追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

【16章:思惑】 始まりは来訪報告


「新しい修道士が来る?」
「来るみたい」

 グレイやアプリコットが学園に通うため首都に行く数日前の爽やかな朝。
 神父様が居ないからと、朝食をたかりに来た敬虔たるシスターは俺達に告げて来た。

「時期的にはおかしく無いだろうが……なんでまた急に?」
「もしやこの地に眠るというモンスターの監視、調査のためか?」
「あるいは問題があるからか。シキだし」
「クロ殿、その言い方はどうかと思うぞ」

 あと数日で飲めなくなる食後の珈琲を飲みながら、俺やヴァイオレットさんがシアンに尋ねる。
 春のこの時期に新たな人員配置が起こるのはそう珍しい事でも無い。だが、シキにわざわざ見習いを派遣させるとなると有らぬことを疑ってしまう。

――なにか問題があるか、調査に来たか、……どっちだ?

 領主として言うのもなんだが、シキは通常の移住で来る領民は少ない。
 シアンのように大司教を殴ったが、殴った状況を考えると表立って処罰できないので飛ばした場合や、スノーホワイト神父様のように見返りなく救い過ぎて不信感を持たれてしまった、など。
 ようは俺もそうだが、扱いに困った者達が来る事が多い。だから新たに来る修道士もそういった類なのかと思ったが……

「クロの方は違うと思う。来るのは修道士見習いだし、素行が悪いから来るとかでもないっぽい」

 しかし俺の予想はシアンに否定される。修道士の見習い。となると未成年だ。
 普段の素行が悪かったり奇妙な行動をするから来る。という可能性も否定は出来ないが……どうも違うようだ。

「可能性があるとしたらイオちゃんの方だけど……」

 もう一つの可能性はヴァイオレットさんが尋ねたように、この地に眠るモンスターについてなにかの情報を掴み、教会として接触を図った場合。
 派閥争いにおいて討伐に当たった方が良いのか、被害を利用する形にした方が良いのかを調べるため。
 あるいは領主――俺がどういう対策を立てているかを見極めようとしているのかもしれない。……念ため交渉対策もしておくか。

「けど、それとは別に、数が足りないからシキにも白羽の矢が立った、って感じなんだよね……あ、レイ君、お茶ありがとう」
「どういう意味だ?」

 俺達の疑問に、シアンはりょく茶を受け取りながら「えっとねー」と前置きを置いてから語り始めた。

「ほら、前の第二王子の件で帝国の火事あったじゃない?」
「ええと……孤児院を狙ったものでしたよね?」
「うん、それだよレイ君」

 第二王子の帝国の火事。
 それはカーマインが、シュバルツさんへの嫌がらせのためだけに起こした放火事件。
 シュバルツさんは稼いだお金を、母国である帝国の孤児院に活動資金として送っている。それは彼女も孤児院出身であり、弟も現在孤児院にいるため、弟のためを思った恩返しである。
 だからこそカーマインが、俺に関わった相手を不幸にして俺の絶望する顔を見たいという目的のために孤児院を狙った。しかも「どの孤児院が大切か調べる時間が無かった」という理由で帝国全部の孤児院を狙ったのである。本当にどうかしている。

「ですがローズ様に未然に防がれましたよね?」

 帝国内の裏社会的な存在に依頼し、同時多発的に起こそうとした帝国内の放火事件。しかしそれもローズ殿下によって大部分は未遂に防がれた。
 むしろその動きがあったからこそカーマインの不審な動きが分かり、シキに居る弟の所へとわざわざ来たのだ。

「大部分はね。けど帝国内は混乱するよ。依頼された方は放火の時刻だけ知って、その孤児院だけを狙ったものだと思ったら、帝国内で同時に起こした事件だったんだから」
「それに全焼したモノも有れば、半分近くが焼け落ちた孤児院も――ああ、だから王国で引き受けたのか」
「どういう意味ですか、ヴァイオレット様?」
「孤児院の中には教会の役割を担う所もあるからな。そこが焼け落ち、なおかつ帝国内は依頼元が不明な同時多発事件に混乱。そこで……」
「同じクリア教の私達王国の方に、落ち着くまで修道士の見習いの教育を頼まれたって事だよ」

