追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

お返し


「先程は返事を早めたかったから聞きそびれたが、大体なんで私なんだ。十三歳の餓鬼、小柄チビで痩せぎす、右腕は包帯で隠しているが毒実験で傷跡だらけ、敬語もろくに使えん毒で痺れるのが好きな変態だぞ」
「なんでと言われても……不思議と目で追ってしまうというか――あ、ごめん今の無し。見ているだけで興奮するの!」
「何故言い直して悪化する。……あ、お前乙女っぽい事言おうとして恥ずかしがったな」
「……ロイヤルな勘違いだよ、それは」
「私は平民だ」

 エメラルドとスカーレット殿下はこの場を去る事無く楽しそうに(?)談笑している。
 スカーレット殿下もなんとなくだが自然に笑ったりしているように見える。……やはりビャクを思い出すな。小さな女の子っぽい事を言おうとして誤魔化す辺りとか。

「(気付かれない様に去りますか?)」
「(ここに居てあの二人が去るのを待った方がバレないのでないか?)」
「(ですがなんか会話に夢中ですし、下手に聞かない方が良いような……)」
「(ふむ、だが去る音でバレたらな……)」
「(【空間保持】ありますし大丈夫でしょう)」
「(そうだな。自然の音にエメラルドは敏感だが、魔力ならまだ大丈夫か)」

 スカーレット殿下の告白が違う意味で成功後、俺とヴァイオレットさんはこの後どうするかを身振りやアイコンタクトで相談していた。
 それを見てヴァーミリオン殿下はなんだか「お前ら会話がよく成り立つな……」的な視線で見ているが気にしないでおこう。

「というか自分で変態って言うんだ」
「言うさ。何処かの領主に変態を認められたからな」
「認められた?」
「ああ、変態で居る事が悪いんじゃない。変態で人に迷惑をかける事が悪いんだ。とな」
「……認めてるの、それ?」
「変態をアイツは否定しないのさ。己も変態だからな」

 ……まぁ俺が変態なのは認めてるし変態を否定はしていないのは確かだが、なんだか釈然としないな。
 と、そんな事よりも早くゆっくりと去るとしよう。

「そうだろう? 先程からコソコソとしている領主共」
『っ!?』

 その一言に俺達はついビクッと身を強張らせてしまう。
 ハッタリなどではなく、俺達が隠れている方をわざわざ見ている辺り完全にバレている。
 俺達が観念すると、大人しく二人の前に出ていく。同時にスカーレット殿下に身振りで謝罪をしておく。

「……いつから分かっていた?」
「私がお前達の噂話を例として挙げただろう? その時お前ら互いの悪い噂に腹立っていただろう。その時に気付いた――む、バーボンも居たのか」
「ヴァーミリオンだ。何故酒の名前になる」

 そういえば腹立てて気配消し忘れたな。というかヴァイオレットさんの存在にも気付いていたのか。俺のために怒ってくれたのか。嬉しいような申し訳ないような。

「初めは夫婦で致している所を私達が来てこっそり隠れているモノと思ったが」
『違う!』
「……分かっている。よく考えたら私を呼んだのがヴァイオレットであったからな。大方……スカーレットが告白すると言い、それを手伝い、心配した弟のヴァーリミオンが様子を確認していた、と言う所か」
「惜しい、ヴァーミリオンだ」
「……第三王子じゃ駄目か?」
「俺は良くても周囲が許さんのだ。だから覚えてくれ」
「……スマン。名前を間違えるのは失礼だと分かるのだが、どうも苦手でな……」

 エメラルドはヴァーミリオン殿下の存在を見て、俺達の行動を見事に言い当てた。恐らく手伝いをしたとは言え告白を覗き見る事をしないと思ったが、弟のヴァーミリオン殿下を見て予想したのだろう。
 普段から毒を適量接種している時点で目は優れているのは分かるけど、観察眼とかならシアンには及ばずとも大分優れているのかもしれない。
 昔はもっと……優れてはいても狭かったという印象があったからな。

「で、ロク領主の話だが」
「失礼といった矢先にワザと間違えるなや」
「クロ領主は私がシキに来た時から、親父も止めて欲しいと言っていた私の性癖を決して否定はしなかったよ」
「いや、否定はしたぞ。やり過ぎだってな」

 エメラルドがシキに来た時。
 確かエメラルドの母親が亡くなった後に、父親のグリーンさんが都会の関係にやる気を失い、娘と一緒に田舎であるシキへと来た。
 同時にエメラルドの自分で自分を薬の被験者にする自傷行為を止めたかったみたいだが、シキに来てからはむしろ悪化していた。

「元々私が居た所より自然があって薬も毒も豊富だったからな。昼夜問わず色々実験したんだよ。万能薬を作るんだー、母を生き返らせるんだーっとな」
「ほう、それでクロ殿が“目指すのは良いが、自分を大切に。そして周囲に迷惑をかけるな”と説得したと言う所か?」
「いや、変態医者と共にぶん殴られた」

