追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

夜叉な犬(:紺)


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 そして、神父様の苦しむ声が聞こえ、新しい血の臭いが周囲に漂う。
 見れば皮膚が裂けたのか、神父様の肩に血が滲んでいるのが見えた。爪が掠ったか、無理な動きで自傷したかは分からないが、このままじゃジリ貧なのは明白だ。
 あるいは神父様が勝てる可能性もあるが、勝てるという事はヴァイス君を傷付けるという事でもある。そんな事はヴァイス君のためにも、神父様のためにもさせてはいけない。

――早く隙を作るためになにか言わないと。

 隙を作るためになにかを言う、あるいは行動すれば今は神父様の攻撃によって入れずにいるクロが戦闘の間に割って入る事が出来る。純粋な運動面ではヴァイス君の方が上だとしても、戦えばクロが勝つとは思えるし、入れるような隙を作れば良いんだ。そうすれば私達でこの間違った戦闘を止める事が出来る。
 ……けど、私だけでは駄目だ。

「シューちゃん、貴女もヴァイス君の気を逸らすためになにか行動して」
「え……?」

 しかし戦闘を止めるためには私だけでは駄目だ。
 私に神父様の隙を作る発言は可能でも、同時にヴァイス君の隙を作らなければどうしようもない。
 そのためにもヴァイス君の姉であるシューちゃんにも協力して貰わなければならない。

「けど、私が……ヴァイスに……」

 しかし今のシューちゃんは見るからに動揺していた。
 私はクロに、シューちゃんはヴァイス君との接し方が上手く分かっていないという事を聞いてはいたが……それとは別な所で動揺しているようだ。
 ……もし今のヴァイス君の姿が見た事のない姿であるとしたら、長年連れ添ったにも関わらず理解出来ていない弟の姿になる。ならば動揺するのも当然か。

「しっかりして!」
「っ!?」

 シューちゃんの動揺は当然だ。けれど今はそれ所ではないと、私はシューちゃんの両頬を挟む様に叩く。

「今大事なのは、私達にとって大切なヒト達が傷付くかもしれないという事! そのために行動するのが大切に思うって事でしょ! ここでなにもしないのは“相手を”好きなんじゃなくって、“相手を好きだと思っている自分”が好きなだけ! だったらまずはこの状況を乗り切る! 良い、分かった!?」

 早口でシューちゃんを励ます言葉であり私の思う事を口にする。
 無理矢理気味な言葉だが、これで迷いが振り切れるかは分からないが、振り切れないのならば私とクロだけでどうにかするだけだ。

「……そうだね。分かったよ。今は鎮めるのが大切だ」

 シューちゃんは私の言葉になにか思う所があったのか、静かに、だが確実に動揺を抑えて奮い立つ。……良かった、発破は上手くいったようだ。

「私はヴァイスを一時的に鎮める手段に心当たりはあるが、君は?」

 そしてシューちゃんは両者の戦闘を見て私に尋ねて来る。

「……なんとかしてみせる」

 正直私が想いついた言葉でどうにかなるかは微妙ではあるが、発破をかけたシューちゃんがやる気を出し、心当たりがあると言うのだ。私は私でどうにかするしかあるまい。

「じゃあシアン君から頼むよ。その後私が言うから、その後に、」
「俺が仲裁します。仮に失敗しても俺は間に入るんで、その際には俺が死なない様にお願いしますね」
「それは責任重大だ」

 クロはそう言いながら目を細め、戦闘の状況を逃すまいと集中する。
 恐らくクロにとってもこれ以上の戦闘は危険だと判断しているのだろう。その際は身を挺してでも間に入り、止める。

「……イオちゃんに恨まれないためにも頑張らないと」
「ああ、頼む」

 ここで失敗すれば神父様だけでなく、イオちゃんやレイちゃん、コットちゃんやリアちゃんにも恨まれてしまう。いや、実際には恨まないだろうが、私が後ろめたい思いをしないためにも、私の役割をこなさないと。

「よし」

 私は場合によってはクロの後に続けるように動ける準備をしつつ、両者の戦闘を見据える。
 タイミングは少しでも聞こえるタイミング。間に入る事は出来なくとも、言葉をかけられる戦闘の呼吸つぎめ
 そこを狙って言わなくては――

――今!

 そして戦闘の呼吸つぎめを見つける。これを逃せば次にいつ来るかは分からない。
 このタイミングしかない!

