追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

ドスグロイ


 俺に愛しているなどと言った目の前にいる男は、しゃがみこちらを見ていた体勢から立ち上がり、まるで周囲を見ろと言わんばかりに手を広げる。

「では、証明をしようか」

 そして男は語り始めるのだ。
 俺達にこの状況を知って欲しいと言わんばかりに。

『私は、私は、なんで……! ごめんなさい、ごめんなさい……!』
『ハクさん、落ち着くのだ! 今はこの状況を打破するために協力を――っ!』
『アプリコット様!? 私めのために、このような……』
『我の事は良い。今は周囲の者達に対応を――』

「グレイ。辛いだろうな、愛する女が自分のために傷付く姿は。自身が好いた女の綺麗な髪と眼。それをどれだけ誇りに思っているか理解しているからこそ、価値を置きにくい自身のために失った事が。
 アプリコット。愛しの男がそう思う事を理解した上で、自分がそのような選択しか出来なかった事が辛いだろうな。今後どうあろうとも、愛しの男は後ろめたく思いながら接するんだ。わがたまりが出来てしまうよな。そんな恋愛がしたい訳では無いだろうに
 ハク。私の操作で人質を取った。その際に優しくしてくれた女を傷付け、一時は解放したが“アレ”を見せ、その場の全員の意識を混濁。その後再び人質をとり、愛する女を一人にして傷付けた挙句、今は私の操作集団に囲まれた。そして全ての記憶があるんだ。辛いだろうな」

 そして見せられる。
 シキの今の状況を。囲まれて戦闘状態になっているグレイ達だけではなく、他のシキで戦っている――苦しんでいる領民の姿を。


『ゲホッ……まったく、ロイヤルな私を襲おうというのは分かるけど、もっと正々堂々暗殺しなさいっての! ――ゲホッ』
『まったく、腰が痛いというのに無茶をさせる……ゲホッ』
『親父、スカーレット、無理をするな。私の作った薬のせいで、マトモに動けないのだから私が――』
『この程度、ロイヤルな私には通常運転だっての!』
『娘のために無理位させろ。これでも父なんだからな』

「エメラルド。私が姉様達に薬を飲んだら血を吐くようにしただけだが、混乱しているだろうな。母親の死をキッカケに薬を作ったのに、自身の薬のせいで血を吐いて苦しんだんだ。誰かを治したい一心の薬を、苦しむだけになってしまったんだ。怖くて悲しいよな。だが……」

『ともかく私は大丈夫だから、エメラルドは目を覚まさないシルバを――』
『――ガハッ!? ……え、私、なんで血……これは、私、の……?』
『エメラルド!?』
『くそ、俺達と同じヤツか!?』

「スカーレット姉様。どうなるだろうね、自身を認めてくれた女が血を吐いて倒れるのは。ほうら、彼女は体重が軽く、姉様達より早く毒の魔力が回るぞ。早く対処しないと、大切な相手が居なくなってしまう。好きな相手が居なくなる恐怖に耐えられるだろうか
 グリーン。優秀な薬剤師だが、妻に先立たれ、娘も壊れかけた。そしてその時に傍に寄り添えなかった事を後悔しているそうじゃないか。良かったなグリーン。今なら娘の死に目に寄り添えるかもしれないぞ。そのためにも自身の死に目にならないと駄目だな」


『気持ち悪い』『火傷の痕が気持ち悪い』『醜い顔が気持ち悪い』『両親は美しいのに、何故こんな女が生まれたのか』『気色悪い』『気味が悪い』『気持ち悪い』
『イ、イヤ、ワタシハ、ワタシハ……!』
『ロボさんその者達の言葉に耳を貸すな! オレが今すぐ――どけっ!』
『殺すのか』『私達を殺すのか』『王族長男として情けなく無いのか』『殺すなら殺せ』『その薄汚れた手で汚れた女を抱きしめると良い』
『貴様ら……!!』

「ロボ、もといブロンド。皆が受け入れてくれ、気になる相手も出来て、自身の顔、身体へのトラウマが薄らいできたというのに。やはり武力で外を固めても、言葉は中へと刺さるモノだ。可哀そうに、少数に愛されても、多数を無視できる強さを持っていないようだからな。
 ルーシュ兄様。醜いモノを多く見て来て、その中で綺麗な存在を見る事が出来た。そして一目惚れした女の傍に居る事が出来なくて悲しいだろう。ほら頑張ってくださいルーシュ兄様。自分が嫌悪してきた者達のように、手を汚せば綺麗な存在の傍に居る事が出来ますよ」


