追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

マッスルと妹の証明


「マッスルクイーンってスカイの事?」
「あの、スカーレット殿下。真っ先に私を見てお腹を触らないでください」
「うん、相変わらず服の上からでも分かる力強さだねー。あ、後私は今はレットだからね!」
「は、はぁ……というか私であれば取り次ぎ必要無いでしょう。模擬戦程度であれば付き合いますし。クリームヒルト相手は良い訓練になりますから――服を捲くって直は流石に駄目です」
「ちぇー」

 マッスルクイーンと言われ、クリームヒルト以外が一瞬スカイさんを見る。そしてスカーレット殿下がベタベタと触っているが……なんか先程の事も有るから、スカイさんを友達的な感覚ではなく違った意味で触っていないか不安になるな。

「で、マッスルクイーンというのは誰だ? モモさんか? モモさんなら頼めば強敵のためと言って普通にバトってくれるぞ」
「モモさんも良いけど、もっと良い筋肉した子だよ。前から戦ってみたいと思っていたんだけど、いつも避けられていてさ。黒兄の言葉なら聞いてくれるかな、って」

 その言い方だと学園生か。
 だか学園生で俺が取り次ぎとなると、ますます俺である必要が……クイーンって事は女性だろうし……あ。

「ああ、アイツか……確かに良い筋肉はしているな」
「思い当たる節があるのか、クロ殿?」
「ええ、まぁ」

 思い当たる学園生は居る。
 恐らくはスカイさんよりも鍛えられている……というよりはいい筋肉をしている学園生女子。そしてアイツであれば模擬戦も断るだろう。目立つのは嫌うし。

「学園生で良い筋肉の女の子……うーん、僕はスカイが学園生の女の子では一番鍛えられていると思っていたんだけど」
「お、つまりそれは普段から女の子の筋肉を眺めていたって事だね! 鍛えられた身体に興奮する感じ?」
「違う!」
「シルバ。あまりクリームヒルトの言葉に乗るな。お前もやめんか」
「あはは、ゴメンね!」
「まったく……あ、それで誰なの? そのマッスルクイーンって」
「ああ、それは――」







「……マッスルクイーンはやめて」

 マッスルクイーンというのは、最近ヴェールさん(変装済み)と仲良く話しているのを見て意外な交流に驚いた我が妹、クリであった。……うん、なんとなく分かるけど、その呼称は酷いとは思う。
 最初俺を見た時は嬉しそうにしていたが、ぞろぞろとやって来た俺達を見るなり露骨に嫌そうな表情をした。クリがここまでの表情をするとは珍しいが、クリームヒルトが苦手……なのもあるが、純粋に目立つメンバーなので嫌なのだろうか。

「へいへいクリせんぱーい。戦いましょうよー。今日暇なんでしょうー?」
「……確かに友達が居なくて今は独りで食べているけど、暇じゃない。ボーっとするのに忙しい」
「暇なんだね!」
「……そうとも言う」

 我が妹、友達少ないんだろうか。自ら交友関係を広げるタイプでも無いし、偶然調査メンバーで友達と言える相手が居なかっただけかもしれないが。
 ていうかカラスバは妹を放置して何処行ったんだ。アイツもアイツで交友関係があるかもしれないし、こういう場面で妹だけに構うのも年頃としては嫌かもしれないが。

「ねぇ黒兄お願い。クリ先輩を説得して!」
「説得と言われてもな……」

 俺が知っているクリは誰かと話しているよりは独りで読書とか料理とかトレーニングとかしている方が好きなタイプだ。
 そしてあまりその趣味が両親の受けが良くなかったので見咎められており、隠れてやっていた。見咎められ泣いているクリを良く慰めたモノだ。
 そしてカラスバに聞く限りでは学園では交友関係は広がったらしいが深い友達は多くは無く、偶に趣味の合う友人達と話している程度という。
 なんだか興味を持った周囲(主にスカーレット殿下)に言われ一応来たからには頼むが、難しいとは思う。

