追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

ちょっぴりRの次の気質(:菫)


View.ヴァイオレット


 集中出来ない。

 書類を手に持ち眺める時の目元とか。
 珈琲を飲んだ後に口から漏れ出る吐息とか。
 体勢を整えようと座り直す際に揺れる髪とか。
 私がプレゼントした万年筆を顎に当て考える仕草とか。

 クロ殿のあらゆる挙動が気になり、仕事に集中出来ない。
 元々何気なくとも愛おしい行動と思っていたのだが、先程の発言や行動を受けて意識をすると、いつになく攻めて来るクロ殿に、私は心をかき乱されていた。
 平常心を保とうと別の事をしようにも、取り掛かる事は出来るのだが、気が付けば全く進んでいなまま時間が過ぎている事に気付く。
 あるいは出来ていても、振り返るとなにをしていたかを思い出せないまま事を成し遂げている。記憶にないのに書類が不備なく完成されていた時は自分の行動を疑った。
 ……ともかく、集中出来ていない。

「……はぁ」

 だから私は一旦クロ殿から離れたほうが良いと思い、外での仕事に移行し、周囲に誰も居ない事を確認してから溜息を吐いた。
 クロ殿の行動に対する悲嘆や憂鬱など負の感情から来る溜息ではない。自身の情けなさから来る溜息である。

――嬉しいと言えば嬉しい。

 クロ殿に求められるのは純粋に嬉しい。応えられるのなら私も応えたいとは思う。
 前世と今世の親の影響なのか、求める事に対しては奥手……というよりは臆病なクロ殿だ。
 そんなクロ殿がこちらから誘うまでもなく求めて来る。好きな相手にもっと愛したいと求められるのだ。……本当に嬉しい。嬉しいのだが……

「心の準備がな……」
「大丈夫か、ヴァイオレット?」
「え? ……あ、神父様」

 私がつい出てしまった独り事に反応した人物が居た。
 この優しい性格が声に出ている声は神父様。誰も居ないと思ったのだが……どうやらここでも集中出来ていなかったようだ。

「すまない、そっとしておいたほうが良いかとも思ったんだが……」
「別に構わない。放っておけなかったのだろう。神父様だからな」
「それはそうだが……」

 私の発言に言葉にはしないが「そこまで読まれやすいかな……」という表情をとる神父様。流石に私も神父様の“困っている相手を放っておけない”という性格はよく分かる。気が付いたら誰かのために働いているからな、神父様は。

「それでなにか困った事があったのか? 俺で良ければ話を聞くが」

 気持ちを切り替えて改めて聞く神父様。自分がどう思われようと、私の悩みが優先だと判断したようだ。
 しかし神父様に相談……は、流石にやめておいたほうが良いな。他者のこちら方面の事情なぞ聞いた方も困るだろうし、なにより私が遠慮したい。
 同性の年齢の近い友人……シアンやアプリコット、クリームヒルトなどであればまだ話せるかもしれないが、それでも今の悩みを話すのは恥ずかしい。
 神父様の事だから、私が拒否すれば引いてくれるだろう。

「……神父様はクロ殿についてどう思う?」
「どう、というと……」
「神父様はクロ殿との交友期間が長いだろう? だから神父様から見たクロ殿を知りたくて……」

 だから話さないでおこうと思ったのだが、少々違う形で聞いてみる事にした。
 神父様はシキの中ではクロ殿と一番交友が長い男性だ。なにか私の知らないクロ殿の話を聞く事で気持ちも整理出来るかもしれないと思ったのである。

「クロは……よくシアンやクロが俺を自分を顧みない男、だと言うが、クロも同類だと思うんだよな」

 初めは急に言われて答えられないかと思ったのだが、神父様は私の質問に疑問を持たずに答えてくれた。……恐らく困っている私が求めた質問モノであったから答えたのだろうな。あと言われている自覚はあったのか。

「同類?」
「ああ、八方美人の事なかれ主義のようだが……その実、一線の内と外での対応差が激しい。冷徹であり、甘くて甘え下手……ええと……」

 どう表現して良いかを悩む神父様。
 確かにクロ殿は大抵の相手には一定の距離を取ってはいるが……それは普通の事では無いだろうか。だがわざわざ言うからにはなにか思う所もあるのだろう。

「クロは潔癖気味というのもあるけど、基本“来てから考える”の受け身体質なんだよ」
「受け身体質?」
「要するに、自分だけのためより、誰かのための方がやる気が出るって事だ。恐らくだがクロは、シキに来た時にグレイが居なかったら屋敷は来た頃のまま殆ど放置していたと思うぞ」
「別に困らないから、今以上を目指す必要はない、という事か?」
「そういう事だな。そして屋敷に回す分をシキの皆のためにあてて動いてたんじゃないかな」

 それは……想像出来るかと言えば想像出来る。
 クロ殿の好きな服飾も自分の服よりは他者の服を作っている方が楽しそうであるし、誰かに着てもらう服を前提に作る事の方が多い。
 クロ殿は無頓着な部分もあると言うか、自分だけが喜ぶ事よりも、誰かが喜ぶ事に喜びを覚えるタイプだ。
 当然全く無いという事では無いだろうが、他者の介入しない事柄に関しては優先順位が下がっている。それを神父様は言いたいのだろう。

