追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

高くて限定的に安い(:紺)


View.シアン


「神父様、お怪我は?」
「ああ、かすり傷だ。少し開いただけで、すぐに――」
「塞がるものだとしても診せてくださいね。神父様は大きめの怪我でも“大した事はない”と言って隠すんですから。はーい、肩を診せてください」
「わ、分かった」

 とりあえず私とシューちゃんは、神父様とヴァイス君の所へとそれぞれ駆け寄った。
 そして先程まではヴァイス君を殺そうとする気迫であった神父様に私が近付き、傷の様子を確認すると、いつもの調子の神父様がそこには居た。

――良かった、戻ってる。

 傷の様子は気になるが、なによりも精神状態が気になっていた。
 神父様は一度切り替わると容赦は無くなる。けれど、状態にまでいった神父様は初めて見た。
 相手を殺す事でしか解決しないと言わんばかりの精神状態。
 ……そして、実際に殺してしまえば元の神父様に戻れないのではないかと思う予感。神父様の事は大好きだが、あの状態の神父様はもう見たくない。

「……それで、あのようになった理由をお聞かせ願えますか、神父様?」
「…………」

 見たくないとはいえ、目を逸らしていてはいつ再発するかも分からない。
 何故あのようになってしまったのか。それが分からないと今後神父様との距離が開いてしまう気がした。だから聞く。

「言っておきますが理由はどうあれ、説教はしますので私のご機嫌は取っておいたほうが良いですよ」
「自分で言うのか」
「言うのです。ほら、“シアンちゃん愛している”とか言っておくと優しくなるかもしれませんよ」
「それは常日頃から思ってはいるが、今それを口にすると、愛を言い訳に使う事になるから止めておく」
「おー……」
「どうしたシアン?」
「なんでもねぇです」

 ……神父様はこういう所があるからなぁ……それ言う時点で口にしているし、気取った訳でもない言葉だから本当に困る。狙っているのじゃないかと思うほどだ。むしろ狙ってくれていた方がありがたいくらいだ。
 もし狙っていたらそんな安っぽい台詞じゃ駄目ですよって言ってあげよう。
 まぁでもこれで機嫌が取れるんだから私も安い女である! 神父様限定のね! 狙っていても私は大いに喜ぶ!

「それで理由だが……」

 と、そうだった。安い女になっている場合じゃ無かった。
 私は切り替えると、傷口を治しながら神父様の言葉を聞く。

「……俺が昔見た吸血鬼と、瓜二つだった」
「昔見た、と言うと……」
「俺の故郷が襲われた時に見た吸血鬼だ」

 それは神父様の原点であり原因である出来事。
 住んでいた故郷を襲われ、家族を亡くし、友達も隣人も亡くし、多くのモノを奪われた過去の災害。
 ……神父様は多くは語らない。ただ、神父様は母親に庇われて隠れる事ができ、失くしたモノがどうなっていったかをその目で見たという事は分かっている。

「……あの目、あの魔力、あの姿。吸血鬼ヒト違いとは思えなかった。それを思うと俺はどうしても我慢しきれなかった。だが……」

 神父様はそこで言葉を区切ると、とある方向を見る。
 私も釣られて見ると、そこに居たのは――

「ヴァイス! 燥ぎたい年頃なのは分かるし、元気になるのは姉として嬉しいけど、この方面のはしゃぎは駄目だ! ヴァイスが手を汚す必要はないし、もうすこし修道士らしく、紳士らしく振舞いなさい! 分かったら背筋を正して起立!」
「くっ、なんだ……何故ワタシはこの女の言う事に抗えない……本能的に従ってしまう……!?」
「こら! この女とはなんだいこの女とは! いつものようにお姉ちゃんと呼びなさい!」
「うるさい、知った事では無い! 誇りあるワタシは僕のために行動をする! お前は僕にとっては大切な存在だから大事にはするが、邪魔はするな!」
「またそんな事を言うのか! そんな子は正座するんだ!」
「はい、お姉ちゃん! ――くっ、何故だ! 何故ワタシは抗えないんだ……!」
「姉として弟の事を分かっているだけだよ」
「黙れ弟の事を分からずにヤケ酒飲んでいた姉め」
「え、私がヤケ酒を飲んでいたのを分かっている……まさか私の事を気になって見守ってくれていたのかいヴァイス!」
「お前強いな!? その反応はおかしいだろう!?」

