追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

幕間的なモノ:とある弟のシキでの観察(:烏羽)


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 幕間的なモノ:とある弟の観察レポート。シキの恋人編。


 私は新聞部の卒業記事として、『貴族の夫婦としての過ごし方』の取材を行ってきました。

 これは元々予定していた貴族の裏帳簿の記事が「先生の首が危うい……!」と言われたため、学園生らしく変えた事による内容です。
 ですが私がこの内容に変更した理由の一つに、“貴族として結婚する事に対する不安”があったからでもあります。
 その一つに愛の無い、権力に溺れた貴族の在り方の典型である私の両親にあまり良い思い出が無い事があります。
 そしてもう一つは私の婚約者のパールホワイトの事です。
 私の婚約者であるパールとは、それなりに仲は良いのですが、夫婦となるにはパールに無理をさせている部分があるのです。このままでは両親までとはいかないでしょうが、愛の無い結婚生活になるでしょう。
 ですからその二つの心配事があって、私はこの取材内容を選んだのです。

――結局は最後のクロ兄様の取材になるまで、しっくりくる答えは見つからなかったのですがね。

 ですが最後取材のクロ兄様夫婦の時になっても、私の求める答えは見つかりませんでした。
 憧れや忌避しようと思う事はあっても、私の求める夫婦は見つからなかったのです。
 ……それにどちらかと言いますと、

『俺の妻と子供達は世界一可愛いだろう!』:長男
『太った旦那と爛れた生活!』:長女
『天然妻と場所を弁えない夫婦生活!』:次男
『愛する夫と長時間奔放に愛し合う!』:次女

 という、なんだか結婚してテンションのおかしい兄と姉夫婦達に、不安を覚える結果になった位です。
 ですがそれはともかくと気を取り直し、久々に会う大好きなクロ兄様の、“あのヴァイオレット・バレンタイン”が変わった夫婦生活を学ぼうとも思ったのです。
 それと同時に、シキは変わった方々が居るとも聞いたので、そこでなら私の求める夫婦生活があるのではとも思ったのですが……

「……大変なシキの調査になったね、カラスバ兄様」
「なったな、クリ」

 シキの以上の実地調査という名目でシキに来た私達に待っていたのは、謎の影騒動。
 そして昨夜から今日の未明にかけて起きた、大規模なクーデターでした。
 火事による混乱、人海戦術ともいえる数の襲撃、操られたモンスターの襲来。
 まさか私達がそのような事を経験するとは思いもよりませんでした。お陰でやろうと思っていた事がほとんど出来ませんでした。

「無事……とは言い難いが、死者とか出なかっただけでも僥倖だな」
「……だね」

 しかし、こうして無事日を浴びる事が出来ているだけでも良いというモノでしょう。
 クリームヒルト後輩とメアリー後輩による活躍、その他私達と一緒に昨夜食事を摂った皆様の力により、最悪の事態にならなかっただけでも良いというモノです。

「……クロ兄様も、良かったね」
「ああ。昨日の食事の席に居た皆が庇ってくれたお陰で、責任問題にはならなさそうだ」

 そしてなにより良かったのが、今回の一連の出来事がクロ兄様の責任にはならなそうという事です。
 多くの最高とも言える権力者達が、軍や騎士の皆様を脅し……いえ、牽制し……いえ、注意をしたおかげでクロ兄様が責任をとって捕まる、などの事がならないのが良かったです。
 ……とはいえ、これから面倒な事はクロ兄様に降りかかるでしょうがね。

「……カラスバ兄様は残念だったね」
「なにがだ?」
「……元々取材していようとしていた夫婦のヤツ。シキで色々見て回ろうとしたんでしょ?」
「ああ、そうだが……」
「……だが?」
「いや、結構収穫はあったよ」
「……?」

 私の発言に、私の背中から目を逸らしつつクリは疑問顔になります。
 そう、予定していた事は出来ませんでした。
 ですが収穫はありました。それは例えば……

「お別れです。ですが、またすぐに会えるでしょう。入学した際にはよろしくお願いしますね、クリームヒルト先輩?」
「あはは、殿下相手に先輩呼ばわりって変な感じだね。でも……ティー君、腕、本当に大丈夫?」
「はい、簡単にですがもう既に動きますし、痛みも無いですよ。とはいえ安静に、ですが」
「そう……無理はしないでね?」
「大丈夫ですよ。次に会う時にはこの怪我を気にされない位、元気な私を愛しの貴女に見せるので!」
「うぐ。……その発言に似た言葉を学園でしたら無視するよ」
「何故です!?」
「何故もなにも無いの! 私を殿下を無視する不届きな女だと思わせたくなかったら、その想いの言葉をどうにかして!」
「一体何故――はっ、つまり学園外でのみ愛しの貴女に話しかけて下さいという事ですね!」
「“愛しの”とか恥ずかしい言葉を辞めてって事だよ!」
「私に貴女に対して黙れという事ですか!?」
「なんでそうなるの!?」

