追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

菫の春、とある日 -午後-(:菫)


View.ヴァイオレット


「この点の進み具合はギルドとの連携を組んで報告を――」

四月ウェヌスからこちらの税率が上がるから、こちらに切り替えれば元より――」

「成程、これに関してはクロ殿に報告しておこう。私も協力して――」

「スコップで伝説を作りに行く? ……ああ、うん、頑張ってくれ。応援しよう――」

「美しさを競い合うコンテストをしたい? 以前のような服を着るのではなく、シュバルツのように己が身体だけの全裸で? 却下する――」

「なら新作の服を使ってコンテスト? この前衛的な服を……私では判断つかないので、持ち帰って検討いたします――」

 午後。
 お昼を食べた後再び領主としての仕事を再開した。
 宿屋や薬屋、八百屋や服屋といった場所へ新たな国の方針の周知に行ったり、税納に関しての相談、シキの街としての要望の聴取など内容は多岐に渡る。
 その際に相変わらずよく分からない内容の要望と意志表明もあるのだが、本人達は真面目に話しているのでこちらも真面目に聞かなくてはならない。
 疲れはするがこれも貴族としての義務ではあるし、楽しい部分もあれば何気ない日常的な会話もあるので嫌いではない。

「皆様、私めの制服姿を褒めてくださいましたね!」
「ふふ、そうだな」

 それに今日は行く場所で、仕事を手伝ってくれているグレイが制服姿を褒められてとても嬉しそうにしているので、私もとても楽しく思う。グレイが褒められると私も嬉しいからな。
 ついでにグレイの噂を聞きつけた鍛冶職人の男にも出会ったが、一度耐えた後グレイの「似合っていますか?」という満面の笑みに対しては耐えきれずに倒れた。今はアイボリーの所(運んだら凄く嫌そうな顔をした)で療養中である。夜までには復活するだろう。

「さて、今日周る所は先程の所で全部だ。私は夕食を作りに戻るが、グレイはどうする?」

 私が今日の内容を纏め、手荷物の中にしまいながらグレイに尋ねる。
 私は夕食の準備があるのでそろそろ戻らなければならないが、夕食までは時間はある。グレイはまだ色んな人に見せたり、話し合う時間があるだろう。今なら鍛冶職人も倒れていて安全であろうし。

「そうですね、私めはもう少し――おや?」

 グレイは恐らくここで一旦別れようと告げようとしたが、なにかに気付いたかのようにある場所を見た。
 私もそれに連れられて視線の先を見ると……

「ホリゾンブルーか」
「はい、そのようです」

 視線の先に居たのはホリゾンブルー。
 いつも夫婦仲が良く一緒に居る事が多いが、今日は夫のアップルグリーンさんは居ないようだ。

「おや、ヴァイオレットにグレイ君。親子仲良く仕事? お。というか制服似合っているね!」
「ありがとうございます!」

 ホリゾンブルーもこちらに気付いたようで、軽く手を上げつつ私達の方に近付いて来た。
 私達も軽く挨拶をし、近付いていく。

「ホリゾンブルー様、お一人で大丈夫なのでしょうか?」
「ん、大丈夫って? そりゃ、愛する夫の傍には常に居たいけど、仕事もあるからね。一人の時もあるよ」
「いえ、そういう意味ではなく……」
「なら、どういう……ああ、そういう事」

 グレイの質問に対し疑問に思うホリゾンブルー。
 しかしグレイの視線が彼女のお腹をチラチラと見ているのに気付いて、どういう意味かは察したようだ。

「妊娠とはいってもまだ初期だから大丈夫だよ。重心のズレも頭痛も収まったしね」
「そうなのですか?」

 そう言いながら愛おしそうにお腹を撫でるホリゾンブルー。
 以前彼女の妊娠を知ったときは驚いたし、体調も悪そうであったが今は問題はないようだ。無理をしているようには思えない。

「ふふふ、愛する夫との愛しの子だ。それを考えると幸福で辛さなんて吹き飛ぶのさ……!!」
「おお、まさしく愛なのですね!」
「そう、愛だ! あ、お腹に耳当ててみる? まだ初期だから反応は無いと思うけど、前にしたいとか言ってたよね?」
「良いのですか!?」
「良いよ! さぁ、私達の愛の形をグレイ君も感じるんだ!」
「では失礼いたします!」

 ……本人もこう言っているし、彼女の近所には一応注意はするよう伝えてあるし多分大丈夫だろう。愛、凄いな。

「だが、辛い時は言ってくれ。領主として力にはなるし、個人的にも協力するからな。予期せぬ事もあると言うし、話すだけでも楽になる事は有るだろう」
「ありがとう、でも大丈夫。補助金とかくれたし、もう充分よくしてもらってるよ。それに小さな事でも気になったら周囲に相談するようにしているから」

 愛は凄くとも、それだけで済まして良いものでは無いので忠告しておくと、グレイに耳を当てられた状態のホリゾンブルーは落ち着いた言葉で感謝の意を伝えながら返答をする。
 普段は本当に見ているこっちが恥ずかしくなる愛し合いぶりだが、無理に行こうとはせず、抑える所は抑えているのでこの調子だと大丈夫そうだ。

