追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

僕とワタシ(:紺)


View.シアン


「さぁ、貴方は何者なのか話して貰おうか、ヴァイス君の姿をしている謎の男!」
「なんだこのシスター。……ああ、自身の行為が照れくさいからとワタシに当たってるのか」
「うっさい。早く話さないと元に戻すため浄化魔法を部分展開させて徐々に苦しませる」
「器用だな」

 逃げたい気持ちを正座しているヴァイス君の姿をした謎の男に見透かされ、八つ当たりをする。
 しかしこの謎の男、外見はヴァイス君とほぼ同じであるのだが、こうしてゆっくりと見ると所々が違うと思える。犬歯はより尖っているし、目は光っている……いや、明るい? あと目つきも優しいつり目めだったヴァイス君に対し、切れ目な鋭いモノになっている。なんというか、内向的から野性的になった感じだ。

「シアン君、謎の男ってなんの事かな。確かに行動はらしくも無かったが、ヴァイスじゃないか」

 改めて謎の男を観察していると、腕を組んで威風堂々とした格好のまま説教をしているシューちゃんは私に尋ねて来る。
 ……シューちゃんは先程の光景を見てなにが起きたか分からずに混乱していた。つまり彼はヴァイス君であると目を逸らしている……

「ふん、ワタシの事に勘付いている辺り、お前よりこの女の方が――」
「お姉ちゃん、だ。そしてシアン君をこの女呼ばわりとはなんだヴァイス。まだ説教をするぞ!」
「ひっ、ごめんなさいお姉ちゃん! えと、シアンさんの事はそう呼びません!」
「それで良し。先程のように力が身に余る年頃かもしれないが、言葉遣いはキチンとしなさい。それじゃ、なにかは分からないけど話をしてあげなさい」
「はい……なんなんだコレ……」

 ……訳でもなく、本気で気付いていないのだろうか。姉であるシューちゃんなら気付いてもよさそうなものだけど。あと完全に謎の男はこの短時間でシューちゃん調きょ――指導されているね。

「ちょっと待った。話すなら俺も聞かせてくれ」
「あれ、クロ? あの子達は?」
「応援が来たからそっちに任せた。今魔法陣の再構築とか状況とかも見て貰ってる」

 私達の所に近付いて来たクロに言われて見ると、帝国の少年達はオー君の謎の蠢くロープによって捕縛されていた。知らないヒトが見たら黒魔術の生贄に連れていかれるようである。
 その他にもイオちゃんやコットちゃんもおり、その両名は魔法陣と扉の状況を確認していた。

「俺も聞かせてくれ」
「……神父様」

 そして先程の事も有り顔を合わせ辛いが、複雑そうな表情をした神父様も私達の所へと来る。……やっぱり、なにか思う所はあるんだろう。違うと何処かで分かっていても、まったく関係無いとは思っていないようだし。

「ところで、話したらワタシにあの男達の血を奪っても良いか?」
「生憎とそれは領主としても個人的にも許可出来ない。生きるのに血液が必要ならば折り合いをつけて用意してみるが……必要なのか?」
「確かにワタシは吸血鬼だが、生きるのに絶対的に必要な訳でもない。奪いたいのは単純にアイツらが僕の敵だからだ」
「敵?」

 謎の男はそう言いながら帝国の少年達を睨みつけた。その眼光は動かない状態でも充分に威圧するに値し、縛られている少年達を恐怖させ、オー君を警戒させていた。
 ……しかし、“ワタシ”と“僕”か。もしかしてこの子は……

「というか待つんだヴァイス。吸血鬼ってなんだい。本の影響を受けてそう思うのかもしれないが、ヴァイスは――」
「ワタシは吸血鬼だよ、お姉ちゃん。心当たりがないとは言わせない。ヴァイスが捨てられた理由は外見だけじゃ無かっただろう?」
「……それは、そうだが。つまりヴァイスの父は……」
「そう、吸血鬼だよ」

