追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

今日も彼女は


 クリームヒルトはバーガンティー殿下の言葉によりいつもの調子に戻り、その後はアッシュやエクルを始めとした学園生やシキの観客が盛り上げた。それに応える形でクリームヒルトも色々とアピールをして無事に出番は終えた。

「クリームヒルトちゃん、お綺麗でしたね」

 グレイは普段も綺麗とは言うが、可愛らしいという言葉とセットになる事が多い中で単純に綺麗という言葉で称えていた。そう言わずにはいられなかった、というようである。

「化粧をしていたようだが、セットなどはフューシャ……あるいはヴァイオレットがしたのだろうか」
「少しは手伝ったかもしれませんが、化粧などは自前だと思いますよ。アイツは自分でするのも誰かにするのも得意ですから」
「ほう。こう言っては失礼だが、意外だな」
「はは、化粧とか興味無さそうですもんね、クリームヒルトは」

 前世でメイクの人が化粧をした後、少し気になると言って自分でやったら出来栄えが一気によくなり、それ以降は化粧に関しては自分で一から十までやるほどであった。お陰でメイクの人は自信を失いかけていたが。
 ともかく服に合わせたメイクをして調和を取らせる技術は凄かった。本人は「なんかよく分からないけど良いならそれで良いや」と、直感的なものであったが。
 というかヴァーミリオン殿下はヴァイオレットさんとフューシャ殿下は化粧は上手いとは思っているんだな。

「ティーの奴は随分と……」

 ステージの脇にそれ、先に出ていたシアンやアプリコットと楽しそうに会話をしているクリームヒルトを見ながら、ヴァーミリオン殿下は呟く。
 自身の弟が好きな相手が綺麗に変わった事と、“あの綺麗さは素直に称賛していたが、元よりあの変わりぶりは分かっていた”弟になにか思っているようであった。

「さぁ、続いていきましょう!」

 ダークホースと言ってはクリームヒルトに失礼ではあるが、ハクさんを超え、シュバルツさんと並ぶ想定外の幻想的な美しさを持つ参加者の登場に盛り上がりつつ。同時にこの空気がコンテスト後にも続きクリームヒルトに漂う空気が良くなる事を願いつつ、次の参加者の登場を待つ。
 そろそろ参加者も終盤だし、ヴァイオレットさんが出てもおかしく無いだろう。そう思い次の紹介を――

「彼女も間違いなく美しき存在。シキ在住の皆さんからの投票では最も多くの票を集めた菫色髪の美しい少女!」

 よし来た。
 来た来た来た。
 来るぞ来るぞ来るぞ。
 どんの服だどんな着こなしだどんな色合いだどんな髪型だどんな仕草だ。
 美しい事は確定している。なにせヴァイオレットさんだもの。
 彼女は例えボロボロの服だろうが美しい。だってヴァイオレットさんだもの。
 存在するだけで目を追ってしまうんだ。そんなヴァイオレットさんが着飾るんだぞ。これが落ち着いていられようか。いや、落ち着いていられない。

「く、クロ子爵。落ち着け。身を乗り出さんばかりだが、落ち着くんだ」
「メアリーさんが登場する間際をご想像ください」
「よし分かった。落ち着くのは無理だな」
「ヴァーミリオン、お前……」
「……まぁ俺達は誰かの事言えない気もしますがね」
「……確かにな」

 開始前は緊張していて、勇気を出すために家族で手を握る事を要求していた可愛らしいヴァイオレットさん。
 そして準備のために俺と別れる際に「やるからには最善を尽くす」と意気込んでいたヴァイオレットさん。
 そんな彼女がようやく登場。このコンテストの意義の半分を占めている(残り半分はグレイ)と言って良いだろう。