 エメラルド以外が俺を一斉に見た。
 違うんです、誤解なんです。だからそんな目で俺を見ないで。

「ある時、冒険者が右腕が吹っ飛んだ状態でシキに来たんです。俺が抱えて、アイボリーの所に見せたんですよ」
「ほう?」
「で、冒険者は左手で右腕を持って“時間が経っていないからまだくっ付く!”なんて言うんです」
「痛みなどで錯乱状態だったのだろうか……流石にそれは無理というモノだろう」
「まぁ最終的にはアイボリーが見事な手腕でくっ付けたんですが」
「くっ付けたのか」
「状況にもよるが奇跡の類では無いのか……?」

 うん、あの時は凄かった。
 いくら綺麗に切断されていたとはいえ、見事にくっ付けたからな、アイボリーのヤツ。

「しかしそれがエメラルドの件となんの関係が?」
「あー……」
「……生物というのはな。大抵が薬の材料になるんだよ」
「え」
「私が“どうせくっつかない。なら、鮮度の良い内に薬の材料にしたい”と言って……」

 俺が言い辛かった事をエメラルドは申し訳なさそうに呟いた。
 その後俺はエメラルドの頭を平手で叩き、治療の邪魔にならない様に避難させ。治療が終わった後にアイボリーはグーで殴った。

「治療後で筋力が落ちて無かったら、そのまま気絶する程には本気で殴られた。……それほどの事を言ったのだから仕様が無い事ではあるのだがな……あの頃は若かった」
「エメラルドの年齢で若さを懐かしまれると、私の立場がないんだけど」

 そして大説教。グリーンさんはその時薬を取りに行っていたので居なかったので、代わりという訳では無いが俺とアイボリーで散々説教した。
 十歳程度の子供とは言え流石に良くないと判断しての事である。
 そしてその説教の中で一番効いたのはやはり……

「やっぱりアイボリーの言葉が効いたんだろうな」
「……アイツの言葉は思い出させるな」
「え、なになに、聞かせてエメラルド!」
「知りたいのか?」
「そりゃ、好きな相手を変えた言葉位聞きたいよ!」
「……はぁ。分かった。アイツは私のなんと言われようが、倫理的に駄目だろうが万能薬を作ろうとする私に対して――」



「……畜生が万能薬を作ってなんの意味があるんだ」



「……とな。見下す所か興味無さそうに言いやがった。あの時の屈辱を私は忘れない……!」

 アイボリーはシキに来て日が浅く、今よりも他者にアタリがキツイのもあったが、あの時のアイボリーはエメラルドに対して心底興味が失せた様に吐き捨てていた。そしてそのまま治療の後片付けに向かったのである。

「他にもクロに説教中に私が“普通にやっていたら万能薬なんて作れない。異常や変態と罵られようが私は変える気はない”と言った。で、先程の言葉を言われた訳だ。万能薬を作る事は否定はしないが、方法を改めろ、とな。怒るのではなく諭すように言われた」
「アイボリーの言葉もありましたからね。このまま進んだ時に作ったモノは本当に手に入れたかった万能薬なのか、とね」
「で、私は思い直し今の状態になった。だが毒の痺れの癖は取れなくてやめられなかったが」

 綺麗事だけで物事がなせるわけではないし、犠牲があっての繁栄もあるかもしれないけれど、あのままエメラルドが進んだら酷い事になるのは目に見えていた。
 とはいえ俺程度の言葉で改めたのは、エメラルド自身の人の良さはあったのだろうし、アイボリーの言葉に思う所があったのだろうが。

「ま、今の私が墓荒らしや殺害事件を起こしてまで万能薬を作る事にならなかったのは、何処かの変態医者とそこの領主のお陰な訳だ。だからな、クロ」
「ん?」

 エメラルドは俺の名前をいつもと違う形で呼び、俺を真っ直ぐ見る。
 その表情はなんだか見透かされているような表情で。

「なにを悩んでいるかは知らないが、その悩みはお前がやって来た事と比べると大した事ないかもしれんぞ」

 と、告げた。
 エメラルドの言葉に他の皆は疑問顔である。

「案ずるより産むが易しというやつだ。ではな、私は毒を食べに家に戻る」
「あ、エメラルド! ……行っちゃった」
「クロ殿、なんの話だ?」
「……なんでもありませんよ」
「ふむ? ……ならば詳しくは聞かないが……」
「ありがとうございます。ですがすぐに話す事にはなるので少し待っていてください」
「……そうか」

 エメラルドは俺の肩を軽く叩いて去って行き、ヴァイオレットさんが疑問顔になるがとりあえずは今は追及はしないようだ。それにしても……エメラルドの見る目が凄いのか、俺が分かりやすいのか。あるいは両方か。
 ……どちらにしろ昔は諭した側だったが、今は諭される側になったようである。

