追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

分からない(:淡黄)


View.クリームヒルト


 バカ。

 それは単純な罵倒の言葉であり、気の置けない間柄だと時に親しみを言葉にもなる、老若男女問わず幅広い世代で使われている言葉である。
 だがそれ故に言葉の重みが軽くなる事がままあり、使い方によっては語彙力の無い自身を露呈する事も有る言葉だ。

「え、今、なんて……?」
「バカと言ったのです。クリームヒルトさん、貴女にね」

 そんな言葉を、王族であらゆる英才教育を施されているだろうバーガンティー殿下が言いのけた。
 真摯で素直。そして内心を表すかのように紳士であり優しい言葉を使う彼の唐突な言葉に、私だけでなく妹であるフューシャちゃんも固まっていた。

「あの、バーガンティー殿下。私は確かに貴方と比べれば学が無く、馬鹿と称される女でしょう。ですが高貴たる貴方がそのような言葉をいうなど――」
「ええ、王族らしからぬ言葉でしょうね。ですがそれを大声で言いたくなるほど今の貴女はバカなんですよ!」

 一体なんだというのだ。
 ヴァーミリオン殿下とかメアリーちゃんとかと比べると優秀でない事は確かだけど、バカと言われる程ではないと思う。なにせ学力では学園一桁だしね!

「学問の事言ってんじゃないんですよ、頭の方を言っているんです」

 うわ、ピンポイントに心を読んで来た。そんなに私は分かりやすいのだろうか。
 ……というか……そこまで言われる筋合いはない。無いけど、今のバーガンティー殿下の状況を考えれば言いたくなるのも分かるかもしれない。なにせ――

「言っておきますが、私が怪我をしたから恨み節で言っている訳じゃありませんよ」
「…………では、何故私をそのような呼称を?」

 今度は内心に対して先取りしてきた。
 なんなの、黒兄にもここまで読まれた事ないよ。ここまで来ると気味悪いよ。
 その感情はグッと抑え、あくまでも私は敬語で接する。

「それは言いたくもなるでしょう。愛しの女性がバカな事を言いだしたら」
「……ですから、なにをバカだと言うのです」

 ……ちょっとイラっと来たけど落ち着こう。

「成長が無い女とか、学園を辞めて自分探しに行くとか、人の心が分からなくてもそれは表面上のモノとか……バカじゃないんですか。皆さんが貴女をどう思っているというのです」
「……そうですね。私を受け入れてくれる相手が居るのならば、それは表面上でも価値があるモノなのかもしれませんね」

 その程度は分かっている。
 黒兄も学園のメアリーちゃんとかもシキの皆も私を受け入れてくれている。それは幸福で、そうそうあるモノではないという……

「その言葉止めて下さい、私はそんな事言っているんじゃないんです」
「…………じゃなんなのです」

 ……イラ。

「見れるモノを見ようともせず、知ろうとしているモノを知ろうとしていない」
「…………」

 ……イラ、イラ。

「そうやって自分だけがことわりから外れた存在みたいに、相容れる努力をせずに一歩引いている姿がバカだと言うのです」
「――――」

 …………ブチッ。

「あはは」

 勝手な事を言ってくれる。

「あはは………、あははははは!」
「クリーム……ちゃん……?」

 本当に勝手な事を言ってくれる。
 相容れる努力をしていない? 知れるものを知ろうとしていない?

「あはははははは! ――そうだよ、その通りだよ。だって分からないもの」

 分からないモノは分からない。
 だから“相容れる”努力なんてしていないし、理解しても納得出来ないんだから知る事が出来ないじゃない。
 黒兄は受け入れてくれたけど、結局は分からぬまま死んでしまった。

「好きなモノはあったよ。嫌いなモノもあったよ。でも分からないよ。感情の機微とか分からないよ。常識的に考えれば分かるってなに。私の中では普通な事は非常識なの。そうだよね化物だもんね。――知らないよそんな事」

 声優俳優の声や演技は好きだ。好みの味付けもある。嫌いな食べ物も人間もいる。別の誰かの物語を体験でき、なりきれる漫画やゲームなんて丁度良い趣味で逃げだった。
 けど濁った眼で嗤うらしい私は、前世の最期は化物と言われて終わったんだ。

「だからごめんなさい、バーガンティー殿下。貴方は私を好いてくれたようですけど、仰る通り女で、この通りの女なのです。初恋を拗らせたようですが、まぁこんな女だったとこれからの教訓にでもして下さい」

 私はわざとらしく、バーガンティー殿下に礼をする。

「…………」
「…………」
「…………」

 誰も言葉を発しないまま数秒経ち、私は顔をあげる。

「あはは」

 そして私は笑顔を作った。

――笑顔は本来攻撃的な意味だっけ。

 そんな言葉を何処かで聞いた覚えがある。
 私はその言葉を実感として学んでいる。なにせ私が嗤う時の目は怖いらしいのだから。
 仲良くしてくれているメアリーちゃんやヴァーミリオン殿下達でさえ、言霊魔法で操られていた時の私の目に対しては怖がっていた。
 だから私は笑顔を作り、

「クリームヒルトさん。……貴女はやはりバカです。こんなにも感情に鈍いのですから」
「え……?」

 涙を流しているのを――ティー君の言葉で、気が付いた。

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