追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活
覚醒、根源(:紺)
View.シアン
「 ア ア 」
日光には強くないと言っていた。
犬歯が尖っているなとは思っていた。
赤い目は妙に惹き付けられると感じていた。
だけどそれはありふれた特徴にすぎない。日に弱いヒトなんて大勢いるし、犬歯が少し発達しているなんて珍しくもないし、瞳は綺麗であるというだけだ。そんなものはただの彼の個性だ。
「 アア ア 」
人目を気にする気の弱い心優しい綺麗な男の子。そんな彼は先程魔法陣の上に乗っていた。
シキに封印されたモンスターの封印を解く魔法。
それが何処までの力を有していたかは分からないが、百年単位で封印をされていたモンスターの封印を解くならばそれなりの力はあったであろう。
仮にそれが魔力を送り込む事で、封印されたモンスターの活性化を促し封印を解くものであるとしたら。身近な力が眠っている存在に魔力を流す仕組みがあるとしたら。
「アアア、 アア ァ ァァァァアアアアアア!」
最も身近に居た、魔法陣に乗っている眠った力を有している存在の、秘した力を目覚めさせたのかもしれない。
「アア――………………あぁ」
『――っ!?』
その言葉を聞き、私とクロは戦闘態勢に入る。
言葉を発した相手がヴァイス君という事は分かっている。
暗闇の中でも目立つ白い髪、白い肌。そして月のように輝く赤い瞳。今夜は月が出ていない分、その瞳はより綺麗に見えた。
――ヴァイス君……?
なにが起きているかは分からない。ただ、ヴァイス君は先程までと様子が明らかに違う状態で、警戒を抱かなければならない程の存在感を纏っている。
外見とは別の、もっと奥底から湧き上がる様な、シルバ君の特殊魔力のような、根本から来る存在感の大きさ。そんな説明出来ないなにかにヴァイス君は目覚めた。
「――あ」
モンスターに故郷を襲われたと聞いた。
その生き残ってしまった過去を経たから誰かを救いたいと願ったと聞いた。
見返りは救われたという言葉で充分だと思っていると聞いた。
初めはそんな損をする生き方に腹が立った。
「――ぁああ」
けれど気付けば優しさも厳しさも、日常も戦闘も含めて私は全部を好きになった。
彼と共に居る生活は私にとってかけがえのない日常になり、私が損をする彼が損をしない様に支えてあげたいと思った。
「お前、は――」
……けれど、何処かで思っていた事がある。
もしあの優しい笑顔が全て消える時があるとしたら。それは敵と見据えた悪が存在した時ではなく。
「――――。……お前は」
神父様の根本を作った存在と相対した時ではないのか、と。
◆
「ヴァイス、目を――」
「コロ」
覚ませ、というシューちゃんの言葉が続くよりも早く、立ち上がったヴァイス君は、目を見開き真っ直ぐにクロへと向かった。
「っ」
「ひっ!?」
いや、正確にはクロが捕まえている帝国の少年達に向かって駆け出した。
その速度は一歩で獣の最高速度を優に越し、真っ直ぐと首を狙って尖った爪で貫こうとする。
「【創造魔法:剣】」
「――っ!」
しかし貫くよりも早く、飛んできた武器によってその突進は防がれた。
突然飛来した武器、そして当たったと同時に砕け散る剣。その破片にヴァイス君が怯んだ隙をつき、クロは狙われた少年と共に距離を取った。
「神父様――うおっ!?」
クロが神父様に感謝の言葉を言おうとしたが、その言葉は途中で止まる。何故なら神父様はクロに捕えていた残りの少年達を押しつけたからだ。
なにも言わずに二人分の少年を押し付けられたクロは受け止めるのに戸惑い、体勢を崩す。
そして神父様はなにも言わず、クロに一瞥もくれず。ただ別の事が重要であり、そのためにはただ邪魔だったからクロに押し付けただけと言うようにヴァイス君に向かって駆けた。
「――――」
「――――」
そして神父様とヴァイス君の目が合う。
ほんの一瞬、目があったのも錯覚ではないかと思うほどの刹那で両者は視線を交わした後。
「――敵か」
「――ああ、敵だ」
ヴァイス君は狙った相手を庇ったから敵とみなし。神父様は敵と認識される事こそが重要であるかと言うように敵と認めた。
「いくぞ――」
神父様の本気の戦闘スタイルは、簡単に言えば物量によるゴリ押しと奇襲だ。
【創造魔法】によって様々な武器を一時的に生成し、壊し、斬って、ぶつけて、大量展開し、防御を間に合わせない。
そして単純な物量の中に必殺の一撃を紛れ込ませる。そんな戦い方だ。
しかし本来神父様の得意とする【創造魔法】は、そう便利なモノではない。
