追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

神な龍の力


「で、シアンに“いい加減にせい!”と言われるまでずっと語っていた訳なんですか?」
「……ええ」

 日が出て来て、夜通しで撤去作業をしていた組と睡眠をとっていた組がぼちぼち入れ替わる時刻にて。
 俺は教会の日陰で、壁に寄りかかり気を緩ませていたメアリーさんに話しかけていた。
 何故気を緩ませていたのかという事と、治療室から出ていった時の事を聞いてはいたので気になって話しかけたのである。

「まぁ、説明が上手くいったのなら良かったです」

 そして聞いた内容は、なんだか盛り上がって(?)騒いでいたらシアンに突入され全員が反省させられたという事と、メアリーさんがこの世界の事――というよりは、あの乙女ゲームカサスに関してヴァーミリオン殿下達に説明をしたという事だ。
 その結果が、なんでメアリーさんの羞恥心や下着に関する会話に発展するのかと思いもするが、そこは置いておこう。

「先延ばしも有りますけどね」
「充分ですよ。“信じて貰った上で、受け入れられる”。例えそれが先延ばしだとしても、信じて貰えたのは、メアリーさんの説明の上手さだけでは成り立ちませんから」
「……はい。私はとても恵まれました」

 そのように言うメアリーさんは、今までのような笑顔とは少し違うような微笑み……何処か肩の荷が下りて前を向いたような微笑みを浮かべていた。
 ……あの魔法を受けたというカナリアから、怪我から復帰したメアリーさんについて聞いた時は自棄に走らないかと不安であったが、またこのように微笑むメアリーさんを見れてよかった。

「ところでヴァイオレットは?」
「無理はさせられないので、メアリーさんがいた治療室でカナリアと一緒に寝てますよ」
「百合ですか?」
「それ貴女が言うのですか。違います」

 一区切りついた所で、メアリーさんが俺一人で話しかけてきた事が気になったのか、周囲を軽く見て聞いて来た。ちなみに周囲には俺達以外誰も居ない。
 途中までヴァイオレットさんとクリームヒルトと見回りをしていたのだが、ヴァイオレットさんはカナリアの所に行った際に、睡魔が限界そうであったのでそこで眠って貰ったのである。

「クリームヒルトは?」
「先程バーガンティー殿下が医療現場アイボリーの所に行ったと聞いて、ソワソワし出したので行かせました」
「え、バーガンティー殿下、怪我されたんですか?」
「ええ、腕を折りまして。アイボリーの技術なら入学式までには完全回復しそうですが」
「相変わらず凄いですね、彼」

 それを言うなら、穴が何ヶ所も開いて動けないはずの左腕を、なんだかよく分からない方法で動かしているメアリーさんも大概だが。
 ともかくクリームヒルトも今は俺の傍には居ない。腕を折ったのが自分であり、自責の念もあるだろうが、それとは別の感情も見え隠れしたので俺は喜んで見送ったのである。

「クロさんも休まれたらどうです? ただでさえ大変だったんですから……」
「それをあの時に俺よりも対応していた貴女が言いますか」
「私は後始末をする事無く眠っていましたが、クロさんはそうじゃないでしょう? 少しでも休んだらどうですか?」
「お気遣いはありがたいですが、せめて学園の皆さんが出るまでは起きていますよ。……いい加減、現在の殿下が全員集合と言うこの状況プレッシャーから解放されたいです。それから解放されないと眠るに眠れません」
「あ、あはは……大変ですね。ローズ殿下も来られていたとは師匠に聞きはしましたが……」

 ええ、大変です。
 あのバカ第二王子も来たせいで、首都でパーティーを開いている訳でも無いと言うのに、こんな田舎に現殿下全員集合という状況が出来てしまっているんだ。早くこの重圧から解放されたい。
 無責任だが早く馬車に乗せて、後は他の方々に責任を転嫁させたい。

「とはいえ、バーガンティー殿下とフューシャ殿下は明日帰るんですがね」
「あれ、そうなんですね」
「ええ、二人はあくまでも王族としての経験を積ませるために来ていますから。道中の帰りは二人で行いますよ」
「そういえばそういった理由で来られていましたね……あれ、という事は、ルーシュ殿下とスカーレット殿下も帰られるんですか?」
「ローズ殿下が連れ帰ると仰っていたので、帰ると思いますよ」
「そうなんですね?」

