追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

これからと今の危機


「……これから大変になりそうだ」

 現在俺が居るのは捕まって未だに待機を命じられている教会の一室。そこで俺はそんな事を俺はベッドの上で呟きつつ、小さく息を吐く。
 あの後その場に居た全員が扉を調べたが、とりあえずは大丈夫であると判断され本日は解散する事になった。扉も心配ではあるが、影騒動で色々問題が起きているだろうシキの問題を収束するためだ。俺は手伝おうと思ったが、今の立場的に無理そうなので申し訳ないが後はお願いした。そして警備の隙を付き、シュイと入れかわり部屋に戻ったのだった。
 ちなみに解散する前に扉を調べたのだが、俺は調べた所で扉の中がなんかマズいという以外はよく分からなかった。魔力を感じるが、活性化はしていない……といった“なんか嫌な感覚”程度である。
 けど周囲の皆は俺と違う。それぞれが魔力の流れとか属性とか封印の種類とかを、歴史的・学術歴観点から話し合う程度には理解出来ていた。

「俺以外皆魔法に優れているもんなー……」

 アプリコットは言わずもがなであるし、ヴァイオレットさんもグレイも優秀だ。
 クリームヒルトも学園でトップクラスになっているし。感覚で使っている所はあるが。
 シアンは使わないだけで元々優秀であるし、メアリーさんはなんかもう凄いとしか言い表せないし、エクルだってこの世界で躍進して既に専門職レベル。エクルが仮にあの乙女ゲームカサスのエクルと同じ才能だとしても、磨いてあのレベルになったのは確かだから凄い。
 殿下達も流石と言うべき才覚の持ち主だし、エフさんも王族護衛を任されるだけあってか充分な実力を有していた。

「皆頼りになるなー……」

 俺は自身の手をワキワキとさせながら、自身の魔法に対しての不甲斐なさを覚える。
 ハートフィールド家は比較的魔法に優れている一家らしいのだが、俺とクリはあまり魔法には優れない。魔力量とやらが比較的少ないらしい。優れないとはいってもクリは学術的には優れているので、俺と同類では無いのだが。
 代わりに俺とクリは運動方面には優れているのだが……やっぱり魔法がある世界なんだから、魔法を派手に使いたかった。今更言っても仕様が無い事かもしれないし、諦めなければ夢は叶うかもしれないが、憧れはいつだって止められない。
 ……まぁ憧れを拗らせて、色々やって中二的な黒歴史が今世でも新たに生まれたんだが。はは、クロだけに。

「……疲れてるのかな」

 自身の名前をネタにするという訳の分からないギャグを想像しつつ、魔法に関しては今はどうしようもないので俺に出来る事をしなくては。
 封印系のモンスターに関しては領主、子爵家としての立場を利用して色々しなければ。後は前世持ちの力を利用して先回りできることは先回りする。もしもエクルが皆に許され、協力出来るようになったのならば、伯爵家としての立場を存分に活用してもらおう。

「……とはいえ、俺はこの状況を……ん、来客か」

 俺がまずこの捕まっている状況をどうにかせねば、対策を立てる云々よりもまず俺の人生が暗い牢獄の中で過ごす事になってしまうと危惧していると、部屋の扉がノックされた。
 見張っていた騎士の乱雑なノックではなく、丁寧な音が三回。
 俺はその音を聞き、返事をしても外には聞こえ辛いので扉の前に立ってゆっくりと扉を開けた。

「はい、なんでしょうか……って、神父様?」
「こんばんは」
「あ、はい、こんばんは」

 そこに居たのは騎士でも軍の方々でもなく、神父様。しかも単独で他には誰も居ない。見張りで外に居たはずなのだが、その見張りすらもいなかった。

「どうされました?」

 何故居ないかの理由はともかく、まずは来た理由を聞かなければならない。俺が今得られるのは、神父様だけであるし。

「んー……なんというかだな、クロ。良い知らせが有る」
「では悪い知らせからお願いします」
「その反応はどうなんだ」

 ごめんなさい、神父様。正直この状況で良い知らせと言うのは逆に嫌な予感しかしませんし、なんか言ってみたかったんです。
 だが良い知らせとはなんだろう。俺の逮捕命令が取り消されたとかだろうか。はは、だったら良いな。

「クロの逮捕命令が取り消され、クロは自由になった」
「マジすか」

 冗談交じりに有り得ない事を考えていたら、本当にそうなっていた。様相が良すぎて言葉遣いが軽くなってしまう。
 え、なんで。なんで急に命令が取り消されるの?
 俺ここに閉じ込められたの昨日だよ。なんで急にそんな命令が取り消されるの?
 まさか別の誰かを逮捕予定で、俺への逮捕命令は間違いで、それに気付いた……とか。だろうか。いや、それにしても……はっ、まさか!