仮に私が剣を作ろうとしても、斬れずに壊れたり、スプーンを平べったくしたようなものが出来たりするだけだ。しかも相性が悪ければ魔力を消費して三秒くらいで消えるモノを数個作って魔力切れになる。
「次――!」
だけど神父様は少々相性が良かったのを鍛錬のみで極めるに極め、大量展開を可能にした。
つまるところ神父様は、相手を制圧するという点においてはシキでもトップクラスの力量を持っている。以前のように強化されていないワイバーンならば、群れでも対応出来る。それほどまでに神父様の【創造魔法】は優れている。
「脆い」
けれどヴァイス君はそれを単純な力で対応した。
多くの凶器なんて関係はない。例え百の武器を同時に向けられようと、全てが当たる前に壊しきれるのだと力で対応した。
腕で、足で、手首で、肘で、膝で、手で、指で。
降り注ぎ放たれる武器の数々をなぎ払う。
策略なんて関係無い。ただ見え、来ているから払っているだけの対応。私やクロでも出来ないそれを、ヴァイス君は平然と行う。
「教会関係者のくせに、浄化は使わないんだな」
「生憎と俺はお前を磨きぬいたこの手で殺したいものでな」
「その自惚れで何処までいける」
「自惚れではなく誇りと知れ」
「そんな誇りはお前には過ぎたモノだ」
神父様が大量展開する事により私やクロが戦闘に割り込めない中、戦う手を休めずに両者は会話をする。
「……見知らぬ神父。邪魔をするな。ワタシはその少年達に用があるだけで、お前には無い。ここで引けばお前にはなにもせん」
「――見知らぬ、だと」
「そうだ。ワタシはこんな魔力を食らわせた愚かな――」
すると神父様は大量展開を止め、一振りの刀を手にしヴァイス君に切りかかった。
それに対しヴァイス君は刀を砕く事無く、その手で真っ向から受け止めた。
「お前は覚えていなくとも、俺はお前を忘れはしない」
「……成程、ワタシを恨んでいるという事だな」
「そうだ」
「恨まれる事、忌避される事は慣れているが――だが、恨んでワタシを殺す気なら、相応の覚悟はあるとみなして良いな」
「当然だ――【創造魔法:爆】」
「っ!?」
神父様は魔法名を唱えると同時に手にしていた刀を爆発させた。アレは本来【創造魔法】の魔力が霧散して消えるのを、暴走させる事で爆発へと転じた神父様のオリジナル魔法だ。
「……そこまでワタシの姿を憎むか。そんな使い方だとお前にも負担があるだろうに」
そして魔法にヴァイス君は後ろに下がり、爆風から逃れると苦々しげに吐き捨てた。
しかしすぐに神父様を敵として見据えると、構えを取って攻撃態勢へと移行する。神父様もそれに呼応し、次なる武器を作ろうとするが……
――噛み合っていない。
私はこの戦いを見て、両者の噛み合わない事を先程から感じ取っていた。
神父様がヴァイス君を憎んでいる事も、ヴァイス君が神父様に憎まれていると思っている内容も、根本的にズレている。
それを正さなければならない。そうしないと手遅れになる。
だけどどうする。どうやって止めれば良い。今また戦闘が再開したではないか。いつどちらかの骨や肉が裂かれるか分からない。
――間に入って私が止めれば……
私の傷程度で止まり、冷静になるなら――いや、それは下手をしたら私が傷付いたという事で神父様がさらに止まらなくなるかもしれない。それは最終手段だ。
身を持って止めるのは最後。ならばクロやシューちゃんと合わせて二人を後ろから無力化するか――いや、今のヴァイス君を止められるのだろうか。
私とクロが力を合わせれば止められるかもしれないが、あの力を持つヴァイス君を止めるには――
「シアン、シュバルツさん、なんでもいい、あの二人を言葉で止めてくれ!」
私がどうすればと頭を必死に回転させていると、いつの間にか少年達を捕縛したまま近付いたクロがそう言ってくる。
「言葉って――」
「なにを言えば、良いのかな」
その言葉に呆然と見ていたシューちゃんもなんとか返事をする。
しかしクロの言う言葉とは……?
「あの二人は今暴走状態だ。俺も入って止めるのは厳しい。だから二人の気を引く言葉を叫んでくれ」
「言葉って、なにを――」
「なんでもいい。とにかく意識が削がれる言葉だ。緩めば俺も入れる」
クロが確実に止めるにはなにか間が必要という事か。しかし意識を削ぐ言葉と言われもなにを言えば良いのか。
先程の会話の時も両者は戦闘の手は緩めなかった。
それに暴走状態とも言える両者になにを言えば――
「がっ――」
「神父様!?」
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