追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

女性陣のY談-シキ-_4?(:菫)


View.ヴァイオレット


「大丈夫だろうか、シアンさん。あの服のまま行ったが」
「一応注意はしたし、大丈夫だろう。聞いていたかは微妙だが」

 私とアプリコットは、火の始末をしながら先程この場を離れたシアンについて話していた。
 妙な結論を導き出した後、「スリットの可愛さについて説いて来る!」というさらによく分からない事を言いながら、シアンは神父様が居るだろう【レインボー】に、修行用の僧衣を身に着けたまま向かったのだ。
 一応注意はしたのだが、神父様の事になると視野が若干狭くなるので大丈夫かと不安にはなる。普段のシスター服と同じ要領で動くと色々零れるからな、あの服。

「そういえばアプリコットは、グレイのどの部位が好きとかあるのか?」
「珍しいな。ヴァイオレットさんがそのような話題を振るなんて」
「折角の機会だ。学園生の様に、少し同年代で話してみたくなったというだけだ」

 私はこの手の話は今まであまり縁が無い……というよりは、毛嫌いしていた。
 だが、シキでは一番年の近い同性であるし、もう少し経てばアプリコットは学園に行って話せなくなる。ならば話して見ようとふと思ったのだ。

「別に恥ずかしがることはないぞ。先ほどアプリコットがシアンに言っていたように、グレイを魅力的に思うが故に性的に見ていても構わん」
「その弟子の親の前で、しかも未成年相手に性的に見ていると言ってのけるのは、相当な胆力が必要であると思うぞ」
「気にするな。……私は、クロ殿との子供よりも早く孫が出来るのではないか、と周囲にも言われているのだからな。今更息子と娘のそんな話では動じない」
「さらに話しにくいわ」

 アプリコットはそう言うと、杖で私の肩を軽く叩いた。
 流石に半分は冗談だと分かっているのか、呆れた表情である。なお孫云々は本当に言われているので、半分は本当だ。

「言っておくが、我はまだ弟子をそういう目では見まい。我はあくまでも一緒に居る事が楽しい程度だ」
「本当にか? 遠慮する必要はないぞ」
本当であるノットアントゥルース。性的に、というのは正直まだよく分からんし、弟子も無意識的であろうが、まだ苦手意識があるだろうからな」
「……やはり、まだあると思うか?」
「あるであろうな。弟子のそちらの方面は結構根深いモノである。……なにせ、いつ自分が対象になるのか、自分が助かるために見過ごした罪悪感もあるだろうからな」

 罪悪感というのは、グレイが前領主に居た頃の話だ。
 グレイは数居る奴隷の中で、性的には襲われず、暴力系を受けていた。しかし他の奴隷では襲われていた者も居て、グレイにはそれを救う力が無かった。
 遠くで聞こえる声に必死で耳を塞ぎ、理由も分からぬまま耐え忍ぶ時が続いていたのだ。その罪悪感が残っているので、無意識的に避けているのであろう。……とはいえ、流石に知らな過ぎたのでシアンと神父様に性教育はお願いしたのだが。

「アプリコットを好きになり、そのまま成長すればあるいは……」
「可能性はあるが、それは別として、我は我なりにしか弟子と共に過ごす事しか出来ん」
「そうか……だが、グレイにはそれが良いのかもしれないな」
「であろうな。我としてもそちらの方が良いし、楽しい」

 アプリコットはそう言うと、自身の眼帯を摩った後、グレイから貰い加工した山茶水仙花サザンスイセンカを触った。
 これからもこのような花のように、良い思い出として残る事を願うように。

「だが、それとは別に弟子の好きな部位の話はしておこうか」
「良いのか?」
「好きな部位はあるし、こうしてヴァイオレットさんと話すのも悪くはない。嫁姑問題というやつだ」
「それはなにかが違うだろう。友達としての……猥談? になるのか」
「それもなにかが違くないか? まぁともかく……性格を除けば、瞳と声だな」
「ほう」

 グレイの瞳は優しくて惹き込まれ、声も聴いていると安心考えられる声だ。その部分を好きになるのは納得もいく。

「まぁ、元の理由は尊敬の眼差しと、称賛の声が心地良いという理由だがな」

 しかし理由は以外にも俗っぽいモノであった。
 ……確かにグレイの尊敬と称賛を含む眼差しと声は、甘やかしたくなるほど良いモノではあるな。アレのせいで何度グレイの好きな甘いモノをあげたくなった事か。クロ殿が甘いモノを羨ましそうに見るのもセットで癖になる。
 だが、それも含めて……

「心地良いというのはよく分かるよ。私もグレイのあの眼差しと声に癒されたよ」

 シキに来た頃は、救われたのはクロ殿の言葉と行動だけでなく、グレイの私を母と慕う素直さにも救われた。
 父や兄達の事もあって、貴族としてのグレイの在り方に最初は戸惑い、距離もとっていた。
 だが、グレイが出来ない事をすると向けてくる、あの純粋な尊敬の眼差しと、称賛の声。公爵家である私に取りいるモノでも無い、ご機嫌取りのモノでも無いモノは、クロ殿とは違う意味で癒され、救われたものだ。