「まさかシキの連中が抑えきれなくて、逮捕するくらいなら人身御供としてあてがわれた!?」

 今日一日で問題が大きく起きている中、軍と騎士の皆さんがシキの連中の変態性を抑えきれずに精神が擦り切れ、こうなったら今までの様に俺に領主をやらせて居た方が良いと判断したと言うのだろうか。コイツらの相手をしている内は国家転覆を企む暇が無い的な感じで!

「もう少しアイツらを信じてやってくれ」
「信じているからこその選択肢です。アイツらが貴族が多く来たり……例えば国王陛下が来たりしたとしても、自分を曲げて大人しくしていると思いますか?」
「……思わないな」

 アイツらが誰であろうと己が矜持を曲げないと信じている。だからこそ不安になるのである。
 勿論暴走している訳では無く、ある程度言えば大人しくなったり、こちらの頼みを聞いてはくれる。だが、間違いなく己の心情に芯を持っているので聞けないラインがある。それを超えると確固たる意志を持って反発するのである。
 それ自体は好ましいので、否定する気も直す気も無いが。

「じゃなくって、逮捕を指導していた大司教様の直々の命令らしい。“クロ・ハートフィールド子爵を解放せよ”って。ほら、これが書状だ。先程速達で届いた」
「拝見します」

 神父様に一枚の紙を渡され、俺は内容に目を通す。
 ……本当だ。国家転覆の容疑が認められないと判断され、逮捕は取り消される的な事が書かれている。しかも大司教が使える正式な捺印までされている。

「……なんで?」
「さぁ? ともかく、クロの逮捕は取り消されたから、俺が代表してその事を伝えに来たんだ」

 しかし書類を読んでも納得出来ない。
 いや、良かったには良かったんだが……なんだろう、釈然としない。戦おうと思ったら、相手が勝手に降伏していた、みたいな感じだ。
 あと、神父様は代表して伝えに来た、というよりは騎士の連中に渡されて引き受けただけなんだろうな、とも思う。

「まぁ、今は良かったと思っておけば良いじゃないか。なにか裏があるにしても、家族には会えるという事なんだから」

 警戒を怠るべきではないが、確かにヴァイオレットさんやグレイに大手を振るって会える事は嬉しいし、行動制限も解除されて封印モンスター対策も練る事が出来る。喜ばしい事ではあるだろう。
 神父様は悪意に鈍感だから、この逮捕取り消しを文字通り俺の冤罪を晴らしてくれた、程度にしか――いや、余計な事を考えても仕様が無いな。

「そうですね。無事冤罪が晴れたことを喜びましょう。それに今は外では面倒が起きているんでしょう? ヴァイオレットさん達に任せきりと言うのも申し訳なかったですし、今は素直に喜びます」

 策略はあるにしても、今は置いておくとしよう。
 今は外で起きている影とかモンスターとかその辺りの後始末を手伝いに行かねば。
 ……とはいえ、時間が時間だし、粗方付いているとは思うけど……

「あれ、クロ、なにか落としたぞ?」
「え?」

 と、俺が気持ちを新たに今出来る事を為そうと思っていると、神父様にそう告げられる。
 そういえば懐からなにか落ちた感覚があったな。それに言われるまで気付かないとはやはり疲れているのかもしれない。
 でも懐にはなにを入れていたっけ――

「気をつけるんだ、クロ。服装も少々乱れているようだし、心に隙、が……」

 そして神父様は俺が落としたモノを拾おうとし、ソレの存在を認識してフリーズした。
 何故止まったのかと思い、俺もその落ちた物を見て――フリーズした。

「クロ」

 そう、落としたモノは、とある部屋を開けるための秘密の鍵。
 その鍵の所有者が、持ち込んでいても不思議ではないようにと形状が特殊な形にしていた鍵。
 神父様はソレを見て止まったが、すぐに拾って俺を見てくる。これはもしかしなくても……

「……俺はずっとお前とは友達だからな」
「誤解です」
「大丈夫だ。シアンが帰って来る前に、この部屋は掃除しておくからな」
「俺がこの部屋で使っていたわけじゃないからな!?」

 その誤解は後始末前に解かねばならないと、大きな声で叫んだのであった。

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