追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活
水イベ_8
俺達がコテージに戻る頃には既に他の二班も戻っていた。
俺達はまず、合図で呼び出した要件である霊……悪霊と出会った事を話そうとしたのだが、報告を聞く前にヴァイオレットさんが俺に近付いて来たかと思うと、膝に座る様に言ってきたのである。
唐突な出来事に俺は混乱はするし、周囲の目がある状態でそんな事は出来ない。無くても出来ないが。
「ふふふー」
「ど、どうしましたか、ヴァイオレットさん」
「クロ殿の背中は大きいな、と思ってな。逞しくて好きだ」
「ありがとうございます……?」
それはそれとして、愛する妻が少し涙目になって要求してくる事に耐える事が出来ようか。さらにはそれが俺にとってマイナスの事どころかプラスの事だ。
しかもやると言ったら、見た事ないほどの満面の笑みで自身の太腿を示して来るように仕向けるのだぞ。こんなもの耐えられるはずがない。
「大きな背中がこうして私の目の前に――ふふ、抱きしめたくなる。というか抱きしめる」
「ヴァイオレットさん!? 後ろから抱きしめられると、その、当たって……!」
「ふむ? なにが当たっているのか言わないと分からないぞー、愛しのクロ殿―?」
「ぅ……その……分かっていっていますね……!」
「なんの事か分からないな?」
という訳で現在の俺は、ヴァイオレットさんの太腿の上に座り(体重をかけぬよう意識はしている)、後ろから抱きしめられている。
普通に座っていても当たる豊満なモノが、抱きしめられる事でさらに背中に当たる。見えもしないのに、背中の感触で形を変えて押し付けられているのが分かってしまう。
くそっ、なんだこれは。策略か、策略なのか!? 普段の俺に対して発動するイタズラ好きなヴァイオレットさんとは少し気色が違うイタズラだぞこれは!?
落ち着け、俺。落ち着いてこの状況をよく考えて――
「……あの、ヴァイオレットさん。なにを?」
「子供のように可愛いクロ殿を撫でている。嬉しいか?」
「嬉しいですが……その、恥ずかしいです」
「そうか、良かった」
「良いんですか」
「良いぞ。……クロ殿は私は撫でないからな。恥ずかしさはあっても好きな相手に撫でられる嬉しさを知れば、私も撫でてくれるかと思ってな」
「……普段も撫でて欲しいんですか?」
「グレイやカラスバさん、クリさんのようにな。……ふふ、だが、撫でるのも気持ち良いな」
くそ、こんなんで考えられるモノか。
感触とか感触とか感触とか、耳元で囁かれる甘い声とか、こんなん耐えるだけでも精一杯だ。こんな状況で考えられる訳がないし、なんか色々吹っ飛びそうな感覚がある。主に精神的に。
――いかん、それはいかんぞ俺!
しかしこのような場所で精神的に駄目になってもイケないし、逃げるにしても今は単独行動は危険だ。
そうだ、まずは周囲を見て落ち着くんだ。
周囲の俺達をなんとも言えない表情で見ているだろう周囲を見るんだ!