 メアリーさんはどうやら「あの奔放な殿下達が帰るのでしょうか……?」と思ったようであるが、ローズ殿下の名を出すと疑問に思いつつも納得したようであった。
 ……メアリーさん的には「一番上の姉には逆らえないのでしょうか?」と言った様子だが、実際に力関係を見たら感想は変わるのだろうな。
 なお、ローズ殿下の帰宅要請とは別に、カーマインの件もあるので帰りはする。流石に無視は出来ないだろう。
 一応はヴァーミリオン殿下以外の四名の殿下は、シキに来ていない扱いであるので(ルーシュ殿下達は冒険者扱いで正式来訪ではない)、“事件が起きたのでシキの領主が馬車を用意し帰る事になった”と名目で極秘に学園生と帰りはするのだ。
 ただその中にバーガンティー殿下とフューシャ殿下が混じると良くないので、彼らは別なのである。

「まぁ、それとは別に、カー――首謀者の件で友人達が色々ありましたからね。それが大丈夫かと不安になって、眠る事も出来ない内に睡魔のピークが過ぎたんですよ」
「あ、分かります。一度睡魔のピークが過ぎると何故が目がさえますよね!」
「何故嬉しそうなんです」
「今世に入ってから初めて感じた感触なんですよ。ゲームでそういった状況は見ていたのですが、実際に感じると“これがあの時言われてたモノか!”と思うとなんだか楽しくなりまして!」

 もしかして今そのテンションなんだろうか。
 しかし嬉しそうにするのならば俺はなにも言うまい。前世の事を考えると、そういった事でも楽しそうにするメアリーさんが微笑ましくなるし。……これがエクルだったらなおさらなんだろうな。

「と、失礼しました。楽しんでいてはいけませんね」
「……? ……ああ、別に構いませんよ。オーキッドもロボも、エメラルドもレモンさんもアップルグリーンさんも……皆、それぞれ支え合う相手が居て、回復し始めていますから」
「そうですが……」

 ロボにはルーシュ殿下が。エメラルドにはスカーレット殿下とグリーンさんが。オーキッドにはウツブシさんが。レモンさんにはレインボーさんが。アップルグリーンさんにはホリゾンブルーさんが。
 ……それぞれが身体に傷付き、心に傷を負った。その事を気にし、落ち込んでくれるのはメアリーさんの優しさなのでありがたいのだが、メアリーさんが落ち込む必要はない。どちらかと言うと俺が気に病む必要があるくらいだ。

「色々と見て回りましたが、その度に“私は大丈夫。クロお前が気に病むほどではないし、変に気を使われる方が困る”と言われましてね。皆回復傾向ですから大丈夫です」
「……皆さん、強いですね」

 ああ、とても強い。
 アイツらが強いお陰で俺もこうして居る事が出来る訳だ。だからこそその強さに応えるべく、俺も強くいつも通りに振舞う必要がある。

「だからメアリーさんは明るく振舞って皆を元気にしてやってください」
「……良いんですか?」
「ええ。ですが事件の後、いつも通りに振舞って欲しいと言う無茶な要求ですが、大丈夫ですか?」
「……意地悪を言いますね、クロさんは」
「ええ、俺のせいでメアリーさんが沈むと色んな奴に恨まれそうですから。必死なんですよ?」
「ふふ、そうですか。なら私もその必死さに応えないと駄目ですね!」

 俺の言葉にメアリーさんは微笑み、元気に拳を握りしめた。
 ……元気になってくれたようなので良かったのだが、左腕は痛くないのだろうか。あるいはその程度の痛みは俺達にとっての“感触”の範囲なのかもしれないが。

「あ、でも必要な事があれば言って下さい。短い間でも手伝いますので!」

 相変わらず誰かを助けたり救う事に積極的なメアリーさん。これは新しく歩み出したメアリーさんにとっても当然の事であり、彼女らしさでもあるのだろう。
 まぁ根本がこういう性格であるからこそ、ヴァーミリオン殿下達も惚れ、受け入れたのだろう。
 怪我をしている相手に手伝いを求めるのもあまり良くないが、ここで無碍にするのも失礼だろう。

「そうですね……では相談なのですが」
「なんでしょう?」

 なので相談をしておこうと思う。
 実は未だに解決しきっていない、ロボやエメラルドの件など色々と相談したい事は有るのだが、まずは目下の問題だ。

「教会内に居る俺の茶髪の友人なんですが、いざという時に今の状態にする方法の確立を目指したいのですが……」
「ごめんなさい。それは私の力を大きく超えた願いなんです」

 そして早速無理だと謝られた。

コメント

コメントを書く

「恋愛」の人気作品

書籍化作品