追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活
予想外の返答、望んだ対応
「馬鹿な、何故止める!? ヴァイスが喜ぶんなら私も喜んでこの服を着るのに! 美しい私は華麗に着こなせるぞ!」
「喜ぶの意味が違いますし、実姉にそんな事求めねぇ。……です」
シュバルツさんがシアンの格好をしてヴァイス君の前に登場するという状況は、「姉にはそんな事は望まない」と言う事で防ぐ事が出来た。
他にも色々と説得はしたが、最終的にはシュバルツさんも、
「姉が居るクロ君が言うなら信じよう……」
と、引き下がってくれた。これでヴァイス君の姉への印象だけでなく、「王国のシスターってあの格好が基本なのかな……?」と思われる事がなくなった。……本当に良かった。
……しかし、ロイロ姉やスミ姉がシアンのような格好を、か。どちらも似合いそうと言えば似合いそうではあるのだが、突然着て来たら大丈夫かと問いたくなる。下に下着やボトムを着れば良くは……いかん、想像するのはやめよう。
「だけど、ヴァイオレット君が着ればクロ君だって喜ぶだろう?」
「そりゃ喜びますよ」
「クロ殿!?」
とまぁ、そんな会話をしたのが一時間半前。そろそろヴァイス君との約束の時間である。
姉が着る想像からからヴァイオレットさんに思考が移ったせいで、素晴らしさの落差に本音が漏れ出もしたが、ともかく約束の時間だ。
あの後ヴァイオレットさんに対して「外で着て欲しいのではなく、あくまでも俺が独占して見てみたいだけです!」という、フォローなのか自爆なのかよく分からない言葉をヴァイオレットさんに言ったせいで未だに集中しきれていないが、ともかく集中だぞ、俺。
――しかし、これは……
定期的にこの後ヴァイオレットさんにどういった顔で会えば良いのかという羞恥心が襲ってきたり、作戦が大丈夫なのかという不安はあるが、それとは別の所で気になる事もある。
そして俺が気になっている事はシアンも気付いているだろう。だから自由時間を作ったのだろうし。
それを考えるとちょっと落ち着き、周囲を気にしながらもなんでもないふりをしてヴァイス君を待っていた。
「クロさーん!」
と、宿屋の近くで昨日よりも雨が降りそうな雲を眺めていると、待ち合わせをしたヴァイス君がやって来た。
声のした方を見ると、元気よく、なんかキラキラしている笑顔を振りまきながらヴァイス君がこちらに小走りに走って来ていた。……ブライさん近くに居ないよな? ……よし居ない、良かった。
「お待たせしてしまいましたか!?」
「いいや、別に待ってないよ」
……なんか今のデートのやり取りみたいだったな。ヴァイオレットさんともこういったやり取りをしてみたいが……同じ屋敷だし待ち合わせをあまりしそうにないのが課題だな。
「こっちこそごめんね。折角のシキ二日目で慣れるのにも大変なのに、貴重な時間を取らせちゃって」
「いいえ、クロさんに言われたのならば僕は喜んで時間を作りますよ!」
しかしこの子は本当に懐いてくれているな。
年下の子は好きであるし、懐いてくれるのは素直に嬉しいだけど。
「それで、なんのお話でしょうか?」
「あー……うん、ヴァイス君、シキには慣れた?」
キラキラと眩しい笑顔を向けられながら、俺はそんな当たり障りのない話を振る。
この後、俺とヴァイス君がある程度会話した後にシュバルツさんが来るらしい。それまでは会話で時間を潰してくれとは言われてはいるので、話をしてはいるのだが……この笑顔を向けられるような懐きに対して俺は騙しているので、後ろめたい。
だけど領主として気になる事でもあるし、良い子ぶっても仕様が無い。やるからには役割をこなすぞ、俺。
「同じ見習いの子達とはまだ距離がありますが、シアンさんもスノーホワイト神父様もお優しいのでどうにかやっていけそうです。他の方々は……とても個性的で楽しいです」
うん、十三歳の子に気を使われているな。
「ほ、本当ですよ!? 皆さん僕の肌を見ても腫れ物扱いをしませんし、むしろ積極的に話してくれます! 先程も鍛冶職人と言う方が私の手をとり“これからも末永くよろしく”と言ってくれましたし!」
って、しまった、顔に出ていただろうか。俺までフォローされてどうする。とりあえずブライさんには後で事情聴取をしよう。というか十三歳ってショタ扱いで良いのだろうか――って、肌?
