追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

有無を言わせない感があった


「その反応は知っているのですねクロさん!」
「ええ、まぁ……」

 うん、よく知っている。
 俺とクリームヒルト……ビャクは年齢が離れていたため幼少期に見るアニメなどに違いがあるのだが、そのビャクの初恋の相手が出て来る作品は長寿であったために、互いに幼少期に見る事が出来たキャラである。

「なんでも一年で殺人が数百件、爆発であらゆる建物が崩壊する町で生き抜く強い探偵だそうですが」
「間違ってはいませんけどね」

 間違ってはいない。春になれば爆弾でビルが倒壊したり、ダムを壊す予行のために電車を爆破脱線させたり、観覧車を丸ごと車輪の様に回転させ建物が壊れていったり。あの世界では爆発が春の風物詩となる様な場所である。
 いないのだが……その探偵は物語上の存在なんです。目指す事は出来るけど、土台そのものが違うと言うのです。

――確かに好きだったな、アイツ……

 思い返せば確かにアイツは工藤ナニガシの事を好きであった。
 格好良くて、一途で、声が良い。悲劇的場面でも彼が出ればどんな事件も解決するようなまさにヒーロー。惚れる要素としては充分だろう。
 そしてその作品を始めとして、俺の読んでいる本などからオタク趣味になり、乙女ゲームやRPGなど色々なジャンルに手を出していた。
 だが工藤某の場合は、初恋とはいうがアイドルを格好良いと言うような感覚で、実際に一緒になりたいような夢女子的思考とは違う。
 なによりも……

「……アイツのその初恋とやらは、羨望に近くて“強いて言うなら彼!”と言う感じです」
「羨望、ですか?」
「ほら、スカーレット殿下を始めとして、お姉様方も好きという男性は多くは居ますが、実際に付き合いたいというモノじゃ無いでしょう? 彼らは中には少しは恋はあったとしても、多くは婚姻すれば祝福するような方々じゃないですか」
「つまりは格好良いと思うだけで、一緒になりたい訳では無い、と。好きな本とかを語り合う感じでしょうか」
「恐らくは」

 クリームヒルトの初恋は、なんというか工藤某と彼の好きな毛利某の仲を応援するような、いわゆるエクル的な立場であってバーガンティー殿下が想像するような恋ではない。
 だから気にしなくても――

「ちょっと良い?」
「えっ」

 気にしなくても良いですよ、という事を伝えようとすると、唐突に会話に入られた。
 隠れるように移動して相談していたのに、一体誰が……

「ごめんなさい、急に入ってきてしまって」
「ええと、先程クリームヒルトさん達と一緒に居られた方……ですよね。私になにか御用でしょうか?」
「ええ、聞きたい事があって」

 入って来たのはスカーレット殿下であった。フードを被り、【認識阻害】の効果を発揮したまま話しているという事は……弟であるバーガンティー殿下に正体をバレる事無く話したい、という事だろうか。

「貴方、クリームヒルトの事が好きなんだよね?」
「え、はい、そうですが」
「そう。……ちょっとそれについて貴方に聞きたい事があるのだけど。答えたくないのなら答えなくて良いのだけど……」
「余程の不都合が無ければ答えますよ。どうぞ遠慮なさらずご質問なさってください」
「ありがと」

 しかし相手が誰かも分からず、急に話に入って来たにも関わらず、にこやかに丁寧に受け答えできるって凄いな。何処かの第二王子と同じ血が流れている王族とは思えないな。
 まぁ殿下達は破天荒ではあるが、基本は礼儀正しく接する事が出来る方々なんだけどね。ただ俺の前では好きが暴走して色々あるだけである。……その“だけ”が問題な訳ではあるが。
 と、それは今関係無いな。今はスカーレット殿下の質問を聞かねば。

「ねぇ、好きでいる事って楽しい?」
「?」

 そして俺達はその質問を聞いて、聞かれていない俺も疑問を浮かべてしまう。
 好きでいる事が“幸せ”ではなく“楽しい”かという問い。おかしくはないかもしれないが、ちょっと違和感がある。

「ええ、楽しいですよ。とてもね」
「辛くはない?」
「辛い時もありますね。断られた日の夜は辛かったです。それに何度か彼女に挑んだのですが、私は負け続きでした。……彼女に良い所を一つも見せていないので、辛い時の方が多いですよ。好きになってから一ヵ月も経っていないのに、これではこの先が思いやられますね」

 バーガンティー殿下は苦笑いをしながらそう言うが、良い所を見せたからクリームヒルトは先程の反応だと思うのだけど……言うのは野暮というものか。

「……辛くても、好きでい続けるの?」
「はい」
「好きで思われる事を迷惑と思われるかもしれないんだよ?」
「そう思われると辛いです。その時はさらに辛いですが身を引くのが彼女のためでしょう。……その時が来たら私は暫く立ち直れないかもしれません。ですが……やはり楽しいんですよ」
「やはり?」
「はい。だって相手が喜んでくれるかもしれないと思って行動して、そして僕の行動で笑ってくれるのなら、僕も嬉しいんです。そういった好きを満たす時間は、間違いなく辛さから逃げていては得られない楽しさであり、幸福だと思うんです」

