追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

主人公体質_不本意


「ところでフューシャ殿下。私達になにか用があり来られたのではないでしょうか?」
「あ……そうだね……」

 フューシャ殿下はよく分からない事を言ってはいたが、なんとなく触れるとこちらがダメージを喰らいそうであったので話を切り替えた。
 とはいえ、兄と友人のあの犬も食わなさそうな言い争いをしている中で、俺達の存在に気付いて避難してきた、と言われればそれまでであるが。

――それに、あの会話……

 今の言い争い(バーガンティー殿下がクリームヒルトの腕を掴んで、クリームヒルトが顔を赤くしている)の前に、詳細は聞こえなかったがフューシャ殿下は気になる事を言っていた。

「あの……お二人は……話……何処から……聞いていましたか……?」
「何処、と言うと……」
「私と……クリームちゃんとの……会話とか……」
「ええと……」

 レモンさん(現在夫に泣いて甘え中)に軽く報告だけ聞いたのだが、フューシャ殿下は多くのモノに襲われながらも無傷であったという。
 なにもしていないはずであるのに、無傷。本来喜ぶべき事かもしれないが、フューシャ殿下にとっては追い詰められる要因であったのだろう。
 ……なにせあのカーマインが楽しそうに語っていたからな。血の繋がった妹に対してどうしてあそこまで出来るのだろうか。
 まぁアイツはどうでも良いか。なんかアイツの事を思っていると「クロ・ハートフィールドが俺の事に意識を割いている!」とか言いだしそうで嫌であるし。どちらかと言うと今回の事をしたのが実の兄だと知った時フューシャ殿下がどうなるかを心配した方が良いだろう。

「……はい。聞いていました」
「申し訳ございません。盗み聞きするような形になってしまい……」
「別に……構わない……けど……」

 認識阻害などがかけられている服のフードを取り、フューシャ殿下は顔を見せる。
 ……うん、同じ赤い髪に紫色の瞳だけど、フューシャ殿下の色は優しくてなんだか好きだな。年齢の割に幼い顔立ちと言うのもあるのかもしれないが。
 この顔が曇る顔が見たくないと言っていた、グレイやクリームヒルトの気持ちが分かる気がする。

「私が言った事……姉様や……兄様達に……内緒にして下さい……特にローズ姉様……」
「当然私が今の話を誰かに言うつもりはありません。子爵がクロ・ハートフィールドの名に懸けて、話さないと誓いましょう」
「同じくヴァイオレット・ハートフィールドの名にも誓って」
「ありがとう……特に……お願いだから……ローズ姉様には言わないでね……!」
「も、勿論です」

 フューシャ殿下は本当に恐怖しているようである。バレたらと想像しただけで身震いする程なのか。
 ローズ殿下の今の状況を知られたら色んな意味で身震いしそうではあるが。

「ですが、クリームヒルトが申し訳ありません。あのような事を殿下に……」
「驚いたけど……でも……嬉しかったから……」
「嬉しかった、ですか?」
「うん……」

 フューシャ殿下はそう言うと、クリームヒルト達の口喧嘩(現在バーガンティー殿下が愛を唄い口を塞ごうとしている)を見て、何処か遠くを見ているような目をする。

「私は……周囲に色々と言われた時……引きこもるしか……しなかったけど……同じように……自身に悩んでいる……クリームちゃんは……戦おうとしていたから……」
「戦おうと……」
「私みたいに……数少ないモノを……守るんじゃなくて……手に入れるために……挑戦しようとする……強い心を……持っていて……」
「アイツはなんと言いますか……」
「クリームヒルトは気持ちに鈍いだけで、なにかに抗う心の強さを持っていますから。だからこそフューシャ殿下や……私も救われたのではないでしょうか」
「うん……そうだね……」

