追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活
理由はたった一つ
『特別な事をする必要は有りません。普段のシキの皆様の様子を貴方達の近くで見せるだけで良いのです』
『見せるだけ……ですか?』
『はい。御迷惑をおかけになるとは思うのですが……ただ、スカーレットは疑問に思ったら質問をし、クロ子爵達は疑問にお答えください』
とローズ殿下に言われ俺は外で仕事をする事になった。スカーレット殿下は以前ローズ殿下が変装していた時のような認識を阻害する服(誰が着ているか分かれば解除される)を着て、俺やクリームヒルトと出かける事になった。
元々出かける予定ではあったので構わない事は構わないのだが、ローズ殿下はなにをしたいのだろう。……まぁ抱く云々よりはマシであるし、時間が経てばスカーレット殿下も抱くという選択肢を忘れるかもしれないので、時間を与えるための策かもしれないが。
ちなみにローズ殿下はエフさん……もといフューシャ殿下レベルの【認識阻害】がかかった別の服を着て、ヴェールさんの所へと行った。俺にも用はあるそうなのだが、スカーレット殿下の件が片付いた今日の夕方にまた屋敷に来るらしい。
「という訳でヴァイオレットちゃん。スカーレット殿下に黒兄との夜の営みを見せてってさ」
「なにがという訳だ」
「愛を知るには愛を目の前で見せた方が手っ取り早いと思うからね!」
「断る。あと乙女がそういう事を口に出すな」
「いてっ」
そしてヴァイオレットさんと合流し、事情を説明するとクリームヒルトがいつものような馬鹿な事を言うので、俺とヴァイオレットさんは同時にクリームヒルトの頭に軽く手刀で叩いた。
「しかしスカーレット殿下が愛を知りたい、ですか」
「正確には私の気持ちが本物か、という事だけどね」
「しかしエメラルドを……だから以前から知っていたクロ殿と話していた訳なのですね」
「うん、まぁ……そうだね」
「?」
ヴァイオレットさんにはスカーレット殿下がエメラルドやハクさんを好きである事を説明はしたが、俺を抱く云々については話してはいない。不用意に話して良い事でも無いものだからだ。
「しかしローズ殿下はなにを目的として私達に付いて行くように仰ったのでしょうね?」
「私にもよく分からないんだよね。付いて行けば分かる的な事は言っていたんだけど……」
「スカーレット殿下達に分からないのでしたら、私にも分かりませんね……」
「まぁいつも通りに仕事すれば良いんじゃない?」
「ですね。しかしまだ調査団もいますし、学園生も今日はいつもと違う調査日です。いつも通りとはいきませんが……」
「構わないよー。私は付いて行くだけだし。という訳でなにか愛し合う予定ない?」
「スカーレット殿下まで仰るのですか」
「ほら、グレイ君の性教育に生身の身体を使って夫婦で実演する予定とか」
「ないです!」
……グレイの性教育に関しては近々する予定だが、流石にそれはしたくないな。色んな意味で歪みそうである。というかグレイの場合は普通に笑顔で見て来そうなのが……うん、想像しないでおこう。昔温泉に家族で入った時の様になりそうだ。
「あはは、スカーレット殿下、あまりヴァイオレットちゃんを困らせないでね!」
「はいはい、冗談よ冗談。…………」
「どうしたの、私をジッと見て……はっ、まさか前世の私に惚れたついでに私にも惚れたの!?」
「それは無い。……貴女変わった?」
「私が?」
「うん、なんというか……前みたいな違和感が無い」
「? そうなの?」
ヴァイオレットさんに助け舟を出そうかと思っていると、その前にクリームヒルトが割り込み、よく分からな……くはない、なんとなく言いたい事が分かる会話をしていた。
――……クリームヒルト、この前の影騒動以降表情がいつもより明るくなったんだよな。
影騒動で影モンスターを素手で多く倒したせいで、メアリーさん達を除く調査メンバーの多くに距離を置かれているクリームヒルトなのだが、表情と言うか全体的に明るくなっている。具体的な説明は難しいのだが……なにか憑き物が落ちたかのようだ。スカーレット殿下はそれを言っているのだろう。
……あるいは落ちたのではなく、なにかを手に入れたのかもしれないが。
「クロ殿、この後の予定なのだが……」
「ああ、はい。今日は元々そこまでの仕事量がある訳じゃないですし……」
「では二人で一緒に回るか」
「そうですね。…………」
「どうした、クロ殿?」
クリームヒルト達がなにやら会話をしている内に、ヴァイオレットさんがこの後どうするか聞いて来る。
そして二人で回る事になったのだが……確認のために近寄って来たヴァイオレットさんを俺はつい見てしまう。
…………うん、ちょっと試してみよう。
「すいませんヴァイオレットさん。後で怒られますのでちょっと好きにして良いですか?」