「エントリーナンバー09! ヴァイオレット・ハートフィールドの登場です!」

 さぁ、どんなふうに登場を――

「紹介に預かったヴァイオレット・ハートフィールドだ。私のような者がこの場に呼ばれるのは不可思議ではあるが、選ばれた事を誇りに思う」


 俺はかつて、ヴァイオレットさんを乙女ゲームの登場人物という認識しかしていなかった。

 自身が醜男扱いかもしれないとショックを受けたり、でもあのルートならば変態的扱いをしなければ特に問題無く過ごせるルートだとも思ったり。
 ゲームのような高慢な態度であればどうしたものかと思っていた。
 だけど泣く姿を見て認識は変わり。
 所作は一つ一つが洗練されていて惹かれるようになり。
 掃除や洗濯、料理といった家事全般も俺達の教えを素直に聞き、一気に上達していった。
 初めはヴァーミリオン殿下に捨てられた事により、意見するのが怖くて素直だったかもしれない。
 しかしキッカケはどうあれ、俺やグレイと一つ一つ小さな会話おしえから始まり、失敗も含めてなにが駄目だったのかをアドバイスしたり、解決策を一緒に模索したりした。
 互いの好き嫌いを把握し、癖が分かるようになってきて、気付けば日常が出来て俺達は家族となり、俺は彼女を好きになっていった。

――さて。

 さて、何故急にそのような事を思っているのかというと。
 理由は単純であり、そう思わざるを得ない状況に俺は立たされているからだ。

「おお、これは先程スカイ君が着ていたユカタですね。スカイ君と違ってスカートの丈は長いですが、落ち着いていて綺麗ですよ」
「ありがとう。あとこれはスカートではないですよ」

 ヴァイオレットさんが、俺が選んだ服を着ている!!
 あの服一覧を見ていると、ふと目に留まった浴衣。かつてレモンさんにも作った事があるものであったが、そこにあったのは俺が縫ったモノとは気色が違う、白を基調とし華が描かれている浴衣であった。恐らくエクルが東にある国から仕入れたのがあったのだろう。
 ともかく、その服を着ているヴァイオレットさんを見たいなと思い選んだ服。だが無理強いはするモノでは無いし、着方も難しいのでとりあえず他の審査員が選ぶモノとは違う種類の服という事でジャンルとして選んだ。

――だが俺が選んだ浴衣をヴァイオレットさんが着ている!

 なんの打ち合わせも無く、ヴァイオレットさんが俺が似合うと思った白の浴衣に綺麗な華が描かれた浴衣を着てくれている。偶然かもしれない、分かって着てくれたのかもしれない、俺が選ぶと思って着てくれたのかもしれない。どれにしようと選んだ服を着てくれているのだ。これ以上に嬉しい事が有ろうか。いや、ない。

「そして不可思議と言いますが、貴女はこの場に選ばれたんですよ。もっと誇りを持ってください」
「その事には感謝する。だが、私は立場上、学園に在学していた者として扱われるのは良くない。そしてシキの皆や軍部なども見ているとはいえ、元は学園生主体のイベントだ。……正直私がこの場に立つのはあまり、な」
「そう言われないでください。これはあくまでもこのシキという地の今の場所においての美しい者を競うコンテストです。それに先程も言いましたが、シキの住民の大半は貴女に投票したんですよ?」
「……そうなのか?」
「ええ。老人から子供。男女問わず投票する際にコメントを私は聞いたのですが、“シキに居る中で一番美人と言われたらヴァイオレットあなただ”と言ってましたから。もしくは“メアリーやシュバルツに匹敵するシキ代表と言われれば、他のシキの参加者も匹敵するが、ヴァイオレットあなたは外せない”ともね」
「む……」
「この場に居る参加者に勝っても貴女はおかしくない、そう思われているんです。それになによりも――彼を見て下さい」
「彼……クロ殿?」

 さらにはとても似合っている!
 ヴァイオレットさんのような胸の大きな女性には少し合わないかもしれないと思ってはいたが、あの浴衣は最初からヴァイオレットさんのためだけにあったのではないかと思うほどに着こなしている。
 さらには浴衣に合うように髪も一部編み込んでいてそれも似合っているし、お顔もご尊顔と称したいほどの美貌で美しいという言葉しか思い浮かばない。あんな美しい存在が俺の嫁で良いのだろうか。良いな。うん、良いに決まっている。誰にも渡したくない。
 ああ、今のヴァイオレットさんはなんという事なのだろう。なんという事なのだろうか。本当になんなのか。一体なんだと言うのだろう。なんだってんだ。

