追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

初期印象は大切(:杏)


View.アプリコット


 手紙をまさに恋する乙女というような表情で持つフォーン会長さんと別れ、僕はそろそろ弟子と合流を計ろうとした。
 弟子とは女生徒寮と男生徒寮に荷物を置く都合上別れたのだが、時間を見れば合流約束の時間に近い。合流の場所に向かって、弟子と入学式の会場へと行くとしよう。

「む、お前か。グレイはおらず独りのようだが、迷いでもしたか?」
「あれ、本当ですねアプリコットです――わ、制服似合っていますね!」
「確かに決まっているね。やはりキミには黒色の服が似合っている」

 しかし移動をする前にシャトルーズめとメアリーさん、エクルさんと出会った。
 相変わらず名前を呼べずにいるが、僕の眼帯を心配している事を上手く表に出せずにいるシャトルーズに呆れつつ、素直に僕を褒め称えるにメアリーさん達と一言二言話すとすぐに別れた。

「おや、アプリコットではないですか。入学おめでとうございます。魔法と筆記はトップクラスだったようで。推薦者として喜ばしいですよ。……おや、どうかしましたか、シルバ」
「いや、魔女服でないアプリコットが新鮮で慣れなくて……あ、いや、似合ってはいるよ。着られている感が無いのが凄いと思う位には」
「それは分かるな。彼女は破天荒な部分が目立つが、細かな気遣いに長けた女性だからな。――ようこそ、アゼリア学園へ。王子として歓迎し、弟や妹と仲よくしてくれると兄として喜ばしい」

 入れ違いでシルバ、アッシュ、ヴァーミリオン殿下が現れる。そして同じように一言二言会話すると、生徒会としてこの後の用事が忙しいらしいのですぐに分かれた。
 ……しかし、改めて考えるとこの方々も最初の印象と変わったものである。男性陣の最初はあまり良いものでは無かったからな……

――しかし、乙女ゲーム、か。

 今会った男性陣は、クロさんから聞いた所の乙女ゲームの攻略対象ヒーローであるとの事だ。
 乙女ゲームとはどういうモノかの詳細は聞いたし、夢を見た感じではあるが魔法によってどんな雰囲気かはおおよそ理解した。
 世の乙女が彼らに対し、フォーン会長さんのようにトキめきを抱く。

――言いたい事は分からんでも無いが……

 彼らの第一印象などは良く無いモノであった。だが、彼らに惹かれる女性が多いというのも分かりはする。
 外見はよく、文武・魔法共に高水準。貴族勢は実家での立ち回りや実務面も一目置かれる程期待されており、シルバは自分の力で稼いで生活力もある。
 誰も彼もが外見、中身、身分(シルバを除く)全てが高水準。そんな彼らに世の女性の多くは放っておかないのは当然と言える。

――そんな彼らを侍らすメアリーさんは魔性の女であるな……

 彼らを狙っている女性陣も多いだろうに、彼らが一人の女性を取り合うという状況でもメアリーさんは学園内での人気が高い。
 ハーレムを築いていると言える現状でも、“メアリーさんはそのように扱われるのに相応しき女性”として人気がある。仮に誰か選んだとしても、“彼女が選んだのだから素晴らしいカップルになる!”と称されるのが目に浮かぶほどだ。それほど彼女は今の学園の中心だ。
 
――……彼女に一握りの悪意があったら、学園が崩壊しているのではないか。

 と思わない事も無いが、実際は彼女は多くの危機を救っているそうだ。
 実際に見ていないのでハッキリとは言えないが、彼女は救う事を特化している。だから今現状の立場に居るのだろう。僕もその事に異論はないし、メアリーさんが彼らの誰と結ばれようと祝福する。ハーレムを築くなら……それほど素晴らしい女性であると褒め称えるだろう。

――けど、何故であろうな。メアリーさんに恋愛スキルを教えて貰うのは違う気がする。

 男性を多く魅了するメアリーさんであるが、恋愛的なスキルは…………うむ、ノーコメントとしておこう。
 大人の余裕というよりは、少女の純粋さであるからな……もしやそれこそがハーレムを築けている所以なのやもしれぬが。

「あ、アプリコット様ー! お待たせしてしまいましたか?」
「む」

 気が付けば待ち合わせの場所で弟子を待っていた僕。
 声の方を向くと、貴族用の黒い制服に身を包んだ弟子がこちらに向かって小走りで近付いて来ていた。
 ……以前も見たが、相変わらず似合っているな。弟子様にカスタムしたクロさんのお陰であろうか。

「待ってはおらぬ。そちらは我を待たせぬようにと急いでしまい、忘れ物をしてはいないであろうな?」
「はい、確認して来ましたので大丈夫です! 部屋の場所も記憶しました!」
「そうか、それは良かった――む、動くな」
「はい? ……えっと、アプリコット様、なんでしょうか……?」
「……襟部分が少し曲がっている。折角の入学式なのだ。身嗜みはキチンとするのだぞ」
「あ、ありがとうございます!」

 普段の身なりはキチンとしている弟子であるが、今は高揚が抑えきれていないようである。
 あるいは、弟子は“誰かの面倒を見る事が好きな”性格である。誰かの面倒を見なくて良い、自分だけを高める環境という事で慣れていない故に戸惑っているのか。

「これでよし、と。しかし……」
「どうかされましたか?」
「……いや、背がさらに伸びて来ている気がしてな」
「そうなのですか? クロ様――父上もそのような事は仰っていましたが」

 襟を正した時、弟子の背は伸びて来ているとふと思った。首元に腕を回した時、今までよりも腕を上げる必要があった気がしたのだ。

「ですが、身体が大きくなっても、中身が伴わなければ成長とは言えません。アプリコット様と切磋琢磨し、心身ともに並び立つに相応しき男となるよう努力いたします!」
「そうか。茨の道だが、期待しているぞ」
「はい。茨でも修羅でも、アプリコット様の隣に立つためなら苦悩しようと進んで見せます!」

 それはまた随分と嬉しい事を言ってくれる。だが、少し訂正せねば。

「良い心構えだが、苦悩するのならばその道は休んでみるのも手であるぞ」
「え。……そうなのですか?」
「そうとも。辛い事は有るだろうが、我は最終的には楽しいから己を高めている。良いか、覚えておくのだぞ。苦痛が欲求になるための手段なのは良い。だが、欲求に苦痛が伴う時は休むのも手だ」
「ええと……どう違うのでしょうか?」
「難しい事かもしれぬが、いずれ分かる。ああそれと、逃げるのではなく休む、だからな。そこは勘違いするでない」
「はい、分かりました!」
「良い返事だ」

 僕の言葉に元気よく返事をする弟子。理解していない事は有れども、どういう意味かを考えつつ前を向いていこうという気概が見える。

「では、そろそろ行くぞ。入学式に遅刻してはならぬからな」
「はい、行きましょう」

 そう言って僕の横に陣取り、一緒に入学式が行われる講堂に並びながら歩いていく。
 弟子はこれから正式に学園生の一員になれるのだと、足取りが軽やかである。

「――――、――。――――」
「――。――――、――」
「…………」

 そして歩いていく中、とある視線と聞こえない声を感じた。弟子は気付いてはいない。
 ……どうやら、全てが晴れやかに事が運ぶ、という訳にはいかぬようだ。

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