『お前のせいだ』『お前が居るから私は死ぬんだ』『お前が生き残るために俺達は死ぬんだ』『満足か』『それで満足するだろうな』『なにせお前は幸運に愛されているのだからな』『お前は自分が良ければそれで良い女なんだから』
『……私のせい……私が生きているから……皆……!?』
『落ち着きなさいエフ! そんなはずがないでしょう、貴女とこの者達が傷付くのに関係は有りません』
『そうだな』『お前は人を傷つけるのに躊躇いは無いからな』『所詮道具の忍者だ』『心は無い』『道具が愛される事ないんてない』
『黙りなさい! それ以上口を開くと、悪趣味な仮面ごと――っ!?』
『そうか。悪趣味な仮面ごと、斬るのか? ……エフのせいで傷を負った中には、お前の旦那も居るというのに。それでもお前は斬るのか?』

「フューシャ。幸運に愛された愚妹よ。お前を傷付けるのは難しい。だが目の前で恨み言を言われながら倒られる気分はどうだ? 自身と関係無いと思いたくても、事実関係無くとも。お前には効くだろうな。また自害でもするか? しても構わんぞ。自害しようとした結果、別の者が傷付くと経験から分かっていても、する勇気があるのならな。
 レモン。心を無くして任務に励み、道具である中。愛を教えてくれた夫が襲ってきた連中にいた気分はどうだ。そして夫を自身がエフを守る際に傷付けたと知ればどう思うだろうな。感情を持たない方が良かったと、ありきたりな後悔をするのか?」


『メアリー、メアリー! 意志をしっかりと持ってください。くそ、誰がこんな事を……!』
『なんで――なんで! 貴女は私と違って幸せを手にする資格のある女性だ。死ぬなんてことはあってはならない!』
『あ――ぅ――』
『メアリー! 良かった、意識はあるんですね!』
『ああ、良かった……エクルさんも、アッシュ君も……無事、だったんですね……』
『メアリー様? 無事、とは……』
『ふふ、良かった。……ごめんなさい、今の私はあまり見えなくて――ゴホッゴホッ!』
『あ、……あぁぁぁああああああ!?』
『メアリー、エクル先輩!』

「エクル、あるいはアサクモ・シキ。怖いだろう、まるで前世の様に愛しの相手が血を吐くのは。前世のような苦しみが、病魔が再発したのではないかと不安に思うよな。安心しろ、エクル。彼女の症状はただの呪いだ。頑張れば数週間程度で解呪できるぞ。その間苦しみに苛まれる彼女を見ている事が耐えられるだろうか。
 メアリー、あるいはアヤセ・シロ。良かったな、お前が三十回左腕を刺したお陰で彼は救われた。彼の特殊な魔力を無理に混ぜられ、呪われる事で彼は怪我をせずに済んだ。ふふ、だがどうするのだろうな、解呪するまで痛みが続き、近付いた者も軽微とはいえ呪われると知ったら。他者を幸福にしたいお前が、生きていれば他者を不幸にする結果となる。――さぁ、それでも“善き”行動を出来るだろうか。
 アッシュ。どうするのが正解かな。それを解くのに、最も早く正確な正規の解呪方法は術者を殺す事だと知れば。また自ら手を汚してでも誰かが幸せなら良いと自分に言い聞かせるのだろうか。それをすれば全員が悲しむと分かっていても、お前は悩むよな。さらにはその術者から殺して欲しいと言われたら、どうするのだろうな。正しい選択は、常に正しいとは限らないぞ。
 シルバ。この状況も、今のこの空間の状況も自身のせいだと知ったらどうなるだろうな。自身の忌み嫌っていた魔力がこの事態を引き起こしている。そして次に目が覚めた時はこの空間の魔法で魔力が空になり、自殺が出来る体力は残らず療養するだろう。そして解呪方法を知れば……さて、シルバはなにを選択するだろうな」


『お前は誰だ?』『誰だ?』『メアリーに愛を誓っておきながら、別の女を愛する浮気者か?』『それともなにも守れず死ぬ弱き者か』『なににも慣れない半端者か』『本当は諦めたふりをする自分が可愛いのだろう?』
『違う――私は、俺は――アレは俺ではない! くそ、頭が、認識がハッキリしない……!』
『残念』『お前の愛しき相手がお前を気に掛けたのはお前があの世界のキャラだからだ』『お前の友達がお前を気に掛けたのはお前があの世界のキャラだからだ』『お前が女としての幸福を得られると思ったのか』『お前は貴族として大成出来ると思ったのか』『所詮お前は、守れるものは選べず、零れ落ちる役回りなんだ』
『違う! クロお兄ちゃんはそんな事で私を見ていない! 彼女もそんな風には――彼女、誰、名前、名前が……!?』