「というか、補助金までくれるとは思わなかった。私としては嬉しいけど、財源とか大丈夫なの?」
「クロ殿はその辺りの運用は上手いから問題無い。気にせず使ってくれて良い」
「ふーん……その辺り凄いんだね。あ、そうだ。これ渡そうと思っていたんだけど」

 ホリゾンブルーがクロ殿に関心をしていると、なにか思い出したように手に持っていた袋からなにかを取り出そうとする。ちなみにグレイはまだ熱心に音を聞こうとしているので邪魔しないようにしつつなにかを取り出し、私に取り出したものを渡した。

「はい、媚薬。私達には今使えないから」
「いらん」
「え、夫婦間の愛を深めるのに必要だよ! マンネリ打破じゃなくって、愛し方のアプローチを変えるのに必要だから!」
「いらん!」

 狂おしいほど余計なお世話である。

「ちぇー結構美味しいし、高かったんだけどなー」
「美味しい? ……それはもしや、チョコレートか?」
「え、うん。そういう名前のモノだね。なに、やっぱり欲しい――」
「くれるのならば欲しい。クロ殿やグレイが特に好きだからな」
「家族で媚薬を服用!? え、変態アブノーマル変質者カリオストロ家族ファミリー!?」
「違う。妙な家族にするな」

 ホリゾンブルーに一応チョコレートについての説明をし、チョコレートを受け取って代金を支払った。
 代金は別に良いと言われたが、お金はいつ必要になるか分からないと言って無理矢理気味に渡した。

「まぁ、媚――チョコレートが必要かどうかはともかく、予定はないの?」
「予定? ……いや、そういうのはだな」
「ま、予定はともかく、いずれするだろう経験を先に経験しておくから、今後アドバイス欲しかったら私に聞くと良いよ?」
「うっ……」

 ホリゾンブルーは落ち着いた微笑みの後、こちらを揶揄うような薄笑いをする。
 ……くっ、こちらの反応を楽しんでいるな。このように楽しめている内は大丈夫なのだろう。

「ヴァイオレットは小さな事でもちゃんと伝えなさいよ。なんか遠慮しそうだけど」
「どういう意味だ?」
「領主さんはなんか色々手馴れてはいるだろうけど、ヴァイオレットの事になると過剰に心配しそうだからね。そうなるとヴァイオレットも心配させないように、小さな事なら黙って、段々と大きなことも黙る様に……とかしそうだし」

 ……有り得そうだ。
 私であれば“私が耐えればそれで大丈夫”と黙りそうだ。

「そうなると身の回りのお世話も大変になるだろうし、今みたいに領主の仕事も難しくなるだろうし……グレイ君やアプリコットも居なくなるんだし、新しく誰か雇ったほうがいいじゃない? 当ては有ったりするの? なんなら勘当された実家の伝手からどうにかするけど」
「勘当されたら伝手もなにもないだろう。それに――」
「当てはあるそうですから、気にされなくても大丈夫ですよ」
「そうなんだ。なら良いけど」

 ホリゾンブルーが揶揄いつつも私達の心配をしていると、お腹に耳を当てるのを止めたグレイが答えた。
 事実ホリゾンブルーの心配事はクロ殿も同じような事を言っていたし、雇うとも言っていた。
 そしてクロ殿は最近当てを見つけたらしい。私やグレイは詳細は知らないが、グレイが学園に行った後に一度来るとの事だ。雇うかどうかはその時の彼ら次第だそうで、確定したら私にも教えるそうだ。

「それじゃあ私はこれで失礼するよ。グレイ君、またね?」
「はい、またいずれ」
「それとヴァイオレットも……」
「?」

 ホリゾンブルーはグレイに別れの挨拶をした後、私の名前を呼んだかと思うと私に近付いて来た。
 なにをするのかと疑問に思ったが、ホリゾンブルーは私の右耳辺りに顔を近付けると、グレイに聞こえないような小さな声で、

「新しい使用人が来るなら、来る前の今の内に、夜に愛し合ったらどうかな?」

 と、告げて来た。

「あの屋敷は広いけど、使用人を雇って住み込みとかになると、出来る事や出来ない事も変わって来るからね。今なら存分に出来る事もあるんじゃないかな?」
「――――」

 私はその言われた事を想像し、なにも言えずにいるとホリゾンブルーは「くっくっ」と小さく笑い、私から離れる。

「試しに今夜とか誘ったらどうかな? 今ならその甘―いお菓子もあるからね。そんな先輩としてのアドバイスでした!」

 そしてグレイが疑問顔でいる中、私達に手を振りつつ、そのような言葉を残して去っていった。
 ……………………………………………………。

「ヴァイオレット様、今の言葉はどういった意味なのですか?」
「……さて、な。私には分からない」
「そうですか……?」

 私の返答にグレイは疑問顔であったが、私はその疑問を解消するような精神状態ではなかった。
 今の私はクロ殿が大好きな……お菓子、を持ち。
 将来的には私もなるだろう状態のホリゾンブルーがいて、そうなるための事をつい想像してしまい。
 耳打ちされて今朝の事を思い出してしまうような……そんな、私でもどうすれば良いのかよく分からない状態であった。

「……ふぅ」

 とある春の日の午後。
 私は夜はまだ少し寒いなと思いながら、空を見上げるのであった。

「…………」





次話予告
クロとヴァイオレットが同じベッドで寝る。

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