追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活
見ない様に気を使ってます
ミス&ミセス&ミスターコンテストが一通り終わり、審査員であった俺達も投票が済みステージの裏に来ていた。
集計が終わり次第再び全員でステージに上がり、それぞれの優勝者を宣言するらしい。それまで待機との事だ。
集計作業とかに時間がかかるのではないかと思ったのだが、その辺りはグリーネリー先生を始めとした教員の方々や軍の指導者、騎士の代表が頑張ってそんなにかからない時間で集計するらしい。素早いのは良い事だが、それで良いのか教員の方々。
――色々と賑やかだな。
教員の方々の頑張りはともかく、俺は置いてあった椅子に座り、ぬくもりを感じながらながら周囲を見渡す。
今ステージ裏に居るのはコンテストにも参加していた、前世のモデル達顔負けの参加者達。それぞれが恋人であったり、仲の良い間柄同士で会話をしている。
「シアン、本当に素晴らしかった。俺がもっと本を読み、語彙力を付けていればもっと気の利いた素晴らしい言葉を言えたと思う。だがこれだけは言わせてくれ。――綺麗だ」
「う……し、神父様も格好良かったです。私も神父様に合わせて、軍服を着ようかとも思ったんですが……なんとなく、この服を神父様は選んだ気がしたので」
「ああ、俺はその服を選んだ。シアンに似合うと思って……だが、すまない。俺がもっとあの時――ん」
「神父様。それ以上謝るのは無しです。神父様が卑下すると、私も悲しくなるのですから。今は普段と違う格好をしているので……ふふ、そうですね。騎士らしく私をエスコートしてくれますか?」
「それは……いや、そうだな。今の俺は騎士であるから――お手をどうぞ、お嬢さん」
「ありがとうございます、私の騎士」
シアンと神父様は互いに照れ合って、服装に相応しいやり取りをしている。ああして見ると本当に騎士といお嬢様のようだ。
だがなにより驚きなのはシアンが神父様相手に緊張はしているが、ちゃんと欲求を伝えて伝わっている事である。シキの連中が見たら「ちゃんと恋人っぽい!?」とツッコミを受けそうだ。
「アプリコット様、本当に素晴らしかったです!」
「ふ、弟子も素晴らしかった。だがクリームヒルトさんの着こなしと比べると我はまだまだであったな……! 本当に素晴らしいと思えたぞ、クリームヒルトさん」
「あはは、ありがとね。でも私とだとタイプが違うからね。それに、アプリコットちゃんにとって一番伝えたい相手に一番と思って貰えているんだから良かったでしょ!」
「うぐ……そ、それを言うなら貴女こそバーガンティーに綺麗と言われてよかったな。気になる異性に言われて、さぞ嬉しくなり、照れもしたのではないか!」
「あはは、まぁね!」
「……駄目であるな。彼女にこの方面では勝てそうにない……!」
「ふふふ、私はその程度で狼狽える程恋愛弱者じゃないんだよ!」
「あ。ティー様。フュー――エフ様とのご歓談は終わったので?」
「はい、終わりました。そして……クリームヒルトさん」
「どうしたの? あ、もしかしてこの服を着て綺麗に変身した事を褒めてくれる感じ? ドンと来い、褒められた分だけそっちも褒めるよ!」
「どういうシステムなのだ、それ」
「? 変身もなにも、貴女が世界で一番素晴らしく綺麗で美しい存在であるのは事実なのですから、変身ではなく単純な持てる美しさの顕現であるだけなのでは?」
「あはは、褒めるねー。そっちも似合っていたよ!」
「はい、ありがとうございます!」
「お、良い笑顔!」
「当たり前です。世界で一番大好きな貴女に褒められたのですよ! 好きな女の子に褒められて喜ばない男はいません!」
「う……」
「どうされました?」
「なんでもないよ。……うん、なんでもない」
「?」
「……いや、そうでもないのであろうか……? クリームヒルトさん、笑顔に弱いのだろうか……勝てる部分も……む、どうした弟子?」
「アプリコット様、私めを褒めてください。小さくても良いのです、多くを褒めてください!」
「ど、どうしたのだ弟子?」
「私めが褒められた分だけ褒めるとなると、私めが思った言葉でアプリコット様を称えるにはとても多く褒められないと駄目なのです……!」
「い、いや。そういうシステムは無いのだが……」
「お願いします、百二十は褒めてください!」
「弟子はどれだけ我を称えるつもりなんだ……!」
あの息子達は楽しそうだな。男達が無自覚に天然で攻めているので。それを受ける女勢が可哀想というか微笑ましいと言うか。