「……ねぇ、クロ兄様。聞きたいのだけれど」
「ん?」

 どう説得して見ようか、あるいはクリームヒルトを納得させるかと思っているとクリから俺に話しかけて来た。
 ……なんだかいつもと違う感じがあるな。これは……偶にヴァイオレットさんがスカイさんに向けているような感情と同じモノを感じる。

「……彼女がクロ兄様を兄呼ばわりするのは……なんで?」
「ああ、それか」

 そういえばクリの前でその呼び方はマズかったな。事情を知っている人であれば理由は分かるし、他の人であれば「昔馴染みかなにかだろう」程度に思っていくらでも誤魔化せるが、クリ相手だとちょっと難しい。
 ここはシキに来た後に出会って、兄の様に接してくれているという感じに……

「……これは実妹である私に対する挑戦状……!?」
「はい?」

 適当に誤魔化そうとヴァイオレットさんと目配せをしようとしていると、なんだか訳の分からない事を言いだした。挑戦状……?

「はっ!」

 そしてその「はっ!」はなんだクリームヒルト。
 お前のその台詞とその表情は嫌な予感しか感じないのだが。でも懐かしくも感じるな。

「フフフ、そうだよクリ先輩。私は前世単位で黒兄と魂の繋がった真の妹であるクリームヒルト!」

 なんだその真の仲間的なやつ。
 間違ってはいないのだが、その言い方だとふざけているようにしか見えない。いや、むしろそう思われるように言っているような……?

「……真の……妹……!?」
「そう。血の繋がりではない、魂的つながりを持っているんだよ。真の妹であるクリームヒルトと黒兄はね!」
「……くっ!」

 いや「くっ!」じゃないよ妹(真)。クリームヒルトは確かに妹だけど、傍から見たら妹を名乗る不審者でしかないんだから押されているんじゃない。それとも同じ妹としてなにかを感じ取ったのだろうか。

「クロ殿、クリームヒルトはなにを言い出しているんだ? あのままにして良いのだろうか……」
「多分ああやって煽っているんだと思いますよ」
「煽る?」
「ええ、目的はクリと戦う事ですからね。まぁ見ていれば分かると思いますよ」

 ヴァイオレットさんは何処か“止めた方が良いのだろうか”と不安にしつつ(可愛い)、小さな声で俺に尋ねてくる。
 ついでかと言うようにシルバやスカイさん、スカーレット殿下も俺に近付いてクリームヒルト達から距離をとり、成り行きを見守っていた。

「黒兄はね、強い女性が好きなの。それは妹に対しても変わらない。そして私は黒兄をこの世界で黒兄を兄と認識した日、黒兄に強さを示す事で妹として認めさせたんだよ!」

 ……お互いに認識した日はクリームヒルトが言霊魔法で混乱し割と本気でバトルをしたから間違ってはいないが、色々と括弧書きで注釈が必要そうな台詞だな。

「……確かにクロ兄様は強い女性は好きなのは知っているけど」

 皆して俺を見ないで欲しい。ヴァイオレットさんは不安そうに「私も鍛えた方が良いのか」と言いたげに自身の腹筋を触らないでください。貴女のお腹も素晴らしいですから。

「……私だってそれなりに強いよ、だって昔から手合わせはしていたし……!」
「強いのは分かっているよ。だから私が挑んでいる訳だし」
「……だったら……!」
「だけど今の黒兄と戦える自信は――あるかな? 私は戦えるよ?」
「…………」

 クリームヒルトは煽るが、クリがその煽りに答えるとは思えない。
 クリはあまり目立つのは好きではないし人見知りな所があるから、恐らくは今まで誘っていたのに断っていたように断るだろう。

「……良いよ。その喧嘩買うよ」

 ……だと思っていたのに、クリは煽りに答えてしまった。

「あはは、良いのかな?」
「……勿論。ようは強さを証明すれば良いんでしょ?」

 これは……クリも変わったという事で良いのだろうか。
 多感な年頃に接していなかったので変わったと言われればそれまでであるが、なんと言うか……俺が関係しているから変に売り言葉に買い言葉になっているような……いや、自意識過剰だろうか。

