追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活
不安しかない
「それじゃまたね、ヴァイス君」
「はい、また!」
俺が軽く手を振ると、元気よく満面の笑みで手を振り返すヴァイス君。
その笑顔は向けられた相手を同性異性問わず魅了させるのではないかと思うほどの笑顔であり、俺もヴァイオレットさんやグレイが居なければ危うかったと思う攻撃力を誇っていた。
彼は自分の外見に自信が無いようだが、自信を付ければ魔性の男になるだろうと思う。俺だって彼に似合う服を作りたい衝動に駆られ始めているくらいだ。
「……さて」
そんな衝動はともかく、俺にはやるべき事がある。
領主としての今日の仕事は、とある女性の手伝いにより午前に終わらせた。だから今はその女性に対するお礼として女性の手伝いをしている訳なんだが……
「美美々美々、なんて綺麗な笑顔なんだ。素敵な笑顔なんだ。流石は私の弟だ。だが、だがだがだがだがだがだが! 私には一度もそんな笑顔を向けてくれなかったじゃないかむしろあんな笑顔が出来たのだと思う位なんだぁぁぁぁぁぁぁあああ……!」
この、家の影で壁に向かってブツブツと言っている、美なシュバルツさんに対してどう声をかけるべきか。
午前中は午後からヴァイス君と仲良く話せるかもしれないと、嬉しさ半分、不安半分なシュバルツさんであった。
――シアンとの会話を見ていた辺りから複雑そうだったもんな……
しかし昼間や先程のシアンとの行動……つまりはヴァイス君のシアンへの態度を見てからなんとも言えない表情になっていた。
遠目だったのでハッキリとした事は言えないのだが、なんというかヴァイス君はシアンに懐いている……のだが、それとは別になにか別の方面の感情を抱いているように見えた。
シアンは基本的には鋭いが、神父様関連や自分に向けられる恋愛方面や……性的方面には疎い。だからシアン自身はヴァイス君に向けられている感情に気付いていないだろう。
しかしそれはそれとして、シュバルツさんにとっては「私以上に姉として慕ってないか!?」となっていたのである。
これは良くないと思い、ついでに逃げるように俺はヴァイス君に話す約束を取り付けに行ったのだが……
「どうしましょう、俺、逃げたほうが良いでしょうか」
「逃げたら追い駆けて来ると思うぞ。多分クロ殿でも逃げ出せない速度で」
「……でしょうね」
俺は一緒にヴァイス君をこっそりと追っていたヴァイオレットさんに聞くと、予想通りの答えが返って来た。
今この状況だと変に触れないように逃げたほうが良い気もするが、逃げたら今までにないスピードと気迫で追い駆けられそうだ。ついでにモンスターに協力してもらって追い駆けられそうでもある。
「というかクロ殿。昨日会ったばかりの男の子に何故あんなに懐かれているんだ? クロ殿の魅力が溢れんばかりなのは分かるのだが」
「俺だって驚いていますよ。ヴァイオレットさんに見惚れるなら分かりますが、俺にあそこまで懐かれるなんて……正直何故か分かりません」
「やはりクロ殿と話すと安心感があるからではないか? 私も話すと感じるからな」
「安心感ですか……それこそヴァイオレットさんの領分だと思うんですがね。声と存在感が癒し感がありますから」
「あのねご両人。私が落ち込んでいる前でイチャつくのやめてくれる?」
俺達が何故ヴァイス君があんなにも俺に懐いているのかを話していると、シュバルツさんはそんな事を言いだした。
おかしいな、俺達は真面目に話合っているのに何故イチャつくと言う話になっているのか。でもまぁシュバルツさんが話せるようになっただけ良しとしよう。
「大丈夫ですか、シュバルツさん」
「ああ。正直今日一日で最愛の弟の見た事のない表情を見すぎて、私にこんな感情があったのかと思い悩んだが、大丈夫だ」
本当に大丈夫なのだろうか、それ。
「美、ヴァイスがクロ君に懐いている理由は分かるよ。だけどそれを言うとヴァイスによくないから、今は言わないでおく」
「はぁ、そうですか」
よくは分からないが、シュバルツさんがそういうのならこの件を今考えるのはよそう。今はシュバルツさんとヴァイス君が仲良くなるための……
「ともかく、まずは“私とヴァイスのドッキリデート大作戦、美”の第一段階が上手くいった事を喜ぼう……ぐふっ!」
「シュバルツ、大丈夫か。よければ肩を貸すぞ」
「ありがとう、ヴァイオレット君……」
……そう、仲良くなるためのドッキリデート大作戦を優先しなくては。
グレイやシュバルツさん曰く、“ハート”までが正式名称らしいが、まぁそこは置いておこう。今は目の前で起きている暗殺対象と暗殺者であった二人が肩を貸し合う仲になっている事を内心で喜ぶとしよう。
「ところで、そろそろグレイがどうしているか聞いても良いですか?」
ちなみにだが俺はこのドッキリ……作戦について詳細は聞かされていない。大まかな流れを知っているだけだ。
ある程度意見を出したり、調整をしたりはヴァイオレットさんと行ったのだが、最終的な決定や方針はグレイとシュバルツさんが決定した。
作戦会議は深夜まで及び、翌朝に内容を聞くと「秘密です!」というグレイの愛らしい表情のお陰でなにも聞けなかったのである。……不安はあるが、余程の事がないと祈ろう。
ともかく、先程は濁されたが、俺は先程シュバルツさんに言われ何処かへ行ったグレイの目的を尋ねた。
「グレイ君なら、さっき服を調達しに行ってもらったよ」
「服?」
「うん、さっきの昼間の様子を見てグレイ君がアドバイスをくれてね。それは良いモノだと思い、了承したんだ。アプリコット君に頼み、シアン君に伝え済みだよ」
『?』
ええとつまり……グレイがアプリコットに話を伝え、アプリコットがシアンに伝え、了承を得てグレイが服を取りに行った……という事だろうか。
……あれ、なんか嫌な予感しかしないぞ。
「シュバルツ様ー、衣服をお借りする事が出来ました!」
「おお、待っていたぞグレイ君!」
そして嫌な予感が収まらぬ内に、グレイがなにやら袋を持って俺達の所にやって来た。
……うん、嫌な予感はするが、作戦をこなそうと元気で楽しそうなグレイを見ていると、予感も大したことないと思ってくるな。
「クロ殿、現実逃避をしていないか?」
気のせいです。
「グレイ君、早速見せてくれないか。サイズ的に少々キツイかもしれないから、着れるかを確認したいからね!」
「はい、――どうぞ!」
グレイは楽しそうな表情のまま、袋から服を……黒色の、ワンピースタイプの服を取り出す。それはまさしく……
「ありがとう、グレイ君。これで私もシスターさ!」
まさしく、シアンが着るスリット入りシスター服であった。
「もしかしたらヴァイスはシスター服が大好きで、スリットが好きかもしれない。ならばこれを着る事で喜んでくれるかも――」
『やめろ』
俺とヴァイオレットさんは、無感情に強めにやめるようにこのポンコツシュバルツ姉を止めた。
男の子として興味があるかもしれんが、そういう意味じゃないし、姉が突然その格好で来ても困惑しかしないだろう。
……なんだか不安になって来た。
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