「アプリコット様……私のご奉仕は迷惑なのでしょうか……」
「い、いや、想い自体は嬉しいのだ、弟子よ。しかし我とて異性に肌を見られたり、触られるのは恥ずかしいという事を分かって欲しい」
そう、例えばしょんぼりとするグレイに、慌ててフォローをしているアプリコット。
あの二人はあの二人で忙しそうでこちらは見てはいないが、あの二人を見れば落ち着くかもしれない。
あと、恥ずかしいとは言うが、アプリコットは積極的に見せたり触ったりはしないし、分別は弁えてはいるが、相手が気にしなければ気にしないタイプなのでアレは方便……なのだろうか。あるいはグレイだからこそ恥ずかしいのか。
「グレイです」
「え?」
「名前を呼んでください」
「うぐ。グレ、イ、の。想いは嬉しいのだ。だが、今はそれ所では無くて――」
「アプリコット様。では、抱きしめたいです」
「何故だっ!?」
「お願いします、抱きしめさせてください! では行きます、ぎゅー!」
「まだ了承をしておらぬぞ!?」
有無を言わさず、あちらは正面から、立ちながらアプリコットを抱きしめるグレイ。
逃げようにもアプリコットはグレイより運動能力は低いので、本気を出されればアプリコットは逃げられないだろう。
「で、弟子よ。強引なのは良くない。時にはよくとも、場合を見極めねばならぬのだ……!」
「…………」
「弟子? ――あ、いや、グレイ。どうした?」
「アプリコットを抱きしめると、安心感があります」
「うむ?」
「これではこちらが抱きしめられているような感じがします。これはこれで、アプリコット様が偉大であると感じ、好きではあるのですが……」
「ですが、どうしたのだ?」
「以前言ったように、アプリコット様と並び立つ男となるためには、まだまだとも思うのです。……いつか、大きくなってアプリコット様を抱きしめる男になりますから……!」
「……フフフ、大きく出たな。ここは敢えて弟子と呼ぶが、我は弟子に安々と並び立たれるような女では無いからな……!」
おお、甘くなるかと思ったら意外と良い話(?)になっている。
息子と娘の誓い合いに、少し感動してしまう。嫁が後ろから俺の頬をツンツンと指でつつくが、ともかく感動する。
「あ、そうです。失礼しますねアプリコット様!」
「は? なにを――ぬぅわははははははは?! きゅ、急になにをする!?」
「くすぐっています。笑うのは健康に良いとも聞きますし、アプリコット様をこれなら――あははははははは!? なにを――!?」
「お返しだ! 師匠の横腹をくすぐる弟子にはお仕置きを――はははは!?」
「ですから私はグレイです! それにアプリコット様までくすぐられたらこちらが――あははは!?」
「ええい、よくもやった弟子よ。師匠に宣戦布告して、ただで済むと思うでないぞ!」
「望む所です!」
なんかくすぐり合戦が始まった。
抱き合った状態から、そのまま密着した状態でくすぐり合っている。
……うん、これはあれだ。しばらく経つと互いに着衣が乱れ、身体の際どい所まで触ったりして気まずくなる奴だ。
去年の今頃であれば大丈夫だろうが、今だと色々とマズくなる感じだ。……アレはアレでイチャ付きにはなるし、放っておこう。
「クロ殿、失礼」
「上着の下に手を入れるのなら、流石に俺は逃げますよ」
「むぅ、残念」
なんですかその“むぅ”は。
あざとい、あざといですよ。でも可愛すぎる。油断をするとくすぐりを許してしまいそうだ。
……いかん、ある意味イチャついている息子と娘ではなく、他の面子を見て落ち着こう。
「シアン……」
「え、あの、し、神父様? その、急に近寄られても困ると言うか、いえ、困らないんですけど困ると言うか……!」
そう、例えば、壁ドンされて顔を真っ赤にしているシアンと、そんなシアンを熱い眼差しで見つめている神父様を見て落ち着――くわけないな。なにやってんだアイツら。
「シアン……何故シアンは俺をそんなにも惑わせるんだ……!」
「え、な、なにがでしょう……?」
「魅力的で可愛く、美しく――見ていると、好きが溢れてくる」
「神父様――ひぅっ!?」
あ、神父様が股ドンをした。
現在のシアンはいつものスリットのシスター服で調査をしていたため、股ドンする事によって、衣装がなんだかさらに危うくなっている気がする。
あとシアンが随分可愛らしい悲鳴をあげたな、珍しい。
「あの、なにを……?」
