追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

妖しい夢_3


 気絶したフォーンさんの現状を確認し、ただ寝ているだけの状態だと判断していると、丁度シアン達と会ったので、フォーンさんをブラウンが担いで教会に連れて行った。

「目を見たら、妙な夢を見た?」
「そうだな」

 礼拝堂の長椅子にフォーンさんを寝かせ、ブランケットをかけた後に、シアン達に先程の事を説明する。
 妙な夢、瞳の色の変化、瞳の中にある魔法陣のような紋章。そして夢から覚めた時のフォーンさんの状態が変であった事。それらを話すとシアンは悩み、神父様は寝ているフォーンさんの状況を警戒しながら見ていた。
 そしてブラウンは……寝ているフォーンさんの傍に屈み、頬をつついたりしている。……大丈夫だろうか。

「で、どんな夢を見たの?」
「…………」
「なんで目を逸らすの」

 うん、聞かれるとは思っていたけれど、いざ聞かれるとなるとどうしようかという反応になってしまう。
 話さないと駄目なのだが、話すとなると……うん、女性には話し辛い話である。

「えっと、内容は――」

 とはいえ話さない訳にはいかないので、キチンと話した。

「……成程ね。どう思います、神父様」
「良い夢を見せる……とは少し方向性は違うな」

 俺の説明に、シアンも神父様も茶化す事無く受け入れ、どういう事かと考え始める。
 恥ずかしかったが、真面目に考えてくれる辺り本当にありがたい。……性欲に忠実になってあんな夢を見たとか言われなくて良かった、本当に。

「そうなるとこれはやはり――」
「あ、お姉ちゃんが起きたよー」

 シアンがなにか言おうとすると、フォーンさんを眺めていたブラウンが目覚めを告げてくる。
 それに対し俺達は少し警戒をしつつ、話を中断してフォーンさんの方を見た。

「……ぅーん……ここは……えっと……?」

 ゆっくりと目を開け周囲の状況を確認するフォーンさん。
 開くの色は黒色で、俺が見たような紋章は見えない。

「教会……教会!?」

 そしてここが何処なのかを把握すると、焦りながら上半身を勢いよく起こす。
 その後にシアンや神父様……教会関係者が見ているのを理解すると顔面蒼白になり、俺を見ると、

「クロ子爵――!?」

 と言いながら俺の容態を心配する。
 うん、やはりフォーンさんは悪い女性では無いように思える。相手の事を真っ先に心配するあたりは、先程の涙もあって彼女の優しさが感じられる。仮にあの夢がフォーンさんが起こし、なにか目的があったとしても目的の理由を聞くには充分であると思う。

「ぐはっ!?」
「いたっ!?」

 ……まぁ、慌てすぎて近くで覗き込んでいたブラウンに気付かず、頭をぶつけあっていたが。

「はじめまして、フォーンさん。ここはシキの教会なんだけど、何故此処にいるか分かる?」

 痛がって頭に手を当て、結局上半身をあげただけで動けずにいるフォーンさんに対し、シアンがブラウンを下げながら近付いて大丈夫かと尋ねる。
 神父様を前に出さないのは、俺が妙な夢を見せられたのを考えての事だろうか。……俺の予想通りの女性ならば、男を近付けて目を見るのはマズいからな。

「いつつ……はい、居るのも、警戒している理由も分かります。ですがその前に聞きたい事があるのですが」
「なに?」
「その……クロ子爵と、彼は……」

 フォーンさんはブランケットをキュッと強く握りながら、俺とシアンの後ろで興味深そう見ているブラウンを心配そうに見る。
 ここで「大丈夫だったか」と聞かないのは、彼女なりに思う所があるのだろうか。その言葉を出すのを躊躇っているように見える。

「その問いに答えるには、貴女がなにを心配しているのかを答えないと答えられないよ」
「…………」

 俺が「大丈夫でしたよ」と返事をしようとしたが、シアンはそれを制して強めの口調で問いかける。
 縛ったりして身動きを取れない状態にはしていないが、悪霊退治の時のような警戒心を抱いているのだろう。……場合によっては、“退治”も視野に入れているように思える。

「分かりました、縛られましょう」
「はい?」

 ん?