「確かにそれだと神父様と同類……なのだろうか。メアリーとも似ている部分があるかもしれない」
「まぁ俺よりはクロやメアリーの方が周囲を見えているとは思うが……」
「だがそれは、」

 しかし否定したい気持ちもある。
 肯定してしまえばクロ殿は何処で破綻を迎えそうだと思ったからだ。

「だからこそ、ヴァイオレットが現れて良かったと思う」
「私?」

 私が納得しつつも否定しようとすると、否定する前に神父様が私を見て言う。

「そんなクロが誰にも渡したくないと思う相手が出来たんだ。“自分”を優先させても独占したいと思うほど、好きな相手がな」
「……そうだろうか」
「そうとも。だから覚悟しておいたほうが良いぞ?」
「覚悟、とは?」

 神父様はいつものように、見る相手を安心させる優しい笑みを浮かべながら、

「クロは好きな相手を決めたら、全力でその相手に尽くすタイプだからな。ひたすらに真っ直ぐ相手を見る」

 疑問視する私に答えを返す――忠告をした。

「自分を優先させるとクロは強いぞ?」







 クロ殿は強いと言われた後、私は少し考える時間を取った後に、神父様に感謝の言葉を述べた後に別れ、屋敷に戻って来た。
 私の感謝の言葉に初めは「もう大丈夫なのだろうか」と疑問顔であったが、私が何処か納得した表情である事に気付いたのか、問題が解決した事を嬉しそうにしていた。
 神父様の言いたい事は理解した。
 神父様も、メアリーもある意味そうだが、公私の内の“公”の部分が優先されやすいのだろう。

――けど、クロ殿は違うな。

 しかしクロ殿は神父様達と同じように他者のために顧みない部分もあるにはあるが、どちらかというと“私”を優先させる。
 そもそもシキに来た理由が、“自分の姉のような存在や友人の復讐であり八つ当たり”というクロ殿だ。私情を優先させる事は多い。
 自分の行動を正しいと思っているというよりは、自分の良心を否定しない、といった感じか。だから感情を大切にする。

――だからこそ、感情が今……

 そんなクロ殿が何処かで抑えていた感情を発露させると決めたのならば。
 感情を大切にするクロ殿が自身の感情こういを認めたとしたら……確かに、強いかもしれないな。

「……さて」

 私は気持ちを落ち着かせて屋敷の中に入り、ただいまと口にする事無く屋敷の中を歩いていく。
 目指す先はクロ殿の居るだろう執務室。私と“続き”をするために仕事を終わらせると宣言はしたが、まだ作業は続いているだろう。もしかしたらクロ殿の分は終わっても、元々私が今日行う予定だった分も進めている可能性もある。
 そう思いつつ執務室の前に行き、扉をノックする。

「どうぞー」
「失礼する」

 部屋の中から返事が返って来たので、私は扉を開けて中に入る。

「おかえりなさい、ヴァイオレットさん。外での仕事は問題有りませんでしたか?」
「ああ、特になかった」
「そうですか、良かった。…………」
「どうした、クロ殿?」
「いえ、先程少し先走ってしまったせいか、ヴァイオレットさんが居ない間落ち着かなくて……改めて姿を見れて嬉しく思いまして」

 相変わらず攻めの姿勢を崩さないクロ殿。普段であれば言わない事を臆面もなく言う。多分数日経てば今日の事を思い返し恥ずかしがると思う。

「そうだな、私も嬉しく思う。……だが、クロ殿、一つ良いだろうか?」
「なんでしょう?」

 私はクロ殿に向かって歩き、近くで止まる。
 私の行動に座ったまま疑問を浮かべるクロ殿を見ながら、私は顔をクロ殿右耳へと近づける。

「私の覚悟は決まったから、我慢出来なかったらいつでも、すぐにでも受け入れるからな」
「……へ?」

 私は小声で言うと、クロ殿は間の抜けたいつものような反応をする。

「だが何事もやり過ぎは禁物という。その辺りはクロ殿が決めてくれ。ではな」

 私はすぐに顔を離すと、クロ殿から離れて部屋の扉へと向かっていく。

「え、あ、えと、どちらへ……?」
「外に出て服が汚れたからな。仕事を再開する前に部屋で着替えて来る。……ああ、お風呂に入るのも良いかもしれないな」
「そ、そうですか」
「そうだとも。……どうするかは、クロ殿が決めてくれ」

 “どうするか”という部分を強調しつつ、明言はせず。私はクロ殿の反応を見る前に執務室を去る――前に。

「クロ。覚悟を決めたら攻めるのは、貴方だけの特権ではありませんからね」

 そう言い残し、執務室を出て扉を閉めた。

――クロ殿は強い。

 それは認めるし、私ではクロ殿に勝てるとは思えない。惚れた弱みというやつだ。
 しかし相手が強く、勝てる見込みが無いからと言ってただ為されるがままというのも性に合わない。だから私は私らしく、私のしたい事をクロ殿にする。
 それが自分を優先させると私へ好意を隠さずに行動してくれるような、私を好きになってくれたクロ殿に対する礼儀でありお返しというモノだろう。
 それに……

――うん、やはり攻めた時の狼狽えるクロ殿は良い。

 私は内心で思いつつ、部屋に着替え取りに行くのであった。

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