追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

そうも思いたくなる


「はいはい、落ち着いてくださいねシアンちゃん。折角の美しい格好が台無しだ」
「ふー、ふー……ごめんなさい。つい興奮しました」

 神父様に見られているという事を思い出して通常の状態から落ち着きを取り戻すシアン。恐らくは後で先程の野次を飛ばした観客達を一人ひとり詰め寄っていくだろう。
 ともかくお祈りモードのように戻ったシアンは普段とは違う笑顔を振りまき、観客席に居る皆を男女問わず見惚れさせていた。
 いつもと違う系統の服で新鮮ではあるし、綺麗だとは思うが……あの服装ならばいつものような屈託のない笑顔の方があってるかな。あくまでも俺個人の意見だけど。
 ……まぁ、それはともかく。

「さて、落ち着いた所でステージの上に誰か呼んで相手をしますか?」
「ふふふ、なんの事でしょう。そのようなはしたないマネを私はしませんよ」

 普段のシアンを見ていれば「なに言ってんだ」と突っ込みたくなる言葉ではある。

「ですが、ほら。あちらに今すぐ駆け寄りたい子がいるようですが、放っておいて良いのです?」
「あの子?」

 ノワール学園長は揶揄うような発言の後、シアンを審査員席に座っているとある審査員の方へと視線を促す。

「あの子、騎士服を着た神父君ですよ。貴女が登場した時からずっと見惚れて、今すぐにでも駆け寄ってやりたい! と思っていそうですが、あの子を放っておいて良いのですか?」

 視線の先に居たのは登場時からシアンを目で追っている神父様。
 それに気付いたシアンは神父様が頬を染めている訳でも無く、黙っている事に不安を覚えているように見える。なにを思っているのかが分からず、似合っていないのではないかと不安なのだろう。

「審査員のスノーホワイト神父君ー。なにかコメントをお願いします」
「あ、その……ええと……すまない、審査員という立場でありながら恥ずかしい話だが、コメントは差し控えても良いだろうか」
「おや、良いのですか? 折角同僚のシスターが着飾ったのですよ。普段見ている貴方からコメントを欲しいのではないでしょうか」

 神父様の言葉に、シアンは不安そうな表情になると言うか……絶望にも似た表情になる。自分の姿がコメントを差し控えたいほど見苦しいのか、と思っているように見える。

「その……今のシアンを表すのは俺には無理だ。言葉に出来ないほど素晴らしい、という言葉に頼るような陳腐な言葉しか思い浮かばない程綺麗としか表現できない。優勝者を称えるには俺のような語彙の少ない者ではなく、別の教養のある御方にコメントを貰えば、今の素晴らしきシアンを表現する後世に語られる詩の一文の基礎となる文が完成するだろう。そんな他者に頼る事でしか今のシアンを表現出来ない自分が恨めしい……!」
『おおー』

 しかし神父様の天然褒め殺しに、シアンは絶望顔でもない先程とは違った意味で普段とは違う表情になる。陳腐な言い回しだが、今のシアンは恋する乙女と言う感じである。
 あと神父様のその台詞自体が詩的表現だと思うんです。そして普通に優勝者言っている辺り本当に……

「すまないシアン、こんな俺を許してくれ!」
「し、神父様、もう良いですからそれ以上は止めて下さい……!」
「……そうだな。こんな不甲斐ない俺は審査員にも相応しくない上に……」
「彼氏には相応しいですからね! その言葉は神父様と言えど許せませんよ!」
「そ、そうか? 優しいんだな、シアン……!」

 本当にお似合いのバカップルである。
 付き合いたてだからと言うべきなのだろうか、単純に神父様が自身の感情に気付けた故なのだろうか。さっさと結婚でもすれば良いのに。シキ全体で祝うぞこの野郎。

「はーい、何処かの領主夫婦の様にイチャつかないでくださいねー」

 その領主夫婦とは誰なのだろうな、さっぱり分からない。

「はーい、エントリナンバー01が照れて動けなくなったので次行きまーす」



「エントリーナンバー02! その美しき姿は男ならつい目で追ってしまうのではないでしょうか! 浪漫があるのではないでしょうか! つい惹かれてしまう探求心をくすぐられるのではないか! そんな不可思議ブラックホール、ロボの登場です!」
「ド、ドウモ、ココココ、コンニチハ、デス」
「おお、緊張していて可愛いですねー。リラックスですよ」
「スミマセン、コウイッタ場ハ不慣レデシテ……!」
「緊張することはないぞロボさん! 貴女は素晴らしいのだから堂々としているだけで良いのだ! それだけで全ての者は貴女に見惚れ優勝が決まるのだ!」
「はーい、審査員の贔屓はそこまでにして下さいねー」
「ウ、ルーシュクン……デスガ、ワタシハコノヨウナ場ハ場違イデス……!」
「貴女の魅力は普段から溢れ出ている。そして今美しく勇ましいその軍服姿は普段とは違う貴女の魅力を引き出しているというだけなんだ! 安心しろ、貴女は美しい!」
「聞いてくださいー」
「オレが貴女の魅力を独り占め出来ないのは不安は覚える。だが、それはいずれ知られる貴女の魅力だ。ただ今この場で知られる事になっているだけなんだ! 今だそこだファイト! 貴女らしいポーズでアピールをすればこの場は場違いなどではなく必然の舞台に過ぎないんだ!」
「ト、トウ!」
「エクセレント!」
「いい加減にしてくれルーシュ君」

