追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

なにを読もうと聞かされようと、自分の理性が同意したこと以外信じるな(:偽)


View.メアリー


 シャル君は説明中も見ていた窓から目を逸らし、私の方を向きました。
 その際に武器である刀が揺れ、カチャリと立てる音が異様に大きく聞こえました。

「シャル、どういう意味だ。距離を置くとは」
「そのままの意味だアッシュ。私はメアリー・スーと今までの様にではなく、ただの同級生として接しようと考えている」

 アッシュ君の強め口調の言葉に対し、シャル君は戸惑う事無く答えます。
 それは初めからそう言おうと決めていたかのような口調であり、どこか覚悟を決めたものでもありました。

「シャル、お前は――」
「良いんです、アッシュ君。……良いんですよ」
「メアリー……」

 シャル君の反応を見て、アッシュ君はなにか責めようとしましたが、私はそれを止めます。
 シャル君の反応は仕様が無い事であり、私も覚悟を決めていた事でもあります。むしろ罵倒などをされないだけ大分良い部類の反応とも言えましょう。
 ……この場合、謝罪の言葉は言うべきなのでしょうか。下手に謝ると逆効果……いえ、どんなことがあろうと謝罪の言葉と行動は大切です。
 自己満足でも構いません。許されるためではなく、私の在り方を示すために――

「……学園に入る前に、私とスカイは憧れていた騎士が、理想に過ぎなかったと知り絶望していた」

 しかし私が行動をする前に、シャル君がなにかを語り始めました。
 これは……シャル君の思いでしょうか。

「父は尊敬出来る存在であったがな。だがそれでも私達の気持ちは揺らいだんだ。そんな中私はメアリー・スーと出会い、私の中の騎士道が見えた。例え騎士団が理想の騎士団ではなくとも、私はメアリー・スーのために理想の騎士であろうと心に誓った」

 静かに、自身の内情を語るのが少し苦手なシャル君は、独り言のように呟きます。

「そう決めてからの学園生活は楽しかったよ。充実もしていたし、かけがえの無いモノであった。……私が学園を辞めようとしてシキに来た時、ヴァーミリオンやアッシュだけでなく、私を追いかけて説得してくれた。……とても嬉しかったし、その時に私はやはりメアリー・スーのために騎士であろうと改めて心に強く誓った」

 ふ、と。小さく微笑む表情からは、今言った事に嘘偽りの無いものであると語っているように、何処か楽しそうな表情でした。

「……だが、あの光景を見て……私の決意は揺らいだ。……どの言葉も、結局はまやかしに過ぎなかったのではないかとな」

 しかし次に窓の外を見ながら言った言葉は、何処かの誰かに語るような、寂しい表情となっていました。

――まやかし、ですか。

 間違いではありません。むしろ正しいと言えるでしょう。
 シャル君が……シャトルーズ君がそう感じ、言葉に出したのならば、私のした事と言えるのですから。

「ふざけないで、シャトルーズ! お前、なにを言っているのか分かっているのか!?」
「シルバ君。貴方が怒る必要は――」
「いいや、悪いけど僕は怒るよメアリーさん。メアリーさんのために怒っているんじゃなく、僕は今のシャトルーズに腹を立てているんだから」

 操心後でなければ今にも飛び掛かっていそうな剣幕のシルバ君は、シャトルーズ君を睨みつけます。

「私もだ、シャル。お前がそういう男だとは思わなかったぞ」

 それを見てアッシュ君も同意し、シャル君への不快感を隠そうとしません。
 ヴァーミリオン君やエクルさんは口を出さないと決めているため、特に表情を作る事無く口も挟みません。……が、エクルさんは何処か苦々し気に眼鏡をかけ直している辺り、落ち着こうとしているのでしょうか。

「私達はメアリーを女性として魅力を感じ、なによりも愛していた。その気持ちに嘘は無かったはずだ」
「……そうだな」
「ライバルとはいえ、僕達の学園生活は充実したモノだったはずだよ。メアリーさんが居なければあのような楽しいと思えるような学園生活は無かったはずだ!」
「……そう、だな」
「なにより私達が今抱いている気持ちは本物だ。偽者なんかじゃない」
「それをあの光景を見せられた程度で――揺らぐ程度な気持ちだったというの!?」
「…………」

 シルバ君とアッシュ君の熱い呼びかけ。
 それはシャトルーズ君の事をなによりも友であると思っているからこその言葉であり、友が落ちていくのが我慢ならないと叫んでいるようでした。

「――その程度なんだよ」

 そしてそれに対してのシャル君の返答は、簡潔であり、こちらを見ないままの言葉でした。

「その程度なんだ。楽しかった、好きだった。だがそれだけだ」
「シャル、お前……!」
「この――」
「アッシュ君、シルバ君。それ以上は駄目です」
「でも――」
「…………」
「……ごめん」
「……すまない」