そしてクリームヒルトは多分相手に良く思われたいためではなく、裏表なく褒められ“好きな女の子”として扱われるのに弱いんだと思うな。ようは一般からはズレた部分も全てを見た上で、それも受け入れてクリームヒルトとして見てくれて、女の子として扱ってくれることに弱い。ある意味面倒ではあるが、誰しもが持っている事であろう。
あとグレイ。恐らくは先に褒めるとアプリコットが褒めた分を言い返さないと駄目だからと気を使っているのかもしれないが、それでは逆効果だと思うぞ。
「本当に素晴らしかったですよメアリー。私は間違いなくあの瞬間に、この世界に貴女しか居ないのだと錯覚するほど夢中になりました。あの時の貴女はまさしく女神でした!」
「同調するのは癪ではあるが、まさにその通りだった。お前が美しい事を理解しているつもりであったが、理解不足であったと実感した。それほどまでに素晴らしかったぞ」
「うんうん、僕も見惚れるってこういう事を言うんだと思うほどだったもん! 雷魔法が全身を走ったかのように、本当に痺れたよ……!」
「素晴らしかったですよメアリー様! まさに聖女降臨! この世全ての美という価値はあの時の貴女のために当てはまるのだと私は思いました!」
「あの服を選んだ俺の目に狂いはなかった。優勝を取る事に疑いは無かったが、あの時は優勝なんて生温いモノであるとすら思えた。そういった概念を超える程の存在であったぞ」
「あ、ありがとうございますね皆さん。素晴らしかった皆さんにそう言って貰えると、私としても嬉しく――」
「そうだ。やはりこのままでは他の参加者に申し訳ない」
「そうですね。このままでは出来レースに近いメアリーのためのコンテストになってしまう」
「そうだね。確定というか、当然が当然の結果としてあるだけだもんね」
「そうだな。優勝者としてあるのは自明の理だ」
「そうですね。つまりここはメアリー様を――」
『殿堂入りにするよう頼み込んでこよう!』
「やめてください!?」
……あの連中は相変わらずだな。
だがその中でもエクルは相変わらずと言うべきなのか、変になったというか……アレが素だったりするのだろうか。というかメアリーさんは大変そうだな、色々と。
「……クロ殿」
そして皆を眺めていると、俺の傍で小さな声が聞こえて来た。
発信源は俺のすぐ近くであり、声の持ち主は俺の大好きな相手の声。とても近くで聞こえ、その澄み切った声がとても心地良く、くすぐったく感じる。
「なんでしょうか、ヴァイオレットさん」
俺は声がした方に座ったまま返事をする。
すぐ傍に居るにも関わらず、同じように座っているヴァイオレットさんの顔は良く見えないが、その存在はいつも以上に感じることが出来る。
「そろそろ抱きしめるのをやめて、離して貰えないだろうか……?」
そんな俺に背中を見せて密着しているヴァイオレットさんは、俺の問いに対し弱々しく告げてくる。
「駄目です。だって離したら逃げるじゃないですか」
「ぐっ……」
俺は投票が終わり、集計の待機している間に真っ先にアプリコットと共に居るヴァイオレットさんの所へグレイと共に行ったのだが、アプリコットが気を使ったのか少し離れ二人きりになって褒め称えていると逃げて着替えようとしたのだ。
初めは手を掴んで逃がさないようにしたのだが、こちらを見ないまま恥ずかしがるヴァイオレットさんを見て逃がしたくないと思い、そのまま近付いて後ろから抱きしめたのである。
そして現在。この集計中の間は座った状態で、ヴァイオレットさんを太腿に乗せ、右腕は肩の上から、左腕はお腹周りに回しずっと抱きしめている。
「ク、クロ殿は恥ずかしくないのか。あるいは慣れてきてしまったのか。慣れる程度ならば私は――」
「恥ずかしいですし慣れてはいませんが、それ以上に今の貴女の傍に居たい欲求が上回っているだけです。だから離したくありません」
「うっ……だが、このような場所や格好の時でなくとも……」
「ヴァイオレットさんは……こうしているのは嫌ですか?」
「……私だって、離れたい訳じゃない」
「良かった。ではまだこうしていますね?」
「耳元で囁かないでくれ。くすぐったくて、いつも以上に……!」
「嫌ですか?」
「……嫌と答える訳ないだろう。……相変わらずズルいな、クロ殿は」
「ズルいのは嫌ですか?」
「……その答えは、前にしたぞ」
「その答えはズルいですね」
「お返しだ」
いつもより薄手の服なせいか少し寒いかなと思っていたが、薄手のお陰でぬくもりを感じやすい。
顔は見えないがなんだか赤く、体温がいつもより温かいヴァイオレットさんを感じつつ。心地良いぬくもりに身を甘えていたのであった。
備考:その場に居た面子の共通認識
(イチャついてる……)
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