追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

とある女性のシキ旅行_2(:明茶)


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 アイボリーという名前のお医者さんに宿屋の場所を案内して頂き、自分の部屋も確保しました。
 途中で簡単にシキの説明をして頂いた後、先程の女の子はなんだったのかと聞くと「毒を進んで食べるただの薬師だ」という話も聞きました。
 私の中で“ただの”という概念が揺らぎかけましたが、ともかく彼女は優秀な薬師との事です。薬で困ったら彼女か彼女の父親に頼るのが良いとの事ですが、出来れば頼らなくて良い滞在になると良いなと思います。
 ちなみにこの店の主人(話しかけたら驚かれました)に聞いたのですが、アイボリーさんはシキで診療所を構える正式な医者であり、怪我をした際には彼を頼ると良いようです。ただ怪我を前にすると興奮するだけの優秀な医者との事です。それを聞いて私はシキで怪我や病気にはかかりたくないな、と思いました。

「よし、荷物は大丈夫、と」

 私は部屋で荷物に不備がないかを確認し、大丈夫だと確認すると、財布とメモを持ちます。
 メモはクリームヒルト君に渡された、シキに関するメモです。
 曰く“シキをより楽しむための会っておいた方が良い人物や場所リスト!”との事で、私を除く生徒会女子メンバーで作ったそうです(一応この宿屋の場所も記されては居たんですが、実際の領民に聞いた方が話も出来て良いですからね)。

――来てから開けるように言われたけど……

 シキに着きましたし、部屋を出てシキを見て回る前に、内容を見てみるとしましょうか。
 そう思いつつ、私は閉じてあるメモの用紙を開きます。

・エッチィ戦闘系シスターが居ますが、話すと優しく良い方です。
・毒を食べる女の子は毒を食べていても正常です。
・怪我をすると医者が興奮して来ますが、腕は確かなので身を任せましょう。
・空を飛ぶ女の子が居ますが、幻覚ではありません。貴女の精神面は大丈夫です。
・半ゴブリンは領民です。モンスター扱いすると彼の妻にこちらがやられます。
・体に靄がかかる男性は善良な方です。頼ると良いでしょう。ただ影から出現したり、突如消えたりするので見つけるのは難しいです。
・夜のお誘いをする茶髪の男性が居ますが、ふっ飛ばしても大丈夫です。周囲はいつもの事かと笑います。
・殺し合いをする夫婦が居ますが、それは愛を確かめ合っているだけです。

 私はまだ続くメモを閉じました。
 そして目元を抑える事数秒。
 部屋にある窓を開け、晴れやかな空気と日差しを浴びながら外を眺める事数秒。私は小さく呟きます。

「帰ったら、生徒会全員で精神ケアを受けようかな……」

 先日の生徒会男性陣の猥談。生徒会女性陣の今回のメモや猥談。その他両者に当てはまるよく分からない言動。
 初めは良い方向に変わりつつあるのだと思い、フォローに徹していました。
 しかし私は生徒会の仕事を彼らに頼りすぎて、精神的に追い詰められたのではないかと思い、生徒会長権限で精神ケアを受けた方が良いのかもしれないと、青空を見て思うのでした。







「ここが領主邸……」

 一度は閉じたメモですが、再び目を通し、場所のメモ部分から私は領主邸に来ていました。
 来る前に宿部分から酒場に降りた際、【レインボー】の女主人の両手首が外れ、腕の中から紐を取り出し、問題を起こしていた冒険者の方々を縛られるという光景を見ましたが、それはともかく来ていました。彼女の腕が逃げる方を追跡するように吹っ飛んでいた気がしますが、気にしてはならない事なのでしょう。

「大きいなぁ」

 さて、私は領主邸に来ていますが、初めて見ての感想はとても立派という事です。
 領地の他の家屋と比べると、不釣り合いなほどに大きく立派な屋敷。
 なんと言いますか……他を気にせずに、財をつぎ込んで建てた、というような屋敷ですね。

――だけど、なんだか温かい。

 けれど、庭に咲く花々や、カーテンなど少ない装飾品は、不思議と温かみを感じます。住む方の人となりを感じると言いますか、不思議と好きな屋敷です。

――ここに住んでいる方々は……

 この屋敷に住んでいるのは、まずはクロ子爵。
 そして彼の養子である息子の、私の後輩にもなり生徒会メンバー候補のグレイ君。ちなみにクロ子爵には他にも娘や縁組を組んだ女性がいるそうですが、その女性は別に住んでいるそうです。

