追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

痛みが無い偽りの(:偽)


View.メアリー


 なにかの見間違いでないかと悩む事数秒。
 事実だと認めて数秒。
 改めてノックする事三回。
 改めて先程見た光景と同じ光景を見て、私は幻覚を見ているのではないかと思い始めた後にシルバ君が起き。
 そして抱きしめられているという状況と、私が二人いる事にシルバ君は混乱しましたが、その過程でシルバ君を抱き枕の様にして寝ている私の姿をしているのがインだと気付き、無理矢理引き剥がしました。

「さて、イン。言い訳を聞きましょうか」
「メアリー様、怖いです」
「怖くさせているのは貴方ですよ、イン」

 そして現在。地面に正座させたイン(通常状態)を私が見下ろす形で問い詰めていました。
 シルバ君は起き上がれる気力が無いらしく、ベッドで上半身だけ寄りかかった状態で起こし、私達を不安そうに見ています。

「何故こんな事をしていたのです?」

 私は一つ息を吐くと、インに少し優しめの口調で尋ねます。
 つい状況が状況だけに正座をさせてしまいましたが、理由があってあんな事をしていて、私の早とちりであれば謝罪しなければなりません。

「シルバ様の魔力がなんか癖になるので、見張りの隙を見て抱きしめて吸っていました」
「え」
「それでは何故私の姿になっていたのです?」
「シルバ様はメアリー様を好いているようなので、メアリー様に抱かれれば喜ぶかと思いまして。興奮すればなお良しGOODです!」
「分かりました。しばらく座ってなさい」
「えー」

 えー、じゃありません。なにをやっているんですかこの子は……
 折角私が意気込んでシルバ君の状態を確かめに来たのに、私がシルバ君と寝ているという状況になりましたから、この子には少し反省してもらわねば。……私怨ではありますが。少しくらいは良いでしょう。

「ごめんなさい、シルバ君。インが迷惑をかけたみたいで……」
「い、いや、大丈夫だよ。確かに寝苦しかったけど、別にそこまでは……」
「つまりメアリー様の身体を再現した、私の色々な柔らかさを堪能したという事ですね!」
「そういう意味じゃ無いよ!」
「インは黙ってなさい。水銀相手に効率よくダメージを与える方法なんて枚挙に暇がないんですよ」
「……メアリー様が言うと、本当っぽいですね。ですが私は自己肯定をするために喋るのを辞めません!」
「なんですかその意志」

 軽口を叩くインに釘をさす私です。
 実際は水銀相手と言うよりは、インやシュイ相手に効率よく破壊できる方法ですが、そこは些細な違いというモノでしょう。

「だ、大丈夫だってメアリーさん! インだって変な事は――多分、していないと思うし、許してあげて!」
「ほら、シルバ様もこうやって、たわわなお胸を再現して触らせてくれた私を許してくれと言っているのですよ! 獣欲は正義と我が主も言っていました! 私はよく分かりませんが」
「どっちの味方だよイン! というか寝ていたから覚えてないし分からないよ!」
「そうですか……残念です。気持ち良かったのに……」
「なにが!? イン、お前本当は悪いと思っていない――悪いと……」

 体力的に動けない程なはずなのですが、シルバ君は今の状態でツッコミを入れ、とある自分の言葉に反応すると、段々声が小さくなってきました。

「……いや、別に良いよ。僕はなにされても問題無いような男だから……は、はは……」
「シルバ様?」
「…………」

 悪い。それはまさに自分自身の事だと思ったシルバ君は、先程までのツッコミの気力は何処へやら、顔を下に向けて小さく卑下するように笑いました。
 慰めて欲しいが故の反省アピールなどではなく、後悔で押し潰されそうな精神状態。恐らく操りによる体力の低下が無ければ、飛び出すか自傷でもするような精神状態です。

「メアリーさん、僕を――」
「シルバ君がなにかを言う前に私の言葉を聞いてください」

 シルバ君が顔を下に向けたまま恐らく「僕を放っておいて」と言った類の言葉を言おうとしますが、私は言わせずに言葉を遮ります。

「私の体調は問題ありません。この通り動いてここに来れるほどには回復しています」
「…………うん」
「傷跡も処置で消える程の代物です。もしも私の身体に傷痕を残している事が不安なら、その不安は無いですよ」
「…………うん。良かった」
「シルバ君も操られ、あの時の事を行っていた。ならば憎むべきは操った本人にであり、自身を責めるのはお門違いですよ」
「…………それは違う。それは違うんだよ、メアリーさん。僕が強ければ、操られる事なんて……」

 そこまで言うと否定をするシルバ君。
 ……やはり、私の心配をしていると同時に、自身がやった事を否定してはならない、と思っているようですね。
 操られても、この身体が行なった事は事実なのだから、と。

「弱くて、魔力も操れるかと慢心していて、操られるような僕が悪い――」
「いいえ、悪いのは誰かと問われれば、操った相手と……私ですよ」
「メアリー様が?」
「……そう言ってくれるのはありがたいけど、メアリーさんが悪いなんて事は無い。そんな事は無いんだよ。むしろメアリーさんが強くて……善い、女性だったからこうして……」
「……いいえ。私は何度でも言います。私達の中で悪いのは誰かと問われれば。悪いのは間違いなく私だと」
「……メアリーさん?」

 慰めで言っていると思ったシルバ君は、労わりの言葉そんなものは不要だと否定をします。
 ですが私が引かずに、シルバ君に言うのではなく私自身に言うかのように言うと、シルバ君は顔をあげて私を見ます。

「借り物の言葉、知っている展開、相手をヒトとすら思わず、ただ己が欲望を満たすためだけに行動していた女。……私は私であるがために、貴方達を変えていったのですよ」
「それはどういう……」
「その説明をする前に」

 私は言葉の真意を問い質そうとする視線を送るシルバ君から一旦意識を外し、部屋の扉の方へ視線を向けます。

「そこに居るのでしょう、皆さん。入って来て良いですよ」

 そして外に呼びかけると、暫しの間の後、扉のノブが捻られます。

「いらっしゃいませ、シャル君、アッシュ君。それにヴァーミリオン君に、エクルさんも。盗み聞きとはお行儀が悪いですよ」
「……すまない」
「別に構いませんよ。本当はもう少し話してから来て頂いた方が良かったかもしれませんが、インがシルバ君の緊張を解いてくれたので良しとしましょう」

 私は笑顔を皆さんに向けながら、インの頭を撫でてあげます。
 インもシュイも昔から撫でられるのが好きなので、私の撫でにとても嬉しそうな表情をしました。

「では皆さん、疲れているでしょうが聞いてくださいますでしょうか。私達が昨日の夜に教会の地下で話そうとした事を。そして――」

 私は撫でながらも、こうして皆で話せるのは最後かもしれないと思いつつ、一つの物語を話そうとします。

「そして話が終わった時には、私を思い切り罵倒してくださいね?」

 この世界で覚えた、痛みのない強がりの笑顔を浮かべながら。

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