追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

相性は結構良い


「失礼しました、俺達には仕事をしようかと……あれ、何処に……?」
「クロ殿、あちらだ」
「あ、本当ですね。どうしたんでしょう――あ、シルバが居ますね?」
「なにか話しているようだが……下を向いている気がするな」

 ヴァイオレットさん成分を補給した所でクリームヒルト達の所へ戻ると、何故か居た場所に居なかった。
 疑問に思っていると、ヴァイオレットさんが場所を示し、その方を見ると会話しているのが見えた。シルバと……誰か蹲っている? ちょっとここからは見えないな。

「どうされました?」

 俺は急病人かと思い、小走りに近付いて様子を尋ねる。
 すると気付いた皆がこちらを見てきて……

「なにもないですよ、クロ。おはようございます」

 蹲っていた誰か、彼女はいつもの様な表情で俺に朝の挨拶をして来た。
 いつものように制服をきちんと着こなし、腕にガントレットのような装備はしている隙の無い身なり。膝にもプロテクターのような物を装着し、黒いタイツを履いて肌色が極限まで減らされた格好。騎士らしく毅然としているのもあるだろうが、ヴェールさん曰く筋肉質な四肢を見られたくないと言う乙女心だとか。
 そんな服を作る者としてはちょっと嬉しいキチンとした着方をしている彼女は……

「お、おはようございます、スカイ」

 そう、スカイが立ち上がり俺に挨拶をして来た。
 何故蹲っていたかは気になるが、いつもと変わらない姿で安心した。うん、とても安心した。肌色が見えない所がとても良い!

「あの、私の顔なにかついていますか、クロ」
「い、いえ、なにもついていません」
「では何故目を逸らすのです」
「逸らしてません。そんな失礼な事するはずないじゃないですか、ほら!」
「は、はぁ……あの、最近私を避けていませんかクロ?」
「はは、気のせいでしょうスカイ。俺はいつも通りです」
『…………』

 う、なんだかスカイだけでなく他の皆も俺の反応になにかあったのではないかと疑っている眼差しを向ける。
 ……そしてその疑いは当たっていると言えば当たっている。今の俺はあまりスカイさんを見たくない。別に嫌いになったとかそういうのではなく、彼女が悪い訳でも無い。……ちょっと影騒動の時に色々あったからである。
 影の特徴は事前に把握していたのだがまだ違いがよく分からなかった時に、スカイさんに化けたモンスターと遭遇したのだが……うん、あれは不可抗力だしモンスターだ。
 俺が剥かれたり見てはいけない所まで見えてしてしまったりしたが、気にしてはいけないんだ。……でもスカイさんを見るとどうしてもあの肌色を思い出してしまうんだ。

「ところでお二人はなにを? 今日は自由日ですが、スカイはてっきり騎士の誰かの所へ行っているモノと思っていましたが」

 黙って居るとあの光景を思い浮かべてしまうので話題を逸らす。それに気になっていた事でもある。
 今日は軍や騎士の方々にとっては調査の日ではあるが、学園生にとっては自由日である。学園生は卒業式などの行事の関係上明日にはシキを去るのだが、今日は一日自由行動となっている。
 自由行動とはいえ、あくまでも学園生らしい行動をする日ではあるのだが。ようはこの機会になにか経験を得ろという話だ。
 軍の方々にアピールしても良いし、この機会に教師陣に個人授業を受けても良い。つまりはなにをするかで今後が変わって来るような日なのだ。

「話を逸らしたね黒兄」
「黙ってろ。シルバもメアリーさんの所へ行っているモノと思っていたけど」
「そうするつもりだったけど……それよりもクリームヒルトの事が気になってね」
「私?」

 そんな日なのでスカイさんは騎士かホリゾンブルーさんの所、シルバはメアリーさんの所に行くモノと思っていた。それにあまり見ない組み合わせなので疑問を言うと、なんでもシルバはクリームヒルトに用があるようだ。しかしクリームヒルト自身は何故気になられるのか心当たりが無いようである。

「いや……その……大丈夫なら良いんだけどさ」
「? ……あ、もしかしてこの間の影の事? シルバ君が怖がって動けなかった、あの」
「か、影に怖がっていたんじゃないよ! あれは……その」
「そうですね、シルバは雷を怖がって震えていただけですもんね」
「そして駆け付けたメアリーちゃんの胸に飛び込んだんだよねー。いえい、このラッキースケベイ男! エフちゃんの男性版!」
「言わないで! というかなにその名前!?」