「? ああ、構わない。――っ!?」
ここで疑問は抱いても理由を聞かず構わないと言ってくれる。それが嬉しく思いつつ、少し抑えて試したい行動をしてみた。
「あ、あの、クロ殿。これは一体……?」
「はい、ヴァイオレットさんの頭を撫でています」
「そ、それは分かるのだが、何故急に……!?」
俺はヴァイオレットさんの頭……菫色の綺麗な髪を撫でる。
うん、いつも通り手入れが行き届いた癖の少ないサラサラとした綺麗な髪だ。こうしているとずっと撫でていたくなるし、撫でるたびにふわっとした香りが僅かに鼻孔をくすぐる。とても心地良い。
……うん、次は……
「クロ殿……――っ!? 今度はなにを……!?」
「抱きしめてます」
「それも分かっている……!?」
仄かに香った俺と同じ香油を使っているにもかかわらず、香油の他に甘い香りもプラスされた香りを持った身近で感じたく思い、そのまま抱きしめた。
全体的に柔らかい。そして温かい。なんとも心地良く、体格的にはこちらの方が大きく包んでいる訳だが、俺はずっとこうしていたくなる様な幸福感に包まれる。
……うん。
「次はキスですね」
「はいっ!? ――んっ」
「――――」
そして抱きしめた状態で離れる事無く、ヴァイオレットさんの桜色の綺麗な唇にキスをする。
……うん、甘い。なにかの食べ物の味とも違う、不思議な甘さが漂う味である。
「……やはりそうですね」
「……クロ殿、なにがそうなんだ?」
唇を離し、俺が呟くと為されるがままであったヴァイオレットさんが赤い表情で、抗議の視線を入れながら俺に聞いて来る。流石に急な行動に文句を言いたそうである。
「ごめんなさい、どうしても試したかったんです」
「だからなにをなんだ?」
俺はヴァイオレットさんをいつだって抱きしめたいと思っているし、キスもしたいとは思ってはいるが、俺だって今する気はなかった。
急にしようと思った理由は……
「俺は妻を愛しているのだと改めて確認したくて。やはりこういう事は貴女以外とはしたくないな、って」
「……数日前にも言ったが、急にそういった事をされると浮気を心配するぞ、クロ殿。ああ、勿論冗談だが――」
「浮気をしたから確かめたくなったのではなく、する必要がないんだな、って思っていたんです。スカーレット殿下の愛云々で俺の中で貴女が思い浮かびまして」
「あ、ああ。私もそうだが……その、ハッキリ言われると……!」
「殿下のように多くの相手を好きになるのも一つの愛の形だとは思いますが、やはり俺にとってはこれが心地良く、これ以上は増やせないなと思ったんです。なにせ貴女だけで最高の幸福を今も得ている訳ですから」
「う……わ、私も……」
先程のスカーレット殿下と夜の云々を経て、俺はこういった行為はやはりヴァイオレットさん以外とはしたくないのだと再確認したくなった。
答えとしては分かり切っているのだが、思うだけではなくやはりこうして行動すると気持ちがより強くなる。
愛を語れるような境地には達していないが、こういった行為を他の誰かとやったとしても今の俺には意味が無いんだなとは思う。そしてそんな意味のない状態でやってもお互いのためにならないんだろう。
――それはそれとして、単純にヴァイオレットさんを感じたかったわけだが。
そんな言い訳をしつつ、単純に俺はヴァイオレットさんとイチャつく理由を見つけてイチャつきたかっただけなのだが。
…………まぁ後で「急に外でしないで欲しい」と怒られた訳だけど。
「……ねぇクリームヒルト」
「なにかなスカーレット殿下」
「あれが愛?」
「愛って言うよりただの惚気の類で愛とは違うんじゃないかな。でも愛か恋かで言われれば愛……かな?」
「愛と恋の違いってなに?」
「私もよく分からないけど、“恋は現実の前に折れ、現実は愛の前に歪み、愛は恋には無力である”という言葉が私の中での恋と愛の違いかな」
「なんとなく分かるかな。それは誰かの言葉?」
「童貞の毒舌童話作家」
「それ以外の評し方なかったの?」
「それが一番適切だからね……あ、でもこの状況で一つ分かる事があるよ」
「なに?」
「あっちを見て」
「あっち? ……あ、シルバと……何故か項垂れているのはスカイ?」
「うんアレがね――」
「ス、スカイ、なんで急に項垂れてるの!? しかも凄い声出てるよ!?」
「うぐ、あぁああ……私のこれはいつになったら割り切れるんですか……! というか何度あのイチャイチャを見せつけられるんですか……チクショウ!」
「チクショウ!? 大丈夫なのスカイ!?」
「――アレがさっき言っていた脳が破壊されるってヤツだよ。スカイちゃんは素質が無かったみたいだけど」
「とりあえず分かった事は……私も素質が無くて良いや」
「あはは、そうだね」
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