 俺がなにか言おうとすると、ヴァイオレットさんが代わりと言うようにフューシャ殿下に告げた。
 ……というか鈍い云々は俺前言った事だな。ヴァイオレットさんが俺の言葉を利用した、と言うよりは、あの時は分からなかったけど今は分かると俺に告げているようであった。

「だから……嬉しかった。“私に賭けてみない?”なんて。私を知っても友人として……言ってくれて。あの時……新しい道を……示された気がした……そして」

 そこまで言うと、フューシャ殿下は口元を緩ませる。

「あんな風に……誰かを好きに……なる姿は輝いていて。……楽しそうだから」

 フューシャ殿下がそう言いながら微笑む姿は、なんだか彼らの近くに居られたのならば、外に出てみようかと思うほどに楽しくなれそうだ。と言っているようであった。
 それは世間に相容れないモノがあったとしても、ああやって受け入れられ、幸せを掴めるのだから私もその中に入るように歩を進めたい、という決意にもとれる表情であった。

「だ……だから……その……クリームちゃんが……学園を辞めるのを止めて……貰いたいと言うか……」
「はい?」

 しかし次には不安そうな表情で、俺達にお願いをして来た。

「その……私……口下手だから……説得とか……無理で……!」
「ええと……」

 フューシャ殿下曰く、学園に通う勇気が出来たのは良いのだが、このままだとクリームヒルトは旅に出て学園から居なくなってしまう。
 さらに旅に出てしまったとあれば、兄もクリームヒルトを追いかけて王国を出るかもしれない。
 そうなると学園の友人はグレイ一人。一応はアプリコットもだが。
 流石に王族二人が揃って学園を突然出て居なくなるのは問題があると思っている。四つも年下のグレイにのみ頼るのは忍びないし、頼りきりでは変な噂も立てられるだろう。その場合はアプリコットにも恨まれるかもしれない。
 兄であるヴァーミリオン殿下など頼りにしたとしても、ヴァーミリオン殿下は学年違いもあるが過干渉すれば成長を妨げると思っているだろうし、フューシャ殿下もそう思っている。

「だから……情けない話だけど……説得を……手伝って貰えれば……」

 だからクリームヒルトが学園に残る説得をして欲しいらしい。例え良い雰囲気があったとしても、このままだとクリームヒルトは旅立ちそうであると。
 と、フューシャ殿下の話を纏めるとそう言う事らしい。
 ……彼女は引きこもりで人との接触を避けてきたというし、口が上手い方ではない。もしかしたら今こうしているのも勇気をかなり振り絞っているのかもしれないな。

「フューシャ殿下。その心配はないかと思いますよ?」
「え?」

 そこまで思ってくれるのは嬉しいし、俺も先程までは説得するつもりではあったのだが。

「クリームヒルトはもう、大丈夫ですよ」
「ええ。学園を辞めるなんて、逃げはもうしないでしょうから」

 だが今のクリームヒルト達(原点に戻ってバカと言い合っている)を見ると、フューシャ殿下が心配するような事は無いだろう。
 俺が居なくても、説得をしなくても。変な方向には行かないだろうと。
 今のバーガンティー殿下を見ると、ヴァイオレットさん共々思うのであった。

「だからフューシャ殿下も――」

 色々と迷惑をかけますが、よろしくお願いします。と言おうとすると、ふと風が吹いた。

「――っと?」

 風が吹き、近くで隠れる材料として使っていた廃材が揺れ動いた。
 急ぎつつも、崩れない様に最新の注意を払い積んだ廃材。
 ヴァイオレットさんが怪我をしない様にクリームヒルトに注視しつつも、大丈夫だと判断していた火事やクーデター被害で出た廃材。

――崩れる?