 ヴァイオレットさんとシアンの説明に納得をするグレイ。
 確かにそれなら振り分けの関係上、問題の無い修道士たちが来てもおかしくはないか。帝国のスパイに関して警戒はするが、どちらかというと問題のない無垢な修道士が来て、シキに染まって帝国に帰った後に迷惑をかけないかを心配した方が良いかもしれない。

「だが、帝国の修道士が来るとか、見習いを教育するとかよく分かったな。そういう報告が上から来たのか?」

 王国も帝国ほどではないが混乱している部分は多い。
 第二王子の件もそうだが、王国のクリア教大司教が捕まり、その後に芋づる式に関与していた教関係者が出て来た。最大司教の働きにより思ったより大混乱にはなっていないようだが、教会の上の方は権力の移動にてんやわんやだろう。その辺りもシキに修道士見習いを送った理由もあるかもしれないが。
 しかしシアンの言い方はなんというか……詳細をやけに知っている感じがした。素行が悪いとか上の方はわざわざ書かないだろうし……

「神父様の手紙に書いてあったんだ」
「手紙?」
「うん、神父様が見習いの子達を連れて来るんだけど、先に手紙で色々教えてくれたんだ」

 神父様がシキを出張の形で出るのは多くあったが、手紙をわざわざ送るなんて珍しい。長期でも無ければ送って来る印象は無かったのだが……意外と送るタイプなのだろうか。

「ふふふ、彼女に心配かけまいと手紙で心配してくれているんだよ。そう、彼女をね!」
「やかましい」
「レイ君も覚えておくと良いよ。彼女になったからといって安心し、愛情表現を疎かにしてはいけない。釣った魚にはちゃんと餌をあげないとね!」
「成程、つまり愛は常にぶつければ良いのですね!」
「そういう事だよ!」

 胸を張ってドヤ顔するシアン。
 やかましいが幸せそうなら良いか。だとしてもその表現方法はどうにかならないだろうか。グレイが愛を餌と勘違いするではないか。

「ちなみに手紙がこれ」
「読んで良いのか?」
「うん、良いよ。それでさ、クロ。読んだ後に追伸の所のクロの意見を聞かせて?」
「俺の? ……まぁとりあえず読むか。ヴァイオレットさん、グレイ」
「うむ」
「はい」
「あ、皆で読むんだ」

 シアンは不思議そうな表情をしたが、ともかく俺達は読もうとする。
 ええと……相変わらず神父様の綺麗な字で書かれている内容は――

「“愛するシアンへ。離れる事で増大するこの気持ちを――”」
「それ違うやつ!」

 シアンはすぐさま俺が持っていた手紙を迅速かつ破らない様に丁寧に奪い取った。

「幸せそうでなによりだ」
「見せびらかしたんじゃないか?」
「今後の参考に私めも見たいです!」
「ええい、微笑ましく見るな! レイ君は愛は自分の言葉で伝えなさい。はい、こっちが報告!」

 もしかしたら神父様は今まで手紙を送っていなかったが、付き合う事になったのをキッカケに手紙を送る様になったかと思うと微笑ましく思った。だが、これ以上追及するとシアンが暴れそうなので止めておこう。
 とにかくシアンから貰った手紙(報告の方)を受け取り、読むと……確かに帝国の修道士見習いが来る云々が書かれていた。
 シキに来るのは教会と孤児院が一緒になっていて、半焼した所に住んでいた修道士達のようだ。

――ええと、それで追伸……

 一通り報告を読み終え、シアンが言っていた追伸を読む。
 そこに書かれていたのは書くべきかと少し悩んだ筆跡で書かれた神父様の文字で――

「……ヴァイスという子が来るが、クロに心当たりないか聞いてくれ……?」

 と、書かれていた。

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