追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

最後にとっておき


「……誰がそんな表情を見せるモノか」

 狂っているこの男に対し、倒れて動けない状態のまま俺はそう告げる。
 今まで黙って居たのもあり、ヴァーミリオン殿下はこちらを見て来たが、特に会話を遮る様子はない。俺の受け答えに問題がありそうであればなにか言ってはきそうではあるので、俺が感情を荒げないかを不安の思っている感じなのだろう。

「なんだ、薄情な男なんだな、クロ・ハートフィールド。お前のせいで領民が苦しんでいるというのに」
「俺のせいではないし、薄情でも無い」

 俺のせいと言うのは、精神的に不安定な中に言う事で、対象にそう思い込ませる常套句だ。それは効かないと分からせなくてはいけない。
 そして俺自身が薄情かどうかは分からないが、言葉でするよりは内心が穏やかでも無い事は確かだ。ただここで感情を昂らせては相手の思うつぼでしかない。

「動けるのなら今すぐお前を取り押さえたい。だが、情けないが魔法で動く事が出来ないからな。叫んでもどうにもならん」
「怒りに身を任せれば拘束は解けるかもしれないぞ。まったく、ヴァーミリオンに至っては愛しの女が傷付いているというのに……お前達、周囲の者達を大事にしてやったらどうだ?」

 ……落ち着け。
 俺は家族も親友も傷つけられているし、ヴァーミリオン殿下も親友や愛する女性を傷付けられている。俺もヴァーミリオン殿下も今すぐこの男を持てる全てを持って叩き潰したいし、罪を背負わせたい。
 だが、今怒り狂い、泣き叫べばこの男の望みを叶えてしまう。それが今の俺の精神状態が崩壊するラインを引きとどめていた。

「お前、アイツらを舐めすぎじゃないか?」
「む?」

 そしてもう一つ、どうにか抑えられている理由もある。

「メアリーさんを呪ったようだが、メアリーさんがお前がかける呪い程度を自分で解呪できないと思うのか? 周囲が誰かを犠牲にする事でしか解呪出来ない方法を選ぶと思うのか? ……ああ、傷付けた事には腹が立つよ。だが、お前程度がなにかをやった所で、それを乗り越えられない程弱い奴らじゃないんだよ、アイツらはな」

 これは半分本音、半分虚勢だ。
 アイツらは傷付けられてまったく気にしない程強いとも思ってはいない。さらにこの男はエメラルドのような、自身が作った薬が毒となり、大切な相手を傷付けるといった的確に各々が傷付く方法を選んでいる。下手をすれば精神的に病むかもしれない。
 かと言って、全部俺がどうにかしないと駄目なような弱い奴らとも思っていない。乗り越える強さも持ち、己を貫く強さもあると知ってはいるのだから。

「ところでクロ・ハートフィールド。何故私は準備期間を設けたと思う?」

 俺の言葉に一人称が私に戻ったこの男は、先程までの歪んだ表情から元の落ち着いた、語り掛ける様な表情に戻る。それと同時に指を鳴らし、周囲に浮かんでいた画面まほうが消えた。
 そして準備期間? 相変わらずこの男の言う事が先程から分からない。

「別に苦しめるだけならいくらでも出来る。シキの領主へと赴任させず、適当な劣悪な環境にでもやれば良い」

 ……それは確かにそうだ。
 あの学園祭の決闘が神聖な行事であるがゆえに俺を裁けなかったのがあるにしても、この男の立場なら如何様にも出来る。
 いや、一応スカーレット殿下がなんだかんだと領主を続けるために名前を貸してくれたり、ローズ殿下にも知らぬ間にお世話になっていたようであるし、手が出せなかっただけでは無いのだろうか。

「しかしそれでは意味が無いんだよ。苦難に満ちた世界では、それが普通になってしまうのだから」

 だがこの男はまるで別の理由がある様に告げる。ハッタリでもなんでもないだろう。
 そしてこの男が言う言葉から察するに――

「……幸福だからこそ、不幸を得た時により絶望すると?」
「その通りだ。幸福の最中に居るお前を堕とせば、より絶望のいい表情を見れるだろう?」

 不幸に慣れてしまっては不幸も感じにくい。
 グレイが俺と出会った時の様に、あらゆる事に諦めてしまっている状態では心を動かす事が出来ないと、この男は言いたいのか。

「実はな、ヴァイオレット・バレンタインをあてがったのもそれが理由だ」

 そして出て来るヴァイオレットさんの名前に、今まで沸き上がって来た感情が不思議と消えた。
 恐らく緊張状態になり、ヴァイオレットさんの情報を聞き逃さないためだろう。そう思えるほど、今の俺は感情は余分であるかと言うように、感情がなにも沸いてこなかった。

「元より適当な女を捕まえて嫁がせるつもりではあった。なにせお前は女を作らないからな。場合によってはスカイ・シニストラを嫁がせたかもしれん。どちらもあの物語に関する女だからな。結局はヴァイオレット・バレンタインになったが」

