追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

主人公体質?(:淡黄)


View.クリームヒルト


 ふらふらと、何処かを目的として向かう訳でも無く。
 人工的に作られた光術石の灯は遠くにあり、星と月が照らすだけで歩くには乏しい光量の中独りでシキを歩いていた。

「……静かだね」

 治療や引き渡しなどの作業は一区切りし、静かになって来てはいるがこの辺りはとても静かだ。
 喧騒は遠く、虫や動物の声も聞こえず。風が雪の下でも芽吹いていた草を揺らした音と、私が歩く音だけが聞こえるだけだ。

「アイボリー君に怒られるだろうなぁ……」

 私は夜空を見上げながら、誰かに言うのでもなく小さく呟く。
 治療後に「大人しくしていろ」と言われ、しばらくは動けなかったので安静にしてはいたのだけど、動けるようになったら書置きをして治療された人達が大勢いる部屋を出てきたのである。
 後でアイボリー君、あるいはグリーネリー先生には怒られ、それを聞いた黒兄に怒られるだろう。場合によってはヴァイオレットちゃんにも怒られそうだ。

「けど、あそこに居るのもなぁ……」

 しかしあの部屋に居るのも息が詰まった。
 清潔のためと言って血とかは簡単に洗われたが、全部は拭けていないし服も汚れている。
 さらにはここ最近私は多くの皆に避けられている。メアリーちゃんやスカイちゃんなど殿を始めとした皆はどうにかしようとしてくれてはいるけど……

「今日の私は、ね……」

 今日の私を見た人は多くいた。
 クーデターの奴らを殴り、蹴り、折り、倒し、戦闘不能にし。それらを忌避感を持てずに行っていた醜くて汚れた私。
 そんな色んな意味で汚れているような女があの部屋にいれば、皆は休まるモノも休まらないだろう。見たくもないし、関わりたくも無いだろう。だから抜け出した。

「……汚い」

 そう言いながら、私は自分の手を見る。
 小さく、白く。血も付いていないし変色もしていないが、汚れている手。

「この手で私はティー君の腕を……」

 私はティー君の利き腕を折った。
 混乱していた、操られていた時に折った。だから気にするモノでは無いとティー君は私に言ってくれた。
 折れた腕を簡易固定した状態で、シキで暴れる輩をひたすらに倒していた私を心配して追い駆けてきてくれたティー君。
 その前に会ったアッシュ君とエクル先輩のように、私を心配して駆け付けてくれたのは知っている。
 だけど……

「……あの姿は、見られたくなかったな」

 私はあの姿を見られたくなかった。
 王族を傷付け、クーデター達を苛立ちをぶつけるようにただ制圧していった私の姿……ではない。
 言霊魔法の影響で昔の私のように戻っていた私の姿を見られたくなかった。
 ……ティー君の腕を折った時、私は以前の誘拐騒動の時の様に一時的に昔に戻っていたのだ。

「……ううん、戻っていたというのは正確ではないか」

 ただ楽しかったのだ。
 周囲の目を気にせずに自分らしさを出したあの状態が、とても楽しかったのだ。
 血に忌避感はなく、自分の能力の最大値を振るえるあの状況がとても楽しかった。
 だからティー君の腕を折って我に返り、その事実に気付いた。そして……

――……拒絶した。

 私は私を心配して、クーデターが多く居て火事や怪我の後遺症で痛い中駆け付けてくれたティー君を拒絶した。
 私はやはり彼の傍に居て良い女ではない。という、私は不幸だと悲劇ぶるのヒロインのような思考でティー君を拒絶し、逃げ出したのだ。
 その後は一連の騒ぎが収まり、黒兄に今回の事がカーマイン第二王子が原因だという事を聞き、黒兄に治療を受けさせられるまで、クーデターの残党を狩りながらただ逃げていたのだ。
 ……黒兄も怪我をしているというのに、有無を言わさずに捕まり治療を受けさせられた。……相変わらずの黒兄だったな。

「寒……」

 抜け出す前の事を少し思い出していると、風が吹いて寒さを感じた。
 今着ている学園の運動着は見た目よりは温かく、防寒目的ではないが包帯も何ヶ所か巻いて肌の露出はいつもより少ないが、時間や季節も含めると少し肌寒いと言える気温である。
 ……だけどそれとは別に、寒いと言ってしまうような、別の所が凍える感覚があった。
 いつかの時の様に、ヴァイオレットちゃんとかと同じベッドに寝て両隣に花、みたいな状況であれば別の所も温かいのだろうけど、今の汚れた私には無理そうだ。

「よい、しょ……と。……綺麗だな」

 夜空を見上げるために止まった場所で、私はそのまま草を背にして寝転がり大の字になる。
 とても綺麗な夜空と星、そして月。
 別に月が二つある訳でも無いし、大きさも輝きも前世とほとんど変わらない。
 星は私の知っている星座はほとんどないため配置は違うモノで、化学物質によって空気が汚染されていないのか輝きは良く見える。
 本当に綺麗な夜空だ。

「……学園、辞めようかな」

 そんな綺麗な空を見ていると、こんな私でも感傷的になるのかそんな事を呟く。
 学園……アゼリア学園。
 私が知っている乙女ゲームと似た世界にある、同じ名前の学園。
 そして私はクリームヒルト・ネフライトいう名の、あの乙女ゲームの主人公ヒロインと同じ外見の錬金魔法を使える十六の少女。
 ただ中身は違うし、立場も違う。あの乙女ゲームだと主人公ヒロインの両親の描写はほとんど無いが、少なくとも絶縁はされていない。
 だから私はあの乙女ゲームにおいての主人公ヒロインでもなんでもない。
私が居なくても学園は続いていくだろうし、仮にあの乙女ゲームとこの世界に居る殿下達が同じ悩みを抱えていたとしても……

「……メアリーちゃんが居るから大丈夫でしょ」

 主人公ヒロインの代わりの役割はメアリーちゃんという、外見も中身も、私がなに一つ及ばない女の子が居るから大丈夫だ。
 だから私が学園を辞めた所でなんの問題もない。学園を辞めて、師匠の様に冒険者稼業と錬金魔法でなにかを作って生計を立てれば良い。
 ……私が学園に居ればいるほど、昔の様に迷惑を――

「にょわぁつ……!?」
「へ?」

 学園を辞めるためには優しいメアリーちゃん達をどうにか誤魔化さないと駄目だな、と思っていると奇妙というか可愛らしい声が聞こえて来た。
 近付かれた気配はなかったと思ったのだが、私は声のした方に上半身を起こして顔を向ける。
 そして向けた視線の先には。

「わ……危な……!」

 豊満なおっぱいが迫っていた。

「ぐはっ!?」
「にゅわっ……!?」

 そしてそのまま顔面に直撃を受けた。
 ……おかしいな、私は主人公ヒロイン主人公ヒロインでも、こっち系の主人公ヒロインであったのだろうか。

――いくら豊満で柔らかいとは言え、勢いよくぶつかれば結構痛いんだねー。

 私はそんな事を思いながら、豊満な谷間に顔を埋めるという、少年・青年系の主人公ヒロインっぽいラッキースケベイを受けながら倒れ込んだのであった。
 ……うん、勢いがないまま埋めていると、今世の私ではほとんどない柔らかさを感じる。

「いたた……はっ……クリームちゃん……大丈夫……!?」
「……とりあえずほひはえふどいて欲しいかなほいへほひいはは

 感じはするのだが、このままだと窒息しそうである。
 流石に今世でこの死因は勘弁してもらいたい。

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