追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活
大作戦始動?
「ごめんね、なんか騒がしくて」
「いえ、クロさんが悪い訳では無いですから」
一旦酒場の扉を閉めた俺であった俺であったが、結局は中に入る事にした。そして酒場で互いに飲み物を注文して席について会話をしていた。
初めは先程ヴァイス君をナンパしたカーキーがいるので入らないほうが良いと思ったのだが、ヴァイス君が、
『先程の男性が大丈夫か確認したいので……』
と言ったので入る事にした。
シアンの事は信頼しているのだが、それはそれとして自分の目の前で色々あったカーキーの様子を確認したかったようだ。
……恐らくはカーキーの事は苦手なのだろうが、心配はキチンとして行動に移す。これはヴァイス君の持つ優しさなんだろう。人は避けるが相手を気にはする……ようは別に人との関わりを嫌ってはいないんだろうな。
そしてカーキーも感化された……のかは分からないが、先程の事は無理矢理で怖がらせたのだと謝りもしていた。
「それになんだか楽しいです。騒がしい所に居るのは苦手だったんですが……不思議とここは心地良いです」
「そう?」
「はい、とても」
ヴァイス君は俺の対面の席で紅茶を飲みながら、今も騒いでいるカナリアなどを見る。
普段であれば変な影響を受けないかと心配するのだが、ヴァイス君にとってはこの空間を構築している一人である事がとても喜ばしいように見える。
「まぁ、それなら良かった。あ、それとあのキノコ言っている金糸雀髪の子は、俺の家族だから仲良くしてあげてね」
「家族ですか?」
「うん。扱い的には寄り子だね。多分俺より二倍は生きていると思うんだけど、話しているとそういうの気にならない位良い奴だから」
「そうですね……確かに明るくて素敵な女性ですね。先程も明るく接してくれましたし」
「後はあの翠髪の細い女の子はヴァイス君と同じ年齢だよ。気難しいから仲良くなるまで難しいかもしれないけど、良い奴だから」
「そうなんですね。女の子と仲良くなれるかは不安ですが……会話に臨んでみます」
「うん、仲良くしてくれると嬉しい。あと金糸雀髪は頭にキノコが生えていたり、翠髪は毒を食べるけど気にしないで」
「ごめんなさい、もう一度説明をお願いします」
俺は小さく笑いつつ、カナリアとエメラルドについて軽めの説明をする。
最初は不安そうに聞くヴァイス君であったが、大丈夫だと俺が念を押すと、とりあえずは彼女達と今後仲良くしようとはしてくれたようだ。やはり先程の会話で良い人だとは思っていたようであるし。
「ところで一つ気になる事があるのですが……」
「どうしたの?」
「先程の彼らは僕のお姉……シュバルツ姉さんを知っているようなのですが」
「そうだね。シュバルツさんは酒場にもよく顔を出していたからね。それにシキに滞在中に泊まっているのもここだ。だから知っているだろうね」
一通り酒場に居る集団の説明をすると、ヴァイス君が紅茶のカップを持ちながら尋ねてくる。その言葉に一瞬身構えるが、この後来るシュバルツさんのためにもそれを察知されてはいけないと平静を装った。
「姉の事をクロさんに言ったように、清廉潔白な自慢の姉です。と言ったら皆さんが“え?”となった気がするのですが……」
ごめんなさい、シュバルツさん。平静を装うのは無理そうだ。
「そしてその後に“確かに清廉潔白だけどね”とは言われはしたのですが、ちょっと気になって」
「まぁ……確かに清廉潔白だからね」
俺と初めて会った時も全裸で堂々とし、「私の身体に恥ずかしい所など無い」と言いのけた女性だ。清廉潔白ではあるだろう。……私欲には溢れているが。
「そうですよね。僕の姉は清楚で清廉潔白。強い女性です。僕と違って……」