「神父様!」

 私は大声で叫ぶ。
 ハッキリと聞こえるように、対象の神父様に向かって伝わる様に、鈍い今の神父様でも感じ取れるように。

「結婚してください!!」

 そう、叫んだ。

「――は?」

 神父様は私の言葉が耳に届いたのか、間違いなく動揺をして普段の神父様の表情になった。
 呆気にとられた様な、予想外の言葉を受けた顔。この状況でも考えざるを得ないと思ってしまうような、思考が混乱フリーズした表情であった。

「ヴァイス!」

 神父様が私の恥ずかしい決死の言葉に動揺を誘えた事を頬に尋常じゃないないほてりを感じつつ、間髪入れずにシューちゃんが叫ぶ。
 次はシューちゃんがどうにかして止める番だ。クロは既に神父様を庇うために走ってはいるが、神父様やクロが無傷で済むかはシューちゃんの言葉にかかっている。
 頼むよ、シューちゃん。私の羞恥心と、イオちゃん達に恨まれない様にするためにもシューちゃんがヴァイス君を止める言葉を言って欲しい。

「待て、お座り!」

 そしてシューちゃんはそう叫んだ。
 …………。

――なに言ってんのシューちゃん!?

 心当たりがある、って真面目な表情で言っていたのに、そんな犬に対する躾のような言葉を言ってどうするの!?
 くっ、だけど言ってしまったモノは仕様が無い。そんな言葉で止まるとは思えないから、私はヴァイス君を止めにクロの後に続いて――

「はい、分かりましたお姉ちゃん!」

 続こうと一歩目を踏み出そうとした所で。ヴァイス君が大人しく座ったのを見て私は止まってしまった。同時にクロも「えっ」と言う感じで止まっている。
 えーと……どういう事?

「どういう事だ……?」

 私だけではなく、クロもどういう事だと混乱している。……うん、まぁそうなるよね。

「シューちゃん。今の言葉はどういう事?」

 そして私は私やクロだけでなく、戦っていた神父様や帝国の少年達も抱いているだろう疑問を代表してシューちゃんに尋ねてみる。

「以前から聞き分けの無い時はあったのだが、その度にこう言うと収まっていたんだよ。……良かった、やはり私の弟で、変わりはないようだ」

 するとシューちゃんは「上手くいって良かった」という表情で、私の言葉の答えを返した。
 ええと……つまり……

「今までもあんな事が?」
「なにを言うんだ。あのような事は今までなかったよ。けれど言う事を聞かせるために似たような事をしたのは確かだね」

 今のように身体能力が向上し、相手を殺そうとするほど性格が暴走している事は無かったけれど、先程と似た言葉を言ってヴァイス君を大人しくはさせていた。という事だろうか。
 ようは暴走はしても彼はヴァイス君であるから、姉の言葉を根本的に受け入れる本能が働いたという事――いや、もしかして……

「シアン、なにか気付いたのか?」

 傷をつく覚悟で割って入ろうとしていたクロが、手持ち無沙汰であるかのように困惑しつつ、とりあえずなにかに気付いた表情になった私に尋ねてきた。

「多分、私の予測に過ぎないけど……シューちゃんってモンスターと話せるじゃない?」
「うん」

 シューちゃんには一つ能力と言うか、私達とは明確に違う事が出来る。
 それは魔法適性や身体能力と言ったものでは無く、根本的に違う特殊であり、シューちゃんとっては当たり前の事。
 それは“モンスターと会話し、従わせる事が出来る”という事。シューちゃんにとっては当たり前であり、従わせるというよりは協力してもらうという、モンスターを討伐するしかない私達にとっては優しいと言える特技(それで暗殺はしようとしたけど)。
 それは昔から出来た芸当のようであったけど、もしかしたら……

「それ自体は元から持っていたかもしれないけど、もしかしたらヴァイス君と話す事によってより磨かれたんじゃないかなって……」
「……あの暴走した状態が、モンスター……魔の力由来のモノだとしたら、それで徐々に慣れたという事か?」
「多分」
「……だとしても、“待て”で終わるのか。骨は覚悟したんだが、なんかこう……複雑だ」

 クロはそう言うと、とりあえず神父様とヴァイス君の様子の確認した後、帝国の少年達の捕縛を始めた。
 とりあえず私とシューちゃんは――

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