追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

気に入っている?(:杏)


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「――スカイ!?」

 血塗れであり、バーガンティー殿下を背負っている彼女――スカイさんを見てシャトルーズが叫び真っ先に近寄って身体を支えた。
 一瞬遅れてアッシュとエクルが近寄り、同じく血に塗れて意識が無い、背負われているバーガンティー殿下をスカイさんの代わりに支えた。

「どうした、なにがあった!」
「私、より、ティー、殿下、を……ごほっ!」
「スカイ!?」
「落ち着けシャトルーズ。まずは二人を中に入れ休ませるのが先だ」
「そ、そうか。スカイ、歩けるか」
「ゆっくり、お願い……」

 シャトルーズが支えた状態でスカイさんになにがあったかを聞き、僕が二人の状態を確認しながら諫める。
 ……怪我は少ししているようだが、流血する程ではない。という事はほとんどが返り血で、この辛そうな表情は精神的、体力的な疲労によるものか。そして上手く空気が脳に回っていないのか言葉がどこかたどたどしい。
 バーガンティー殿下の方も浴びた血ほどは怪我をしている訳ではなさそうだが、こちらは――腕が折れているか。
 彼の利き腕である右腕側の骨が折れている。すぐに治療し添え木などで固定しないと駄目であるな。

「我は治療道具を持ってくる。皆は一番近いそこのソファに二人を運んでおいてくれ」
「了解した」
「お願いします」

 僕はシャトルーズ達に告げ、すぐ様クロさんの屋敷にある治療道具を取りに行く。
 一刻も争う状況なので全速力で、かつ慌てすぎてミスをしない様に心を落ち着けつつ治療道具がある場所として一番近いキッチンに向かい、道具を確保する。その際にいつも被っている帽子を落としたが、拾っている暇も無いのでそのままにしてすぐに部屋に行く。

「お願い、シャル……! 今すぐ――が泊っ――た屋敷――行って……ゴホッゴホッ!」
「スカイ、呼吸を整えろ。なにを伝えたいかが分からない」

 そして部屋に行くと髪の毛や顔が濡れたスカイさんがシャトルーズの胸倉を掴んでなにかを必死に告げていた。
 恐らくは誰かがスカイさんの意識を覚醒するために水の魔法で濡らしたのだろうが……それはともかく、必死の形相でスカイさんはシャトルーズになにかを告げているようだ。

「アッシュ、なにがあったのだ。怪我などは大丈夫なのか? あと添え木と包帯だ。他に居るだろうか」
「どうやらスカイ自身は怪我は大丈夫なようです。それと火傷直しはありますか。腕を固定する前に使いたいのですが」
「だが服が焦げているが……もしや火の魔法で襲われたのか? これだ。エメラルドめが作った塗り薬だ。直接塗れば良い」
「いえ、あれは火事現場から逃げて来たようです。私達の滞在していた屋敷が火事だそうで。……よし、後は包帯をお願いします、エクル先輩」
「よし、任せて」

 火事……バーガンティー殿下を連れて来たとなると不審火の可能性が高いか。しかしそうなると彼の意識が無く、腕が折れている理由が分からない上に、僕達の所に……というよりは、この屋敷に来た理由が分からない。
 今はこうして彼の治療は行っているが――む、これは内臓にダメージが入っているのだろうか。誰かが殴ったような痕がある。……小柄な拳による痕か、これは?

「お願い、今すぐ私達が泊っていた屋敷に行って! そして彼女を止めて!」

 治療の状態を確認している内に、スカイさんは呼吸を整えまともに喋れる状態になった。
 僕達も話せる事になったのを確認すると、全員で敬語でも方言でも無い口調で話すスカイさんの方を向く。

「その彼女というのは何者だ。バーガンティー殿下を襲い、お前にここまで追い詰めるなど相当な手練れの刺客――」
「違う、止めないと駄目なのはクリームヒルト!」
「――なに?」

 そして意外な人名に僕達は訝しみ。

「あの子、前の言霊魔法の影響を受けていた時に戻っているの!」

 その言葉に全員がすぐに動かなければならないと気をより引き締めた。







「……動きたいです。やはり今すぐクリームヒルトを……!」
「その打撲でまともに動けない状態でどうするというのだ」
「うぐ……」
「それにティー殿下の護衛も必要であろうが。塗り薬アスクレ!」
「イタッ!?」
「続いて湿布ピオス!」
「ひぎ!? あ、アプリコット、もっと優しく……」
「貴女を止めるためにも痛くしているのだ。自身の身体の状態を自覚すればすぐには動かぬであろう?」
「う……」

 僕は現在、スカイさんの上半身をひん剥き(治療のため)、乙女の柔肌を痛めつけ(打撲の治療)、精神的に追い詰めていた(無理な行動を諫めている)。
 現在この屋敷に居るのは、僕とスカイさんと、眠っているバーガンティー殿下。後は同じ屋敷に弟子の自室で弟子とカナリアさんもいるが、今はスカイさんの治療と護衛もあって手が離せないのでまだ眠っている。
 そして屋敷の周辺をシャトルーズが使い護衛と見回りを行っている。

「しかし、クリームヒルトさんが……」

 僕達がこうしているのは理由がある。
 まずスカイさんとバーガンティー殿下が何者かに襲われ、事故死を装うためなのか火事の屋敷に放置された。しかしそれをクリームヒルトさんと神父様が救い、その後にちょっとした戦いがあったそうだ。
 戦い自体はクリームヒルトさんが一瞬で片を付けたらしいのだが、リーダー格らしき男をクリームヒルトさんが“捕まえよう”とした瞬間、倒したはずの者達が突如起き上がって襲い掛かって来たそうだ。
 それでもクリームヒルトさんは対応し、全員を組み伏せようとしたのだが――

