追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活
“ソレ”
「閉じ込められましたね」
「閉じ込められたな」
先程までグリーンさんやスカーレット殿下、そしてシルバの謎の状態で倒れた原因の究明をしていたのだが、今の俺達――俺とヴァーミリオン殿下はよく分からない空間に居た。
薬屋にいたにも関わらず、今見えているのは全体的に暗く、光源がハッキリしないのに何故かお互いの姿だけはハッキリしており、果てが何処まであるのか分からない場所だ。
しかし、しばらく歩くと壁のようなモノに阻まれ、それ以上進む事が出来なくなる。その壁はゆっくり歩いてぶつかるとフワフワしているのだが、壊そうと殴ると固さが返って来るような不思議な壁であり、壊れる気配はない。魔法も同様だ。
「攻撃の意思も感じられず、精神干渉の気配もない。……本当にただの空間か」
そしてとりあえずの危険性は無いとして、ヴァーミリオン殿下と互いに調べたのだが、出口や継ぎ目のようなものは見つからない。
魔法が得意ではない俺に代わってヴァーミリオン殿下が探るが、殿下ですら分からないのならばそちらの方面では俺には分かる事は無いだろう。
「ならば慌てても仕方あるまい。ゆっくり、だが確実にこの空間の意味を調べていくか」
「冷静ですね?」
「生憎と今の俺はお前と同じ状況だ」
「同じ?」
「今すぐ脱出し、愛する女の安否を確認したいのにそう出来ずにはいるが――」
「騒いでどうにかなるのならしているが、出来ないのでしていない」
「そうだ。内心では気が気ではない」
俺と同じで内心では不安に押しつぶされ、緊張で声が震えそうにもなるが、感情の処理で手一杯である。正直見た目ほど冷静ではない、という事か。
……まぁ先程この閉じ込められた空間を調査中に見せられたのだが、メアリーさんの血と穴だらけの着ていた服なんてものを見つけていたら仕様が無いだろう。
「メアリーは強い女だ。余程な事は滅多にないとしても……」
「分かりますよ。ヴァイオレットさんだって強いですが、不安にならないって事は無いですから」
「……そうだな。それにシキ全体でなにが起きているかも分からない。……気になる事が多すぎる」
「ええ」
アプリコットの家の状況や、グリーンさんとスカーレット殿下の謎の症状。そしてエメラルドの薬を飲んだ瞬間に吐血をしたという事。
そして今一番気になるのが……
「俺達を閉じ込めたのはシルバが唱えた魔法の【セドナ】ですが、あれは王族特有の魔法ですよね」
この状況を作りだしたのが、何故か同じように倒れていたシルバが作りだしたという事。
シアンが異変に気付き、俺達になにかを言おうとした瞬間にシルバが呪文……魔法名を唱え、発動させた魔法により今の状況に陥っている。
そしてその魔法が問題なのである。シルバが唱えた魔法名は【セドナ】。聞いた事のない魔法名ではあるし、あの乙女ゲームでも出て来なかった(と思う)魔法だ。
「む、俺は聞き取れなかったのだが、確かにそう言ったのか?」
「はい、確かに」
「成程な……だが、王族の魔法なのはその通りだが、何故クロ子爵が知っている? この魔法は外部には――いや、“例の作品”に関わっているのか」
「いえ、生憎とそうではありません。王族特有の魔法ですが、全ては星の名前であったので」
「星?」
しかしその名前は、王族特有の魔法名系列なのである。
【珠玉の星】。【飛翔星】。【魚王家の星】。
効果は今一つ覚えていないが、王族のみが使えると言われている魔法の読みは、星の名前が由来であったのを覚えている。
そしてセドナも確か星の名前だ。どういった星かは詳しく覚えていないが、冥王星とかその辺りにある星の名前であったと思う。