「ああ、我も癒されたよ。クロさんもそうではあるが、弟子が居なければ我は今頃見返すためだけに生きていたであろう」
「見返す?」
「我を捨てた産みの親や、そんな親に愛されていた弟を恨んで、捨てた事を後悔させてやる、とな」
「確かアプリコットは元……」
「帝国出身の、高位の貴族を夢見る家に生まれた長女である」

 確かアプリコットは……帝国貴族として食い込むために才能がある子を望まれたが、父親が自分よりも才能が有りすぎると憎まれ、売られたのであったか。
 そこから自力で逃げ出し、逃げ出した先でクロ殿と偶然出会った、と聞いている。

「あの家に居た時の我は馬鹿であったよ」
「そうなのか?」
「は、なにせ我が疎まれ、弟が愛されるのは“我が女だからだ”と思って、弟のマネをして“僕”と言っていたくらいだからな。お陰でその時の癖で偶に一人称が僕になる」

 ……そういえば、そう言っているアプリコットを見た事がある気がする。
 初めは“我”と比べれば可愛らしいと思っていたが、そんな理由重い理由があったのか。

「まぁ弟は自分を自分の名前で呼称していたから、僕と言っているのはただのオリジナルの格好良さだが」
「マネでは無いだろう、それ」

 重くもなんともなかった。シキに来る前からそっちの方面に覚醒はしていたのだな。

「それはともかく……だからこそ、貴族でありながら貴族らしからぬクロさんや、弟子によって“優しい家族”を感じられたから今の我が居る。……本当に、感謝している」

 そのように言うアプリコットは、ここには居ないクロ殿やグレイに心の底から感謝するような感情を、声色で表現していた。
 ……クロ殿もグレイも、色んなヒトを救っていたのだな。

「では、グレイと結婚して、より強い家族となった時はよろしくな、我が娘よ」
「うむ、よろしく――ま、待て。まだ弟子と結婚する事が確定した訳ではないぞ」
「なにを言う。“まだ”そういう目で見ていない、や、これからも共に過ごすと言っておきながら……」
「あ、アレは比喩的な表現であり、本気でそう思っては――」
「いないのか?」
「いな――、く、もない事も無きにしも非ずとも言えない事もない」
「いるんだな」
「う……さ、さぁ火の後始末もしたし、行くぞ! ヴァイオレットさんもまだ仕事があるのであろう?」
「アプリコット、顔が赤いが大丈夫か? 辛いならグレイに看病させるが」
「火に当たっていたせいである!」

 私が揶揄うと、アプリコットは顔を赤くして顔を逸らした。
 先程は大人っぽい表情だと思ったが、こうしているとシアンの様に微笑ましくなってしまう。
 とはいえ、あまりに揶揄うと良くない事を知っているのでここまでにしておくか。うむ、これ以上揶揄われると訳が分からなくなるのは、私が身をもって体験しているからな。

「まったく……ヴァイオレットさんも変わったな。以前であればこんな風に言われる事も無かったというのに……」
「なに、心の余裕というやつだ。私がクロ殿の件で揶揄われれば、余裕がなくなる」
「堂々と言うのだな。……ところで、一つ気になっていたのだが」
「どうした?」
「先程、学園生の様に、とは言っていたが、このような話題もするのか?」
「そうだな。私の周囲では、私がその手の話題を毛嫌いして、睨むか注意をしていて、私を見るなり口を噤んではいたのであまり話す者はいなかったが……いや、元より私が嫌われていたから私を見るなり周囲は話す事自体をやめていたが……」
「急に暗い話はしないでくれ」

 なにせ学園に居た短い間の、その最後の方はクリームヒルト以外ほとんど会話らしい会話が無かったからな。
 お陰で決闘も独りきりだったわけである。……やめよう、思い返しても私が傷付くだけだ。

「この手の話は割としていたよ。猥談……とまでになると、男子生徒の方がしている事が多かったが」
「そうなのか?」
「女生徒は隠れてするのが上手かっただけかもしれんがな。だが、アプリコットも学園に行くのなら、この手の話題を男子がするかもしれないから、気を付けておけ」
「弟子が巻き込まれる……という話ではなく、異性のその手の話題を聞くべきではない、という事であろうか?」
「そうだ。お互いに気まずいだろうからな」
「了解した。我と弟子は生徒会に誘われているが……万が一、生徒会室で男子が話しているのが聞こえた場合、気を付けて入る事にしよう」
「……殿下達がするだろうか」
「意外にもするかもしれんぞ。一つの部屋に男同士となれば、盛り上がるかもしれん。神父様ですら話すらしいのだからな」
「……そうだな」

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