追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

心の所在


「あ、あの……ヴァイオレットさん」
「なんだろうか、クロ殿」
「機嫌を直してくれないでしょうか……?」
「そもそも機嫌を損ねていない。だから直すもなにもない」
「い、いえ、絶対に怒っていますよね」
「怒ってない」
「ええと……ごめんなさい。俺の心云々で、動転してしまったんです!」
「ほう、無意識に言ってしまった言葉が恥ずかしかったと?」
「は、はい」
「だが、言った事は偽りの無い言葉であったと証明するために、私を抱きしめたと?」
「……はい」
「オーキッド達の前で、思い切り抱きしめ。挙句には周囲の存在を忘れてキスをしようとした、と」
「その、照れるヴァイオレットさんが愛おしくて、つい……」
「っ。……私が止めなければそのままやっていただろう。そうでなくともメアリー達に見られたのだぞ……」
「はい、お陰で周囲の存在を思い出しましたが……あの時のエメラルドの視線が忘れられそうにないです……」
「……気持ちは嬉しいんだ。だが見せつけるのは恥ずかしい。昨日のコンテストの後の抱きしめもそうだが……周囲に誰も居ない所でお願いしたい」
「……ヴァイオレットさんも、以前メアリーさんが初めてシキに来た時、目の前で思い切りキスをしていましたよね……」
「なにか?」
「なんでもないです、はい」
「……いや、自分を棚上げにして責めるのは良くないな。すまない」
「いえ、謝って頂きたい訳では無いので良いのですが……」
「だが一つ責めさせてくれ」
「え。な、なんでしょうか」
「私の心だってクロ殿が離さなければ離れないんだ。……そこに自信を持ってくれないと、私も困る」
「う。……はい。自信は持ちますが……」
「持ちますが?」
「……外で宣言出来るには、照れが先行してしまうかもしれません」
「ふむ。……私も同じ意見だな。だが自覚を持ってくれたのならば、私としては嬉しい限りだよ」
「それは良かったです」
「褒美に頭を撫でようか?」
「何故です!?」
「いや、先程ブラウンを撫でた時、羨ましそうにしたのが見えたから、撫でて欲しいのかと」
「見られていたんですね……」
「ふふ、嫉妬するクロ殿は可愛らしかったぞ。どれ、撫でてやろう」
「え、べ、別に良いですって!」
「遠慮するな。ブラウンよりは撫でやすいだろうから、屈む必要もない」
「う……」
「どうした、クロ殿?」
「いえ、ブラウンに身長を越されたんだな、と思いまして」
「気にしているのか?」
「気にしています……ヴァイオレットさんが来た頃は俺と同じか低いくらいだったのに……」
「確かに私が来た頃はその程度だったな。子供の成長は早いものだ」
「そうですよね……そしてなんとも言えない敗北感が……身長が全てでは無いですけど、抜かれると複雑な気分です」
「……そんなに気にしているのか?」
「ヴァイオレットさんもスカーレット殿下(※174cm)の高身長を羨ましく思ったりしません?」
「確かに思った事は有るが……凛々しく強き女、と言うようで憧れてはいた」
「そんな感じです。180越えるとなんか高身長! という感じがしますからね。俺の年齢だと成長は少し難しいので、あっさりいったブラウンが羨ましいんです」
「そうか……」
「はい、そうです。とはいえ、その程度でもあるんですがね。……ヴァーミリオン殿下(※182cm)とかエクル(※183cm)とか見ていると後ちょっと、と言う感はあるんですが……」
「だが、私は今の身長差はクロ殿とキスがしやすくて好きだぞ?」
「ごふっ――!」
「私が背を伸ばせば、丁度クロ殿の唇に私の唇が届く。ふふ、なんとも良い身長差じゃないか。そう思わないかクロ殿?」
「そ、それは、その……」
「悩むようなら実際にして感想を聞こうか、愛しの旦那様?」
「え!?」
「ふふ、冗談だ」
「冗談、ですか」
「キスをしたいのは本音だが、慌てるクロ殿を見るのが楽しくてな」
「うぐ……」
「今はキスよりも、クロ殿を撫でる方を選択しよう。ほら、よしよし」
「…………あの、ヴァイオレットさん」
「なんだ? あまり撫でる経験は無いから、痛かったら言ってくれ」
「そうではなく。以前から思っていたのですが」
「なんだ?」
「ヴァイオレットさんって、結構イタズラ好きというか、イジワルですよね」
「ああ、そうだな」
「認めるんですか」
「今の私は、好きな相手にイジワルをしたくなる心境をよく理解している所だ。なにせ好きな相手が可愛いのでな」
「うぐ……やっぱりイジワルです」
「クロ殿に対してだけだよ」
「うぐぐ……」
「ふふ、やはり可愛い。――さて、サラサラで気持ち良かった、クロ殿を撫でるという行為も堪能した所だ」
「ご満足頂けたようで光栄ですよ、お嬢様」
「うむ、苦しゅうない」
「なんか違くありません、それ?」
「私も自分で言ってそう思ったよ」
「はは、なんですか、それ」
「ふふ、なんだろうな。これは」
「…………」
「さて、そろそろ戻ろうか、クロ殿。日も上がってそろそろシキも騒がしくなるだろう――」
「ヴァイオレットさん」
「なんだ、クロ殿?」
「先程、好きを伝える気持ち自体は嬉しいと言いましたよね?」
「言ったな」
「しかしそれは周囲に誰も居ない所でお願いしたい、とも言いましたよね」
「言ったな」
「今、周囲には誰も居ないんですよ」
「……そうだな」
「ならば、ここでなら良いという事ですよね?」
「そ、それは……」
「おや、嘘を吐かれるんですか? ……俺は悲しいです」
「うぐ。……その表情はズルいぞ」
「色っぽいでしょうか?」
「……色っぽいが、好きな色っぽさだ」
「うぐ。……それは良かったです」
「だ、だが、ここは外だぞ? 誰かに見られるかもしれない……!」
「嫌ですか? しない方が良いですか?」
「そ、その言い方はズルい――」
「今の俺は、好きな相手にイジワルをしたくなる心境をよく理解している所なんですよ。なにせ好きな相手が可愛いく反応してくれるので」
「うぐ……イジワルだな」
「ヴァイオレットさんにだけ対してだけですよ」
「……そうか」
「そうです」
「……好きな相手に、そのように扱われるのは、嬉しいものだな」
「そんな事言うと、先程我慢した事が我慢できなくなりますよ?」
「我慢しなくても良い。なにせ先程の身長差についての話も、今確認出来るのだからな」
「わざわざ確認しなくても、答えは分かりきっていますよ」
「分かりきっていても、確認は何度でもしたいんだ」
「奇遇ですね、俺もですよ」
「そうか、奇遇だな――だが、クロ殿」
「なんでしょう?」
「確認する前に、一つ言いたい事があるのだが」
「はい。俺も改めて言いたい事があります」

「私の心は貴方のモノだよ」
「俺の心も貴女のモノですよ」

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