「そちらの国ではそうなのだな。王族の歴史を紐解くと由来は魔法を開発した者の名前であると伝わっているが……そこは今は良いか。ともかく【セドナ】は王族特有の魔法だ」
興味深そうにしながらも、ヴァーミリオン殿下は俺の問いに答える。
「【円盤分離の星】は単純に言えば、魔力によって相手を閉じ込める魔法だ。内からの干渉……脱出は難しいだろう」
「外からの干渉は?」
「外から中に入る事は可能だが、あくまでも王族に限る……つまりは魔法を唱えた術者のみだな」
「王族にしか唱えられないから、王族しか入る事は出来ない、という事ですか」
「そうなる。……唱えたのは何故かシルバだがな。それと外から攻撃は不可能だ」
「閉じ込める事に特化した魔法、ですか……まさかずっとこのまま……?」
「いや、それ無いだろう」
この魔法は俺達を動かさない様にし、その間にシキでなにかを……と不安になるが、ヴァーミリオン殿下はこの空間の壁(魔力の壁みたいなモノ)に近付き、軽く壁を叩く。
「この魔法は消費魔力が大きくてな。長時間の束縛は不可能なはずだ。仮に大魔導士のヴェールさんであれ、持たせて十数分だ。その後数日間魔力切れで立てなくなる覚悟を持ってな」
「つまりもう少しすれば自然と出られる……あれ、でもそれにしては俺達結構長い事ここに居ませんか?」
「……そうだな。妙な話だな。本当にセドナという魔法名だったのか?」
「ええ、確かにそうですね」
丁度ヴァーミリオン殿下が離れて、シアンがなにか叫ぼうとした瞬間に俺の耳に届いた魔法名だ。妙に耳に残り、印象が強い。
多少の発音に違いはあるかもしれないが、そこまでの違いは無いだろう。
「それに何故シルバがこの魔法を……?」
「彼が王族に連なる者だった、という事は有りませんか?」
「聞いた事は無いな。それに、そういった俺達の知らない過去や源流に関してはクロ子爵の方が詳しいのではないのか?」
「え? ええと……俺の記憶では、シルバの特殊な魔力の源は古代の王国に関する、みたいなのはあった気はしますが……」
「確かにシルバの魔力は何処か俺と近しい感触はあったが……だが、知っているのは妙であるし……」
ヴァーミリオン殿下は俺の言葉に対し、なにかシルバについて心当たりがないか考えているようであった。
……というかヴァーミリオン殿下、こういう事を聞くって事は本当にあの乙女ゲームについてメアリーさんから聞いているんだな。そして最初はともかく、今は信じて受け入れている辺り凄いと言うか……いや、それは後で考えるとしよう。
今は俺も何故シルバがあの魔法を唱えたかを考えないと……ううむ、近くで見た限りではなにか妙な所があった訳では……あ、そうだ。
「シルバが偽物だった、という事は有りませんか?」
「偽物?」
「ほら、影騒動の時やシュイとインのような、誰かに偽装する形です。あまり考えたくは有りませんが、ゴルドさんとか……」
あまり考えたくは無いが、ゴルドさんがこの一件を仕組んだ可能性もある。
メアリーさん曰く今のゴルドさんは「大人しくて不気味」と称されるゴルドさん(結構暴れもしたが)。
彼/彼女は俺達の前世について興味を持っていたし、追い詰めるような状況を作って暴こうとしたとか、ちょっとした試練を与えて弟子の成長を見ようとしたとか。そのために俺達が手伝わない様に閉じ込めた……とか。
ゴルドさんなら王族特有の魔法も「なんか出来た」のノリでしそうだし、シルバの偽者というか、シュイやインの変身能力を影を使ってパワーアップとかしそうだし。
「いや、アレは――」
俺の問いに対し、ヴァーミリオン殿下はなにかを答えようとする。
だがその答えが紡がれるよりも早く、
「彼は本物だよ、間違いなくね」
“ソレ”は、突然現れた。
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