追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活
まずは思う事
「それじゃ、後はよろしくお願いしますねー」
「おうよ。領主もわざわざすまなかったな」
とある春の、曇ってはいるけれど雨は降りそうにない日の午後。俺は仕事のために外を出歩いていた。
本当は少しでも多くグレイと一緒に過ごしたいのだが、仕事は仕事であるし、グレイと過ごそうとするあまり領主の仕事を怠ってはグレイに呆れられてしまう。あるいは呆れられはしなくても、父ではなく領主としてどう映るかも思い、いつも通りの外での仕事を熟していた。
「今のところで最後、と」
手元に持つ資料の数を再度確認しつつ、鞄の中にしまう。
今の肉屋の主人は血に飢えると肉を解体したくて仕様が無い衝動に駆られるという困った御方であるため、資料提出を良く忘れる。今回は行った時に飢えが満たされている時で丁度良かったな。
人間などには解体する衝動は無いらしいのだが、解体中だと解体されそうで怖いから、その時は近付きたくないんだよな……
――と、そろそろ来る頃か?
余所で迷惑をかけてシキに来た訳でもない、生粋のシキ住民である肉屋さんの解体癖の件は良いとして。時間的にそろそろ来る頃だと判断する。
来る、というのは今朝朝食をたかりに来た不良敬虔シスターの言っていた新たな修道士見習いに関してだ。
シアンの話では数名来るそうではある。
そして今朝心配したように、帝国のクリア教修道士見習いなのである程度自制心は養われているとは思うのだが、全員未成年だ。
シアンの格好もそうだが、少年たちにシキの刺激が強くなければ良いのだが。
「……一応見に行くか」
俺が見に行ったところでなにか出来る訳でも無いが、見に行くくらいは良いだろうと思って教会に行こうと思い立つ。
いきなり領主である俺が見に来たら身構えるかもしれないが、シアンや神父様といった指導役が親しく話せばそれなりに気も楽になるかもしれない。もし忙しそうであったら遠くから様子を見るだけにしよう。
――それに帝国のスパイとか調査の可能性も……ん?
少年達の性癖も心配ではあるが、その他心配事もあるからそこも怪しまれない様に見ておかなくては、と思っているとふと俺の手が濡れた事に気付く。
「うわ、マジか」
濡れた時小さな水滴程度で、上から来たような感触だったので空を見上げると、どうやら雨のようであった。
先程までは雨が降らないと思っていたのだが、どうやら予想は外れてポツポツと降り始めている。雲の白さ具合からして降り続ける事は無いと思うのだが、鞄が濡れないように気を付けなくては。
「雨宿りもしておこうかな……ん?」
屋敷に帰るよりは教会の方が近いので、様子を見に行くがてら雨宿りをしようかと思っていると、本日二度目のある事に気付く。
――少年?
ふと、視界の先に少年らしき背丈の後ろ姿が見えた。
上下ともに黒い服の服を着て、帽子らしきものを被り、その中に髪を全部収納しているのか髪の毛は見えない。
そして黒い服というのは、神父様が着ているようなマオカラースーツ……教会関係者の祭服に似ている。
――例の修道士見習いの子……だろうか?
そして独りで居るという事は、シキではぐれて迷子になったのだろうか?
あるいは仕事を任されて独りで仕事を……という事は流石にまださせないか。
だとすれば……
――修道士のふりをしている?
無いとは思うのだが念のためそれも視野に入れる。
修道士見習いの子が来ると言うのは、この後勝手が利くようにシアンはある程度の領民に話すと言っている。それを見越し極秘調査のために知らない修道士がいても不審がられない様に扮している可能性がある。
……まぁ、それなら冒険者の格好をしたり観光客を装った方が良いかもしれないが……修道士の格好なら顔が印象に残りにくいと判断した可能性もあるし……よし。
「どうかされましたか?」
真相はともかく念のため話しかける。
いざとなれば雨も降ってきているので心配になったとか、身分を明かして知らない人が居たから気になったとか言っておこう。雨が降って心配なのは本当だし。
「っ!?」
そして俺が心配して声をかけた少年は背中だけでも分かる程ビクッと驚く。
……怪しいな。実際に不審者であれば怪しまれないよう逃げないとは思うが、逃げた時のために足に力は入れておこう。
「あ、えと、怪しいものでは無くてですね。初めて来た場所で迷ってしまったと言うか、遅れて来て地図を参考にしようとしたけど無くして迷ったとかじゃなくって、その、あの、ごめんなさい!」
「…………」
……うん、ある意味不審者ではあるが、調査など心配した方面の不審者ではなさそうだ。
油断をさせているという可能性も否定は出来ないのだが、なんかこう……毒牙が抜かれる感じがする声と仕草であ――
――サングラスにマスクに手袋!?