 それの一部が崩れそうであった。
 今まで全くビクともしなかったのに、ちょっとした風で廃材の上の一部にひびが入って、それが落ちそうだった。音を立てて今にも落ちそうだ。

「危ないですよ――」

 その位置が丁度ヴァイオレットさんとフューシャ殿下の間辺りであったので、俺は二人を庇う形で前に出る。
 実際は庇うというよりは、落ちた際に破片が飛び散っても大丈夫なように壁になるために前に出た、と言う感じだが。
 そしてその行動のために一歩、歩を進めた所で。

「おっ――?」

 何故か俺の踏んだ所が陥没し、体勢を崩した。

「危な――」

 ヴァイオレットさんとフューシャ殿下が俺を支えようと咄嗟に手を伸ばそうと俺に近付き。

「――っと!」

 俺がバランスをして、手を咄嗟に振り上げた所に。

「え――?」
「へ――?」

 俺の両手がそれぞれなにかにひっかけて。

「のわっ――!?」
「わっ――!?」
「きゃ――!?」

 そのまま全員が体勢を崩し、纏まって倒れ込んだ。
 なにかに引っ掛かりを覚えつつも、咄嗟に女性陣の身体を庇おうと腕を地面との間に回り込ませ――そのまま倒れた。

――いだぁ!?

 普段であれば仮に支えたのがクリぐらいの重さでもない限り、そこまで痛みも強く出ないだろう。
 だけど右手は骨折しているし、左腕は筋線維がズタズタだし、いたるところにヒビが入っている。ようするに軽めの女性である二人でも大分痛みが走る。

――っと、それよりも状況の確認を……

 俺の事はどうでも良い。
 俺が原因で巻き込んで倒れてしまった、ヴァイオレットさんとフューシャ殿下の状況を確認しなければ――ってあれ。

――なんで俺、さっきの痛いという台詞が咄嗟に声が出なかったのだろう。

 カーマインが俺を研究していたせいで、実は俺は結構見た目よりダメージを受けている。グリーネリー先生に言って、ヴァイオレットさんに心配をかけぬよう出来る限り目立たないようにしているが、本来なら安静な所を無理言って平気なふりをしているのだ。
 痛くても心配をかけさせない様に声に出さないようにはしていたが、今のは声に出てもおかしくは……おかしく、は……

「むぐ……」

 理由はすぐに分かった。
 俺の口が塞がれているため、声を出そうにも出せなかったのだ。

――やわらけぇ。

 口を塞いだのは独特の柔らかさがある物体。
 男女の身体の違いを視覚で表す時に、体格や固さとかよりもハッキリ分かる事が出来る女性特有のモノ。
 それがは体温が分かる形で俺の口を塞いでいたのだ。

「いたた……はっ!? クロ殿、大丈夫か!? ――って、あれ、どこに……?」
「痛く……ない。また誰かクッションに……あ……クロさん……大丈夫……あれ……?」

 そしてその特有のモノは、ヴァイオレットさんと、意外にもヴァイオレットさん以上のモノを持っているフューシャ殿下が、丁度死角になっている俺を探そうと体勢をそのまま身体を動かそうとした所で形を変えて俺により密着する。

「んっ……!?」
「んゅ……!?」

 二人は普段と違うだろう感触に反応し、動きが止まる。
 そしてその感触が何故かしたのかを確認しようと、その場所を見た所で――

「…………あ」
「…………ごめんなさい」

 ヴァイオレットさんはみるみる顔を赤くし小さく震え。
 フューシャ殿下は顔を赤くしつつも何故か謝った。
 ちなみに俺がそれが分かるのは、目は丁度覆われていないため二人と目が合ったからである。

――……喋らない方が良いよな。喋ろうと口を動かすと……当たるよな。

 本来であればこの状況に男として喜ぶべきなのかもしれない。俺だって後から思い出せば一生無い経験として感触とか色々と役得と思うかもしれない。
 だがこの状況で俺が思う事。それは……

――絶対に気まずい。

 ラッキースケベイなんて、二次元で見るモノだから嬉しいモノかもしれないと思うのであった。





備考:クリぐらいの重さ
現在のクリの重さ:クロ(八十は超えている)の丁度二倍。

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