 ……没落の可能性があったシニストラ家の弱みでも握り、スカイさんをあてがうつもりであった、という事か。
 しかし物語……か。先程の言葉から分かってはいたが、この男もあの乙女ゲームの存在を知っているのか。

「夫婦仲が良く無くとも、お前は子供を愛する……親を反面教師にしているお前は、子供を大切にするだろう。それはもう可愛く思うはずだ。……そのタイミングで、子供を取り上げようと思ったのだがな」

 つまりこの男はローズ殿下が止めなければ、俺達に子供が出来たタイミングでこの一連の騒動を起こす気だった、という事か。
 そしてこの男の言う取り上げるとは恐らく……いや、起きて無い事を考えるのは無駄か。

「だが、意外にも夫婦仲は良好という報告を聞いた。実に仲睦まじいな、羨ましいよ。こっそり見に行った時があったが、最高に幸せそうで、何度その顔を歪めたいと思ったか」

 ……この男は、本当に……。

「それで色々お前に関する話を聞いていたんだが、そんな中ローズ姉様が俺を疑っているという様子が見受けられた。弟を疑うとは酷いと思わないかヴァーミリオンよ」
「…………」
「無視か。まぁお前はメアリー・スーに夢中で気付かない、同じ愛に生きる者だ。無視しても兄は許してやろう。……ああ、その愛しの女は今呪いで苦しんでいるんだったな」
「っ……!」

 的確に、ワザとらしくヴァーミリオン殿下を煽る。
 ヴァーミリオン殿下の表情はもはや怒りと憎しみしか存在していなかった。

「ともかく、これではとてもではないが、子供が産まれるタイミングまでは誤魔化しきれないだろう、とな。ならば……どうすれば良いかと考えた」

 その言葉に俺はつい身体を強張らせてしまう。
 この男は今から言おうとしている事次第によっては、俺は……

「どうやら初々しい夫婦のようだからな。初めはこの男の前で純潔でも奪ってやろうかと思ったんだがな」
「っ……!」

 それをしようとした事に、俺は今すぐ殴りたい衝動に駆られる。身動きを封じられていなければ危うかったかもしれない。

「だがそれは今この場ではもう無理な話のようだからな。だから別の方法をとる事にしたんだよ」

 この男はそう言うとカツカツと地面に音を立てながら歩き、ある程度の所まで行くと止まる。
 その止まった場所は、この男が最初に現れた所であり……腕を伸ばすと、腕だけが消えていた。恐らくあの場所がこの男の出入り口となっているのだろう。

「なぁ、クロ・ハートフィールド。お前、ウェディングドレスを手作りしているんだったな」

 そして手を伸ばしてなにかを探しながら、俺に聞いて来る。

「……それがどうした」

 何故この男がそれを知っているかなどどうでも良い。
 俺について調べた時に知った事なのだろう。気持ち悪い。

「結婚式もあげずに結婚したから、クロ・ハートフィールド謹製のウェディングドレスで晴れやかに結婚式をあげたい。いやはや、なんとも夢のある話じゃないか」

 お前が俺達の夢について語るな。
 語っただけでその夢が穢れてしまう。

「見ろ、お前の夢は半分叶ったぞ!」

 穢れ、て……

「ドレスは間に合わなかったが、ウェディングベールはあったからな。まぁそれにコレではどうせ着られないからな」
「あ……」
「――良かったな、クロ・ハートフィールド! 愛しの妻はお前が作った服で花嫁になったぞ!」

 この男が手にし、外から中に持って来たのは。
 俺が作ったウェディングドレスの一部であるベールを身に着け、それ以外のドレスを物理的に着られなくなった状態の、菫色の髪が綺麗な頭だけの――

「――――」

 昔この男に本気の力をぶつけた時は大切な友人の死に対する復讐という、それらしい理由はあったが、結局は捨て身。どうでも良いという無気力な感情が大半を占めていた。
 つまりはこの男を嫌ってはいたし、死ぬかもしれないけどそれでも構わないという感情があった。犯罪者らしい自暴自棄だ。
 だが今の俺は生まれて初めてと言っても良いほどに、明確な感情が俺の中に芽生えていた。

――この男は本当に俺の事を調べたんだな。

 この男は俺が泣き叫び、怒りで歪んだ表情を愛させてくれと言った。そのために全部を調べたと言った。
 であればこの男の目的は成功だ。
 今の今まで相手の挑発に乗ってたまるかと抑えていた俺ではあるが、今の俺には明確に殺意が芽生えている。罪を背負わせるなんて考えは吹っ飛び、全てを持ってこの男を――

「――巫山戯んなカーマイン!!」

 カーマイン・ランドルフを、俺は■■たい。

「ああ、俺はずっとその表情を見たかった!」

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