追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

学園で過ごしてみての感想(:杏)


View.アプリコット


 アゼリア学園という所は思ったよりも素晴らしい施設であった。
 それは僕が学園で一週間過ごし、得た感想である。
 以前学園祭で来た時に建物自体の充実ぶりは分かっていたが、生徒として利用するとでは見えて来るモノが違ってくる。

 例えば図書室。
 本は僕が今まで見た事ない種類と数であり、これを全てを読めるのかと心が躍った。三年間毎日に通おうと読み切れる量ではないのだが、少しでも読破するためにここに住みたいと思ったほどである。
 それとこの図書室には隠された部屋が有り、隠された部屋には読んではいけない封印された本があるそうだ。読むと封印された精神系モンスターが読者を襲い、身体を乗っ取られるらしい。

 例えばアリーナ。
 学園祭でトーナメントが開かれたこの場所は、申請をすれば自由に魔法の練習が出来るそうだ。今までは周囲の迷惑を考え、威力の高いモノは遠くで安全面に考慮しなければならなかったが、ここなら周囲に被害が及ばない様に魔法が貼られているため思う存分放てるし、実験も出来るし、開発も出来る素晴らしい場所である!
 それと、複数ある内のとあるアリーナの地下には、シキのような封印されたモンスターが眠っているそうだ。今はメアリーさんが封印を強めたらしいので心配ないらしいが。

 例えば鍛錬室。
 身体を動かす、鍛える器具が揃っている。体力のない僕にはうってつけの場所だろう。
 なお、全ての器具を使用し、最高負荷や最高難易度をクリアすると鍛錬の精霊が現れるという眉唾うわさがある……のだが、メアリーさんは実際に会ったらしい。なにも求めなかったら素直に帰ったらしいが。

 例えばプール。
 一年中泳げる環境のプールで鍛錬できる場所だ。
 なお特定条件を満たすとプールの波が荒れ、その際に脇にある用具室に行くと謎の影と戦えるようだ。

 例えば中庭。
 立派な庭園の中央にある設立者の像の下には謎の部屋があり、選ばれた者の前だと像が動いて入口が開かれるそうだ。

 例えば生徒会資料室。
 資料の中に王族しか知りえない王国の裏秘史の書が紛れ込んでいる。

 例えば生徒会室。
 とある方法で魔法陣を起動させるとドラゴンの一撃に耐えうる部屋へと変貌する。

――ここは魔境かなにかか。

 所々で“ここは国が運営する学園であるよな?”と疑問を持つ情報が紛れ込んでいる。間違いなく国最高の教育機関なのだろうが、それと同程度に最高の危険地帯ではなかろうか。
 クロさんが、

『学園に通わせるのは良いんだけど、変なモノには触れないように気を付けてな……? 命に関わる可能性もあるから……』

 と、本気で心配していただけはある。
 決して知的好奇心に任せて深追いしない様に念を押された。
 最初はチュウニビョウなる、クロさんと出会った頃の僕の好奇心を刺激したクロさんの発言かとも思ったが……乙女ゲームとの情報を精査し、学園の前世持ちの方々と話や実際に深追いしない範囲で調べた情報で「あ、独りでどうにか出来るモノじゃない」と判断した。仮にどうにか出来ても犠牲はあるだろう。そんなものは望まない。

――さて、それは良いのだが。

 学園に危険性はあるモノの、その危険性のほとんどはメアリーさん達が既に解決した問題だ。今もなお残って居るモノは“処理する方が危険である”か、“放っておけば問題は起こらない”代物である。であるから僕にとっては素晴らしい施設である事には変わりない。

「――ねぇ、あの子って――」
「うん、例の――――で、王子様達と話す――」
「本当――生意――。調子――」

 施設は良い。ただし環境が良いモノかと問われれば、僕はシキでの生活に戻りたいと思うほどだ。

――嫌われているな。

 僕は同級生、主に女性陣にあまり好かれていない……というよりは嫌われている。
 シキに来る前の幼少期から、元々同性に好かれるタイプでないと分かっている僕ではある。
 シキに来てその事を忘れるほど同性の友達は多くいて、成長と共に変わったのかもしれない……と思ったのだが、相変わらず同性にはあまり好かれないようだ。
 どうも性格の受けが良くないようである。とはいえ、変えるつもりはないのだが。

――生徒会男性陣と仲良く話したのが良くなかったか。

 そして一番嫌われる要因になったのは、生徒会メンバー、特に男性陣と仲良く話している事のようだ。
 シャトルーズやシルバとは気兼ねなく話しているし、その他人気のある方々とも僕は話す……というか、見かければ話しかけて来る事もある。
 生徒会メンバーでもない、地方の一貴族の娘。
 しかも正式な貴族でない上に、保護者であるクロさん達は首都や貴族界では悪評の方が圧倒的に多い。
 それだけでも腫れ物を扱うように見下される要因ではあるが、そんな女が、先輩方達では学園内外でも有名な方々と。同級生では二人の殿下と仲良く話し、友人のようになっている。……まぁ、面白くはないであろうな。