「言霊魔法で、操られた……という事で良いのだろうか」
「ええ。粗悪で一時的な魔法でしたがね」

 しかし全員が襲い掛かって着た瞬間に、なにか魔法を唱えたそうだ(後からそれは言霊魔法の亜種だと分かったのだが)。 その魔法を唱えた瞬間に襲い掛かって来た連中はまるで役目を終えたかのように再び倒れ伏した。
 突然の行動にバーガンティー殿下を含む全員が、なにかに抗うかのように混乱するクリームヒルトさんを心配し、近付いた所で。

「……クリームヒルトが、周辺に居た全員を攻撃したんです。十数秒程度でしたが、私やティー殿下はご覧の有様でした」

 いつぞやの誘拐騒動の時の様に、クリームヒルトさんは暴走をした。
 しかし言霊魔法は粗悪なモノであり、十数秒で効果が切れたそうなのだが……

「私やティー殿下の状態を見て、クリームヒルトは……」
「…………」

 夕食の際に、少し気になる素振りを見せていたクリームヒルトさんが、自身を認め好いてくれた相手を傷付けた。……その時の事は、僕は実際に見ていないが想像に難くない。

「その後はクリームヒルトはリーダー格らしき男を捕まえて、私達に治療を任せて黒幕を探しに行くと言って去りました。恐らくは……」
「……自分が近くに居ると、また傷を付けると思ったのであろうな」
「……ええ。裏から手を引いている相手を捕まえる事が、自分にとっての身近に居る相手を傷付けない方法だと思ったのでしょう」
「そしてスカイさんはティー殿下を連れ、ここに逃げて来た、と」
「ええ。神父様は私達を心配して一緒に運ぼうとしましたが、大声で“追ってください!”と説得すると申し訳なさそうにしながらも追いかけて行きましたよ」

 その様子も想像はつく。神父様は間違いなく目の前の相手を放ってはおけない性格だが、同時にクリームヒルトさんがマズい状況なのは理解していたのだろう。

「後は知っての通りです。私はここに来て、シャル達を頼ったんです」
「クロさんでなくて残念だったな」
「……残念でしたが、こんな姿見せなくて良かったです」
「そうかそうか。もう上着を着て良いぞ」
「……はい」

 そして今はバーガンティー殿下の様子は落ち着いたので、治療を終えて寝かせた状態にし、アッシュとエクルは、クリームヒルトさんを落ち着かせになにやら騒がしくなっているシキに行き。
 シャトルーズは周辺で哨戒、警戒中。口にはしないが、クリームヒルトさんも心配ではあるが幼馴染でもある今のスカイさんから離れたくないのだろう。
 僕はスカイさんの治療兼護衛を行っている訳である。
 ……しかし、こんな時になんではあるが、上半身を間近で見たが相変わらずスカイさんの身体は惚れ惚れする。鍛えられた肉体は僕としても少し憧れる。


「だがクリームヒルトさんの言う“シルバやハクさんと同じ魔力を感じる”というのが気になるな」
「ええ。その彼らが言霊魔法を使ったというのも……」

 上半身裸の状態から下着を着て、服を着始める様子を眺めながら僕達は気になる情報を話し合う。襲い掛かって来たのも、言霊魔法も、使った後に倒れたというのも、魔法を使っているのに魔力に違和感があるのも、気になるのだ。

「む、待てよ。確かハクさんの魔力は……先代のランドルフの王族が研究していたのであったな」
「そうですね」
「確かそれは地脈の魔力を抑える、利用する研究であり、王家を守る楯を意味するランドルフは確か……」
「地脈の魔力に適合している訳ですね。王族特有の魔法とかはそれ由来ですし。……あれ、つまりハクさんの魔力は地脈から溢れ出た……んん?」
「んん?」

 僕が気になった事を言うと、スカイさんが補足をしてくれる。
 そして同時になにか引っ掛かりを覚え、互いに腕を組み首をかしげる。
 なにか答えがもう少しで出そうなのだが……。

「……答えが出そうではあるが、少し落ち着こう」
「ですね。思考するにしても、警戒が今は最優先ですから」
「では我は弟子たちを起こしてくる。弟子やカナリアさんも護衛とあらば充分な戦力であるからな」
「……起こすのは申し訳ないですが、お願いします」

 背に腹は代えられないと言った様子で、上着を着直し装備を付けながらスカイさんは僕に頼んでくる。
 黒幕を予想するにしても、警戒が緩んでは元も子もないからな。

「と、そういえばアプリコット。帽子はどうしました?」
「む? ……ああ、そういえば先程落としたな。取りに行っても良いだろうか」
「その程度なら構いませんよ。大事な帽子でしょうから。大事なお花も付いているようですし」
「すまぬな」

 帽子は確か……そう、救急箱を取りに行ったキッチンで落としたな。
 あの帽子はお気に入りであるが、さらには弟子から貰った花もある。アレが無いと分かると集中出来なくなるからな。申し訳ないが取りに行って――

「取りに行かなくても大丈夫だよ。私が持って来たからね」

 取りに行こうとすると、突如声をかけられた。
 この場に居ない第三者の言葉に僕達は一瞬思考が止まるが、瞬時に声のした方を警戒して身構えながら向く。

「こんにちは、お嬢さん方。今宵は良い月夜ですね」

 そこに居たのは――仮面を被り、ローブで身を包んだ謎の男であった。

「え、エクル先輩? 実はその仮面気に入ってたりするんです?」
「私はエクルではない」

 違うのか。

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