追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

チョロイン男(:純白)


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 お昼の休憩に、シキという地は良い方々が多い場所かもしれないと思った僕である。

「怪我か、怪我をしたんだな! よし、俺に診せろ。じっくり観察した後処置をしてなくしてやるからな! 今後とも怪我をしたら俺の治療のために俺に診せろ!」

「ククク、こんにちは、皆。シキに住むならこれからよろしく……え、このモンスターかい? 勿論黒魔術の生贄(※依頼による資金稼ぎ)にするため、解体するのさ……!」

「修道士だから私服はあまり必要ないかもしれんが、必要なら唯一の服屋のウチに来るんだ! この服のようにおシャレな服が……え、お腹と肩甲骨が丸出し? それがおシャレなのさ!」

「ふ、ふふふふふふふ。解体を……肉を解体しないと……ああ、興奮する……ふ、ふひ、ひひひひひ」

「オヤ、シアン君。彼ラガ新タナ修道士見習イナンデスネ。ワタシハ今カラブライ君用ノ素材ヲ狩リニ行クノデ、後デ紹介シテ下サイネ。デハ発進、トウ!」

 だけど今の僕は、今目の前で起きている事を処理するのに必死だった。
 修道士見習いの子がなにもない所で転ぶと、転んだ子がなにかを言う前に瞬時に駆け付けて来た謎のお医者さん。
 神父様の影から出現したように見えた、除霊対象じゃないかと思う外見の黒魔術さん(なお話すと良い人だった)。
 これは服なのかと思う服を勧める服屋の店主さん。
 近寄ったらマズそうな、目を見開きナイフで肉(※食用モンスター)を解体していくお肉屋さん。
 あと……なんか飛んでいった女性。この女性は本当によく分からない。

「王国って凄いんですね、シスター・シアン」
「その認識はちょっと困るかな」

 午後はシキの案内という事で、僕達はシアンさんと神父様の後を着いていたのだが、ある程度区切りがついた所でシアンさんに話しかけた。すると僕の感想にシアンさんは困ったように小さく笑う。
 ちなみに他の見習いの子達は、神父様の所で魔女の格好をした女性となにやら話している。よく聞こえはしないが、女性の言葉が見習いの子達の琴線に触れたらしく、尊敬の眼差しを受けているようだ。

「ヴァイス君は皆と一緒に居ないの?」
「いえ、僕は……」

 シアンさんは僕に何気ないように聞いて来る。シアンさんは僕がシアンさんの所に来るのを嫌がっている……のではなく、僕が他の子達と仲良く出来ていない事を不安がっているようだ。
 ……多分それは案内の時も皆から少し離れて歩いていた事もあるのだろう。シアンさんはそれを心配してゆっくりめに歩いてくれたが。

「ま、無理にとは言わないよ。だけど仲良くしようとしないと、仲良くは出来ないからね」
「……はい」

 シアンさんは僕が黙っていると、そういって頭を軽く髪をクシャクシャにするくらいの力で撫でる。

――……本当は、これも良くないんだろうけどな。

 シアンさんは優しい女性だ。僕なんかにも本気で心配し、優しくしてくれる敬虔なシスター。
 皆のお姉さんと言った様子で、まさにシュバルツお姉ちゃんのような清廉潔白、暴力を嫌い、優しい言葉で皆を諭す素晴らしい女性――

「ハッハー、これは美しき子だ!」
「っ!?」
「君のような美しい少年と俺が会えるなんて正に運命! どうだい、今夜俺と一緒にシキで最高の思い出にウェルカムワンナイトを――」
「正拳!」
「ごふっ!?」

 そんな素晴らしい女性は、突然現れた男性に問答無用で腹部を殴りつけた。
 ………………え、なんで!?

「え、あの、シスター・シアン? 今何故彼を……?」
「ヴァイス君、よく覚えておいて。モンスター以外の他者に対する暴力というモノは基本的に認められるモノじゃないの」

 おかしい。シアンさんの言葉はおかしくないのに、何故かおかしいと思ってしまう。

「だけどね、このシキではこの男性――カーキーと言う名の男だけにはやっても大丈夫なの」
「あの、クリア教の教えでは暴力に例外は……」
「大丈夫。カー君は受けたダメージを一定時間後、魔力に変換して傷を癒すという特異体質だから」

 仮にその特異体質が事実でも、今は痛い事は確かではなかろうか。実際カーキーさんとやらは気絶しているし。
 ……いや、それでも……

「ありがとうございました、シスター・シアン。お陰で助かりました……」

 それでも僕が助かったというのは事実だ。
 彼……カーキーさんがどのような方かは分からないし、悪意はなかったかもしれない。けれどあの状態が続けば僕は……多分、恐怖で倒れていたであろうから。

