追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

思い出す事 / 思い出した事(:菫)


View.ヴァイオレット


「一番に思う所はそこだな。クリームヒルトに似た女性が不幸になる事もあったが、“あの私”はどうあろうと不幸な目にあっていた」
「え、ええと……」
「死んだり、殺されたり、犠牲になったり、なんだか妙な扱いを受けていたり……作者はあの私に恨みでもあるのか。いや、この場合は作者で良いのだろうか?」
「ライター、あるいは製作者ですかね? ってそういう事ではなく……」
「成程、製作者。製作者はあの私に対して悪意の塊をぶつけ過ぎでは無いのか?」

 私が見た光景は多くあった。そのほとんどはクリームヒルトに似た女性を主観としたモノではあったが、“私”もなにかと関わってはいた。
 だが色々な光景を見るのだが、決まってあの私は碌な目にあっていなかった。
 私が行なったような決闘の際に、ヴァーミリオン殿下と仲の良いクリームヒルトに似た女性を傷つけてしまい、激昂した殿下に殺されてしまったり。
 封印されたモンスターが復活する際の犠牲者となったり。
 殿下達に決闘を挑み敗れ、遠い修道院で過ごしていたり(気が付けば何故か死んでいた)。
 あるいは決闘敗北後に辺境のクロ殿ではない何処かに嫁ぎ、屈辱的な扱いを受けたり。

「…………あの私は碌な目にあっていなかった。全てにおいて私に対する殺意だけが高かったぞ……」
「は、はは……」

 生命はいつか死ぬものではあるが、私が見た光景の物語は、あの私は本当に碌な目にあっていなかった。
 同じようにシュバルツ、ヴェールさん、ローシェンナなども酷い目と言うか死んでしまう運命を持っていた事も有ったが、無事生き永らえたり、幸福であったりする結末もあった。
 だが私に対してだけは殺意が満載である。絶対に殺してやるぞという固い意志すら感じた。

「仮に生き残っても碌な目にあってはいない。幸福な結末が無かったではないか――私がなにをしたというんだ。いや、因果応報なのだろうが」

 クリームヒルトに似た女性を攻撃したり、攻撃したり、攻撃したり。他にも身分差を鼻にかけて色々やっていた。流石に私もあそこまでメアリーにはしなかったし、クリームヒルトにはほとんどしなかったぞ。……平民と見下していたのは否定しないが。
 
「空中に紙飛行機の様に投げ出されたと思ったら、空に投げ出されている所にモンスター叩き潰されたりしたのはどうかと……あ」
「ど、どうされました?」
「成程、だからクロ殿は私の事を紫水晶アメジストの紙飛行機などと呼んでいたのか……」
「……よく覚えていらっしゃいますね」
「当然だとも。クロ殿に顔を掴まれた初夜の事だからな」
「あれ初夜扱いで良いんですかね」

 初めて会った日の夜。クロ殿が私の事を紫水晶アメジストの紙飛行機などと呼ばれていると言ったのを思い出した。
 ……菫色ムラサキの髪に、突っ走る性格で周囲が見えず、いつの間にか地に足が付いていない状態、つまりは空中に投げ出された状態に陥る、紙の如く脆く崩れる存在。……うむ、紙飛行機だな。美しき紫水晶アメジストであるのはせめてもの救い(?)なのだろうか。

「成程な……と、すまない。愚痴の様になってしまったな。本当は言うつもりは無かったんだが。まぁ私が思った事はそのくらいだな。もし作者……ではなく、製作者にあったら一言文句を言ってやらねば」

 思う所はあったので言いはしたが、これはただの“自身に似ている存在が酷い目にあっているのは複雑な気分”という愚痴である。なので本当はあまり言うつもりは無かったのだが……

「あの、ヴァイオレットさん」
「どうしたクロ殿?」

 そう思っていると、クロ殿が戸惑いの表情から少し気を引き締めた顔で私の方を見て名前を呼ぶ。

「……ええと……それだけですか?」
「それだけとは?」
「その、他に思う所があったんじゃないかなーって」
「主に思ったのはそのくらいだよ。後は些末な事に過ぎないし、私に関わる事では無いからな」

 後思う事に関しては、ヴァーミリオン殿下、アッシュ、シャトルーズ、シルバと……スカイとシュバルツが関わる事だ。いや、ヴァーミリオン殿下はもう聞いたのだから問題無いのだろうか。
 ともかくあの光景に関して思う事は、何故あの魔法をカーマインが使えたかなど理屈を除けば、彼らがあの光景を見た場合クリームヒルトや……メアリーに対してどう思うかという事だ。つまりはあまり私が関与し過ぎる事は良くない事である。……必要ならばメアリーに助け舟は出すが。

「いや、そうではなく……ええと……」

 しかしクロ殿は私の答えにどうも納得いっていないようで、珍しく歯切れが悪くどういって良いモノかと悩んでいるようであった。
 ……違うな。これは自分でも自分の内心をどういえば言いか分からない、と言う所か。