「あ、そうだ。言い忘れていた」

 エメラルドは去ろうする際に、思い出したかのように立ち止まるとこちらを振り返る。

「その服、似合っているぞ。お前達がお揃いの服を着ると、お似合いすぎて本当に羨ましいくらいだ」

 そう言うとエメラルドは今度こそ手を振って去って行く。
 …………うん、なんと言うか。
 最後に嬉しいけど恥ずかしい事を言い残して去りやがったなアイツ。ニヤついていたし告白場面をこっそり覗いていた意趣返しだろうか。

「お似合いですって。良かったですね」
「私とクロ殿だからな。お似合いなのは当然だ」
「そうで――」
「なにせ私の好きも恋も愛も全てを捧げている。お似合いでなければ困る」
「ええと、俺も――」
「だが困るな。お揃いの服を着ないとお似合いと思われないのか。いやはや、これは問題だな」
「そんな事は――」
「つまり私はまだまだクロ殿の色に染まっていないという事だ」
「え」
「お揃いの服を着ていなくても、お似合いと言われる様にもっとクロ殿の色に染めて貰えるだろうか。――なんならこの場でな」
「え、ちょ、ヴァイオレットさん!?」

 俺がなにか言おうとする前に矢継ぎ早に言われる言葉の数々。そして何故か迫られる俺。
 俺色に染めるとはなんだろう。想像つくのは変な方向にしか思い浮かばない。しかもこの場でってどういう事だ。そう思うとつい、ヴァイオレットさんの身体とかを見てしまう。
 ……浴衣の共衿の間から覗く鎖骨とか肌が色っぽく、視線が吸い込まれそうになるが見ない様にしないといけない。
 だがそれだと上目遣い蒼い綺麗な瞳や、艶のある唇などヴァイオレットさんのお顔により惹かれて――

「ふふ、冗談だ」

 惹かれていると、色っぽさのある表情からイタズラに成功した子供かのような表情になる。

「先程まで私を一方的に可愛がり、恥ずかしい思いをさせたお返しだ、旦那様?」
「うぐ……」

 ……そんな可愛らしい事をされると困るじゃないか。
 くそう、エメラルドめ。こうなる事が分かっていて去り際にあんな言葉を残したんだな。覚えておけよ、グッジョブ!

「……ヴァイオレット。そういう事は余所でやってくれ」
「そうそう。ただでさえ私達は、さっきまで貴女達のイチャイチャに当てられてたんだから」
「申し訳ありません、スカーレット殿下、ヴァーミリオン殿下」
「それに私は上手く行ったから良かったけど、上手く行っていない弟が可哀想でしょう!」
「余計なお世話です姉さん」
「……申し訳ございません、ヴァーミリオン殿下」
「お前も俺だけに謝罪を重ねるな。……と、もうこんな時間か」
「ありゃ、本当だ。そろそろ戻らないと夕食に遅れちゃう。ごめんね私の事情につき合わせちゃって」
「私達が進んでやった事ですから、スカーレット殿下がお気になされる必要はないですよ」
「そう? でも夕食を奢ろうか。ロイヤルに豪勢に行くよ!」
「夕食後は予定があるので、あまり派手に長時間は出来ませんが……」
「まぁまぁ、感謝と思って。予定までは皆で派手に行こう!」
「そうですね。メアリー達も誘うのも良いかもしれません」
「お、良いねー! じゃあ行こうー!」
「走ると転びますよ」
「アンタは姉をなんだと思ってるの!」

 俺がヴァイオレットさんの可愛らしさにダメージを受けている間に、どうやら夕食を食べる事になったようだ。
 確かに寒くなってきたし、日も落ちて来ている。この後の予定を考えれば頃合いというモノだろう。

「クロ殿、クロ殿」

 俺もヴァーミリオン殿下のように、いつもより元気なスカーレット殿下の後を追うとしているとヴァイオレットさんが俺の名を呼んで来た。二回言う所がなんとなくグレイに似ている。

「どうしました?」

 俺はその行動に疑問を持ちつつも、追い駆ける前に話を聞こうと少し近付くと、ヴァイオレットさんは俺の横に立って少し背伸びをする。

「先程は私をもっと染めて欲しいなどと言ったが……」

 そして俺の耳元に顔を近付けると、俺にだけ聞こえるように小さな声で。

「私はもうクロ殿色に染まりきっているから、さらに染めるもなにも無いからな」

 と、言ってきた。
 俺はその言葉にフリーズし、その様子を確認したヴァイオレットさんは俺の前に移動すると、再びイタズラに成功したような表情になる。

「今のは結果発表待ちの時に、私を逃がしてくれなかったお返しですよ。では行きますよ、?」

 そう言うと、ヴァイオレットさんはスカーレット殿下達の後を追ったのであった。
 俺はその姿を目で追いながら、動く事が出来ず小さく呟く。

「……染められているなぁ、俺も」

 誰に聞かせる訳でも無い言葉を呟くと、俺は後を追いかけたのであった。

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