「あの、世界で一番美しい存在を見た。と言わんばかりに感動している貴方の夫のためにも、もっと自分を誇ってください」
「…………そのようだ」
「おや、彼が登場した時の様に照れて動けなくなったりしないのですね」
「私とてそこまで初心のままではない、という事ですよ。――さて」

 俺が照れて、世界一美しい存在を見た事を言い当てられはしたが、ヴァイオレットさんは特に表情を崩すことなく、凛とした表情のままであった。
 そして俺の方から視線を外し、観客の方を見て態勢を整える。

「改めてになるが、私はヴァイオレット・ハートフィールド。元公爵家にして学園を自身の過ちにより退学した身だ。殿下やメアリー達とは和解したとはいえ、私に思う事がある者も居るだろう。この美しさとやらを競う場に登場する身の程知らず、とな」

 そんな事思ったヤツが居たらぶっ飛ばしてやる。

「だが、私に投票してくれた者達が居る以上は、私は彼ら、彼女らが見出してくれた美しさを私が有する事を誇りに思おう。そして――」

 そこで今まで観客席に向かって喋っていたヴァイオレットさんが、俺やグレイの方を見る。

「そして、この美しさを持てたのは、愛する家族が居るからこそ得られているモノなのだろう。私が皆に少しでも美しいと思われているのならば、世界一の夫と息子を持てたお陰だ」

 そのように言うヴァイオレットさんの表情は、先程までと変わらない凛とした美しい表情のままであり。

「貴方達のお陰で、私はこの場に立つ事が出来た。――ありがとう」

 気品のある微笑みで俺達に感謝の言葉を告げた。

「――――」

 先程グレイがアプリコットに対し、新たな一面を見た事で、新たな一面に一目惚れをしたと言っていた。
 息子の言葉を取るなんて親としては失格かもしれない。だが、そう思わずにはいられない感情が俺の中で沸き上がっていた。
 世界一の夫なんてもったいない言葉を贈られて。
 ヴァイオレットさんはそれを微塵も疑っていなさそうにしていて。
 今の自分があるのは貴方達のお陰であると言って貰った。
 言われた感謝の言葉と、極上の表情。

――ああ、やっぱり俺はこの女性の事が好きなんだ。

 それらを俺に対して向けられて。
 新たな一面に気付いて何度も一目惚れをして。
 今思う事があるとすれば……俺はどうしようもなく、ヴァイオレットさんという女性を愛しているのだ、という事だ。。

「……急な発言で盛り下げてしまったようで申し訳ないが、私の出番はここまでにして欲しい」
「え、な、何故――って、去ろうとしないでくれヴァイオレット君!」
「私は称賛を受けたい相手に感動して貰ったのだ。ならば私の目的は果たした。だから戻る」
「だからって戻らなくても――」
「それに」
「え?」

 ステージの裏に戻ろうとするヴァイオレットさんに対し、ノワール学園長だけでなく、ここで戻られるとまた不興を買うと危惧したからだろう脇に居たクリームヒルト達も止めようとする。

「……それに、どうにか抑えられてはいるが、あのように喜んで貰えて私も限界なんだ。このままではにやついた表情を見られて、美しいなんて言葉から離れてしまう」

 しかし隠しても分かる程赤い顔が見え、消え入りそうなか細い声が聞こえる。

「……こんな表情をクロ殿やグレイに見られたくない。お願いだから、戻らせて……」

 そして凛とした態度から恥じらいを覚える乙女のような言動に変わり、不意を突かれた周囲は止める手が止まる。
 その隙を付いてヴァイオレットさんはステージの裏へと小走りで去って行った。
 …………この状況はなんというか。

「可愛い」

 あまりにものギャップに、俺は思った事をそのまま口に出してしまったのであった。
 俺だけでなくなんか他の観客も言っていた気はする。
 ともかく美しさから可愛いにガード無しの剛速球を受けた身として思う事があるとすれば。

 俺の嫁は今日も可愛いです。

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