「ヴァイス君だって種類が違うだけで、充分強いと思うよ。自信を持てば良い」
「……そうですね。姉にも言われました。ですがやはり父親の――ちが、……」
このままこの話題を続けられると妙な表情をしてしまうと思っていると、ヴァイス君がなにかに気付いたかのように俺の斜め後ろ辺りを見る。
その表情は信じられないモノを見るような目で、あらゆる感情が混じる困惑の表情であった。そして俺はその表情を見て、なにが起きたかは察する事も出来た。
「――やぁ、久しぶりだね、ヴァイス」
「……お姉ちゃん」
◆
俺は自分からなにか新しい事をするのは得意ではない。
俺に出来るのはあくまでも与えられた状況を、俺が必要だと判断した範囲で適応させているだけだ。
新しい事を生み出し称賛されるのは友人や妹のような一握りの人間だけであり、その部類に自分がいない事に昔は悩みもした。
けれどその一握り人間が輝くために、自分の力が少しでも関わるとなると誇らしく思い、気が付けば俺は色んな奴らが自分らしく楽しそうにするのを見るのが楽しくなっていた。
それはクロ・ハートフィールドになっても変わらない。そういう意味ではシキの領主と言うのは性に合っていたのだろう。
「…………」
「…………」
「あのー、折角の再会なんだからもっと喜ぼう、ね?」
「…………」
「…………」
「あ、あはは……」
だけど俺に出来るのは、あくまでも自分らしくありたい、幸福になりたいというような気持ちがある人に対して場を整える事だ。
こんな風に無言で居られるとついクリームヒルトのような笑いが出てしまうというモノだ。いや、アイツの笑いかたは俺のような苦し紛れではないけれど。
「(ちょっと、シュバルツさん、作戦はどうしたんですか!?)」
俺は隣に座る、柚入り蜂蜜の水割りを頼んでおきながら一口も口にしないシュバルツさん(いつもの仕事着)に小声で尋ねる。
実はこの姉弟、先程の会ったばかりの挨拶の後、座ってから一言も会話をしていない。そうなれば流石の俺も口を挟まざるを得ないだろう。
「(ああ、作戦か。グレイ君と色々と話し合った作戦だね)」
「(そうです!)」
グレイとシュバルツさんが立てた“ドッキリデート大作戦♡”。
グレイが楽しそうに「素晴らしいモノになります!」と言っていたから、どうあれなにかアクションを起こすはずなのに、なにもしないとはどういう事なんだ。
「(ごめん、ヴァイスの顔を見たら全部吹っ飛んだ)」
「(馬鹿! 本当に馬鹿!)」
俺は滅多に口にしない罵倒の意味での馬鹿を使った。
俺が糾弾できる立場にあるかは分からないのだが、流石に言いたくなるのも無理は無いと思いたい。
「……お姉ちゃん」
と俺達が慌てていると、ヴァイス君が口を開いた。
俺達はその行動についビクッ! と反応してしまう。
「お姉ちゃんは、シキに大分前から居るんだよね」
しかしヴァイス君は俯いているせいかこちらの反応には気付かず、言葉を続ける。
敬語では無いが、恐らくこちらが素の口調なのだろう。
「……そうだね。仕事上立ち寄る事は多いよ」
「……そう。……あのね、お姉ちゃん。僕は……このシキで今修道士見習いをやっているんだ。その、孤児院が焼けちゃって、一時的にだけど……」
「……そうかい」
「……うん」
「…………」
「…………」
……気まずい。
周囲は騒がしいのに、この空間だけお通夜のような重苦しい空気が流れている。誰か助けて欲しいが、同時にこの空間の打破は今ここに居る俺達だけですべき事とも思う。
「おーい、領主君、シュバルツちゃんー、そしてヴァイス君、良いかなー」
「え、レモンさん?」
しかしこの重苦しい空気に入って来た第三者が現れた。
【レインボー】の女主人ことレモンさん。今日は髪を結っているリボンがとてもファンシーで可愛らしい。
「注文の品を置きたいんだけど、良いかな?」