毒牙が抜かれそうであったのだが、振り返った修道士の少年の格好を見て内心で驚いてしまう。
なにせ少年は目にはサングラス。口には黒いマスク。頭には髪を全て隠す帽子に手には手袋をしている。ようは顔などの少年に関する情報が全くない。
格好と声からして少年というのは分かるのだが、この格好だと女性だとしても分からない程だ。
――……珍しい。
怪しいと言えば間違いなく怪しい。
だがなんというかこう、格好が素直な不審者感があって逆に珍しい。……素直な不審者ってなんだろう。
ともかくこの不審者を絵にかきました、というような少年は誰だろうか。
「あの、僕、ここに来た修道士見習いでして。本当に怪しいモノじゃないんです!」
「あ、うん。大丈夫だから。とにかく落ち着いて」
「は、はい。すーはー……ゴホッゴホッ!」
「……大丈夫?」
「ご、ごめんなさい。マスクで上手く呼吸が出来なくて……」
なんだろうこの子。
初対面相手に失礼だが天然なんだろうか。ボケなのだろうか。
「あー……もし教会の場所が分からないなら、一緒に行こうか? 俺も今から教会に行く予定だったし」
「本当ですか!?」
「う、うん、良いよ」
「ありがとうございます!」
見た目は不審者っぽいけど、良い子っぽいなこの子。グレイのような素直さだ。
……まぁ実際に不審者かどうかはシアンに判断してもらうとしよう。俺もある程度見分ける能力はあるが、シアンには及ばないからな。
「じゃあ行こうか。雨も降って来たし――おっと」
そう思いつつ教会に行こうとすると、急な突風が起こる。
どうも場所的に周囲の風の流れがここに集まるため、ふとした時に強い風が起こるようだ。
風の強さ的には紙の束が勢いよく舞い上がりそうな勢いである。
「わっ!?」
俺は咄嗟に鞄を抑えたが、少年は急であったためか帽子を押さえる暇がなく、そのまま帽子が飛ばされる。
「あ、帽子、どわあっ!?」
そして少年は帽子を追いかけようと手を出した所で、何故かサングラスとマスクに手が命中して外れかける。
「わ、外れ、わ――わ!?」
「少年!?」
そしてサングラスとマスクを直そうとしたのだが、慌てているのか上手くかけ直す事が出来ず――そのまま派手にこけかける。
なんとか倒れる前に腕を掴む事で倒れるのは阻止したが……色んな意味で大丈夫かな、この子。シキでやっていけるかな。
「大丈夫か、少、年……?」
ともかく俺は倒れかけた少年が大丈夫かと声をかけるのだが、その言葉に少々妙な区切りをつけてしまう。
理由は簡単で、少年の素顔を見たからだ。
「あ、ありがとうございます。急な風で驚いて――あ、あれ、サングラスにマスク……!?」
少年は感謝の言葉を言うが、サングラスとマスク、そして帽子が外れている事に気付くと途端に慌てふためく。
そして顔を隠そうとするのだが、片腕は俺に掴まれているので上手く隠せずにいる。
――肌と髪が白い…
少年の髪と肌はとても白かった。
白く綺麗な肌と言えばヴァイオレットさんやグレイ、アプリコットを想像する俺であるが、少年の肌はそんな白い肌よりもさらに白いと思える肌である。
髪の色も銀というよりはまさに白。神父様と似たような、肌と同じくらいは白い髪の色である。
目の色は赤い。全体的に白い中の赤なのでより赤く見える。
そしてなによりも――
――美少年……!
少年はまさしく美少年であった。男性的な美形というよりは、中性的な少年らしい美少年。
グレイと似たレベルの美少年であり、グレイが男の子寄りであるとするならば、彼は芸術よりというような……二人がどちらが美少年かの人気投票をすれば二つに分かれる様な……攻略対象達に混ざっても違和感ないような……俺の少ない語彙力では表現出来ないが、ともかく、おいそれと見ない美少年である。
そんな慌てふためく美少年を見てまず思う事があるとしたら――
――ブライさん、大丈夫かな。
何処かの鍛冶職人への心配であった。
……我ながら最初に思うのがそれがどうかとも思うが。
備考:肉屋の主人。
とにかく肉を解体したい衝動に駆られる危ない男性。
人間とかエルフなどの種族には衝動は起きないらしい。
腕前は良いのでモンスターを討伐解体する場合はシキでは彼を頼る。
その手際の良さからクロが「十七分割とかしそう」と呟いたら、それ以降大きな物体は十七分割するのをルーティンにするようになったとか。
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