 ……そこに居たのは、よく分からないやり取りをするシューちゃん姉弟。
 ヴァイス君(?)はシューちゃんの命令系の言葉に嬉しそうに従っている。なんというか尻尾があれば喜んで振っていそうだ。

「……なんというか」

 そして神父様はその様子を見て一言。

「あの姿を見ていたら、俺が長年追っていた吸血鬼だとは思いたくないな……って……思うよ……」
「……そうですね」

 私は同意するしかなかった。

「……いや、それとは別に、俺はヴァイスには謝らないと駄目だ。……謝って許される事とは思えないが、俺はヴァイスを……」
「そこは大丈夫だと思いますがね」

 しかしその意見には同意できない。というか同意してはいけない。

「何故だ。言っておくが、」
「同情しているから慰めの言葉を言っている訳でも、私が神父様を好きだから味方している訳でもありませんよ。というかそれ言ったらノーガード状態で正拳五連喰らわせますよ」
「シアンの正拳をモロに五発受けたら俺は重症になると思うんだが……」

 実際にした所で私は手加減をして怪我は負わないと思うが。手加減しなければ重症を負わせる、と言うのは否定はしない。

「それほどの発言という事ですよ、神父様。……はい、治療を終えましたよ。念のため後でアイ君に診て貰って下さいね」
「わ、分かった」

 私は治療を終えると、神父様は肩の調子を確認するように肩を回す。……うん、大丈夫そうだ。
 次はシューちゃんとヴァイス君の怪我の様子でも確認するとしよう。シューちゃんは特に先程の魔法陣の影響で怪我もしているだろうし、そっちも気にしないと。

「神父様」

 けれどその前に、神父様にこれだけは言っておこう。

「神父様はヴァイス君の姿をした彼がヒトを殺そうとしたから昔を思い出し、止めた。結果的にヴァイス君は自分の手を汚さずに済んだ。……それだけで良いんです。神父様が謝罪をするのは良いですが、今のように自分だけが悪いと思い、悲観するのはヴァイス君にも失礼ですから、しないでくださいね」

 私が神父様の目を真っ直ぐ見て言う。
 もしもそんな事をするなら、私は貴方を嫌いになりますよ、という意味を込め。一方的な加害者を私達の中で決めるのを良しとしなかった。……一方的な加害者なんて、あの少年達に封印を解かせようとした奴らだけで充分だ。

「……そうか」

 神父様が私の言葉をどう受け取ったのかは分からないが、少しは私の気持ちが伝わったのか納得したように頷いてくれた。
 ……よし、これで少しは神父様の精神状態も落ち着いただろう。後はヴァイス君の方を……

「ところでシアン。さっき言った結婚してについてなんだが……」

 ……うん、こっちの意味でも精神状態は気になるけれど、今聞かないで欲しかったなぁ。でもこういう所が神父様らしいんだけどね。
 あの状態の神父様を私の「結婚して!」という言葉で戻せた事は嬉しいと言えば嬉しいのだが、やはりなんというか……恥ずかしい。

「……神父様、クリア教の教えを知っていますでしょうか」
「え? そりゃあ、神父として一通りは学んでいるから知ってはいるが……」
「その中で恋人関係の話です」
「ああ、教えでは禁止はされてはいないが、制限はされているな」

 制限とは言うが、“淫らに複数の恋人を持つな”。“婚姻関係の無い者同士が欲に溺れるな”といった、ようは二股をかけずに相手に誠実にいろ、や結婚もせずに体の関係を持つな、というものだ。

「あの時の神父様には、生半可な言葉では止められないと思いました。ですから……」
「ですから?」
「……身体の誘惑をチラつかせれば、止まるかと思いまして……」
「え?」

 私はそこで虚を突かれた様な神父様から目を逸らし、背を向ける。
 …………今の私の顔を、神父様に見られたくない。

「そ、それだけですっ。スノー君は私の可愛い服装スリットを変な目で見る事があるようですからね! 今はシスター服じゃ無いですし、だったらスノー君の意識を奪わせるにはそれが一番と思っただけです! それだけですからっ!」

 私はそう言うと、神父様の反応を待たずに私はシューちゃん達の方へと小走りに駆け寄っていった。
 ……夜はまだまだ寒いはずだと言うのに、今日に限って春の陽気を一層に感じる。

――ああ、もう顔が熱い。

 私は情けなくも、好きなヒトから逃げたい気持ちで一杯であった。

コメント

コメントを書く

「恋愛」の人気作品

書籍化作品