「教会関係者に私の事を知られた以上は、私も観念いたしましょう。さらには既婚の子爵と幼き少年を誘惑した淫らな女です。今すぐ縛られ浄化をかけられましょう。正直私に浄化は効きませんが、縛って身体の自由を奪われた後に、世を乱す反乱分子として世を去りましょう」
「え、ちょっと待って」
「ただ……慈悲があるのなら、身綺麗なまま、家族とは関係無い所で処刑してください。家族に迷惑をかけたくないですし、身体も……いえ、私だけが都合を通すのも駄目ですね。どうぞ、悪魔として私の身体を自由に――」
「待ってって! 事情も知らないのにそこまでしないし、変な事考えてない!?」
「淫らな悪しき女相手なら、浄化と称して■■ピー■■ピーなアレコレされるものでは……?」
「偏見が過ぎる!」

 なんだか覚悟を決めた様に身体を差し出す(変な意味ではない)フォーンさん。彼女も彼女なりに、自身の事に覚悟を持っていたのだろうか。
 あとあまりそういう事は子供の前で言わないで欲しい。ブラウンは意味を理解していないが、いつかグレイのように「■■ってなんなのー?」と堂々と誰かに聞きかねないからな。

「私達は貴女がなにが出来るのか、なにをしたのかを聞きたいだけ。あとは……貴女が何者なのかをね。別に縛ったり拷問したりはしないから安心して」

 若干顔が赤いシアンは気を取り直してフォーンさんに問いただす。

「…………私は」

 フォーンさんは意外そうな表情をした後、間をおいてから話しを始めようとし、俺達はその声に耳を傾けた。

「私は表向きは【ヒト族】のフォックス子爵家の次女です」
「表向きは?」
「はい。私は……【夢魔族サキュバス】と呼ばれる存在なんです」
「サキュバス……?」

 サキュバス。
 前世の異世界モノやファンタジーゲームだと、よく出てくる種族である。
 イメージだと悪魔のような羽と尻尾が生え、露出の高い服を着て男を誘惑して、性的に襲い襲われ精を搾り取るモンスター。搾り取られた男はフラフラになるか、干からびて死んだりする。
 男の精、偶に女性の性的なエネルギーを食事とし、生きるためにエロティックになっている種族。他には下腹部には紋章があったり、性的に興奮させる能力があったりするというイメージだ。
 ……まぁ「性=食事なら多少エロティックになっても良いよね!」みたいな感じで、アイコンになっている気もするのだが。押しかけ女房的なようにサキュバスとイチャラブみたいな作品もよく見た。ようは性に積極的な相手として分かりやすく、良いのだろう。

――そんなサキュバスが、フォーンさん……?

 俺は改めてフォーンさんを見るが、そんな女性には見えない。
 見た目は綺麗な女性で、男を惑わせると言える外見ではあるが、羽も尻尾も生えていない。後者は隠せたりするかもしれないが。
 酒場では美味しそうに野菜や肉を食べていたし、サキュバスならカーキーの誘いを受けて性的搾取をしそうなものだ。……というかカーキーが搾取されても、次の日にはケロッとしていそうなイメージがあるのは何故だろう。
 それに会って会話もほとんどしていないが……彼女は優しく、なんというか苦労性どうほうな感じもするんだよな。
 要するに彼女がサキュバスだなんて思えない。少なくとも世を乱すタイプではないように思える。

――それに、あの涙は……

 ……そして、その時俺に興奮しながら迫り、ナニカをしようとしたフォーンさんの涙を見たら、悪しき存在には思えない。

「……えっと、それでフォーンちゃんはなにが出来るの?」
「え、ちゃん……? わ、私が出来るのは……私の目を見た相手に、夢を見せる事です」
「夢を? それでカー君……カーキー君やクロにも同じ事を?」
「いえ、カーキー君にした事は私の意志を持ってコントロールした事です。……それでも、操った事に変わりは有りませんが」
「詳しくお願い」

