追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

水イベ_1


「湖畔の調査?」
「うん」

 朝食後の屋敷のダイニングにて、突如訪問してきたシアンは俺にそう告げた。

「ほら、シキと隣の領地の境辺りに湖あるじゃない?」
「あるな」

 観光スポットとして割と人が訪れる場所だ。
 水質がとても綺麗で泳ぐ事も出来るし、畔ではキャンプも出来、ロッジもある。
 俺が領主になりたての頃に、隣の領主さんに前世知識で、湖で漕ぐボートとかのアイデアを出したお陰で“前の領主と違って話せる相手”と思って貰え、打ち解けるきっかけにもなった湖だ。……アレってある意味前世でよく見た前世知識無双の一種だったりするのだろうか。

「それで、その湖……湖畔の調査って、なにかあったのか?」
「あそこでなんか変なの出たんだってさ」
「変なの?」
「うん、湖の上に立つ謎のモンスター。けどすぐに消えるんだって」

 水の上に立つモンスターは居るには居るのだが、この辺りには生息してはいない。
 しかも消えたとなると悪霊の類の可能性がある。つまりはシアンなどの教会関係者の仕事だ。

「見間違い……ではないのか?」

 だが、こういった曖昧な情報は誤情報の可能性も高い。
 前世で言う所の…………ええと、光がなんかあって影が出来て、見間違うナントカ現象とかそういう類を悪霊と見間違うケースもある。
 しかしこの世界では悪霊やゴースト、死霊などは実在しているため、調査を行う必要はあるのである。
 要するに、実体を持つモンスターなどは軍や騎士、悪霊など退治に浄化が必要な相手が教会関係者が対応するという事である。両方共に冒険者に依頼という形で解決する場合もあるが、浄化魔法は専門で学ばないと出来なかったりするので、悪霊の類は教会関係者が頼まれる事が多い。

「目撃情報が複数、何回もあったみたい。それで調査と浄化に私と神父様が行く事になったの」

 グレイが淹れた紅茶(という名の緑茶)を飲み、「ぷはーっ」と神父様の前であれば絶対にしないだろう息を吐く。
 ……今のシアンを神父様が見たら幻滅したりするのだろうか。いや、神父様は「はしたないぞ」と言い、シアンらしいからと微笑むだけかもしれない。
 と、それよりも気になる事が一つ。

「あの湖畔はシキじゃないのに、なんでシアン達が?」

 先程思い出した思い出のように、あの湖は隣の領地の管轄だ。
 ならば隣の教会関係者が行くべきだろうに、なんでこっちに仕事が来るのだろうか。確かに湖畔のある場所は領地の境目に近いため、隣の教会の有る場所よりシキの教会からの方が近かったりはするが……。

「なんか隣の領地にいる教会関係者は、別件で不在らしくてね。私達に担当が回って来た訳」
「別件って、大丈夫なのか? まさかモンスターの活性化とか、カーマインの奴がなにかやったせいとか……」
「そんなんじゃなくて、他の浄化の対応に追われた単純な人手不足。心配する必要ないって」
「それなら良いのだが……」
「そうそう、心配し過ぎだって。――ごく、ごく……うん、紅茶はそんな好きじゃないけど、やっぱこの紅茶は美味しい。レイくーん、また腕をあげたねー!」

 紅茶を飲み、台所でヴァイオレットさんと後片付けをしているグレイに声をかけるシアン。台所からは「お褒めに預かり恐縮ですー」という声が返って来た。

「で、その調査でしばらく不在になるかもしれないから、俺に報告に来た訳か? それとも紅茶をたかりに来ただけか?」
「その二つから選ぶなら後者かな」
「前者と言えよ」

 俺も珈琲を飲みつつ、シアンに質問する。
 湖畔はシキからの方が近いとは言え、隣の領地。さらに原因究明となれば数日かかるかもしれない。
 その間神父様とシアンが不在となると教会は無人だ。その間の代わりの対応するようにしなければならないし、必要ならば窓とか開けて風通しをしとかないと駄目だ。
 領主としてやるべき事は多くある。それに……

「調査とはいえ、神父様と付き合って初めての外泊か……帰って来てから質問攻めを覚悟しろよ、シアン」
「ごふっ、熱っ!」

 それに神父様とシアンの仕事となれば、当然一緒に外泊だ。
 どちらか残るのではなく、両名行くのだ。……うん、シキの皆々、特におば様方には質問攻めにあうだろう。

「シアン。男の俺に言われるのは嫌かもしれないが、頑張れよ。神父様も意識しているし、昨日みたいに濡れた襦袢で大胆に行けば大丈夫だよ」
「うっさい、アレは事故だし余裕の笑みがムカつく! 後あれは僧衣! 私達は襦袢は着用禁止だから!」
「そうなのか。……言っておくが、今回の事を行く前に周囲に言うのはやめておいた方が良いぞ。特に年配の方々に」
「……どういう事。と聞きたいけど、言ったらどうなるか想像つくから、言わないでおく」