 例えば、バーガンティー殿下とクリームヒルト後輩です。
 今はどうやら人目に付きにくい所で別れの挨拶をしているようですが、なんというか凄まじい光景です。
 愛は盲目と言いましょうか、熱心に好きと言う気持ちを真っ直ぐ伝えるバーガンティー殿下。そしてその言葉に“珍しい”表情で受け答えをするクリームヒルト後輩。
 クリームヒルト後輩は辞めて欲しいとは言っているようですが、恥ずかしいだけでいざという時に囁かれるのは嫌ではなさそうです。
 ……彼女は現在色んな学園生に避けられていますが、殿下やメアリー後輩などと一緒に居れば、心配するような扱いは受けなさそうです。
 そして彼らを見て思う事は……ああやって気持ちを素直に伝える真っ直ぐさが羨ましい、という事でしょうか。

「神父様、被疑者達の拘束の確認、終わりましたよ」
「ありがとう。シアンはやっぱりこういった拘束とか、特殊魔法が凄いよな」
「ふふ、ありがとうございます。ですが神父様の【創造魔法クリエーション】だって凄いじゃないですか。私にマネできない凄さですよ」
「俺はこれしか出来ないだけだよ。それ以外はシアンに魔法も信仰も運動も負けるような……う、自分で言っていて情けなくなって来た」
「し、神父様!?」
「浄化に戦闘に美しさに可愛さに……くっ、情けない……!」
「可愛っ――というか神父様、私より戦闘面になったら強いじゃないですか。ハッキリ言って魔法有りで神父様に未だに勝てる自信ビジョンないですよ、私」
「それはシアンが何故か俺との模擬戦闘になる弱く――はっ! まさかアレは俺に恋愛の感情を抱いていたから動きが鈍く……!?」
「今気づかれたんですか。それもありますが……」
「だとすればやはり俺はシアンに勝てる要素が……く、釣合いをとれるためにももっと精進をせねば――!」
「ごちゃごちゃ言うと、私が告白した時のような事しますよ。どっかの領主夫婦みたいに見ている方が胸焼けするヤツ」
「な、何故!?」
「釣合いもなにも、私にとっては貴方が世界一と思って告白したんですから。貴方を選んだのに、自分を卑下すると私も貶めるという事を理解してください」
「そ、そうか……すまない。だがこれだけは理解してくれ」
「なんです?」
「選ばれたからと言って精進しないのは愚の骨頂。それはシアンへの愛する気持ちが負けないと思うが故の葛藤なのだと」
「愛っ――!?」
「愛する気持ちに応えようとすると、俺は全てを捧げたい。だが捧げるにしても己を磨かないのは愛するシアンに――」
「わ、分かりました! 分かりましたからそれ以上言わないでスノー君!!」

 例えば、私の義兄となるスノーホワイト義兄様と、姉になるかもしれないシアン義姉様。
 パールやクロ兄様曰く、スノーホワイト義兄様は感情に疎いという事です。そして過去の事故で楽しむという感情を封じている節があるとも。
 ですが今では、パール曰く「一目惚れしたんじゃない?」という、シアン義姉様という愛する女性が居るお陰で、ああやって“優しい神父様”になっている事らしいです。
 「あんな人間らしいスノー兄さんは初めて見たよ」ともパールは言っていました。
 これは私の想像なのですが、シアン義姉様が見せるあの純粋な祈りを見て、そしてシキでシアン義姉様と接していく内に今のようになったような気がします。そして同時にシアン義姉様にもいい影響があったようにも思えます。
 ……何気なく過ごす日常が、お互いに良い影響を及ぼした。そんな関係性の延長で付き合っている彼らを見ると、羨ましく思います。

「であるからな、弟子よ。我の右眼は治療を続ければ治る代物であるのだ」
「ほ、本当ですかアプリコット様!? 私めに気を使われているのでは……!?」
「本当だ。すぐにとはいかんがな。本当は寝る前に言おうと思ったのだが、気が付けば寝てしまっていてな。ハクさんには既に伝えたのだが……って、弟子よ、泣くな」
「だって……だって……アプリコット様の眼が治ると聞いて、嬉しくて……!」
「……心配をかけたな、弟子よ。ほら泣くな。これからクロさん達の元を離れ学園に行くのだぞ? それなのに簡単に泣いていてどうする」
「申し訳、ございません……! ですが、涙が、止まらなくて……!」
「……ほら、弟子よ。胸なら貸してやるから、今は泣いて良いぞ」
「よろしいのですか……?」
「ああ、よろしいとも――っと」
「うぅ……本当に、本当に良かったです……!」
「……まったく、弟子にも困ったものだ。これではクロさん達も心配してしまう」
「うぅ、えぐ、……っ」
「……だがまぁ、我をそこまで思ってくれるのは悪くないな」
「――――ますから」
「む、なにか言ったか弟子よ?」
「私めは、強くなりますから。頼れる男になって、アプリコット様に相応しき男になる様に、貴女と並び立つ男になりますから……!」
「……ああ、楽しみにしているぞ。いつか我の隣に立ってくれ。……お前は我に無い強さがあるのだからな」

