追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

前世に対する叶わぬ願い(:偽)


View.メアリー


 聖女。
 聖なる女性。神の恩恵を受けた、敬虔なる女性を言います。
 宗教と関係しないのならば、慈愛に満ちた女性という意味でも言われる事は有ります。
 私の知る歴史だと前者だとジャンヌ・ダルク、後者だと過激ではありますがフローレンス・ナイチンゲール辺りが有名でしょうか。
 私の知る作品だと、異世界から召喚された特別な力を持つ女性を聖女と呼ぶ事は有ります。私が身罷る前あたりでは二人同時召喚や姉妹などで、性格の悪い女性(あるいは性格の悪い召喚者)が主人公ヒロインではない方を聖女と崇められ、主人公ヒロインは不遇を受けるが実は……的なストーリーが流行っていました。
 男性向けだと聖女が勇者になる辺り、そこは求めるストーリーは男女問わないというだけなのでしょう。
 要するに聖女というのは偶像アイドル記号アイコンとしての意味合いが強いと思うのです。
 英雄として祭り上げられ人々を安心させるような存在。
 王族のような国そのものを象徴する存在。
 それらと変わりはないのでしょう。
 さて、色々と考えはしましたが私が言いたい事はなにかというと。

「メアリー・スー様! 私は先程のコンテストで感動しました!」
「まさに聖女! 俺はあの時見たものを一生忘れない!」
「美しき聖なる乙女! 聖女という言葉は貴女以外に当てはまらない!」
「現代に舞い降りた聖女と子々孫々まで語り継ぐのが我らの使命と認識しました!」
『メアリー様!』
『聖女様!』

 ……聖女と呼ばれるのは思ったよりも恥ずかしいという事です。
 コンテストが終わった後、多くの方々に言われるのですが正直顔を覆いたくなるのです。
 前世で聖女に関する漫画や小説を読んでいた時は思っていませんでしたが、自分自身が“聖なる女性だ!”とか言われるのはすごく恥ずかしいです。

――やめて下さい、私はそんなに綺麗な女性じゃないんです。

 前世では十七で身罷った私ですが、普通にRが十八なゲームもやっていたんです。男性向け女性向け問わずやっていたんです。欲望の赴くまま男性同士の交わりを書いたりもしたんです。
 今世でもこの世界をゲームの世界と認識してヴァイオレットを排斥したような女なんです。
 ですから聖女とか清らかとかやめて下さい。私は結構邪まな内面なんです。物凄くいたたまれないんです。

「大丈夫ですか、メアリー。お辛いようでしたらなにか甘いモノでも持って来ましょうか」
「ここは温かいモノの方が良いのではないか? 安心させるためにホットミルクなど……」
「ふふ、ありがとうございます、アッシュ君、シャル君。大丈夫ですから」

 かといってその疲れを周囲に見せて心配かけるのは良くありません。
 そもそも私が聖女などと分不相応な呼び名で呼ばれているのも私が原因なんです。
 コンテストであった教会関係者祭事用服を見て、なんとなくこれはヴァーミリオン君が選んだものだと思って見ていたらクリームヒルトが来て、

『メアリーちゃん、これ着たいの? なら大丈夫、私がコーディネートしてあげる!』
『え、ま、待ってくださいクリームヒルト!?』
『これを見ていたって事は着たいって事なんでしょ?』
『いえ、そういう事では無く……というか、教会関係者でもない私が着るのは少し……!』
『大丈夫。ふふふ、黒兄から教わったメイクアップ術でメアリーちゃんを変身させてあげる! “これが私……!?”状態にしてあげるからね! レッツメイク!』
『話を聞いてください!』

 と、言いくるめられ(?)、気が付けばあの服で出場する事になった私です。
 というかクリームヒルトの技術はどうなっているのですか。私やスカイ、そしてクリームヒルト自身も服に合うようなメイクや着こなしにして、“これ以上にない”と思えるほどに仕上げてきました。
 お陰で脱ぐのが勿体なく、そのまま出てみたいと思ったほどですから……。

「とはいえ、流石にもう着替えたいですね……」

 しかし服を着ていたいというのはあくまでもコンテストでは、という話です。
 祭でもなんでもないのにこの服を着続けるのは少し……結構恥ずかしいです。
 コンテストが終わった後に皆さんに囲まれ、対応していると着替える暇がないまま時が過ぎてしまいましたから、未だにこの服のままですが。

「ですが似合っていますよ、メアリー。シャルもそう思うだろ?」
「……あ、ああ。とてもよく……似合っている」
「ありがとうございます。アッシュ君の魔導士としての服も、シャル君の浴衣姿も似合っていますよ」

