追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活
お話と変態と苦労_2(:茶青)
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一先ずハクをシルバから引き剥がし、改めて全員が来客用のソファーに座り直した。
ハクは不満そうであったが、シルバがメアリーの後ろに隠れて警戒し、ヴェールさんに窘められると渋々座ったのである。
「我が息子が冷たいよヴェール。やはり反抗期なんだろうか。それともやはり服越しではなく直接が良いのだろうか」
「息子でも反抗期でもないし、脱いだら本気で怒るからね」
ハクの発言に警戒をするシルバ。シルバ的には睨んでいるつもりなのかもしれないが、なんというか……小動物が威嚇しているような感覚がある。
――しかしシルバが息子、ね。
ハクがセイフライド一族、つまりはシルバの一族の始祖である事は聞いている。
過去の“実験”の一つとしてハクの魔力・肉体を分け与えシルバの先祖が産まれ、現在まで続いている一族であるそうだ。
それだけだと息子とは言い難いのだが、どうも以前のシキの第二王子の騒動の帰りの際に色々あったそうである。
私は見ていないのだが……第二王子の騒動で操られていたため落ち込んでいた二人だが、シルバが自身が辛い中でもハクを励まし、その時の姿に……母性を感じたそうだ。
ハクの外見は今はクリームヒルトの前世で女性ではあるが、性別は不詳だ。それでもなお母性を感じるのは、
『私が君を息子にして母になりたいに違いない!』
という結論に至り、母を名乗っているのである。正直よく分からないが、母性とはそういうモノかもしれない。男の私には理解できない領域なのかもしれないと納得した。
ともかくシルバは息子としてロックオンされ、今に至るのである。
「はは、年頃の息子とはそういうモノさ。親と一緒に居るのが恥ずかしい時期なのさ」
「子育てとは難しいものだな」
「ヴェールさん。そう言った事では無いからね?」
「シルバ君、お母さんは大切にしないと駄目ですよ? 恥ずかしいのは分かりますが、せっかく好意を示してくれているんですから」
「だから違うってメアリーさん!」
シャルの場合は反抗期というよりは「親に甘えては騎士になれない」という思いの元己を律し、適度な距離を取っているだけだとは思うが。恥ずかしいのも当然あるだろうが。
あと、メアリーもヴェールさんも分かってハクを母親扱いしているな。シルバの反応を楽しんでいるように見える。……いや、メアリーは素で言っているかもしれないが。
「けどシルバのお陰で私は外に出られなくても、生きる気力が沸いてくるよ。なにせ手紙も送ってくれるし、今日も会いにも来てくれるからね!」
「……喜んで貰えるのは嬉しいけど、今日は別件だよ」
……まぁ、シルバもシンパシーを感じているのか分からないが、この春休み中は手紙を送ったりしてはいるようだ。
ハクの接し方次第では親子はともかく、それなりに親しくはなるのかもしれない。
「そうだね、親子の会話は後で時間取ってあげるから、今日は別の話題をしようか」
取るのか。
ハクは生まれも立場も重要機密な位置づけであるのだが、どうにか出来るのは流石はヴェールさんといった所か。若くしてこの施設の長を務めるだけはある。
「別の話題は良いけれど、ハクを連れてきた理由はなんで?」
「メアリーの話との関係となると……やはり?」
「お察しの通り、メアリー君の話の信憑性を測るためだよアッシュ君」
ヴェールさんは自身で淹れ、ついでに私達全員にも淹れられた紅茶を飲みながら言う。
「でも、そんな凄い話題に僕達が参加したり、測るのがシャルのお母さんだけだったりして良いの?」
シルバはそう言って周囲を見る。
この部屋には私達五名しかおらず、他に記録を取る様な者も居ない。話す内容を考えれば、こんな“来客だから話している”ような雰囲気なのが信じられないと言う所か。
実際私もそこは気になっていはいる。てっきりヴェールさんと一緒に来ると思ったのだが。
「はは、息子の同級生と話しているのにそんな大層な事は出来ないよ。ハクはハクと君が喜ぶから連れて来ただけだしね」
「流石はヴェール、分かっているな!」
「僕は喜ばないけど……そういうものなのかな……?」
ヴェールさんは笑いながら言うが、実際はもっと複雑な事情があるのだろう。