 例えば、甥であるグレイと、姪である眼帯(黒い意匠付き)をしたアプリコットです。
 この両者には、男女の関係とは違うような絆が感じられます。
 尊敬をしていながら相手を理解して、理解した上で好きになり、好きな上で相手を尊敬する。
 そんなあまりにも近い距離間で、だけど初々しく。
 師弟とも家族とも兄弟とも取れるような関係性。
 私はそんな己を偽らない間柄で、それが苦どころか自然になっている関係が羨ましく思います。

――他にも、色々ありますね。

 過去を受け入れた上で今を愛する宿屋のレインボーさん夫妻。
 少し特殊ですが、いつも寄り添って関係性が強固なオーキッドさんとウツブシさん。
 周囲になにを言われようと愛を貫くホリゾンブルーさんとアップルグリーンさん。
 一途ゆえに過去を溶かす事が出来かけているルーシュ殿下とロボさん。
 あとなんだか違うような気もしますが、メアリー後輩と殿下達。

――そして、クロ兄様とヴァイオレット義姉様。

 クロ兄様達夫妻は、私がシキに来た時はクロ兄様が捕まったり。
 騒動で対応が忙しかったりと夫婦生活はあまり見られませんでした。
 初めは結婚してから半年以上経っているのに、ヴァイオレット義姉様が身重でない事に色々と勘繰りはしましたが……短い間でも感じる、確かな絆に私は羨望すら抱きました。

「なんか、羨ましいよ。ここに居る人達は皆楽しそうだ」
「……楽しそう?」

 近くに居る色々なカップルの邪魔にならぬよう、動きの遅い私に気を使いながら移動するクリは私の言葉に疑問を持ちます。

「なんというか、好きという感情を正しく外に出せている気がする」
「……え、正しい……?」
「うん、疑問に思うのもごもっともだが、相手を想う気持ちがちゃんと返っている気がしてさ」
「……それは、同意するけど」
「なんかそれを見ていると楽しそうに見えてさ。柵とかはあるけれど、感情に応える関係性があるって、楽しそうで……良いな、ってさ」
「……そうだね」

 私は多くの貴族夫婦を見てきました。
 羨ましい関係。
 嫌悪する関係。
 やりきれない感情がある関係。
 こうはなりたくないと思った関係。
 そして、こうありたい願った関係。
 色々と見て来た中で、このシキでは最後の感想を抱いた夫婦やカップルが多く居ました。
 それはクリが疑問に思ったように、平凡や必ずしも正しいとは言い難いモノも多く居ます。
 ですが私は、このれはシキの空気がそうさせているような感じがして。

――クロ兄様も、この空気のお陰で今のようになっているのでしょうかね。

 クロ兄様が作り、クロ兄様に影響を与えたこのシキの空気が、私はなんとなく好きなのだと。
 この領地に居る多くの夫婦やカップルを見て、思うのでした。
 ……卒業記事は後は最後の方を書き、すぐに発行するだけです。

 しかし私には良い締めくくりで記事を書き終えられるだろうと、思うのでした。



「……ところで、一つ良いかな、カラスバ兄様」
「どうした、クリ?」
「……カラスバ兄様はシキの皆を楽しそうだと言うけれど……」
「けど?」

 クリはそう言いながら私の背中を見て、

「……今のカラスバ兄様の背中も、大分楽しそうだと思うよ」

 背中に抱き着いた状態で離さないパールを見ながら、一言を告げたのでした。

「カラスバ……カラスバァ……!」
「はいはい、私はカラスバですよパール。私は大丈夫ですから、離れても良いのですよ」
「嫌だぁ……私のカラスバが傷付いたのに、離れるなんて嫌だぁ……!」
「私の傷はもう癒えているんですけどね」
「……ねぇカラスバ兄様。パール先輩……義姉様がこうなっているのって……」
「クーデターの際にパールの動きが封じられ、私がそれを庇った所背中に傷を負ってな。傷自体は大した事なかったんだが……」
「うぅ、カラスバァ……!」
「この通り、私の傷を心配して背中に抱き着いて離さないんだよ。寝る時も一緒だったんだぞ」
「……え、寝る時も?」
「ああ、仮眠の時にな。まったく、傷はアイボリーさんの治療のお陰で癒えているから、無理して抱き着かなくても良いと言っているんだが……」
「……なんとも思わないの、カラスバ兄様?」
「そりゃ思うよ。背中に密着もされれば緊張もする。だが、こうして……」
「うぅ、緊張するなら、そのままの感情で私と子作りをしても良いんだぞ、カラスバァ……!」
「傷を与えた負い目で、こうされるとどうしても、ね。緊張ではなく申し訳なさが……」
「……カラスバ兄様」
「どうした、クリ」
「……これからバカラスバ兄様と呼ぶね」
「え、何故!?」

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