 褒められるのはとても嬉しいのですが、その……この服は色々と動きが困ると言いますかなんと言いますか……ヒラヒラしているのもそうですが、一番はやはり……

「そうですよ似合っていますよメアリー様! 貴女の美しさを余すことなく表現しきっているその衣装は、まさに今この時に生まれてきたと言っても過言ではないのです! それはコンテストという場ではなく、室内という今このクロさんの屋敷においても変わらず美しさを発し続ける事からも証明されていますから!」
「あ、ありがとうございますエクルさん」

 とはいえ、エクルさんの過剰な褒め言葉のせいでそのヒラヒラなどが気になっているのもどうにかなっては居るのですが。
 自分よりハイテンションでこられると落ち着く法則というやつなのでしょう。

「……エクルは頭でもうったのだろうか」
「……恐らくアレが彼の素なんじゃないのか?」

 けれどアッシュ君やシャル君に本気で心配されるのはどうにかならないのでしょうか。
 淡黄シキさんことエクルさんの過剰な反応は私だけではあるのですが、もう少し落ち着いて欲しいです。……ですが、淡黄シキさんをここまで変えたのは私のせいかと思うと、少し止め辛いのですが。

「しかし、過剰な騒ぎが収束するまでの避難場所としてクロの屋敷に来たのは良いのだが……入って良かったのか?」
「許可は得ている。鍵も彼から貰ったものだ」
「むしろクロくんから頼まれたんだよ。“頼むから早く収束してください。俺達が外に居れば、俺がかくまっているとは思わないでしょうから、屋敷に行って鍵を閉めて大人しくしてください”ってね」
「成程な……恐らく心からの願いであったろうな……」

 ちなみにですが今私達はクロさんのお屋敷に居ます。
 理由は皆さんが言った通りで、避難場所として使って欲しいとクロさんに頼まれたからです。

「まったく、ヴァーミリオンもシルバも何処か行くのだからな……」
「仕様が有りませんよ、彼らには彼らの用事があるのですから」

 最初避難する時はヴァーミリオン君やシルバ君も居ました。
 しかしヴァーミリオン君は安全だと判断した後に「すまない、姉さんが心配なので見に行く」と言って出ていき、同じくシルバ君も判断した後に「約束を守らないと」と言って申し訳なさそうに出ていきました。
 それを見て私はなんとなく“彼ららしい”と思いもしました。

「しかし、広いよねクロくんの屋敷。前か前の前の悪徳領主が無理に立てたんだったっけ?」
「そのようですね。この地は教会があの通り立派なように、教会の力がそれなりにあったのですが、その力……寄付金などをそのまま屋敷の建設費に当てたそうです。そして教会もあのように今はお二人になり、この地も彼が領主となるまでは酷い有様であったとか」
「へぇ?」

 そうだったのですね。だからあのように教会が大きく、クロさんの代数年で回復できる土壌があったという事なのでしょうか。……あるいは別の要因があるのかもしれませんが。
 それにしてもアッシュ君もアッシュ君なりにこの地について調べたのでしょうか。

「というか、この広い屋敷に三人……元は二人で良く維持できたな。掃除だけでも大変だろう」
「あ、それは偶にアプリコットやカナリアが掃除の手伝いに来るみたいですよ。それに使っていない場所は偶に風魔法で埃を取る程度で事足りるように、アプリコットが作った魔道具が置いてあるようです」
「ほう、そのようなモノを作るとは流石は俺のライバルだな」
「というか羨ましい……私の前世にそれや魔法があればどれだけ私の仕事が楽だったか……」

 淡黄シキさんの頃はお世話以外に掃除全般なども仕事としてやっていたエクルさんが羨ましそうに呟きます。
 確かに魔法ってモンスター討伐や派手なのも憧れますが、日常生活のちょっとしたところに欲しいですものね。前世で私も魔法が使えれば、もう少し外に出られたでしょうし……。

「私的には魔法が無い、という事の方が違和感がありますね……ですが、ミズ・ロボのようなキカイが溢れていたんですよね」
『違います』

 あれは色々とオーバーテクノロジーです。少なくとも私が生きた世界より未来の世界です。

「アッシュくんが得意とする風魔法とかカーバンクルとかいう精霊はおとぎ話、あるいは物語の世界の話だったからね。正直私も最初は違和感が凄かったよ」
「ですがエクル先輩は魔法の扱いに長けていますよね」
「ああ、それは……まぁ、前世での物語に出て来る魔法の設定を色々試したら上手く行った、という感じかな」
「ほう?」