「クロ子爵。ミス・ロボはルーシュ兄さん指定の軍服を着ているな」
「そうですね。恐らくは前回のファッションショーで可愛い系は網羅したので、格好良い系を見たかったのでしょう」
「それは良い。良いのだが……俺の見間違いでなければ彼女はあの装甲の上に着ているな?」
「ですね」
「……どういう理屈で着れているんだ?」
「そうですよね気になりますよね。想像になりますが軍服のイメージを損なうことなくロボが着るためには関節の可動域が重要な訳なのですが、まず右腕を通した後――」
「すまない長くなりそうならそこまでにしておいてくれ。……クロ子爵は服になると人が変わるな」

「ヨッ! 復調記念ノ花火ヲアゲテミセマショウ。大丈夫、安全仕様デス!」
『おおー!』
『綺麗!』
「良いぞロボさん! 美しい、美しいぞ! オレの中の辞書の勇ましさと美しさの欄の意味に“ロボさん”という単語が加えられたぞ!」
「いい加減にせんかい!」

「……ルーシュ兄さんもミス・ロボになると性格が変わるな。……あの女性が義姉候補、なのか。冒険者として活躍しているようであるし、経験豊富な歴戦の先輩の義姉になるのだろうか……」
「ちなみにロボ様は十三歳ですよ。アプリコット様より下です」
「え。……え」



「続いてはエントリーナンバー03! その仕草と美しさはまさに普段から磨いているからこそ輝いている美しさ! 決めポーズは絵画のごとき麗しさを持つアプリコット・ハートフィールドの登場だ!」
「フゥーハハハ! 我が名はアプリコット! と闇魔法を得意とし、その魔力の良質さが髪と瞳に現われる魔法使いが仙女の如き服で登場である!」
『アプリコットちゃーん!』
『おお、幻想的だー!』
「ふ、声援感謝するぞ!」
「しかし、相変わらずの自信ぶりですねー。君は普段から自分の外見に自身はあるようですが」
「当然である。自惚れでも構わぬが、我は普段から磨いているからな。自身を持ってこその美しさを磨けるというモノである。己の武器を知って磨いたモノに自信を持てなくてどうするのだ」
「おおー、この気持ちが今の彼女の美しさを保つ秘訣なのでしょう。そして自身が自惚れではなく充分な魅力を持っているのが重要ですね。そこの所どう思いますか審査員のグレイ君」
「待て、何故そこで弟子に聞くのだ」
「えー、なんとなくですよー」
「その言い方やめるのだ腹立つ」
「それでどう思いますか、グレイ君。今の率直な意見をどうぞ!」
「…………」
「あれ。おーい、グレイ君やーい」
「――はっ、申し訳ありません。どうやら魔法にかかっていたようです」
「魔法?」
「はい。お恥ずかしい話、アプリコット様を見た瞬間からノワール様に話しかけられるまでの記憶がありません。これは精神魔法をかけられたに違いが有りません! なにせ心臓が抑えられない程高揚し、今も目が離せずに居るのですから!」
「弟子!?」
「おおー!」
『おおー!』
「声を揃えてニヤニヤするな司会と観客!」
「くぅ……! オーキッド様、もしや私めは黒魔術にかかっているのでは!?」
「ククク……確かに黒魔術に精神関与は多いが、君はかかって……いや、ある意味かかっているようだね。アプリコット君があの服を着る事によって発動する、グレイ君特攻の魔法がね……!」
「ニャー……(訳:旦那が珍しく悪ノリして楽しんでる……)」
「やはり!」
「オーキッドさん!?」
「私めはどうすれば良いのです。ヴァイオレット様や他の方々も楽しみなのに、このままでは審査員を続ける事は出来ません。なにせアプリコット様しか考えられなくなっているのですから……! そうです、神父様。解呪は出来ないのですか!?」
「え!? お、俺は解呪系シアンほど得意じゃないからな……それにそれを解くには……」
「ククク……良い方法があるよ」
「おお、それはなんでしょうか」
「今の想う感情を叫べばいいんだよ。そうすれば自然と解けるさ……!」
「成程!」
「オーキッドさん、やめるのだ!?」
「ニャー……(訳:オーキッド、アンタ……)」
「想う感情――つまりそれは!」
「弟子、やめるのだ!」
「私めがアプリコット様に一番似合うと思い指定した服を着て下さりありがとうございます! とてもよくお似合いですよ!」
「ああ、なにせ師匠であるからな! 弟子の考えくらい御見通しであり、着こなせるのは我であるから当然なのだ!」
「はい、素晴しいです!」

「おお、息子の天然攻撃にどうにか返せたな。成長したな、アプリコット」
「顔は赤いがな。……俺もあのように攻めた方が良いのだろうか」
「ある意味ではそうかもしれませんが、割と皆さんそういった攻めをされてますよ」
「そうか?」
「そうです」
「そうか」

「アプリコット様、私めは立場上貴女に投票できないのが恨めしいです。ですが今日新たな貴女の魅力に気付きました。そして今日新たな貴女に一目惚れをしました。それを審査員という近い立場で見る事でより感じる事が出来て私めは幸せです!」
「うぐ……!?」

「む、今度は負けたな」
「流石にアレは強すぎだと思いますね」



 そして次の参加者の登場の前に、ヴァーミリオン殿下は俺に一つ尋ねて来た。

「……クロ子爵。一つ聞いても良いだろうか」
「なんでしょう」
「このコンテストは、ミスをミセスにしようとする勢いの告白をするのが流行りなのだろうか?」
「仰りたい事は分かりますが、メアリーさんが登場したら人の事言えなくなると思いますよ」
「……確かにな」

 自覚はあるんだな。
 そう思いはしたが、心の中に留めておいた。

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