追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

言わなくとも(:灰)


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「申し訳ございません、我を失っていました」

 一通りアプリコット様宅の整理整頓を終え、気が付けば皆様を巻き込んでしまっており私は謝っていた。
 いくらなんでも皆様を巻き込んでまでこのタイミングでする事では無い。さらには王族であるルーシュ様まで手伝わせるとは何事だろうか。

「気にするな。オレはロボさんと一緒に普段しない作業が出来て楽しかった」

 と、ルーシュ様は仰ってくれたが、厚意に甘えて反省をしないのは違うだろう。
 反省しろ私。誰かのお世話をしようという気持ちが強くなると、周囲が見えなくなるのは私の悪い癖だ。クロ様やヴァイオレット様の時もだが、大好きな相手だと特にその傾向が強くなってしまう。「それもグレイらしさだ」とクロ様達は仰ってくれるが、度が過ぎると嫌われる可能性もあるので気をつけないと……

「気をつけないと……気を引き締めないと……」
「お疲れさまだ、グレイ」
「ひゃうっ!?」

 私が自戒をこめて気をつけるように言葉に出していると、首筋に冷たい感触が走り変な声を出してしまう。
 声と冷たい感触がした方を向くと、そこにおられたのはコップを持ったアプリコット様。どうやら冷たい飲み物を淹れて、それを私の首に当てたようだ。

「すまないな。我だとどうしても捨てきれない物が多く溜まってしまう中、弟子のお陰で今回も助かった。まずは労いの一杯を贈るとしよう」
「あ、ありがとうございます。ですが私めよりも他の皆様に……」
「他の者には既に差し入れた。そして今はどうやらロボさんのカメラ機能? を使うようにブラウンと色々やっている」

 コップを受け取りながら見ると頭の部分だけを外したロボ様が、ブラウンさんに色々と説明をしているのが見えた。どうも勝手が分からない所があるらしく、ルーシュ様も「こういう事では無いのか?」といった予想を立てながら色々と試しているようだ。
 それにしてもロボ様の金髪はお綺麗で、碧い右目に翠の左目は幻想的だ。お顔も優しさに溢れた綺麗な顔である。相変わらず隠すのが勿体ないな、と思う。

「お、弟子もロボさんのような金髪や美しき非対称色な瞳に惹かれるのか?」
「はい、とても綺麗で――“も”?」
「うむ、我も惹かれる。何故かは分からぬが、我の中にある魔女としての心が疼くのだ……!」

 アプリコット様の中に潜む魔女としての心。つまりクロ様がチュウニビョウと称する魔法使いとしての在り方。
 だが今回は私も分かる辺り、私の中にもやはり渦巻いているという事なのだろう。いずれはアプリコット様のように瞳や腕が疼いたりするのだろうか……! はっ、今の服装ならばますます分かるかもしれない!

「……ふぅ」

 私は同じ心を持っている事に内心で浮かれていると、ふと白湯を飲んで一息吐くアプリコット様の横顔を眺めてしまった。
 黒く長い美しき髪。白く泡のように柔らかそうな肌。吸い込まれるような桃色の唇。
 そしてなによりも私が好きなのが杏色の透き通るような瞳だ。アプリコット様の瞳は力強くも優しく、惹き込まれる。
 いつものように……いや、今日は着替えているといえ、先程のコンテスト用にした化粧が残っているのか、いつもよりも大人びて見える。
 先程もそうだが、新たな魅力に一目惚れと同時に普段のアプリコット様をより惹かれていき――あ、そうだ。

「そういえばアプリコット様」
「どうした?」
「先程動き辛いからと服をお着替えになられましたが、別の理由があったのでは?」
「む、気付かれていたか」

 私は冷たい蜂蜜檸檬水を飲みながら、先程気になった事を聞いてみた。
 深く追求するつもりは無いが、今はロボ様達もこちらの会話を聞いていないし、お互いに忘れない内にこのタイミングで聞いておくとしよう。

「なに、動き辛いというのも本当だ。それに我の服装マナはこの服というのもある」
「はい、とてもお似合いです!」
「うむ! ……だが、クリームヒルトさんと比べるとあの服の我の着こなしは甘かった。そう思っただけだ」