「シャトルーズ。守ろうとしていた者がどういう目で自身を見て来たか混乱しているな。どうするのだろうな、お前はようやく強くなる目的を作れたのに、それが虚構だと知ればどうなるのだろうな。自身すらも虚構と思いつつあるお前に、未来が見れるのだろうか。
 スカイ。はは、不安になるよな。一番親しいと思っていた友達がどういう目で自分を見て来たのか疑わしくなって来たのだろう。自分で掴み取ったチャンスは自分で掴み取ったものではなく、なにも出来ない無力感に溢れているのじゃないだろうか」


『その花を――返せ! それは、お前が持っていて良いモノじゃない!』
『なにを言っている。お前はもうこの花の送り主と会う資格がないのだろう? なら執着する必要はないはずだ』
『違――違わない、けど。……その花をお前が持つ資格はない!』
『お前が持つ資格も無いだろう。なぁ、化物』
『うるさい!』

「クリームヒルト、あるいはイッシキ・ビャク。基本は相手を近付けないが、輪に入った相手には執着する自称、他称、壊れた女。そして――うん、丁度良いタイミングだ」

『クリームヒルトさん!』
『――っ!? ティー、殿下。なんで、気を失って、怪我をして……スカイちゃんにシャル君は……!』
『二人共今は……いえ、それよりも大丈夫ですか。ご無理を――』
『い――いや、見ないで! 来ないで!』

「はは、最悪のタイミングだな、バーガンティーよ。見られたくなかった姿を見られるんだぞ。昔の自分に戻った自分を。“ああ、やはり私は他とは違うんだ”って思い静かに絶望する姿は見モノだろう。選択を間違えればさらに離れる事になる。壊れる事になる。お前に出来るのだろうか。疑う事も、違う意味で神父と同じように他者の心が分からないお前がな」

笑う。哂う。嗤う。呵う。
 この男はこの状況を見て楽しんでいる。そして同時につまらなそうにもしていた。
 まるで思い通り過ぎてつまらないというような、身勝手な表情が垣間見える。

『何故、これは……! ヴァイス、ヴァイスの……!』

「シュバルツ――ああ、そうだ。クロ・ハートフィールド。そして愚弟よ。実はな、一つ困った事があったんだよ」

 そしてシュバルツさんの悲痛な叫びが聞こえて来たかと思うと、この男はなにかを思い出したかのように振り返り、俺達を見てくる。

「シュバルツは彼女自身になにかしても意味が無い。美しい外見を汚した所で、彼女は在り方として美しくあろうとするタイプの女性だ。実に美しいと思わないか?」
「それが、どうしたというのです、兄さん……!」
「ああ、すまない。話が逸れたな。だから彼女も苦しめるためには、周囲の人間が傷付かないといけない。しかし彼女はシキに居る面子ではそこまで苦しまないだろう? だからどうしたと思う?」
「……まさか彼女の弟を人質に……?」
「そうだな。愚弟もさすがに今の声を聞けば対象は分かるか。だが、人質ではないんだよ。彼女の弟は何処かの領主が脅しとして使った後に、偽名で登録したようで見つからなかったんだ」

 それは俺がシュバルツさんを脅した時の事か。孤児院に預けられた彼女の弟であり、彼女の生きる糧とも言えるヴァイス君。
 彼が見つからなかったとなると、この男は一体なにをしようと……?

「だったらどうしたというのです」
「だが、まだ何処かに預けられているとは分かっていた。けれど何処の孤児院かまでは分からなかった。ならばどうしたと思う?」
「……分かりません」
「そうか分からないか」

 するとこの男はパチンと指を鳴らし、シキが映っていた画面を別の画面に切り替える。
 その映像は……別の場所の火事現場?

「だから、帝国内全部の孤児院を燃やしたんだ」
『――は?』

 なにを言っている。
 なにを言っているんだこの男は。

「それぞれ金さえ貰えばなんでもする奴らに依頼をしてね。同日同時間に火を放つように依頼したんだ。まぁ奴らは同じ依頼を別の場所で依頼されて居るなんて知らないだろうけど。気付くのは明日以降になるだろう」
「なにを、して……」
「これなら確実に彼女の弟の孤児院にあたるだろう。単純だが実に楽な方法だ。そして彼女は――」

 なにを言っているか分からないこの男は、さらに言葉を続ける。

「ああ、実に良い表情をしているな。だがそんな顔でも美しいとは、実に良い女だな」

 ――今まで経験した事のない感情が、俺の中に生まれているのが分かった。

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