 聞くとシューちゃんとヴァイスが捨てられた理由に、外見が美し過ぎるから、というモノの他に、異父姉弟である事が発覚したから、というのがあるそうだ。
 浮気か無理矢理か、事実は不明であるが、ともかく異父である事が発覚して家族は不仲になり、そのままシューちゃん兄妹は捨てられた。
 そしてその父親が吸血鬼だとの事だ。

「そういえばヴァイス君、父親がどうとか酒場で言おうとしていたな……ん、だが待て。姉であるシュバルツさんが知らないのを、なんで君が知っているんだ? ヴァイス君は聞いていたのか?」
「ヴァイスは知らないよ。知っているのは……ワタシは元々そういう存在だと自覚しているからとしか言いようがない」
「ヴァイスは知らない? 私はそういう存在……?」
「血が混じっている、というよりは血が眠っていたんだよ。本来ならワタシはこんな風には表には出ない」
「……二重人格、という事か」
「厳密には違うが……まぁそんな感じだ」

 この人格の彼はなにもなければ、普段ヴァイス君の中で眠っているようだ。
 人格面として表に出る事も無く、性格に影響を及ぼす訳でも無く。

「とはいえ、偶に抑えきれずにいる事は有る。気付かぬ内に吸血……はしないが、吸精をする事はな」
「え、吸精……?」
「言っておくが実際に精を取る訳ではない。周囲に居る魔力を喰う、と言った方が正しいか」
「ああ、だから一度魔力を一気に使ったみたいに眩暈がしたのか……」

 クロは納得したように過去の状況を振り返っている。
 そうなると私がさっき妙な感覚がしたのも、魔力を奪われる感じがしたからだろうか。そして吸血鬼としてのヴァイス君を感じ取ったのかもしれない。

「……ならば何故、彼らを襲った」

 私達が過去の事に合点を入れていると、神父様がいつもより低めの声で尋ねる。
 先程も“敵”と言っていたし、当然の疑問と言えば当然の疑問である。

「決まっている。ワタシを目覚めさせた対価を払ってもらうためだよ」
「対価?」
「ああ。――僕を傷付けた上に、ワタシを目覚めさせたんだ。対価は血を持って払ってもらわねばな」

 そして先程よりも強い怒気を彼は放つ。
 それは夢魔族サキュバスであったフォーちゃんの目とは違い、特殊な効果が無いにも関わらず、怒気を向けられていないこの場に居た全員を振り返らせ、警戒心を抱く感情であった。

「それで、どうする? ワタシを退治するのか、お前達は」

 しかし彼はすぐに怒気を収めると、あっけらかんととした表情で私達に問うてきた。

「そこの神父はそこそこやるようであるし、シスターも浄化魔法が得意そうだ。お姉ちゃんの言葉は何故か抗いがたいし、黒髪の男は……うん、純粋な運動面では勝てるだろうが、戦闘になるとまだ勝ち目が薄そうだ。他にも実力者は居るようであるし……ほら、退治にするにはもってこいだぞ」

 しかしその場合には全力で抵抗する。言葉には出さないが、彼はそう告げていた。
 クロより運動面は上と言い、“まだ”勝ち目が薄いと言う。恐らくは本調子であれば先程よりも上の実力を見せるのだろう。

「そんな事より重要な事があるんだけど」
「は、そんな事より?」

 吸血行為しょくじが充分に行われ、夜になれば吸血鬼は手に負えないなんてよく分かっている。いつかローちゃんが吸血鬼を捕縛した時だって昼に奇襲をかけたからすんありといけたんであって、本来吸血鬼という存在は、敵であるならば大型竜種ドラゴンと同レベルの災害と言っても差し支えない存在だ。彼が吸血鬼なら実力が私達より上なんて分かりきっている。
 まぁ、それは置いておくとして、まず聞きたい事がある。