 今の「だって」に続く言葉は、なんとなくだがバーガンティー殿下の素が見えた気がする。やはり真っ直ぐで良い子なんだな、というのが伝わって来る。

「と、すみません語ってしまって。好きの経験も浅いのに、分かったような口をきいてしまいました」
「……ううん、私から聞いたのだから構わないよ。ありがとう。そしてごめんなさい、相談の邪魔をして。続けて良いから、私はこれで」
「はい、それでは」

 スカーレット殿下は結局正体を明かす事のないまま、俺達に軽く頭を下げて去って行った。
 ……先程のクリームヒルトが撫でられていた時もそうだが、なにか思う所があるのだろうか。
 やはりクリームヒルトに対し「変わった」と言っていた事が関係しているのだろうか。

「それでええと……初恋ではなく羨望である、という所まででしたね」
「はい」

 だが今気にしていても仕様が無いので、スカーレット殿下が去ってヴァイオレットさん達の所へ行ったのを見送ると、俺達は相談を再開する。

「ですが好ましいとは思ったのですよね?」
「ですね。しかしその好ましいはパートナーにしたいと思う好ましいとは違うと思いますよ」
「私が姉様達に思う好ましいと、クリームヒルトさんに思うモノが違う感じですか……」
「はい」
「むぅ……」

 そして俺がやんわりと気にする必要は無いと言うと、どうやらバーガンティー殿下は察したようであった。
 だけど格好良いと思っていたのは事実だから……折角恥を忍んで聞いて来てくれたのだから、一応伝えてはおくか。

「でも強いて言うなら、アイツはその相手の声が好きだったんだと思いますよ」
「声、ですか?」

 アイツの工藤某で一番好きな部分は恐らく声だ。
 当然性格や外見もあるだろうが、あの声が好きから始まり、色んな声優さんの声が聞く事が出来るアニメやゲームにはまっていたんだ。

「ええ、声です。良い声してましたから、彼。それに爽やかから渋め、女性の声も好きですから、良い声には弱いと思いますよ」
「声……そうなると発声練習をした方が良いのでしょうか……」
「大丈夫ですよ。バーガンティー殿下の声は良いですから問題無いとは思います。ああ、お世辞などではないですよ」
「そうですか? ですが声、声……よし、これからどんどん声をかければ良い訳ですね!」
「ええ、頑張ってください」
「大きな声で、学園では見かける度に周囲に響き渡る程の大きな声で歌いながら呼びかけます!」
「周囲に迷惑がかかるのでお止め下さい。良い声ってそういう意味じゃありません」
「え、違うのですか……?」
「違います」

 でもちょっと説明が難しいな。
 この世界にテレビやアニメ、ゲームがなどないから当然声優なんて職業は無い。舞台などの俳優は居て、良い声の代表格と言えばそういった職業の方たちだ。他は軍などで伝令を伝える様な方々や歌手などだろうか。
 ようは男女問わず通りがよく、勇ましい声がバーガンティー殿下達にとっての良い声なのだろう。
 前世でもそれらは良い声なのだが、クリームヒルトが好むアニメゲームなどでの良い声とは種類が違う。そういう意味ではあの乙女ゲームカサスと同じ声である攻略対象ヒーロー達……ヴァーミリオン殿下達はある意味クリームヒルトが望む良い声ではあるが。

「え、に、兄様達がですか!?」

 え、声に出てた? 乙女ゲームとかその辺り出てた?

「確かに兄様達は良いお声ですが、クリームヒルトさん好みとはどういう意味です!?」
「お、落ち着いてください!」
「落ち着いてられません! だ、誰ですか。“達”とは誰の事ですか!?」
「ええと……」
「まさかアッシュさんやシャトルーズさんやエクルさんやシルバさんですか!?」
「な、何故そう思うのです?」
「良いお声だからです! それに彼らに囲まれている事が多いような気がして……!」

 いや、あの良い声の五重奏クインテットに囲まれて囁かれ、「耳元で囁かれると心臓に悪いです」と割と危うい感じになっているのはメアリーさんでしょう。

「ライバルが……ライバルが多い……! あの声を好ましく思い、常に聞いているのならば私に勝ち目が……!」
「だ、大丈夫ですよ。常に聞いているのならば慣れてしまい、種類の違う美声であるバーガンティー殿下ならいけますって!」
「そう言って貰えるのは嬉しいですが……くっ、ヴァーミリオン兄様に勝つためには、通る発声の他にプラスで歌って踊らなくては勝てないですね……!」
「歌うから離れてください」

 あと何故踊ろうとする。オペラが好きなんだろうか。
 どうしよう、このままだと変な方向に行って、スカイさんやローズ殿下に後から怒られそうだ。どうにかして励まして方向を正さねば……!

「あ、そうです。去年の学園祭の劇で世界一の美声と評されたとされる、メアリーさんに教えを請うてみましょう! 彼女ならなにか――」
「世界一の美声はヴァイオレットさんに決まっているじゃないですか、なにを仰っているのです」
「あ、はい。なんかごめんなさい」

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