「え、注文?」
注文とは言うが、俺達は飲み物しか注文していないと思うのだが。
そんな疑問を余所に、レモンさんは俺達のテーブルにあるモノを置く。
「はい、ダブルトールダークインフェルノショートソースニューテンペストエクストラグラヴィティケーキだよ」
「なんて?」
俺の疑問を余所にドンと机に置かれるファンシーなショートケーキ。
ただ問題はそれがホールサイズであり、上に生クリームが贅沢に乗せられている事だろうか。所々にレモンさんの手製であろう可愛らしい飾り付けがある。
……なにこれ。
「あの、なんですこれ?」
「だからダブルトールホワイトヘブンショートソースニュートリノワンダフルグラヴィティケーキ」
「名前聞いているんじゃないですよ。置いた意味を聞いているんですよ」
しかも名前違うし。
「これは私が注文した品さ」
「え、シュバルツさんが?」
「そうさ。……グレイ君に頼んでおいたんだよ。ありがとう、レモン君」
そう言うとレモンさんは去っていった。
……もしかしてこれが作戦の一つなんだろうか。
甘いモノを食べ合って、姉弟仲を深める的な。グレイが居なかったのはこれの最終確認だったりするのだろうか。
だとしてもこの量は手加減をした方が……いや、この位したほうが良いのだろうか。
ともかくそれなら俺は席を外したほうが良いのだろうか。あるいは食べさせ合うように促したほうが良いのだろうか。
「ヴァイス。自由に食べなさい。お金は私が出すから気にしなくて良い!」
「……お姉ちゃん」
「なんだい、ヴァイス?」
「……ごめんなさい。僕、甘いモノ苦手なんだ」
「え」
…………ヴァイス君の言葉に、俺とシュバルツさんは固まった。
今目の前にあるモノはケーキ。まさに甘いモノの代名詞である。
「ええと……確かに孤児院ではあまり甘いモノは出なかったから……ええと……でも……」
突然のヴァイス君の告白に珍しく狼狽えるシュバルツさん。
予想外の出来事というのもあるだろうが……甘いモノが苦手という事を知らなくて、姉として困惑しているように思える。……当然と言えば当然か。
「……お姉ちゃん」
「な、なんだい、ヴァイス?」
「……ありがとう、でも無理しなくて良いから」
「え」
そしてヴァイス君は戸惑いの表情から笑いの表情……寂しそうに笑った表情になる。
「お姉ちゃんは商人として働いている。いくら僕がシキに居るからって無理に接しなくて良いんだよ」
「いや、無理になんて……!」
「大丈夫、僕も見習いとはいえ修道士なんだよ。もう心配しなくても良いから……お姉ちゃんはお姉ちゃんの人生を歩めば良いんだよ。……お姉ちゃんは僕から解放されているんだから」
「いや、だからヴァイス。私は縛られてなんて……!」
「大丈夫。大丈夫だから……ごめんなさい、クロさん。僕の分も食べてくれたら嬉しいです。今日はありがとうございました、これ、僕が飲んだ分のお金です。では……また」
「あ、ヴァイス君!?」
ヴァイス君は寂しそうな笑顔を浮かべたまま、俺の静止を聞かずにお金を置いて出て行った。キッチリ紅茶の料金分だ。奢るつもりであっただけに申し訳ないと言うか、なんと言うか……
「…………」
「…………」
ともかく今ここに居るのは取り残された俺と、固まって動かないシュバルツさんと、ケーキのホール。
本来なら今頃作戦を遂行し、姉弟水入らずで会話をしている所なんだろうが……とりあえず、声をかけよう。
「追い駆けます?」
「……弟の好き嫌いの根本も知らない姉が追いかけても、意味が無いと思うんだ」
普段の俺なら意味なんて気にするなと言って励ます所だが、今のシュバルツさんにその言葉を言うのは躊躇われた。
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