、確かに門限が近かった。
 門限とは女子寮と男子寮の外には、所用(生徒会の仕事など)を除く時間外外出が認められないというモノである。破れば寮監によるお説教や罰掃除などが割り当てられるのである。
 今から向かえば間に合わない事は無いのだが、会話に夢中になれば間に合わない可能性もある。時間を知れて良かった。というか和解や妹ズの説教に思ったよりも時間がかかっていたのだな。

「知らせてくれて感謝する、フューシャ」
「別に良いよ……アプリコットちゃん……」

 感謝を述べつつ、周囲には誰も居ないので親しみを込めた呼び捨てで名前を呼ぶ。
 本来なら不敬になるであろうその呼び方も、フューシャは何処か嬉しそうにしていた。

「ところで私も……お兄様達に対して……彼女達みたいに……振舞ったほうが良いかな……?」
「それは彼らが貴女を心配するからやめたほうが良いと思うぞ」

 なにせ素直な弟子が困惑するくらいだからな。あの妹のような妹達をマネするのは、それこそ親しくなって揶揄う時くらいにした方がいい。

「と、急ごう。第三王女を非行に走らせたとなれば、流石に王妃も苦言を呈しそうだ」
「そうだね……行こう……」
「弟子……いや、グレイも一緒に、」
「アプリコット様」
「む?」

 フューシャの発言に苦笑いしつつ、走らない範囲で寮へと急ごうとすると弟子に名前を呼ばれる。
 呼ばれたのでつい立ち止まって振り返ると、

「私めはどんな事があろうと、貴女の味方で、付いていきますからね」

 月光に照らされた弟子は、笑顔でそう言ってきた。

「グレイよ、それは――」
「さ、行きましょうアプリコット様。規則は大事ですからね!」
「う、うむ、そうであるな」

 僕は弟子に今の言葉の真意を聞こうとしたが、弟子は言葉を遮って寮に向かっていく。
 ……今の弟子は、敢えて話題を変えて答えないようにしたように思える。なんだというのだろう。

――もしかして今のは……いや、考え過ぎか。

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