 俺の言った事になんとなく想像がついたのか、シアンは頬を赤らめつつ紅茶をチビチビ飲んでいた。
 ちなみに事故とは、俺達が昨日猥談をした後アイボリーやカーキーと別れ、神父様と一緒に教会に行ったのだが、そこにシアンが突撃してきたのだ。なんだかスリットの可愛さがどうとか言っていた気がするが、シアンの服装が少し濡れた状態で肌に張り付いた状態の服であった上に着衣がちょっと乱れていたので、神父様が慌てた、という件だ。
 その後俺はすぐさま退散した。後から神父様に聞いたのだが、あの後互いに照れ、無言のまま別々の場所で仕事をしたそうだ。初々しいモノである。

「初々しさについてクロ達に言われたくない。というか、私が此処に来た理由は別にあるの」
「心を読むなよ。別の理由って?」

 相変わらず鋭いシアンにツッコみつつ、俺は珈琲を飲もうとし、

「クロ達も一緒に来て欲しいの。湖畔の調査にさ」

 その言葉に飲もうとしたカップを持つ手を止めた。

「戦力不足か?」

 止めた後、少し考え一口珈琲を飲み、カップを置くとシアンに聞く。

「それもあるね。真正面で戦えるなら私達二人じゃ不安って事はないんだけどね」
「結構広いから調査を分け、分けた場合の対応が不安、と言う所か?」
「うん、そういう事。あと、その目撃情報が二人組以上の時に見られているの」
「二人組?」
「男女の組み合わせ。それがカップルだからなのか、夫婦だからなのか……特に夫婦が多いらしいんだよね。子連れの家族も含めて」
「カップルでも婚姻を結んだ状態のカップルだから、現れた可能性もあるという事か?」
「うん。私達はまだ……まだ! 婚姻してはいないし、条件として婚姻済みの調査員が欲しいんだけど」

 悪霊の中には未練、恨みを残して亡くなったために悪霊となるケースもある。
 一人程度では滅多にならないが、複数人の共通の未練、恨みが溜まって悪霊として具現化する、という感じだ。
 ……あの湖畔は家族やカップルに人気であるし、もしかしたら“そういった恨み”を持つ集合体が溜まって悪霊となった可能性があるのか……
 それならばぜひ協力したいが、何日かかるか分からない調査に赴くのは少し悩んでしまう。
 その間シキで領主夫婦不在、神父様など教会関係者不在、というのは少し避けたい。
 仕事に関しては二、三日程度開けても調整出来る事は出来るが……

「……クロ、確かレイ君達が学園に行く前に思い出作りしたい、って言ってたよね」
「? まぁ確かに言ったが……」
「今その湖畔さ、悪霊騒ぎでお客が居ない上、担当の駐在の方も体調不良で倒れているの。つまり、私達だけで綺麗な湖を独占出来る……」
「っ!」
「そして湖を調査する……つまり、イオちゃんも水に濡れても大丈夫な服を用意する必要がある!」
「っ!?」

 つまりそれはヴァイオレットさんの――

「あの湖は既に入れる水温――調査を終わらせて、思い出作りしない?」
「よし、行くぞシアン!」
「それでこそクロ!」

 俺達は立ち上がり、互いに右手を握りあって強く握手をした。
 ふふふ、あの綺麗な湖畔で思い出作り、しかも知り合い以外に見られる事のなく居俺達で独占……この機会を逃せばもうあるまい。このチャンスを逃さないでか!

「…………」
「ヴァイオレット様、クロ様とシアン様は何故あのように不敵に笑っておられるのでしょうか?」
「まぁ、なんというか……楽しみがあるのだろう。そうに違いない」
「ヴァイオレット様の水に濡れても良い服、と言う所でクロ様の目の色が変わった……とても嬉しそうに見えたのですが」
「う。……それは私も嬉しいのだが、あそこまで嬉しそうにされると……」
「? ところで……シアン様は何故私め達も誘われたのでしょう?」
「どういう意味だ?」
「いえ、調査の対象の条件については分かったのですが……シアン様が神父様と二人きりのチャンスを、何故手放したのかと思いまして……」
「それはな、グレイ。水に濡れても良い服を着る神父様も見たいのだが、そうなると自分も着る必要がある。皆で着れば、着やすい空気になって恥ずかしくない、という乙女心だよ」
「乙女心……難しいですね」
「おいそこ、私の心を冷静に分析しないで」
「違うのか、シアン?」
「その通りだろう、シアン?」
「クロまで思っていたの……!? 正解だけどさ!」

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