――メアリーさんのような心掌握術か、世渡り力があればな。

 これがメアリーさんのように振舞えれば、今のように嫌われはしないだろう。
 なにせ新入生達がメアリーさんに対し、

『なにあの女。平民の癖になんで殿下達や麗しき御方達と仲良いの!?』
『何処が良いのあんな女!』

 という嫉妬の渦が巻き起こっていたのだが、数日後には、

『メアリー様、素晴しい! 誰と結ばれるのでしょうね!』
『メアリー先輩を目標にいたします! ああ、先輩と一緒に学園に通えて良かった!』

 というような感想へと変わっていた。
 このような変化をもたらす振る舞いが僕にも出来れば別なのだが、僕にはそのような力はないし、身につかないだろう。
 ……いや、あそこまで行くと洗脳をしているのかと疑いたくはなるが。というかシキでも思ったのだが、なにか特殊なフェロモンでも放っているのか彼女は。

「アプリコットちゃんは……辛くないの……?」

 そして食堂で僕の作った料理を一緒に食べながら、この一週間で仲良くなったフューシャは僕に聞いて来る。
 辛いの内容を省略しているのは優しさ故か、あるいは気弱故か。

「辛くない。元より差別は覚悟の上であるし、この程度で怯む程度なら学園に来る意味はあるまいよ」

 ともかく僕は気にせずに返答する。
 これは強がりでもなんでもなく、ただの事実だ。
 僕はただ行けるから行く、というような気持ちで学園に来ている訳ではない。僕の貴重な三年間を使い、偉大なる魔法使いになるために学びに来ているのだ。この程度は障害でもなんでもない。実力を示して黙らせてみせる。

「とはいえ、影響があるようなら対策は講じるつもりである」
「影響……?」
武勇無きビアー快楽の力アポトーシスなどだな」
「…………。……あ。直接的な……虐めとか……の事……?」
「そうとも言う」

 今は噂や言葉、避けるなどに留まっているが、これが勉学に影響するのならそれなりの対応をする。
 弟子や、クロさんとヴァイオレットさん。そして僕と仲良くしてくれる殿下達クヌムなどに迷惑をかけないようにするためには労力が必要だが……そこはクロさんを見て学んだ対応策で乗り切ろうと思う。クロさんはその辺りの応対……というか、交渉術が上手いからな。真似するだけでも充分だろう。

「ようは、我は我を嫌う者相手に好かれたい訳では無いからな。好かれたくない奴に時間を割くだけ無駄という事だ」
「……なんか……クリームちゃんみたい……」
「そうであろうか?」
「うん……生きる強さが……アプリコットちゃんには……ある……」

 クリームヒルトさんは僕の“気にしない”と違い、“興味を持てない”という強さであるから似て非なるモノであるとは思うが。

「でも……グレイ君には……弱いよね……アプリコットちゃん……」
「やかましいわ」
「大丈夫……私は……その恋路を手伝うよ……!」
「余計なお世話……ではないな。協力願うやもしれん」

 情けない話ではあるが、今の僕は弟子に対して凄く弱い状態だ。今はなんとか師匠の面目を保ててはいるが、このまま行けば保てなくなるのも時間の問題だと分かる程である。
 勉学も大切だが、こちらの方面も重要だ。必要ならば相談する可能性もあるな。

「……ところで、第三王女に聞くのも失礼な話だが、恋愛経験の方は?」
「本で……沢山……!」

 ……いや、不安だな、これは。

「我の事もあるが、それより我はそちらの方が不安だ」
「? なにが……?」
「我と一緒に食堂で食べる事だ。我は見られる事を気にせぬが、そちらは王妃の事もあるのではないか?」

 今も王族が食堂で子爵家の娘が作る料理を食べている、という事で遠巻きに見られている。
 そうすれば噂になり、フューシャには優しくて過保護な王妃に色々言われるような気がするが。……その場合はクロさんにも迷惑がかかるだろうか。……その場合は悪いが殿下兄弟の力を借りるとしよう。
 ともかく、僕と食べる事は王妃になにか言われそうではあるが。

「良い……今まで……引きこもって……言われるがままだったから……学園では……自分の意志で……友達と過ごしたい……」
「……それなら我からはなにも言うまい」

 フューシャが自分の意志で決め、僕を友と言ってくれるのならば、友の意見を尊重しよう。

「ところで美味しいか? 好みの味は分からぬし、王族のシェフと比べると劣るとは思うが……」
「ううん……とっても美味しいよ……お世辞とかじゃなくって……本当に美味しい……食べ過ぎて……太りそう」
「貴女はもっと太っても良いとは思うのだがな……」

 フューシャは一部は太い……もとい大きいが、その大きいモノがより大きく見える程には他の部分は細い。ある意味ではシキに来た当初のヴァイオレットさんのようである。それよりはまだ健康的だが。

「だが、お褒め頂きありがとう。我の料理の腕はこれからドンドン磨いていくから、食べてくれると――む?」
「どうしたの……あれ……なんの騒ぎだろう……?」

 同性の友が出来、舌の肥えているであろう友に料理を褒められた事に内心喜びつつ。それを表立って顔に出さないようにしているとふとある騒ぎが気になった。
 あそこは……食堂の入り口辺りだろうか。人だかりが出来ている。

「トラブルだろうか。……面倒事は避けるか、好奇心に駆られて野次馬になるか。どちらを選ぶ?」
「野次馬……!」
「お、おお。では行ってみるか」

 目立つのは嫌いなフューシャであるので、てっきり早く食べ終えこっそり去る事を選択するかと思ったが、即答で見に行く事を選択した。意外と好奇心旺盛なのだろうか。

「その前に食器を片付けて――」

 見に行くために、互いに食べ終えた食事を片付けようとして。

「二度とアプリコット様を愚弄する発言をしないでください!」

 その声が聞こえて、僕は真っ先に駆け出した。

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