 フォーンさんは彼女の瞳を間近で見て、意識を向けた相手に夢を見せる事が出来る。その中で“フォーンさんに意識を向ける”方法としては相手の名前を呼ぶのが効率的らしい。
 その中で事前に使うと意識をすれば、カーキーにしたように一定の事を夢を見ていたようにする、という事が出来るようだ。
 カーキーにそれをした理由は、彼女とカーキーのため。

「私の保身も有りますが、私のような女に夢中にさせる訳にはいかないので――っと、申し訳ありません。これではただの自意識過剰な女ですね」
「ううん。ようは、その力が制御できなくなる可能性があるから、近付かせないようにしたんでしょ?」
「……はい、そうです」

 しかし意識をして抑える事も出来るのだが、偶に暴走をするそうだ。
 それが俺にやったような、不意の発動。目(正確には瞳の紋章)を間近で見て、相手がフォーンさんに集中すると強制的に発動するため、不意の時は暴走するそうだ。
 その際には相手の精を奪い取ろうと淫らな夢を相手に見せて、夢の中で生じた精を奪い取ろうとフォーンさん自身も…………えっと、発情してしまうようだ。

「今までは事に及びませんでしたけど、段々と力が強まっている感じがして……いつ発動して襲うかは分からないですし、でも……」
「でも?」
「今まで育ててくれたなにも知らないお父さん達のために、本能を抑えて孝行をしたいと思っていたんです……」
「父君達もなにも知らないのか?」
「……はい。亡くなった曾祖母曰く私は“先祖返り”だそうで。……だから内緒にしていたんです。お父さん達は……私が学園で優秀な成績を修めれば喜ぶような、何処にでもいる様な貴族の親なので」
「……そうか」

 神父様の疑問に、フォーンさんは沈んだ面持ちで答える。

――……これは、罰する相手としては見れないな。

 俺は場合によっては……とも少し思っていたが、今はとてもではないが罰を与える相手として見る事は出来ない。
 警戒していた神父様も警戒は解いているし、嘘を見抜くのが上手いシアンも嘘ではないと判断し、同情の感情が見えている。
 相手を発情させ精を奪う。それが自身の感情とは別に、本能的なモノで抑えきれない時がある。教会関係者としては要観察、捕縛対象だとしても、個の立場としては味方になりたいのだろう。だが俺にやったようにこれからも可能性があるなら……と悩んでいるのか。

「そして改めてごめんなさい、クロ子爵。ブラウン君。私の力で変な夢を見たでしょう?」
「いえ、大丈夫ですよ。寸での所で抑えましたし、気にされないでください」

 ヴァイオレットさんの普段とは違う面持ちや言葉にドキリとして、新たな発見をしたと思っているのは内緒である。……なんかシアンが妙な目で見ているのは気のせいか。

「そういう訳にはいきません。貴方の夢に出てきた相手って、貴方の認識ですからある意味本物ではありますが、実質私ですし」
「そ、そうなんですか?」

 ……それは複雑な気分だな。
 俺が望む形であるから偽者でも本物でもあるけれど、あの夢をフォーンさんが見せていたなら意識自体はフォーンさんが……やめよう、考えないようにしよう。

「夢ってなにー?」

 俺がフォーンさんに複雑な表情を出来る限り見せないように努めていると、ブラウンが問いかけた。
 シアンに庇われる形でシアンの後ろに居る、普段は気を抜けば寝ているブラウンであるが、珍しく寝ずに俺達の様子を眺めている。

「ブラウンもその……」
「異性が妙な格好で迫って来る夢を見たでしょう? あれは私のせいなんです」

 俺がどう言って良いか悩んでいると、いつの間にか背筋を正して罰を受ける被告人のようになっているフォーンさんが代わりに答えた。内容が内容なので少し言い辛かったのだが、フォーンさん的には正直に全て答えるべきだと思い言っているのだろうか。

「というかあの……ブラウンも吸える? モノなんですか? 性的エネルギーってまだ目覚めていないと吸えないような……」
「ええ、吸えますよ。私が■歳の時に力が発動して、同じ年代の男の子を目覚めさせましたし」
「マジですか」