「……でもクロ兄様と戦うとクロ兄様は手加減するから強さの証明にならない。なら貴女と戦って強さを貴女自身に示して見せろ、と言いたいんだね。――妹としての証明を」
「あはは――そうだよ。妹を示してみて」
「……良いよ。示してみせる」

 妹としての証明ってなんだ。心配しなくてもお前は妹だよ。だけどそんな言葉も妹達の妙な雰囲気に押されて言い出せない。

「じゃあ勝負の仕方はどうする? 出来れば護身符無しの殴り合いが望みだけど……」
「……それは流石に。だけど実戦形式に近い形で――」
「それなら――」

 そうこうしている内に戦い方の仕方を決めていた。
 ……まぁ互いに納得しているのならば良いか。俺は特になにもしていないが、俺が居た事によってクリームヒルトの目的は達成できたみたいだし。

「クロ、良いんですか」
「なにがですスカイ?」
「クリームヒルトはシャルや私と張り合う程度……少なくとも素手ならば私達以上です。学園の成績でも上を行かれていますから」

 そういえばクリームヒルトは学園成績上位だったな。むしろ今まで上位じゃ無かったのは、クリームヒルトの才覚を知っていると違和感があるくらいだったのだが。……多分周囲に合わせて様子を見ていたんだろうな。
 ともかくそんなクリームヒルトとクリが戦うのをスカイさんは心配しているのだろう。一方的なモノになるのではないか、と。

「……そういえばクリ先輩が婚約したスペード家なのだが、ヴァーミリオン殿下から一つ話を聞いたな」
「なにをです?」

 スカイさんの言葉を聞き、ヴァイオレットさんがなにかを思い出したかのように会話に入って来る。なんだかクリがクリームヒルトに向けている感情をスカイさんに向けているのは気のせいだろうか。会話して近付いているのを牽制している感が……いや、気のせいか。

「なんでもスペード家は……自身と同等、あるいは強く無ければ婚約者として認めない、あるいは惚れない、と言うようなものだ」
「あの、スペード家って、戦闘面は三年上位に常に居る先輩ですか? 私も何度か指導を受けていますが」
「……そうだな。だから彼女がそうは見えなかったから、殿下も噂と思っていたようだが……どうなのだ、クロ殿?」

 そのスペード先輩、未来の義弟がどの程度の強さかは知らないが、もしもクリが順当に強くなっていたとしたら……

「大丈夫ですよ。今のクリがどの程度かは分からないですが……」

 しかしその心配も無用だ。
 なにせクリは俺が色々やらかしてハートフィールド家であまり家族と接しなくなり、学園に行く前。つまりは俺が十五歳でクリが十二歳の頃。その状態でクリは……

「ハートフィールド家では俺の次くらいには強いですから。力では俺と同じくらいじゃないですかね?」
「え」

 そう、クリはハートフィールド家で俺の次には強い。
 学園でトップだと悪目立ちするから調整して上位に落としていたシッコク兄や、同じく上位に食い込んでいたゲン兄よりも上である。
 ……ハートフィールド家では両親に「女子として婚約条件に不要なモノ」だと切り捨てられていたため、あまり学園でも目立つような真似はしていないみたいだが。

「ねぇ、僕は兄弟居ないから分からないんだけど、妹になるのに強さの証明って必要なの?」
「ないよ、シルバ」
「まさか私がライラック兄様達にあまり接されなかったのも、妹として弱かったからなのか……!?」
「ヴァイオレットさん、落ち着いてください。妹に強弱は関係無いです」
「じゃあ私は強いですからクロの妹に相応しいですか!」
「スカイも乗らないでください!」
「先達の妹として言わせてもらうなら、強くないと妹じゃないよ!」
「レットさんも乗らないで!」

 妹とはなんなのだろうか。
 前世でも今世でも妹が居る兄として、疑問に思うのであった。

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