追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活
シスタージェットストリームアタック(:杏)
View.アプリコット
出来ていた人だかりに辿り着き、どうにかかき分けで中心に行こうとするが上手く入り込めずにいた。それでも人だかりの中心部はなんとか視認できる位置まで移動する。
――弟子とクリームヒルトさんと……火組の同級生であったか。
見えたのは弟子と、クリームヒルトさん。そしてそれに向き合う形でいる貴族用の制服を身に纏う女生徒。
なにが起きたかの詳細は分からないが、良くない事である事は確かだろう。
――弟子が虐めを受け、反撃したという可能性は低いか。
弟子は僕と違って学園内で好かれている。
初めは十一歳という若さで入学の飛び級という事や、クロさん達の事もあってか壁を作る……というよりは様子見されていた弟子であった。
しかし素直な性格と、感謝を忘れない真っ直ぐな笑顔を向ける、働き者の努力家。生徒会メンバーと仲がそれなりに良いというのは弟子にとってはプラスに作用しており、月組でも弟子は好意的な立ち位置である。
それは弟子の性格を考えれば当然と言える事であり、僕が居なくても良い立ち位置に居る弟子に少しの寂しさを感じつつも、成長を喜んだ。
「グレイ君落ち着いて! 気にしたら駄目だって!」
「ですが、彼女はアプリコット様を……!」
そんな成長した弟子は、クリームヒルトさんに宥められる形で怒りの表情を女生徒に向けていた。
弟子は基本穏やかで真っ直ぐだが、大切な相手を傷付けられると怒る……怒ってしまう性格だ。暴力に訴える事は弟子の性格や過去の経験から基本ないのだが、暴力すら辞さないのではないかと思う怒りの表情を見せている。
……こんな弟子の表情を見たのは初めてだな。
「落ち着いて。これ以上騒ぎを起こせば黒兄やヴァイオレットちゃん。そしてアプリコットちゃんにも迷惑かかるんだよ?」
「っ……!」
そんな珍しい表情を見せていた弟子は、クリームヒルトさんの発言によってどうにか感情を抑えようとしていた。
だが納得いかない表情のままであるのは、子供であるが所以か、舐められない様にするための矜持によるものか。ともかく弟子は目の前の女生徒を許していない様子である。
「な、なによ、本当の事を言っただけじゃない! それなのになんで怒ってんの、意味分かんない!」
「っ、ぅ……!」
それに対して弟子を“勝手に、急にキレた理解できない存在”というように罵る女生徒に、さらに怒りの表情を見せる弟子。……同時にクリームヒルトさんも、僅かに女生徒に対して妙な感情を向けていた気がした。
――あのような弟子の表情は見たくないな。
今の表情になった理由は分からない。理由が分からない以上は間に入るべきでないかもしれないが、止めない訳にも行かないだろう。
あのような表情を弟子も出来るというのは驚きではあるが、これ以上弟子の怒りの表情を見たくない。無理にでもこの場を切り上げさせるとしよう。
「グレイ――」
だから僕は名を呼ぶ。この人混みの中では聞こえないかもしれないので、少し大きな声で呼べば、渦中の者として中に入れるようになるだろう。
「結局はアンタも――」
だが僕の声が届くよりも早く、女生徒が次の言葉を叫んだ。
「問題の不良品であるクロとかいう屑貴族と捨てられた愚図公爵令嬢の息子って事なんじゃない。王国の恥晒しは学園から出て行ってよ!」
……落ち着け、僕。
ここでこの女に怒りの感情を向けるだけ感情の無駄だ。
クロさんとヴァイオレットさんをそう評するような女なぞ、いずれ破綻と自滅が見えている。
クロさん達だけでなく弟子を馬鹿にした事であろう発言は許せないし、今も口から発せられる雑言を腹も立つ。だがここで事を荒立てては――
「――クロ兄様を馬鹿にしたのは誰」
「――クロお兄ちゃんを愚弄するのは誰や」
「――黒兄への発言をそれ以上しないで」
とある女生徒は手に持つコップ(金属製)を握り潰し怒りを表していた。
とある女生徒は静かながらも相手を平伏させるオーラを放っていた。
とある女生徒は目を見開きその場に居た、見られていない相手すらも動けなくする空気を作った。
「ひっ……なんで妹がたくさん……!?」
そしてそれらの怒りの表情を一気に向けられた女生徒は、先程までの威勢は何処へやら、命の危険を感じた様に怯えた。無理もない。あとその感想はどうなのだろうか。
「え、ええと、皆様、落ち着かれてください……!?」
……いつだったか、クロさんが「自分より強い感情の相手を見ると自分は落ち着くモノだ」と言っていたが、それを僕は実感している。
実際に弟子も現れた三名の女生徒レベルには怒っていたのだが、今はその空気に冷静になっている。
「……貴女か。私のクロ兄様を愚弄したのは。それだけでなくヴァイオレット義姉様も……力、抑えられるかな……」
この中で最も力のあるだろうクリさん。クロさんの妹(本物)である。
クロさん曰く力自体はクロさんよりも強く、本気で殴ればそこらの壁は飴細工のように砕け散る事請け合いのパワーである。
「クロお兄ちゃんだけでなく、友のヴァイオレットも……後輩を指導するのは先輩の役目ですね」
清廉でありながらも抗い難い雰囲気を放つスカイさん。クロさんの妹ではない。
騎士としての立ち居振る舞いや、王族の護衛でありながら指導も行う胆力のせいか、彼女に見られると正座をしてしまう強制力を感じる。
「あはは」
嗤うクリームヒルトさん。クロさんの妹(前世)である。
今のクリームヒルトさんは怖い。本当に怖い。大抵は怖さを感じない僕ではあるが、目から光が消えて動きを逃すまいと、獲物を見る目で女生徒を見るクリームヒルトさんが怖い。
「さて、話を聞くとしましょうか。両方の言い分と、喧嘩をした反省をしてもらいましょうか。そこに居るアプリコットも含めてね」
「え? ……あ、アプリコット様!?」
………………。
「え、我も?」
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