 さらになにか責めようとし、アッシュ君にいたっては詰め寄ろうとした所を私は無言で止めました。
 ……いけません。私が中途半端な気持ちでいたが故に、二人に謝らせる結果になってしまいました。

「貴方の気持ちは分かりました。貴方が望むのなら、私は貴方とただの同級生として接します。必要ならば、私は学園を辞めましょう」
「……それもあの物語の台詞なのか?」
「いいえ。これは私の言葉です」
「……もしお前を辞めさせた原因が私だと知られれば、私が糾弾される。それに辞めるなら休学扱いの私の方が適任だろう。元々辞めるつもりであったからな」
「それは……貴方がそれを望むのなら、私には止める事は出来ません。ですがその前に私は貴方に謝罪をしなければなりません」
「謝罪、か。……それは一体どんな言葉なのだろうな。モンスターを前に危険だと分かりながらも独り飛び出して、後から怒られた時の言葉か? “ごめんなさい。でも貴方が危険だと分かると身体が勝手に動いたんです”、か」
「それは……」
「そうしないと、善い物語にならないんだろう?」

 シャル君の言う言葉は、カサスにおける選択肢……というよりは、選択肢でそのシチュエーションになった時の主人公ヒロインの台詞です。
 同時にシャトルーズ君が【一閃】を覚えるきっかけにもなったシチュエーションでもあり……私が言った言葉でもあります

――なんて、薄っぺらい言葉なんでしょう。

 それはシャトルーズ君にとっては大切な言葉だと知っている言葉です。
 直接聞いたのではなく違う場所から知っていて、それを当然かの様に思い、実際にシャトルーズ君がそのような行動をした事に、達成感の様に感じていた台詞です。
 ……私が考えた訳では無い台詞。そんなものに価値なんてありません。
 
――そしてその価値の無い台詞で私はシャトルーズ君を……

 ……私はシャトルーズ君のために、考えていた謝罪をしなければなりません。
 この何処か寂し気なシャトルーズ君のために、誠心誠意の――

「――違う」

 しかしシャトルーズ君は、自身の額に手を当て否定の言葉を発します。

「違う、違うんだ。私は――俺は、そんな事言うつもりはないんだ」
「シャル……?」
「あの魔法の話を聞いて、事実だと知っても。アッシュやシルバのような言葉を言うつもりだったんだ。例え借り物でも私は救われた、俺は楽しかった。のだと」
「シャトルーズ、お前は……」
「そう言えば俺は今も愛する女の笑顔を見れると分かっているのに……分かっているのに、なんで、こんな言葉を私は言っているんだ……!」
 
 苦しむ様に呟く姿は、私に対する嫌悪感……ではなく、自分自身に対する嫌悪感に苛まれているようでした。
 一人称は安定せず、精神的に不安定の彼はまるで子供のようで……

「シャル君」
「……なんだ」
「私は、貴方にずっと謝ろうとしていましたが……今は謝罪いたしません」

 シャル君の様子を見て、私は謝罪の言葉ではなく、そんな事を言ってしまいます。

「当然いずれ謝罪は致します。ですが……」

 ですが、私がすべきは謝罪ではないと、今のシャル君を見て気付きました。私のやった事の間違いに気付いたのです。
 私はあまりにも……あまりにも早く、この場を設け過ぎたのです。
 シキでの出来事から時間を空けず、夜眠る事もなく。ただ早く説明しなければならないと言う焦りから、シャル君に落ち着かせる時間をあげられなかった。

「私はなにかをするのに遅くなってからは駄目なのだと、ただ脅迫観念に襲われて行動をしてしまいました」

 素早い事が悪い事ばかりではありませんでした。事実シルバ君は落ち着かせるために、私が目覚め次第早くここに来て、話す事で今のシルバ君は自身が悪いと言う感情から脱出できたように思えます。
 しかしシャル君には、一緒にやった方が早いかと言うようにしてしまったのが駄目だったのでしょう。

「私は貴方が落ち着いて、その不安を取り除いた時にまた話を聞きます。その間少し離れた方が良いのなら離れます。今までの様にが良いのならば、私は今までの様に接します」
「メアリー……」
「貴方に時間が必要ならば、時間をかけましょう。……それが逃げでも良いんです」

 私は相手を見ると言っておきながら、見ようとはしていませんでした。
 相手の気持ちは全て受け入れるべきであるから、なにを言われても“仕方ない”と思っている私が居ました。
 ……それでは今までと変わりないのですから。