「違うだろう、シアン。――俺の事は名前で呼んでくれ」
なんだろう、普段とは違う名前で呼ばせるのが流行っているのだろうか。
「え。ス、スノー……君?」
「ああ、やはり愛しい女の子に名前で呼ばれるのは嬉しいな」
「あ、あの、それを言わせるためにこんな事を……?」
「いや、それが目的ではない。俺の目的は――覚えているか、シアン。俺達が初めてキスをした時の事を」
「え? 当然覚えていますが……それがなにか……?」
「……あの時の事を思い出してな」
「っ!?」
お、神父様が顎クイした。
「あの時はシアンからされた。その事が俺の中で引っ掛かっていてな。だから――」
「だ、だから――んっ」
そして神父様は――そのままキスをした。
「――ふぅ。今度はシアンに俺からしてあげたいと思ってな。……そう思うと、抑えきれなかった」
「あう、えう、ゆ、ゆめ……これは夢……?」
「そう思うのなら、もう一度目覚めのキスを――」
「け、結構です! 目覚めてますから!」
「……そんなにもう一度は嫌か?」
「そういう意味じゃ無いですって!」
「そうか、良かった!」
「うぅ、なんでそこで笑顔を見せるの……!」
……おお、なんていうか、うん。凄いとしか表現できない事が起きている。
あの神父様がシアンを押せ押せで顔を真っ赤にさせている。
そういえばクリームヒルトやメアリーさんが神父様はベッドヤクザっぽいと言っていたが、意外とそういう場面では強気なんだろうか。
「クロ殿ー、私はいつでも大丈夫だぞ?」
「この体勢的に、俺が一旦降りないと駄目ですが、それでも良いんですか? もしそうなら抱きしめをやめてくれれば――」
「いや、今も欲しいが、普段の話だ。普段もあのように積極的に私は来て欲しいぞ?」
「……考えておきます」
「うむ!」
そして見えないが、恐らく満面の笑みで日常でキスを要求してくるヴァイオレットさん。
……俺だって出来るのならしたいのだが、ヴァイオレットさんもして欲しいのか……そうか……でもあのように強気は難しいなぁ……でも求められているんだよな……!
――くっ、こうなったらカナリアだ……!
というかそういう事じゃない。
俺は落ち着こうとしているのに、これでは落ち着くものも落ち着かない。
――カナリアは……よし、いた!
俺はカナリアを探し、すぐに見つけた。
こう言ってはなんだが、いつものカナリアのドジぶりを見て、日常を思い出せば俺も少しは落ち着くはずだ。
だからなんだか部屋の隅に居るカナリアは頑張って(?)くれ……!
「うん、やはりキノコの栽培においての木の状態は重要と言える。こういったコテージに使用されるような建材の木においても、根から外れたから生きていないはずなのに、キノコを宿す生命力がある。やはりオドとイドにおける相関性、そして生と死の関係性はクリア神様における教えの第八項の訂正文と同じように――」
駄目だ、今のカナリアを見ると違う意味で落ち着かなくなる。今までにないほどの知性をカナリアから感じてしまっている……! というかどっかで見た事があるような気もするが、気のせいだろうか。
――なにが……起きているんだ。
積極的な息子。
積極的な神父様。
そして積極的で可愛い嫁。
あと知性溢れて真理の扉とか開きそうな姉のような存在。
明らかにおかしいのだが、なにが起きているか分からない。
とっかかりを見つけなければ解決しないのだが、背中にある柔らかさと甘い香りと、幸せそうなヴァイオレットさんの声を聴いているとなんだかこのままでも良いんじゃないかと思えてくる――
――い、いや、駄目だ、これは罠だ!
シアンもアプリコットも幸福そうだが、同時になにかおかしいと危ぶんでいる。
甘い空間と誘惑に身をゆだねてしまいたいが、この状況を変えるキッカケが――
「やえいかとんまふのいがたとっもよだんていつゃちいでんなにのたっもおとうろやてせさすぎすぎてせさいかうほをいせりくかっせらえまおだんなんな!!」
キッカケが――
「シアーン!」
「シアンさん!」
『それが原因だ!』
突如現れた悪霊(なんか怒っている)を見て、俺とアプリコットは叫んだ。
「たっましあ――!」
「お前が原因かぁ! 【最大浄化魔法】!!」
「ぁぁぁぁぁあああああああああゃぎ!!」
そしてシアンが全力の浄化魔法をかけたのであった。
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