「肌って……?」
「え? あ、その……僕の肌、白いじゃないですか」
「そうだね?」
ヴァイス君の肌はとても白い。色白であるヴァイオレットさんやメアリーさんよりもさらに白い肌である。それこそ誰にも踏み荒らされていない雪のようだ。
「この肌でよく……昔は、避けられていたので」
なんとなく“よく”の後には“今も”と言う言葉が入る気がして、避けられているというのはヴァイス君なりに相手に気を使っての言葉選びを感じた。
だが……
「そうなんだ。シュバルツさんと並んでいたから、嫉妬されたんだね」
「へ、嫉妬?」
「? うん、綺麗な姉弟だから嫉妬されたという話……じゃないの?」
美しいモノ、優れているモノに対して反応は、基本的に二つ。称賛か嫉妬だ。
惹かれて褒め称えるのが称賛である一方、自分にはない優れたモノとして嫉妬する感情もある。
嫉妬により“自分も同じようになるか、越してやる!”となるのならば良いのだが、中には“美貌を奪って、自分以下にしてやる!”という者も多く居る。そして後者の方が楽であるため、嫉妬から攻撃的になる者も多く居る。
実際にクリームヒルト……白に対して攻撃をして来る者も少なからずいた。まぁ白は全部スルーか返り討ちにしたが。
「ま、シキの連中は嫉妬はしても避ける奴らは少ないから大丈夫だよ。ヴァイス君も気にせず振舞えば良い」
クリームヒルトのようにある意味で強かったりすれば良いのだが。
あるいはメアリーさんのように大多数から慕われ、好かれているような振る舞いを出来れば良いのだが……メアリーさんは特殊な例だから参考にならないだろう。俺と違って転生特典貰って洗脳をしているのかと言うレベルだし。実際は天然タラシなだけだけど。
ともかくヴァイス君にそれを求めるのは酷というモノだろう。だけどシキだったら美しいと言う点であれば、嫉妬はあっても差別は無いだろう。全く無い訳ではないだろうが。
「いざとなったら俺を頼れば良い。大丈夫、こう見えても領主だからね!」
領主とはいえ、アイツらは「領主だからと言ってなんぼのもんじゃい!」とか言いそうな気もするが。まぁそんな事言うやつは差別をしそうにも無いが……
「…………はい、頼らせて頂きますね!」
それはともかく、ヴァイス君は先程よりも良い笑顔で頼ってくれる返事をしてくれた。
……だけどなんだろう。俺が想像と違う返答をしたのだが、それこそが喜ばしいかのように思っているのは気のせいか。
「がはぁっ!?」
あとなんか遠くで色んな感情が入り混じった声が聞こえたのは気のせいか。
何処かの姉もそうだが、何処かの鍛冶職人も混じっていた気がする。
「クロさーん!」
「おうっ!? 急にビックリしたな。どうしたの?」
離れた位置に居るだろうとある二人と、姉の方を慰めている妻と息子を思っていると、急にヴァイス君に抱き着かれた。
身長差的に俺の胸の辺りに顔が来ている。
「すいません、つい……御迷惑でしたか?」
「いや、迷惑じゃないけど、急だったからビックリしただけ」
「急でごめんなさい。ですがつい……」
「構わないよ。俺も弟や妹を思い出して懐かしく思った。気が済むまでしてれば良いよ」
「はい!」
俺はヴァイス君の頭を撫でながら、そのままで良いと伝えた。
……まぁ、見ていた限りじゃ他の修道士見習い子達からは明らかに避けられていたし、彼なりに苦労もして来たのだろう。姉に嫌われていると思う位なら、甘えられる機会も少なかったかもしれない。
ならこの位は許して――……あれ、なんだかヴァイス君に対して向けられる妙な感情が増えた様な気がする。羨ましいと言うか、私もしたい的な感情があるのは気のせいか。同時に俺に対する殺気に近い感情も増えた気がする。
…………よし、気のせいだな!
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