 エクルさんの魔法は正確には私と同じで“漫画やゲーム他の世界の魔法理論を色々と試したら、上手く行ったのが何個かあった”というモノです。
 エクルさんはさらに自身の特性を理解していた、というのもあるかもしれませんが。

「まぁ私は元々あまり漫画やアニメ……ああ、魔法が出て来るような物語をあまり見なかったからね。正直メアリー様の影響を受けていなければ右も左も分からなかったと思うよ」
「メアリーの前世……」
「そういえばエクルは前世では女で、病気であったアヤセ・シロの世話をしていた……のだったか」
「そうだよ。……そういえばあまり詳細は語っていなかったがね」

 そういえばここ数日はエクルさんは謝罪とかに忙しく、詳しくは説明していませんでしたね。

「前世の記憶があるという事は、女の精神で男の身体という事に違和感は無いのか?」
「最初は戸惑ったけど、今は身体に引っ張られているから女という意識はあまり無いよ。まぁ、若干グレイ君とか可愛い男の子を見ると良いなって思う事は有るんだけど……」
「あるのか」

 あるんですね。
 ……優しき柔和な爽やか美少年と、純粋無垢美少年…………はっ!? 駄目です、生モノはやめましょう。

「だからと言って、正直女性の身体も見てもあまり興奮しないんだよね……前世では何度も見ていたし」
「ああ……えっと、ごめんなさい、エクルさん」
「? 何故メアリー様が謝るのかな」
「だって興奮しないのって私が原因ですよね」
「??」

 私の言葉にエクルさんだけでなく、アッシュ君やシャル君も疑問顔になります。
 エクルさんが男性になっても女性の身体に興奮しない理由。それは恐らく……

「だってエクルさんは私の見苦しい身体ぜんらを何度も見てきましたから、興奮出来なくなったのですよね……」
「どういう事だエクル」
「説明をお願いしますエクル先輩」
「おっとその殺意は仕舞ってくれ、誤解だ。前世の話であって今世の話ではない」

 いけません、言葉足らずでした。
 前世の病気で色々酷かった私の身体を、淡黄シキさんに何度も拭いて貰ったりした事を言おうとしたのですが、すぐに私もフォローしないと……!

「……だが、今世のお姿と前世は殆ど変わらないから、私は今のメアリー様のお身体も余すことなく知っている事になるがね!」
「なん……」
「だと……!」
「はははは! 悔しいか、悔しいだろう。私はキミ達の一歩先を行く者なんだ! なにせ同性として接してきた事がある以上、心の距離はより近い所から始まったからね!」

 何故煽るのです。
 そして今の言葉で離れていくのを感じます。

「まぁ、冗談はともかく。当時はイヤらしい目では見ていなかったし、別に見苦しいとも思っていなかったよ。だから気にしないでくれ。前世は前世、今世は今世だ。私が興奮するしないの事は、私の精神性の問題だ。今までメアリー様のために動いて来たから他の女性の身体に興味はない、というのが大きいんだからね」

 それならそうと早く言って欲しかったです。……私の不用意な発言にも気を使っての煽りだったとは思うのですが。

「コホン。エクル先輩の精神性の問題は分かりましたが……やはり色々と大変だったのでは? 男性女性では勝手が違いますから」
「おや、アッシュくん。結構興味があるのかい?」
「ええ、何処かの錬金魔法使いでもなければ、男性女性の生の入れ替わりはありませんから興味はあります。ああ、話されたくないのならば無理には聞きません」
「別に構わないよ。ただ言えるのは性別は変わっても、男性としての身体は正直そう変わらず使えて、自分の身体には変わりはないと思うよ。性差がハッキリしだす頃にはもう自分の身体にも慣れたからね」
「そういうものなんですね」
「そういうものさ。……あ、でも一つだけ思う事があるんだ」
「なんでしょう?」
「……実は私さ、前世で弟が居たんだ」
「はい?」

 エクルさんの発言に、アッシュ君は不思議そうな表情になります。それに対するエクルさんは何故か申し訳ない表情になっていますが……どうしたのでしょうか。

「……姉弟喧嘩の時、私はよく弟の股間を蹴り上げて喧嘩に勝っていたんだが……その時の事を、今は正直謝りたいと思うんだよ。心の底から、ね」
「……そうですか」
「もう叶わない願いだけどね……」

 その言葉にアッシュ君だけでなく、シャル君も見る事は無いだろうエクルさんの弟さんに、同情しているように見えました。

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