「んー……じゃあお礼を頂戴?」

 僕が頭を下げて感謝の言葉を述べると、シアンさんはそのような事を言ってくる。

「お礼ですか?」
「うん、今の対処法はこれは悪い見本だからね。神父様に報告されると困るから、私達だけの内緒ね?」

 シアンさんはそう言うと、鼻の前に人差し指を置き、内緒というポーズをとった。
 ……なんというか、ズルい女性だな、シアンさんって。

「シスター・シアン、あの――」

 僕は神父様に気付かれない様にカーキーさんを近くの椅子に座らせるシアンさんを見て、ある事を言おうとする。
 僕はシアンさんに――

「あれ?」

 と、僕が言う前に、シアンさんはなにかに気付いたように僕の後ろの方を見る。
 視線の高さ的に僕関連ではなく、僕の背後方向になにかを見つけたようだ。……そのような反応をされては僕はなにも言えなくなる。

――誰か見つけたのかな。

 シアンさんの反応的には誰かを見つけたような感じだ。
 もしもそうなら、見つかった方は悪くはないのだけど少し恨ませて貰おう。そしてすぐ忘れよう。
 そのように思いつつ、シアンさんの視線の先を僕も向く。

「クロじゃない。こんちゃー」
「シスターとしてその挨拶はどうなんだ。こんにちは」

 そこに居たのは黒い髪に碧い目をした、僕より二十センチ以上高い男性の――

「クロさん!」

 そう、クロさんだ。
 領主と言う話だからいずれ会えるとは思っていたけれど、こんなに早く会えるなんて!

「クロさん、クロさん、こんにちは! 昨日はあの後会えませんでしたが、仕事は大丈夫でしたか!? 僕に時間を使ったせいでその後なにか不都合な事は無かったですか!?」
「う、うん、こんにちはヴァイス君。特に問題無く過ごせたから大丈夫だよ」
「それなら良かったです! あ、そうだ。改めて修道士見習いになりましたヴァイスです! 今シキを見て回っているんですが、皆さん良い方々ばかりですね!」

 僕はクロさんに近付き、改めて挨拶をし、シキで感じた事を言う。
 昨日は別れた後に会えずじまいだったが、今日はこうして会う事が出来た。今日はなんて良い一日なのだろう!

「良い方々――それを本気で思っているなら一度深呼吸をして、脳をリフレッシュさせるんだ」
「クロ、その発言はどうかと思うよ」

 だけどクロさんは僕を心配するような目で見て来た。何故だろう。

「なにを言うのですか。クロさんと言う立派な領主さんと、素晴しいシスターと神父様が居るのです。これでお釣りが来るくらい良い領民と言えるはずです!」
「クロ、アンタヴァイス君になにしたの。フォーちゃんからなにか授かって魅了でもした?」
「しとらんわ。俺も困惑してる。ええと……ヴァイス君」
「はい!」

 クロさんに名前を呼ばれ、元気よく返事をする。クロさんに呼ばれると不思議と元気が出て来る。シアンさんに名前を呼ばれるのも嬉しいが、クロさんに呼ばれるのも良い!

『おおう……』

 僕が返事をすると、クロさんだけでなくシアンさんもなにか眩しいモノを見る目で僕を見ていた。どうしたのだろうか。あとなんだかクロさんの後方の建物の影から妙な威圧感を感じるのは気のせいだろうか。

「えっと、お話したい事があるんだけど、空いている時間があれば――」
「はい、聞きます!」
「いや、空いている時間があれば良いんだけど……シアン」
「ヴァイス君達はもう少ししたら自由時間にする予定だから、その時で良いんじゃない?」
「そうか。それでね、ヴァイス君。よければその時間を――」
「はい、クロさんとお話しできるのなら喜んで!」

 僕は二つ返事で了承をする。
 クロさんとお話が出来るのなら僕は喜んで自由時間を差し出そう。
 なにせクロさんは僕の顔を見ても目を逸らさず、嫌悪もせず、優しくするのでもなく、ただの一個人として見てくれた方だ。
 そんな方のためなら僕は仕事を放り出しても行こう! ……実際にするとシアンさんや神父様に迷惑をかけるのでやらないけど。
 ともかくクロさんと話せるなんて、なんて良い日なんだろう!

「ねぇクロ。本当に魅了をしていない? サキュバスだったりしない、クロ?」
「男の場合はインキュバスだ。というか俺に魅了の魔眼的なモノはない。……それと、正直言うと後が怖い」
「なんで――ああ、なんとなく分かったよ。頑張ってね、クロ」
「ちなみにお前も対象だからな」
「え、なんで」

 あと、なんだかシアンさんが見た方向から妙な気配を感じるのは気のせいかな。

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