――そして……ヴァイオレット君、か。

 そしてこの屋敷に住んでいるのは、元後輩のヴァイオレット・バレンタイン君。
 学園に居た頃はあまり良い印象を持て無かった公爵家令嬢。学園祭の時もあまり見る事はなく、私の中での印象はまだ全てを敵として見るような高慢な女性です。
 ですが今は生徒会メンバーが口を揃えて「変わった」と言い、あんなに嫌っていたヴァーミリオン君も今は普通に話す間柄になっていると言います。

――会ってはみたいですが、アポもなにもないからなぁ。

 そんな彼女にも会ってみたいですが、事前に来るという連絡も入れていませんし、あくまでも私は旅行で来ています。
 仮にも子爵家の令嬢が事前連絡も無しに来るのは良くないでしょう。外で会ったら会話か観察するくらいに留めましょうか。
 ついでにスカイ君を振り(?)、ヴァイオレット君を変えたというクロ子爵も会って会話もしてみたいです。
 スカイ君がずっと片思いをし、ヴァイオレット君を変えたという男性……一体どんなイケメンなんでしょうね、楽しみです! ……まぁ、私はイケメンは苦手なんですが。イケメン……美男美女は、生徒会でお腹いっぱいです。目に優しい男性だと個人的には嬉しいです。

「さて。他の所を――おや」

 この滞在中にイケメン男子(予想)のクロ子爵を一度は見たいと思いつつ、違う場所を見に行こうとすると、私の視界に黒い物体が映りました。
 アレは――

「猫ちゃん!」

 そう、猫ちゃん。黒く、毛並みの良い猫が居るのが見えました。
 私は猫ちゃんは大好きです。見るのも撫でるのも好きです。癒され、痛い胃もよく緩和します。

――気配を消して近付いて……

 私が普通に近付いても逃げられる事は有りませんが、より逃げられない様に気配を消します。
 気配を消せば、モンスターの前にいても気付かれず、堂々と暗殺出来る私の気配遮断。こえを使って確実に撫で――

「ぐっ、が、ぁぁああああああああ!」

 撫で――

「あああああぁぁああああああああ!」

 撫でようとすると、猫ちゃんが声を出し、危うい骨の音が響き、身体が大きくなって――

「――ふぅ。よし、ちゃんとパンダになれる」

 なんだかよく分からない女性になりました。ついでに言うと裸です。白黒です。
 …………なんです、この方。

「ククク……大丈夫かい、ウツブシ」

 !?
 あの方、いつの間に現れたんでしょうか……!?

「うん、大丈夫みたい。留守の戸締りを確認しに来ただけなのに、急にゴメンね」
「気にする事はない。留守だからこそ、この辺りなら変身しても、大声を出しても大丈夫だからね。だが急にどうしたんだい?」
「前の第二王子の件で、怪我をした私を心配しているオーキッドが見ていられなかった、ってだけ」
「ククク……そんな風に見えたかい?」
「うん、まぁね。あ、それと服頂戴?」
「了解した――ふっ!」
「うん、ありがと。じゃあ戸締りも確認したし、戻ろっか」
「ククク……そうだね」

 目の前に居た謎の男女(?)は、猫ちゃんから女性に変身し、服を突然出現させ、黒い靄に包まれたかと思うと、影の中に消えていきました。

 …………。







「やぁいらっしゃい、旅の方! シキの思い出に服はいかが!?」
「あの……これは服なんですか? 私には大事な所が見えている……その、布にしか見えませんが」
「なにを言う、服だよ。最新鋭かつファンタスティック&ノスタルジックだよ」
「そう……ですか」

 シキ唯一の服屋にて。
 こういった場所では意外と旅の思い出になるモノが多いので行ってみると、並んでいたのは……その、前衛的な服の数々でした。
 私には理解できない服の数々です。
 この肩の棘はなんですか。なんででっかいクリップで繋ぎ合わせてあるんですか。これは下にはなにも着ないと言いますが、着なかったら丸出しですよね。頭を覆う球体を付けるとかなにを目指しているんですか。
 ……と言いたいですが、最新のセンスはよく分からないので、とりあえず前衛的と言っておきましょう。

――この服を着れば、私も影が濃く……

 なんだか妙な思考が過りましたが、私は否定をしました。
 ……そもそも、私は過去に生徒会室で濡れた服を脱いで乾かしていたら、生徒会メンバーが忘れ物を取りに来ましたけど、気付かれずに帰られた事ありますし。服程度でどうにかなるもんじゃありませんね。
 ……一つ買おうかな。……いえ、やめましょう。