「貴方、名前なに? ヴァイス君って呼ぶとややこしいし、なにか別の名前あるとありがたいんだけど」
「…………はい?」

 謎の男とかヴァイス君の姿をしているとかじゃ呼ぶのにも面倒だ。そこはハッキリさせておかないと今後困る。

「もし無かったら私達で決めるけど」
「うーん、ヴァイス君の別側面オルタナティブだから……はっ、ヴァイス・オルタなんてどうだろうか!」
「クロ、ノリノリだな」
「よし、じゃあオルタ君で良い? 良ければ今後そう呼んで――」
「いや待てお前ら!」
「あ、やっぱり名前があった?」
「そういう事では無い!」

 ではどういう事なんだろう。こういう場面でコットちゃんのようなセンスを発揮する事が多いクロにしては割といい方面の名前だとは思ったんだけど。いや、なんだか若干コットちゃんのような感じもするけれど。

「ワタシを退治するのではないのか!? ワタシはお前達からすれば討伐対象なんだろう!?」
『えー』
「なんだその反応腹立つ」

 オルタ君(仮)は複雑そうな表情をするが、私達だって複雑な表情になるというモノである。

「そこの神父に至っては先程までの敵意はどうした!」
「オルタについて色々聞きはしたいが、俺が追い求めた吸血鬼でないのなら、そこまで敵意は持たない。むしろ勘違いで襲って申し訳ないとも思う……いや、彼らを問答無用で襲った事に対する事は思う所もあるが」
「だったら何故だ!」
「何故って、その身体はヴァイスであり、オルタはヴァイスのために怒り、行動したんだ。それは罪や罰の話で、討伐の話ではないよ」
「――――」

 この子は先程からヴァイス君の身を傷付けられた事に憤り、少年達を“ワタシの敵”ではなく“僕の敵”と称していた。
 結果的にはオルタ君の敵なのかもしれないが、根本にあったのはヴァイス君という存在を守ろうとした行動である。そんな彼なりの優しさは垣間見えた。
 行動自体はやり過ぎなので神父様の様に罪や罰の話になるが、少なくとも災害やモンスターと同列には今の所は扱えない。

「それに、さっきの魔法陣の魔力を一身に受けて封印解除を阻んでくれたんだ。感謝しないとむしろ駄目だよ」
「あ、そうなんだ。じゃあ領主としても感謝しないと駄目だな……」

 それにアレだけの魔力を見に宿して抑え込んだのはオルタ君のお陰だろう。
 もし彼以外が生贄になっていたら、今頃私達は封印解除されたモンスターによりこの世には居なかったかもしれない。そこは忘れてはいけない事だろう。

「……それで良いのか、お前達は。ワタシはお前達の中ではモンスターに分類されるんだぞ。迷惑をかける存在なんだぞ」
「なにを言う、我がシキでは余所で迷惑をかけたから来た奴らばかりだぞ。それにハーフゴブリンだって皆に慕われているんだ。今更ハーフ吸血鬼ヴァンパイアが居た所で気にはしない」
「……ワタシがいつ周囲を襲い、吸血するか分からないぞ」
「それは困るが、そこはどうにか折り合いをつけて欲しいな。俺達は協力するよ」
「それに罪を犯す可能性があるのは生き物全員だし、なにより……ヴァイスが傷付かないようにする事は協力してくれるだろう?」
「……まぁ、そうだが……」

 神父様とクロは「じゃあ決まりだ」と言うと、周囲を見る。

「じゃ、まずはこの辺りの片づけをするとして、今後については一段落着いた後だ。……その後は、姉弟で話し合ってくれ。神父様……は怪我をしているから治療優先で、シアン」
「なに?」
「すまないが、シュバルツさんとヴァイス君をよろしくな」
「りょうかーい」

 クロはそう言うと、イオちゃんの方へと駆け寄って扉の状況を確認しに行き――

「あと、結婚の時の衣装は俺にも相談してくれよな!」
「早く行け!」

 クロは余計な事を言ってからイオちゃんの所へと行った。
 まったく、私の衣装を気にしている暇があったら、さっさとイオちゃんのドレスを作りなさいっての。
 ……でも、途中経過を見た限りでは良い意匠だったし、クロに頼むのも良いかもしれない。

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