 そのように言うアプリコット様は普段の自信に溢れた面持ちではなく、何処か己の未熟さを振り返るような達観じみた表情であった。
 確かに同じ服を着ていたクリームヒルトちゃんは素晴らしき着こなしだった。クリームヒルトちゃんを含めて一つの“作品”として成り立っているような、まさに“モデル”であった。
 恐らく先程のコンテストで、男女問わず一番の着こなしを見せていたのは彼女だろう。そう思うほどであった。

「ですが、アプリコット様も素晴らしかったです! 私めが指定した服を見事に着こなされ、まさしく伝説と称される天女のようでした!」
「ふ、ありがとうな、弟子。弟子は嘘を吐かないだろうから、そう言って貰えるのは素直に嬉しいぞ。その裏表の無さに我は何度我は……」
「わぷ」
「……コンテストの時も、我を褒め称えてくれたな。だが、クリームヒルトさんが先であれば違っていたであろう」

 私が褒めると、アプリコット様はいつもとは違う笑みを浮かべて私の頭を撫でてくれた。
 クロ様のような温かく生命力溢れる大きな手でも、ヴァイオレット様のような細くしなやかだが芯がある手とも違う、繊細さの中に力強さを覚える白く綺麗な手。
 そんな手に撫でられる事に心地良さを覚える。覚えるが……

「アプリコット様。私めは本当に、」

 しかしその言葉はまるでアプリコット様がクリームヒルトちゃんよりも下であると言っているように聞こえる。
 クリームヒルトちゃんは確かに素晴らしかった。素晴らしかったが、同じようにアプリコット様も素晴らしかったのだ。
 どちらが上や下などではなく、私があの時審査員席で言った言葉は本気であるし、先にクリームヒルトちゃんが出ていようと私は見惚れて褒め称えたであろう。
 つまりアプリコット様のあのお姿は素晴らしかく、見惚れた。
 その内心も表すお姿に、私が好きになったのは間違いでは無かったと思った事を伝えないと――

「グレイ」

 しかし私が想いを伝えようと私が言葉を発するよりも早く、弟子ではなく名前を呼ばれると。

「――――」

 アプリコット様のお顔がゆっくりと近付き、唇に温かな感触を覚えた後すぐに離れた。

「……え?」

 ……今、私はなにをされたのだろう。
 いや、何故されたのだろう……?

「アプリコット様、何故……?」
「グレイはあの時僕を色々な言葉で褒め称えてくれた。今のはそのお返しと、此度僕の家を片付けてくれたお礼」

 そう言うと、アプリコット様は再び私の頭を撫で微笑みを作る。

「ですが今のは……?」
「なにせ僕は師匠だからな。心配せずともグレイの伝えたい事は伝わっている。だから言う前に口を塞いだだけだ」

 だが同じ行動、同じ微笑みでも、先程のものとは全く違う。
 先程は何処か愁いを帯びた表情であったのだが、今は……

「それともう一つ。グレイが出た時言えなかったのだが……」

 今の彼女は大人びていて、そのお姿を見て私は一つの感情を再確認していた。

「その服、似合っていてとても格好良いぞ。流石は僕の惚れた男の子だ」

 何歩も先の行動をする彼女に憧れ、強い彼女に見惚れ、優しさや包容力に安堵する。
 私はやはりこの女性が好きなのだと。
 好きだという言葉と行動を貰う事で、どうしようもなく心が躍る程に好きなのだと、改めて分かった。

「――はい。いつかこの服が仮初ではなく、見合う男になってアプリコット様の隣に立つ時。同じ言葉を頂けるように頑張ります」
「ふふ、その時が楽しみであるな」

 だから私は、彼女に言われた私が言おうとした言葉と行動をいつか求められるようになるために強くなろうと、彼女の笑顔を見て決めたのであった。





「……ロボお姉ちゃん。確かカメラ機能ってやつって、対象が数秒止まっていないと駄目なんだよね?」
「そうデスネ?」
「そっか。……そっかー」
「どうかシマシタカ?」
「なにか撮れたのか?」
「ううん、なんでもないよー。さぁさぁ、撮るから二人並んでー。……後でこれは渡そうかな?」
「なにか言ったか、ブラウン」
「なんでもないよー。さぁさぁ撮るよー」

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