「だが、俺はお前を罵倒して……」
「貴方の先程の言葉も本音ではあったんです。だから口に出たのでしょう。……ですがなにも常に正しい事をする必要はないんです。清濁併せ呑んでの、生きた人間なのですから。あ、でもこれだけは約束してください」
「……なにをだ?」
「独りでは決して悩みすぎない事、です。抱えるのも良いですが、シャル君は少しは心情を吐露する事を覚えた方が良いです。というか語ってください」
「……それは約束できない」
「何故ですか?」
「それが出来たら、とっくにやっている」

 ……それもそうですね。
 まぁ、そこもシャル君の良い所だとは思いますが、語る事を覚えないと先程の様に混乱しそうで怖いです。

「ともかく、シャル君」
「なんだ?」
「必要だと思う事はなんでもしましょう。私の身勝手な行動に振り回されたのですから、私はなんだっていたします。手伝いも、謝罪だってします。必要なら謝罪文と共に逆立ちして学園一周した後に、謝罪文を大声で朗読いたしますが……」
「それが必要になる事はない」

 え、必要ないんですか。謝罪としては結構グレードの高いモノだと思ったんですか……と、それは置いておくとして。

「私は私の言葉で、貴方の言葉を聞きたいです。いくら時間をかけても構いません。大丈夫です、私達は……」

 なにせ私達には。

「生きていて、時間があるのですから。……貴方のやりたいようにすれば、生きた私はそれに応えますから」

 時間をかけて、語る時間があるのですから。
 エンディングがあって、それ以降は想像でしかない世界とは違う時間に生きているのですから。
 間違えても、正しくても、身勝手に私は生きた一歩を歩みたいのです。
 ……こんな事を考えるなんて、嫌われそうですね、私。







おまけ?

「話はまとまったか?」
「ええ、問題を先に延ばすというまとめに入りました!」
「堂々と言う事では無いよね、それ」
「まぁシャルが思ったよりも複雑怪奇で、寝不足だと意志が弱いと分かったから良いか」
「ぐ……今の俺では否定できないな……って、エクル。お前なんで泣いてる」
「う、ぅうぅ……メアリー様が、ついに新たな一歩を……!」
「エクル先輩、貴方はメアリーに対する事だとすぐ泣きますね」
「そういえばシャル君は先送りになりましたが、皆さんはどうでしょう」
「どうでしょう、とは?」
「はい。皆さんに謝罪が必要なら、謝罪をするので」
「必要ない」
「必要無いよ」
「そうですか……いざという時は誠心誠意の謝罪を示すために、色々とクリームヒルトと考えたのですが……」
「……参考までに聞くが、どういった内容だ?」
「はい? ええと……まずは熱した鉄板の上で土下座を……」
「それメアリーさん大変な事にならない!?」
「そして何故熱した鉄板の上でしようとするんだ」
「はい。なのでクリームヒルトにも鉄板の用意と、熱する準備が必要だからと却下されました」
「それって出来ればやったって事だよね……?」
「あ、私鉄板になりましょうか? 水銀ですけど、似た様にはなれますよ」
「お前は余計な事をなにも言うな、イン」
「別に良いじゃないですか。話させてくださいよ。皆様私を忘れたかのように話していましたし」
『…………』
「誰か忘れていた事を否定してくださいよ」
「私は覚えてましたよ。と、ともかく。熱した鉄板は用意出来ないので、前世の女性の謝罪方法としてあった……全裸で土下座をしようかともなりましたね」
「全――!? な、なぜ服を脱ぐのです!?」
「はい。その方が誠意が示せると。そしてその時に脱いだ服がキチンと畳まれていると、育ちが良いアピールが出来て良いとも聞きました!」
「誰にだ!?」
「そのシチュエーションを語る、前世の私と同類の(ネットの)方々です」
「語る程同類が居るのか!?」
「い、いや、シャル。メアリーと同類の者達が、一つの話題として挙げていたのかもしれない」
「あ、ああ。清廉な神父がそういった方面を知識として知っておく、というようなモノか――どうした、なんでそんな表情をしているんだエクル」
「……いえ、昔少年達が見る雑誌ほんで、そんなシチュエーションがあったな、と思い出していただけです」
「少年達が見る……!?」
「はい。メアリー様の話題に合わせようと読んだ奴で……というかメアリー様、本当にする気だったんですか?」
「勿論です! そのために羞恥心を出来る限り消そうと心がけていました!」
「羞恥心を感じるかもしれないと思っている時点でやめてください」
「……だからさっきの下着の件も平然としていたんですね……」
「おいアッシュ。それはどういう意味だ」
「詳しく話しを聞かせてよ、アッシュ」
「そうだな。時間はあるからな」
「あ」

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