本来であればこのような内容を独りでどうにかしようとしているのならば警戒すべきではあるのだが……ヴェールさんの場合はそれを私達に見せないようにしているだけであろう。当然怪しい動きはないかを注意はするが、彼女はそういった女性だ。
「それじゃ、メアリー君。話して貰おうか。君や、君達が――この国のなにを知っているかを」
しかし次の言葉は優しく気軽な女性の顔から、大魔導士としての表情へと変わり告げられる。
この圧は私のような若輩者には出せないモノであり、言葉だけでシルバやハクが黙り、背を先程以上に正させた。まさに長としての冷淡な表情である。
しかしだからと言って怯むわけにはいかない。私に出来る事などほとんどないが、メアリーのためにも怯んだ所は見せず、傍に居る味方として安心感を与えねば。
いざとなれば例え今のヴェールさん相手だろうと、舌戦を繰り広げる覚悟で居なければならない。
「私がもたらす情報がこの世界で何処まで役に立つかは分かりませんが――」
しかしメアリーは飲んでいた紅茶を優雅に置くと、
「善い未来のために、私はお話いたしましょう」
私も気を引き締めるヴェールさんの圧に怯む事もなく、いつもの見惚れる笑顔で話を始めるのであった。
……本当に、メアリーは強い女性だ。
◆
「……ふむ、成程。凄い話だ」
メアリーは私達にもシキで以前した内容の話をヴェールさんにもした。
その時よりも内容が具体的で、未来の事も話したのはこれよりも前に二度話したから内容が精査されたのか、私が前情報を持ったからより理解出来たからなのか、メアリーの心情の変化によるものなのか。
ともかく話した内容に一区切りがつくと、ほとんど黙って聞いていたヴェールさんが一息を入れるようにすっかり冷めた紅茶を飲んだ。
「だが同時に納得もしたよ。私が感じていた違和感に間違いはなかったとね」
「違和感、ですか?」
「メアリー君の他にも、クロ君やクリームヒルト君にも感じていたものだよ。生憎とエクル君は分からなかったが、今思い返すと上手くやっていたんだろうね」
確かにヴェールさんはクロ子爵やクリームヒルトに妙な視線を向けるなとは思っていた。
特にクロ子爵にはまるで服の下になにかを隠し持っているのではないかと思うような、血走った視線とも言える視線を向けていた。
あれはやはりクロ子爵も前世持ちでオトメゲームで未来を知っていると警戒しての事だったんだと、今になってから理解した。決して若い肉体に興味を持って狙っているという、親友の母親の不貞を疑わなければならないなんて事は無かったんだ。
「それでヴェールさん、今の話を――」
「信じるさ。解読された預言ともあっているし、私のような立場じゃないと知らない王国の過去や、シルバ君の過去。なによりも今までの行動を鑑みれば信じるしかないよ。あ、お代わり要る? ずっと話して喉乾いたでしょ」
「いえ、私は大丈夫です。ありがとうございます」
「はは、そうか三杯目だもんね。他の皆は?」
ヴェールさんは他の皆に聞いた後、紅茶を入れるために立ち上がり、茶葉とお湯を取りに行く。メアリーは手伝うと言ったのだが、「お客なんだから」といって手伝いを断っていた。
「……ふぅ」
「――はぁ」
そしてそれを合図にシルバやハクは大きく息を吐き、緊張感から解放されていた。……恐らくヴェールさんはこれも狙って紅茶を淹れに行ったのだろうな。
「メアリー、お疲れ様です。そして申し訳ありません、貴女にほとんど喋らせてしまって」
「ありがとうございます、アッシュ君。ですが大丈夫ですよ。これは私が話すべき事ですし、近くに皆が居ると言うだけで心強いですから」
メアリーはそう言うと、相変わらず素敵な笑顔で私達に向ける。
……ああ、本当にズルいな。この笑顔を向けられるだけで、私は色んな事が幸福で塗りつぶされる程に見惚れてしまう。
今こうしてメアリーを憂慮する気持ちさえ誤魔化されそうになるのだから、本当に危険だ。
「ところで、聞きたい事があるんだけど」
「はい、なんでしょうヴェールさん」
ヴェールさんは魔法を駆使して素早く頼まれた人数分の紅茶を持ってくると、再び座りながらメアリーに質問をする。
「そのカサス? の世界においても私は出て来るんだよね。その世界の私ってどんな感じなのかな? そこのアッシュ君みたいに腹黒属性があったり、息子みたいに隠れて甘いモノ好きが設定? でバレていたりするのかな」
腹黒属性……否定はしないが、なんだか複雑な気分である。