「これがシャトルーズ君も使っている、帝国が至宝と称した刃物の数々……素晴らしい刃紋ですね」

 シャトルーズ君が現在使っている刀を使っている鍛冶師さんがここに居ると聞いたので、来てみると素晴らしい刃物を鍛造しつくっていたので、つい近くで作るさまを眺めていました。

「ほう、嬢ちゃん、分かるのか?」
「多少の知識は。刃物が好きなので。……ですが、この刃紋には他と違うなにかがありますね……」
「ほう?」
「なにかの思いが込められていると言いますが、強い信念を感じると言いますか……他の鍛冶師にはない感情がありますね」
「よく分かるな、嬢ちゃん。他の節穴共とは違うようだ」

 休憩を入れた際に私の存在に気付き、驚いていたブライさんですが、話すと意外と話しやすい御方で色々と見せてもらいました。
 そして私がこの刃物には他にはないなにかを感じ、疑問をぶつけるとブライさんは嬉しそうに豪快に笑いました。

「そう、俺はある思いを込めているんだ」
「それは……?」

 そして私がブライさんの極意について聞ける事に固唾を呑みます。
 国宝とまで呼ばれた職人の信念とは、一体……!?

「ああ――少年への愛だ」
「……はい?」

 その後、ブライさんによる少年への愛語りを聞きました。
 至宝の存在である少年への愛は、武器を作るのになににも代えがたく、それがブライさんを形作る愛になるとか。
 ……大丈夫ですかね。少年に手を出さなければ良いのですが。







「愛!」
「して!」
『まーす!!』

 え。

「ぎゃー!?」
『!?』

 ブライさんの鍜治場から帰る道すがら、なんだか妙な事を言いながら戦い合う男女の戦いに巻き込まれかけました。

「す、すまない!? 周囲には気を使ったんだが、まさか女性が居るとは!?」
「い、今すぐ治療を!?」
「だ、大丈夫です。怪我はしていませんから――」
「駄目だ! 夫婦の愛に他者を巻き込んではいけない!」
「そうね! それに愛に誰かに巻き込まれるとなるとクロに怒られる!」
「だから――」
「貴女に――」
『回復ついでに我らが祝福を!!』
「え、ちょ、私の体が浮いてなんだか光っているんですが!? なんですかこれ!?」
『祝福だ!』
「祝福!?」

 私はなんだか男女……夫婦に祝福を授かりました。
 後から聞いた話では、彼らはハーフ死者ライフキングハーフ天使エンジェルらしく、祝福を授けるのはお手のモノらしいです。
 というかそんな簡単に祝福なんて授けないでください。祝福ってアッシュ君のカーバンクルとの契約レベルですよ。

「ちなみになんの祝福を?」
「特性を強くする祝福を」
「君の場合は……より周囲から認識が薄くなり、アサシン適性がより強く――」
「外してください、今すぐに!!」

 外して貰いました。
 というか私の特性って、影が薄い事なんですか。なんですかそれ。







「シュイ、イン。どうだ」
「良い調整ですゴルド様。これで肌に違和感はよりなくなったかと!」
「はい。全裸だろうとよりバレにくくなったかと思います!」
「よし流石だ私! そしてお前達!」

「…………」

 綺麗な金髪の女性が、全裸で姿形を変える二人を眺めては身体を弄っていました。
 ……なにも見ていません。ええ、なにも見ていませんとも。というか彼女らに関わると碌な事になりそうにありません。

「む――近く良い研究対象が居るような……!?」
「なんですと!? ゴルド様がわざわざそういうとは……!」
「つまり素晴らしき存在が近くに! 早速サーチ&キャプチャーを!」

 私は全力で気配を消し、逃げました。







「美しさの前に……服など不要! ああ、春でも私は美しい!」

 関わりになりたくないので逃げました。







「ふぅ」

 夕暮れ。
 私は滅多飲まないお酒を、夕日を肴に一口飲み、溜息を吐きます。

「欲求不満なのかな……」

 猫ちゃんが変身して裸の女性になり、宝刀の根源は少年への愛で、殺し合うのは愛し合うためで、あどけない少年少女を全裸にして身体を弄っている女性が居て、自らの裸体を美しいと独りで誇示する女性が居て。
 そんなものが見えるのは全て私の幻影で、欲求不満それが理由なんじゃないかと、よく分からない現実逃避をしていました。

「クロ子爵、大変なんだな……」

 スカイ君やアッシュ君曰く「まとめるのに苦労している」という。
 そんな苦労をして大変だろう、まだ見ぬクロ子爵に思いを馳せたのでした。

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