 そういえばあの時、雪が降る前に大気が乾燥して何回か雷は鳴っていたな。それが怖くて震えていたのか、シルバ。そういえば以前も怖くて俺と一緒に寝てたっけ。
 しかしそうなると……

「あはは、大丈夫だよ、シルバ君。あの時の私は間違った事はしていないと思うし、避けられるのは慣れているから」
「クリームヒルト……」

 ……やはりあの時のクリームヒルトを心配しているのか。
 俺はシルバと同じように、ヴァイオレットさんからの伝聞ではあるが、クリームヒルトは素手であの影モンスターを“処理”していた。
 それ以降避ける……まではいかない。メアリーさんなどの協力により露骨では無いのだが、その時の光景を見た者達はクリームヒルトと接する時に壁を感じる接し方なのは遠目に見ても分かる。まぁ嫌な空気、というやつだ。

「無理はしなくて良いからね。僕で良ければなにか気晴らしに手伝うよ?」

 それを感じ取ってシルバはクリームヒルトを気遣ったのか。
 真っ正直に言う辺りはシルバらしさと言うべきか。だけどメアリーさんよりもこうしてクリームヒルトを心配して来ている辺り良い子だと言うべきか。

「お、メアリーちゃんから乗り換えた?」
「違うよ!」
「そうですよクリームヒルト。シルバはメアリーの胸に飛び込んで泣いたので、まともに目線を合わせられないだけです」
「それも違うよスカイ!」
「柔らかかった?」
「うん。………………違うよ!」
「え、固かったんですか? 意外と筋肉質だったり?」
「そういう意味じゃないよ!」

 ……うん、シルバはやはりこういった方面に揶揄われやすいな。分かりやすいと言うか。スカイさんすら参加する辺り相当である。
 イジられ役、というのは本人は嫌かもしれないが、こうしている辺りはクリームヒルトと仲良くしてくれてありがたいと言うべきか。年末も一緒にシキに走って来るくらいは仲が……いや、アレは違うか。

「私と比べてみる? 小ぶりでもあるにはあるんだよ!」
「女なら少しは恥じらえ!」
「オンナトシテ……シュウチ……モトメラレル……メンドウクサイ……」
「なんでロボみたいになってるの」
「それともスカイちゃんの筋肉っぱいの方が良い?」
「私の胸に変な名前を付けないでください」
「ごめんね、スカイちゃんは結構あって柔らかいもんね!」
「言わないでください!」

 ……うん、そうだね。腹筋は綺麗に割れていて、胸は……うん、そうだね。前世だと可愛い柄が多いサイズだ。

「クロ殿、もう一度私を抱きしめるか?」
「何故です」
「……私にも何故か分からない。が、何故かクロ殿のなにかの記憶を上書きした方が良いと思ったんだ。……いや、変な事を言ったな、忘れてくれ」

 これは女の勘というやつだろうか。
 ……ごめんなさい、ヴァイオレットさん。ちゃんと忘れるようにしますので。

「あ、筋肉っぱいで思い出したんだけどさ、黒兄」
「なんだ?」
「というかその言葉止めて下さい」

 シルバ達と楽しげに話しているクリームヒルトが、なにかを思い出したかのように俺の方を見てくる。

「元々黒兄に用があって屋敷に行ったんだけどさ。さっきロー――尋常じゃないローライズと出会って忘れていたんだけど」
「なんですかその存在」
「……ローライズってなに?」
「屋敷前で会ったんだよ。スカイちゃん、シルバ君。シキなら居てもおかしくないでしょ?」
「……そうですけど」
「ローライズは分からないけど、そうだね」

 そういえば元々クリームヒルトはなにか用があって屋敷に来ていたんだよな。その途中でローライズ……じゃない、ローズ殿下と会ったから取り次ぎをしていただけのはずだ。
 そして混乱を招かぬよう一応ローズ殿下の存在は隠しているようである。でもその納得の仕方は嫌だな。まぁ確かに冬でも凄いローライズを履くローライズ大好きな領民はいるけど。

「黒兄に取り次ぎをお願いしたくて屋敷に行っていたの」
「俺が取り次ぎ?」

 俺に取り次ぎ……大抵の相手にはどんどん行くクリームヒルトが俺に頼むなんて誰に頼みたいのだろうか。クリームヒルトだけでどうにかなりそうであるが。

「うん、稀代のマッスルクイーンとバトルをする取り次ぎをね!」
「誰だよ」

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