かといって私がそうではないと否定出来る程の過去を持っている訳でもない。事実私は多少権力の楯を使ってもヴァーミリオンのために……と言う所があった訳であるし。
「えっと……ごめんなさい。ヴェールさんはあまり出て来なくて、情報もあまりないんです」
「ありゃ、そうなのかい。主人公が我が息子と結ばれるルートとやらの時に、“認めて欲しければ私を倒せ!”みたいな感じにはならないんだね」
そういう事をしたいのだろうか。実際にされたらシャルのルートとやらが大変な事になりそうだ。なにせこの国トップクラスの魔法使いだからな。
「でも息子のルートの時には少しは出るんだろう? どういった感じになるのかな?」
「……言って良いのですか? あのゲームでの話ではあるのですが……」
「勿論さ。是非聞きたいな」
「シャル君のルートに入るとヴェールさんは……」
「うんうん、私は?」
ヴェールさんは先程までとは違い、プライベート時のような気さくな性格で聞いて来る。
結構ワクワクしているように思えるが、これは意外と話を聞くのを楽しんでいたのだろうか。流石は知を追求する大魔導士である。
「とりあえず死にます」
「とりあえず死にます!?」
そしてその知を追求する大魔導士は出て来た情報に驚愕していた。
「ええ、死にます。主人公がシャル君と良い仲になりそうになると、大抵死にます。クレールさんと共に“大変だ、君の父君と母君がやられた!”と言った感じに報告を受け、死にます」
「わ、私の夫も!?」
「ええ、他の男性……アッシュ君やシルバ君の時は特に音沙汰も無いのですが、シャル君のルートだと“よし、とりあえずやっとくか!”みたいな感じで死にます。一応はルートに入っても生きる時も有りますし、大怪我で終わる時もあるんですが……」
「え、えぇ……なんで?」
「親の重圧がのしかかり、シャル君の覚醒に繋がるためです」
メアリー曰く、その世界のシャトルーズは自身の実力に悩むそうだ。
剣の道では父に到底及ばず、魔法の道では母の足元にも及ばない。
だが年月を重ねていつか追い越して見せると意気込むのだが、そんな中父と母が仕事中に死去。
目標を失い、さらには周囲には「息子はどちらかの親に少しでも及ぶ事が出来るのか」と、“どっちつかず”扱いをされて今まで以上に周囲の目が気になって来る。
そんな中主人公に――と、かける言葉(選択肢というらしい)でどの道を勧めるのか、励ます事に成功するのか、あるいはライバルになるのかが変わるそうだ。
「え、つまり私は息子の成長のために死ぬ感じなのかい?」
「ええと……あの世界では、そうですね」
「息子の成長は喜ばしいけど……メアリー君、私の息子と付き合う時は、すまないが私の死を無くして成長する方法を見つけてね? 姑が邪魔かもしれないけど……」
「あ、あの世界での話ですから!」
それと場合によってはシャルのライバルになるために、強くなろうと鍛えた……鍛え過ぎた主人公が、強くなりすぎて騎士団を素手で全員倒して騎士団長になる事もあるらしい。そしてそれで良いのかその世界の騎士。
「だがその世界の私の扱い酷くないかい? だって出番があれば死ぬし、生きても出番がないんだからね」
「いえ、あの世界のヴァイオレットよりは遥かにマシですよ」
「ヴァイオレット君? ええと……悪役の令嬢なんだっけ。そんなに酷いの?」
「はい。どのルートでも死ぬか幸せにならないか、例え関わりの少ないルートでも存在が出されたと思ったら“被害者の中にはヴァイオレット・バレンタインの姿も……”と言った感じに“コイツだけは生かしておけねぇ……!”と言わんばかりに死にます」
……その世界のヴァイオレットは本当に扱いが酷いらしい。
殺されたり、被害にあったり、変態な扱いを受けたりと、主人公がヴァイオレットと関わらなくても“とりあえずヴァイオレットの不幸を添えておこう”というような扱いだそうだ。
流石に私もその世界のヴァイオレットが以前のヴァイオレットのままだとしても、可哀想だとは少し思う。
「……ところで思うんだが」
「はい、なんでしょう?」
「そのゲーム、本当に乙女が楽しむゲームなのかな?」
私も本当にそう思う。
それとも日本の乙女とはそのような女性ばかりなのだろうか。
「ええ、とても楽しいですよ?」
……本当にそのような女性ばかりなのかもしれない。
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