 その年齢で目覚めるって、ある意味では可哀想に……いや、何処かの色情魔と同じ年齢でメイドにアレだから良いのかもしれない――落ち着け、俺。アレは特殊だ。

「だから身体がは大人なブラウン君なら、吸えますよ」
「そういうモノなんですね……」
「ところでクロ子爵。まだ言っていないのによく分かりましたね? なんとなく想像できる事であったかもしれませんが……」
「え、なにがです?」

 分かったってなんの事だろうか。
 むしろ俺は子供でも吸えるという事実に驚いて……あれ、なんでシアンや神父様まで不思議そうな表情に? フォーンさんのように何故分かったのかというような表情だ。

「私が――」
「ねぇ、夢ってなんの事?」

 フォーンさんが俺になにか言おうとすると、ブラウンが不思議そうに言葉を遮った。

「僕、迫られる夢なんて見て無いよ?」
「え? ええと、私の瞳を二回見た後に、二回とも軽く眠ったでしょう? その時に……」
「ううん、眠っても無いよ。綺麗なお姉ちゃん……フォーンお姉ちゃんの眼が綺麗だったのは見たけど」

 そう言うとブラウンはシアンの後ろから移動し、フォーンさんの前に立つ。

「ブラウン、なにを……?」

 先程の言っていた内容も有り、シアンや神父様が軽く止めようとするが、ブラウンはそれを無視して屈んで視線を合わせる。

「だ、駄目です。不意でなければ大丈夫なんですが、いつ発動するか分からないですから」

 フォーンさんは顔を近付けるブラウンに対し、ブランケットで顔を、特に目を見ないように隠す。

「えー、なんで隠すの、もったいない」
「勿体ない……?」

 しかしブラウンは不満そうな声でフォーンさんに告げる。
 珍しい声と態度だと俺達は不思議に思いつつ、成り行きを見守っていると、ブラウンはさらに言葉を続けた。

「こんなに美人さんなのに、隠すなんてもったいないよ。眼もとっても綺麗きれーだし」
「え、ブラウン君私の顔を……? 大半がぼんやりとして具体的な顔を思い出せない私の顔を……!?」

 え、なにそれ。

「? よく分からないけど、綺麗きれーだよ。だからなんで隠すか分からないんだけど……あ、もしかして縛られて興奮こーふんするトクシュセイヘキな女の人なの? さっきも言っていたし」
「違います! ――あ」
「あ」

 まるで「今日会ったあの人達と同じにされたくない!」とでも言いたげに勢い良く否定したフォーンさん。
 そして否定と同時にブランケットを取った所で――眼が間近であった。

「――っ」

 あった瞬間、フォーンさんの瞳が赤く変化し、それを見てシアン達も身構える。
 フォーンさんはすぐに顔を逸らそうとした所で、

「目を逸らさないでー」
「っゅ!?」

 ブラウンがフォーンさんの顔を両手で掴んで無理矢理固定させた。

「は、離して――!」

 次にフォーンさんの瞳に紋章が浮かび上がり、俺の時と同じように“誘惑”しようとする。
 成程、俺の時はブラウンで発動仕掛けたが紋章が無く、紋章が浮かんだ後に俺を見て発動した感じなのか――って、そこではなく。

「湖畔の悪霊よりも強大な力――! ブンちゃん、今すぐ離し」
「やだ!」
「やだ!?」

 シアンがすぐに離そうとしたが、珍しく子供のような駄々をこねるブラウンに動揺する。
 それでもどうにかしようとしたが、離れようとしない……って、あれ? 俺の時はもっと早く夢を見たような。
 それにフォーンさんが気絶する前もブラウンは……。

「うん」

 ブラウンは真っ直ぐ見つめながら、瞳を見ながら。
 いつものように眠る事無く、起きて真っ直ぐを見ながら。

「うん、やっぱり綺麗きれーだよ。こんなに綺麗なのに、隠すなんてもったいないよ、フォーンお姉ちゃん」
「……え?」

 ブラウンは夢を見ずに、微笑みながら無邪気に言ったのであった。

コメント

コメントを書く

「恋愛」の人気作品

書籍化作品