「ヴァイオレットさんは……俺を軽蔑したり、嫌ったりしないのですか?」

 ……成程。そういった事を言うという事は、クロ殿は私に対する認識は、今はともかくとしてもあの物語に出て来る登場人物だと思っていたという事か。
 あるいは私が「クロ殿は今までそう思っていたのか。私は生きた人間だ!」とでも詰め寄ると思っていたかもしれないが、差異は無い。

「そうか……クロ殿は私の内外を染めながらも、事情を知られればポイと捨てる様な男であったか……」
「え」

 ならば悪いが意地の悪い言い方をさせてもらおう。

「私をあの光景の物語を知る事で、言葉巧みに誘導し、依存させ。恋や愛や性を満たしていき、もう他には嫁げない身体にしておきながら捨てると言うんだな!」
「え、ちょっ、ヴァイオレットさん!?」
「婚姻期間が一年未満という、新婚状態にも関わらず、私の心を癒した方法が卑怯であったと思うから資格は無いと心が離れてしまうのか。――ふ、私は十六にして未亡人か……」
「それ俺死んでません?」
「だが仕様があるまい、クロ殿はどうしても私を傍に置きたいと思うほどに好きではないようだからな……」
「ち、違いますよ!? 大好きですし、傍に居て欲しいです!」
「では私を捨てたくないのか?」
「当然です! ですが、だからこそ俺の認識を知ったら軽蔑されるのが怖くて……」
「ちなみに私は最初クロ殿をお風呂場で性的に襲い掛かってきたり、恥ずかしい事を私の口から言わせたり、グレイの前で行為を始める様な変態男と思っていたぞ」
「マジですか」
「マジですなんだ」

 なにせ聞いていた話が変態アブノーマル変質者カリオストロだからな。
 正直言うと純潔は一般的な方法で奪われるかどうかが焦点であった位だ。

「他にも初夜にお風呂の後自室に居た時は、いつまで経ってもクロ殿が襲いに来ないからベッドの上でいじけていた」
「えっと……ごめんなさい?」
「そして自らの足で襲われに来いと言う変態なのだと思い、私はクロ殿の部屋に行った」
「あの時俺の部屋に来たのそれが理由だったんですか……って、急になんの話です?」

 今まで知らなかった事にクロ殿が微妙に衝撃を受けている中、クロ殿にとっては方向性の違う話に戸惑っているようであった。

「つまりは私とてクロ殿を最初変態と警戒していた。クロ殿は私をあの光景の物語に出て来る登場人物だと思っていた。どちらもお互い様という事だ」
「そ、そうですか……お互い様なんですかね……?」

 む、ここまで言ってもまだ納得しきれていない様子である。
 クロ殿にとっては認識の差があると思うのかもしれないが、どう言えば納得してもらえるのだろうか。……そうだ。

「……仮にこの世界が、クロ殿の思う物語の世界だとしても、私は決定的に違う存在だよ」
「え?」
「あの私に学園で味方は居なかった。しかしクリームヒルトは私の味方でいてくれたし、当時の私は認められなかったが、メアリーは間違いなく学園を良い方向に導いた」

 ならばあの私と今の私が違う所をあげていこう。それはなによりも重要で、私の宝物と言える事でもある。

「学園で殿下に激昂され殺されるような事も無かった。モンスターに殺されてもいない。……死んでいない。今の私は生きている。それともクロ殿は私を生きていないと言うのか?」
「……言いません」
「そうか。安心した」

 そこを否定されては、悲しさのあまり泣き崩れてしまうかもしれない。
 もしもクロ殿が私の認識が“ただ性格を割り振られただけの、生命のような物体”のように思われていたら、それこそ世界は私に恨みでもあるのか嘆きたくなってしまう。

「そしてなによりも……」
「はい?」

 そして一番大切な事がある。
 なによりも、それだけ失う事があってはならないと今の私には思う事。

「なによりも、私にはクロ殿が居る。それだけで私と“あの私”は別人だよ」

 私はクロ殿の折れておらず、婚約の証がはめられている左手を両手で取り包む様に握る。
 私は学園でクリームヒルトに対してではなく、メアリーに対してあの物語のような事はしていた。
 傍から見れば醜くみっともないと言えるその姿に対して思う所はあるが、してきたという事実は否定はしない。
 だが私はクロ殿と出会い、こうして今ぬくもりを感じている。ぬくもりを感じ、安心感と愛おしさを感じでいる。
 触れるだけでそのような事を感じ、自然と笑顔を作りたくなるような相手が出来るなど、そうあるモノではない。
 私はそれだけで幸福であり、愛する存在が身近に居る事がなによりも幸福だ。

「例え私をどう見ていたとしても」

 だからこそ、クロ殿が私に対する認識を改める……いや、思い出して貰うために、私は何度でも私の気持ちを伝えよう。

「“今ここに居る私”はクロ殿を愛している。――それだけは忘れないでくれ」

 私がこの世で一番貴方を愛しているという事を。

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